久登先輩が駄菓子屋に来た翌週、月曜日。昼休みのチャイムが鳴ると共に、自習中だったクラスメイトの大半が、ダッシュで教室を飛び出していった。
昼休みの購買は、争奪戦だ。
廊下側に座る俺は、購買目掛けて全力疾走する同級生たちを横目に、机のフックに掛けられたランチトートへ、そっと手を伸ばす。
「ちーがーやー、飯食おうぜっ」
机に袋を置いた矢先、愛嬌のある顔をした相嶋が、ペットボトルと菓子パン片手に俺の元にやって来た。教室内は暖房が暑いくらい効いているというのに、寒がりの相嶋は、今日もブレザーの下にフーディーを着込んでいる。
その後ろに立つのは、クラスで一番のイケメンと称される山本だ。切れ長の目を細めながら相嶋の頭を大きな手で、ガシッと掴む。
「千茅、聞けよ。コイツ飯食おうって言っときながら、早弁してたんだぞ。チビのくせして、まだ菓子パン食うらしい」
「うるせぇ、山本。俺はちっちぇーけど、いくらでも食べれるんですぅー」
相嶋は山本の手を、バシッと叩いて振り払う。
そんな二人は、幼稚園の頃からの幼なじみなのだという。いつもセットみたいに、二人一緒だ。
高校に入ってから出会ったのだけど、なぜか俺を気に入ってくれたらしい。入学式初日から話しかけてくれたし、それ以降は休み時間は毎度、俺の元にやってきてくれて、いつの間にか友達になっていた。
人見知りはしない方だけど、同じ中学から来た友達はクラスが違うし、二人には本当に助けられている。
「何、そんな腹減ってんの? 俺の弁当、今日からあげ大量に入れてもらったから少し食べる?」
俺は袋から弁当箱を取り出して、前の席に横向きで腰を下ろす相嶋を見た。
「ほんとか? 千茅の家のからあげ、めっちゃ美味いんだよなぁ〜」
「ずりぃ。俺にも食わせろよ」
山本は拗ねたみたいに口を尖らせる。相嶋の隣の席の椅子を手に取って、俺の机に近づいてきた。
「はいはい、山本にもやるってば」
俺はほんの少し呆れながら肩を竦めて、弁当のゴムバンドを取った。
机の上に一段、二段と弁当箱を広げる。そして、内蓋を開けて、母さんの作った弁当とご対面──てところで、三人共が言葉を失った。
俺の手の内にある弁当は、上下共に、白米と梅干しという、日の丸ご飯。
母さんが急いでたから、朝から俺が弁当箱に蓋をしたっていうのに。まさかの、にいちゃんのご飯と自分のおかずを取り違えていたらしい。
一拍置いて、相嶋の「ぎゃははははは」という笑い声が教室中に響き渡る。山本も俺の弁当を見ながら、けらけら笑う。
「ひー、やば。千茅の弁当、白米だけって」
「山本の母ちゃんも天然だけど、並ぶレベルだわ」
「あははっ、いや、俺、自分で蓋したんだけどっ……ほんとっ、何してんのっ……」
俺も俺でツボにハマってしまって、腹が痛くてたまらない。
しばらく笑ってから、相嶋が目尻を擦りながら「千茅さ、これ兄ちゃんとこに取りに行く感じ?」と、聞いてきた。
「相嶋、何言ってんだよ。じゃねーと、千茅の飯が白米だけになんだろ」
「たしかに。つーか、俺と山本もからあげ食べれねぇじゃん。千茅、早よ行ってこい」
そう相嶋たちに促されて、俺は「分かった、行ってくるわ」と立ち上がる。
にいちゃんもきっと、今頃すごく困っているはずだ。
弁当を丸ごと持っていくかどうか逡巡して、結局、白米だけの弁当箱に内蓋を被せる。それを落とさないようにしっかりと持って、教室を出ることにした。
「あ、急に行ったら、にいちゃん困るかもだよな」
俺はふとそう考えて、廊下に出てすぐに、ブレザーからスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて、とりあえずにいちゃんに連絡を入れる。
《にいちゃん、俺の方ににいちゃんの白飯入ってた。ごめん、そっち行く》
送信ボタンを押してから、戻るボタンをタップしたら、ずらりと並んだトーク一覧が表示される。
ふと、にいちゃんとのトーク下にある、久登先輩の狐のアイコンが目につく。
《ちぃちゃん、おやすみ》
昨日来たメッセージが、アイコンの横に表示されていた。
にいちゃん狙いなのに、弟の俺にも愛想振りまかなきゃって、先輩も大変だ。
でも、この人……なんか、律儀な人だよな、とも思う。
連絡先を聞いて、土曜にメッセージを送ってから、なぜか先輩とは日曜までやりとりが続いた。
本当に他愛ない内容ばかりだったけど、久登先輩の話に、興味がそそられた。どのメッセージも、俺が返しやすいような話の振り方をしてくれていたからだと思う。
普段はへらへらしながら、俺に絡んでくるのに。
この人は、猫かぶりな優等生の顔と、飄々とした感じの顔以外にも、どんな顔を持っているんだろうか。
にいちゃんは、俺の知らないあの人の顔、知ってるのかな。
なんて、考えたところで、なんで俺が久登先輩のことを……って、慌てて首を左右に振った。
「俺は一体、何を考えてんだろ」
そっと画面を消して、スマホをポケットに戻す。俺はこんなことを考えている暇なんてなくて、早くにいちゃんに会いに行かないといけない。
余計なものを取っ払うように、もう一度、かぶりを振って、俺は足早に二年の校舎へと向かった。



