「じゃあ、これあげます」
手元のシールを差し出すと、久登先輩は「え……」と声を漏らした。
俺の予想では、先輩のことだから「えぇ〜、いいの〜?」って言ってくれるかと思っていた。だけど、蓋を開けてみたら、まるで「ただ言ってみただけ」みたいな反応だ。
ただ、久登先輩に苦手意識を持っているくせして、こういう時だけ期待するなんて。俺はなんて、我儘なんだろう。
だけど、ショックであることには変わりない。
急に恥ずかしくなって、久登先輩の顔が見られなくなった。
「いらなかったら、別にいいです」
無意識のうちに、拗ねた言い方になってしまった。俯きながら、生徒手帳を開いてシールを戻そうとした、その時だった。俺の手から、ブラウニーがいなくなった。
鷹が小動物を掻っ攫っていくみたいな、一瞬の出来事。
俺が呆然としていたら、久登先輩の跳ねた声が降ってくる。
「いる! いるから! ちぃちゃんがくれるものなら、なーんだっているから!」
顔を上げたら、久登先輩はブラウニーを手に乗せて、相好を崩していた。
「えー、もうさぁ。俺のためにシールくれるって、ちぃちゃん優しすぎない? もう今日の俺、運使い果たしたかも〰〰」
口元をにやつかせて、ご機嫌な久登先輩に、なんでだろう。胸が詰まる。
でも、同時に申し訳なさも込み上げてきた。
こんなに喜んでくれるのに、ブラウニーはノーマル。しかも、封入率も高めだ。希少価値なんてない。
なのに、久登先輩にちょうどいいなんて、失礼にも程がある。
タメ口はダメだとか言いながら、腹の底では久登先輩を舐めていたことが丸わかりで、自分の性格の悪さに愕然とした。
唇が震えた。でも、このままじゃダメだ。
「久登先輩、すみません。それ、やっぱり返してください」
「えぇ!? やだよ! もう俺のだし! うちの子なんでもう返せませーん」
久登先輩は奪われまいとするように、俺の届かないところまで手を挙げてしまう。
「いや、だってそれ、ノーマルですよ!」
「ノーマルだから、何!?」
「久登先輩に、申し訳ないんです! そんな喜んでくれると思ってなかったから! 適当なのあげて!」
そこまで言ったところで、久登先輩の目元がふっと柔らかくほどけた。
「ちぃちゃん、レアじゃなくたっていいんだよ。俺はちぃちゃんがくれるだけで、嬉しいんだから」
「だけど」
「それにこの子、何の妖精かわかんないけど、可愛くない?」
久登先輩はそう言うと、愛でるみたいにシールの表面を優しく撫でた。
本当に心から喜んでくれているように、見える。
別に俺はブラウニーじゃない。なのに、どうしよう。その指先が表面をなぞる度に、胸の辺りがくすぐったくなるし、あったかくもなる。
まるで、俺たちが連動しているみたいだ。こんな簡単に、この罪悪感は手放しちゃいけない。なのに、久登先輩が全部取っ払ってくれるみたいに、胸が軽くなっていく。
いつの間にか、口元が緩んでいた。
久登先輩がいいなら、その言葉に甘えてもいいだろうか。
「可愛いですか? ……それ」
「可愛い。可愛いよ」
噛み締めるように、久登先輩は返事をしてくれる。
「ほら、なんかちっさいしさ。ね、見て?」
久登先輩は、ゴブリンに似たブラウニーを顔の横に掲げてみせた。
先輩の強すぎる顔面と比較したら、ブラウニーは月とすっぽんの、すっぽんだ。だけど、俺の目には今や、とんでもなく可愛い生き物のように見えてしまう。
これまでハズレ枠だって思っていたのに、レアシールみたいに感じられて、不思議だった。
その光景を見ていたら、あることに思い至った。またふっと口元が綻ぶ。
「そういうことか」
「えっ、何? ちぃちゃん笑ってるけど、俺、何か変なこと言った?」
「いえ。久登先輩からすれば、俺もちっさいから、ブラウニーと一緒で可愛いんだなって思って」
俺は思ったことを口にしたまでだ。
だけど、久登先輩はシールを撫でながら「ねぇ、ブラウニー。ちぃちゃんって、ほーんと鈍いよね?」なんて話しかけている。
そう言われても、俺の何が鈍いのか。むしろ、久登先輩とにいちゃんが両想いだって気づいたくらいなのに。
ただ、俺のあの発言が悪かったらしい。
にいちゃんが戻ってきてくれてからも、その日の午後は眠る直前まで散々だった。
俺は普段からあまりSNSはしないのに、休み時間ごとに連絡くるし、夜は寝落ちするまで大量のメッセージが来るようになったのだ。
《ちぃちゃんはほんと困ったちゃんだ》
《いつになったら自覚するかなあ》
そんな文句がつらつらときて、むすっとしながら何度返信したことか。
なんで俺が怒られるみたいになっているのかも分からないし、そんなに言うならどこが悪いのか教えてほしい。
むしろ、苦手なメッセージの応酬に耐えた俺を褒めてほしいくらいだった。
だけど、久々にぐっすり寝られた。
ワクワクマンシールを久登先輩に受けてもらえて、心が満たされたからかもしれない。
本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対に口にしないけど。
手元のシールを差し出すと、久登先輩は「え……」と声を漏らした。
俺の予想では、先輩のことだから「えぇ〜、いいの〜?」って言ってくれるかと思っていた。だけど、蓋を開けてみたら、まるで「ただ言ってみただけ」みたいな反応だ。
ただ、久登先輩に苦手意識を持っているくせして、こういう時だけ期待するなんて。俺はなんて、我儘なんだろう。
だけど、ショックであることには変わりない。
急に恥ずかしくなって、久登先輩の顔が見られなくなった。
「いらなかったら、別にいいです」
無意識のうちに、拗ねた言い方になってしまった。俯きながら、生徒手帳を開いてシールを戻そうとした、その時だった。俺の手から、ブラウニーがいなくなった。
鷹が小動物を掻っ攫っていくみたいな、一瞬の出来事。
俺が呆然としていたら、久登先輩の跳ねた声が降ってくる。
「いる! いるから! ちぃちゃんがくれるものなら、なーんだっているから!」
顔を上げたら、久登先輩はブラウニーを手に乗せて、相好を崩していた。
「えー、もうさぁ。俺のためにシールくれるって、ちぃちゃん優しすぎない? もう今日の俺、運使い果たしたかも〰〰」
口元をにやつかせて、ご機嫌な久登先輩に、なんでだろう。胸が詰まる。
でも、同時に申し訳なさも込み上げてきた。
こんなに喜んでくれるのに、ブラウニーはノーマル。しかも、封入率も高めだ。希少価値なんてない。
なのに、久登先輩にちょうどいいなんて、失礼にも程がある。
タメ口はダメだとか言いながら、腹の底では久登先輩を舐めていたことが丸わかりで、自分の性格の悪さに愕然とした。
唇が震えた。でも、このままじゃダメだ。
「久登先輩、すみません。それ、やっぱり返してください」
「えぇ!? やだよ! もう俺のだし! うちの子なんでもう返せませーん」
久登先輩は奪われまいとするように、俺の届かないところまで手を挙げてしまう。
「いや、だってそれ、ノーマルですよ!」
「ノーマルだから、何!?」
「久登先輩に、申し訳ないんです! そんな喜んでくれると思ってなかったから! 適当なのあげて!」
そこまで言ったところで、久登先輩の目元がふっと柔らかくほどけた。
「ちぃちゃん、レアじゃなくたっていいんだよ。俺はちぃちゃんがくれるだけで、嬉しいんだから」
「だけど」
「それにこの子、何の妖精かわかんないけど、可愛くない?」
久登先輩はそう言うと、愛でるみたいにシールの表面を優しく撫でた。
本当に心から喜んでくれているように、見える。
別に俺はブラウニーじゃない。なのに、どうしよう。その指先が表面をなぞる度に、胸の辺りがくすぐったくなるし、あったかくもなる。
まるで、俺たちが連動しているみたいだ。こんな簡単に、この罪悪感は手放しちゃいけない。なのに、久登先輩が全部取っ払ってくれるみたいに、胸が軽くなっていく。
いつの間にか、口元が緩んでいた。
久登先輩がいいなら、その言葉に甘えてもいいだろうか。
「可愛いですか? ……それ」
「可愛い。可愛いよ」
噛み締めるように、久登先輩は返事をしてくれる。
「ほら、なんかちっさいしさ。ね、見て?」
久登先輩は、ゴブリンに似たブラウニーを顔の横に掲げてみせた。
先輩の強すぎる顔面と比較したら、ブラウニーは月とすっぽんの、すっぽんだ。だけど、俺の目には今や、とんでもなく可愛い生き物のように見えてしまう。
これまでハズレ枠だって思っていたのに、レアシールみたいに感じられて、不思議だった。
その光景を見ていたら、あることに思い至った。またふっと口元が綻ぶ。
「そういうことか」
「えっ、何? ちぃちゃん笑ってるけど、俺、何か変なこと言った?」
「いえ。久登先輩からすれば、俺もちっさいから、ブラウニーと一緒で可愛いんだなって思って」
俺は思ったことを口にしたまでだ。
だけど、久登先輩はシールを撫でながら「ねぇ、ブラウニー。ちぃちゃんって、ほーんと鈍いよね?」なんて話しかけている。
そう言われても、俺の何が鈍いのか。むしろ、久登先輩とにいちゃんが両想いだって気づいたくらいなのに。
ただ、俺のあの発言が悪かったらしい。
にいちゃんが戻ってきてくれてからも、その日の午後は眠る直前まで散々だった。
俺は普段からあまりSNSはしないのに、休み時間ごとに連絡くるし、夜は寝落ちするまで大量のメッセージが来るようになったのだ。
《ちぃちゃんはほんと困ったちゃんだ》
《いつになったら自覚するかなあ》
そんな文句がつらつらときて、むすっとしながら何度返信したことか。
なんで俺が怒られるみたいになっているのかも分からないし、そんなに言うならどこが悪いのか教えてほしい。
むしろ、苦手なメッセージの応酬に耐えた俺を褒めてほしいくらいだった。
だけど、久々にぐっすり寝られた。
ワクワクマンシールを久登先輩に受けてもらえて、心が満たされたからかもしれない。
本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対に口にしないけど。

