「──…ゃん……ちぃちゃん。ねぇ、ちぃちゃんってば、大丈夫?」
久登先輩に声をかけられて、俺はハッと我に返った。
「大丈夫です」
そう言って、コタツの上のスマホを手に取って、立ち上がる。そのまま店側へ戻りながら、久登先輩を一瞥した。
「……で、さっきの『俺を口説く』って冗談はさておき。今日は何の用ですか」
小上がりの段差から降りて、スリッパに足を通す。
古びたレジの前に座ったら、久登先輩が小声で「冗談じゃないんだけどな」と呟いた気がしたけど、面倒なので聞き流した。
すると、久登先輩は仕方ないなと言いたげに、くすっと笑った。
「えーっと……ワクワクマンチョコクランチ買いにきた」
「え? ワクチョコを? なんでまた……?」
「だって、ちぃちゃん、ワクワクマンシール集めてるんでしょ? クリスマスの日に言ってたし」
久登先輩は興味津々とでも言いたげに、まっすぐ俺の方を見てくる。
レアシールを引いたあの日、俺はテンションが上がってたし、確かにこの人に話してしまった。
にいちゃんに、これを見せるために走って帰ってきた〜とか、言って。
うわ、今更だけど俺、凄い恥ずかしいやつじゃん。
でも、まさか覚えられてるとは思わなかった。俺は久登先輩を見ながら、信じられない気持ちで瞬きを繰り返した。
「覚えてたんですか?」
「うん。和久に見せる前に、俺に見せてくれたじゃん」
「……まぁ、はい」
「だから、ちぃちゃんがシール集めてるなら、俺も欲しいな〜って」
「欲しいんですか?」
「うん。欲しい。今さ、シール交換流行ってるじゃん。交換しようよ。シール交換、してみたい」
久登先輩は明るいトーンで、楽しそうに言う。
もしかして、久登先輩も実は、ワクワクマンシールに興味があったとか?
いや、そんなことあるはずないか。シールの話をしてからの一ヶ月、何度もこの人に絡まれたけど、一度だって出てこなかった。
きっと、冷やかしに決まっている。
友達の相嶋や山本も、たまに「お子ちゃまな千茅に合わせて買ってやるよ〜」なんて、コンビニで一緒に買ってることあるし。
ただ……ああやって、好きなものを揶揄われるのだけは嫌だ。
特にワクワクマンシールは、俺とにいちゃんが仲良くなる大事なきっかけだったから。
「あー……はいはい、そうですか」
俺は友達二人の軽いノリをつい思い出して、つい辟易しながら返事をした。
だが、久登先輩は、本気でワクチョコを買いに来たらしい。胸に抱いていたリュックのチャックを開けて、財布を取り出す。
「これで、買えるだけ貰える?」
久登先輩が差し出してきたお札を見て、俺はギョッとした。
駄菓子屋で、渋沢栄一。正気か、この人。
ワクチョコはひとつ、税込120円だ。単純計算で80個以上買える。
流石に、ワクワクマンシールを集めている俺でも、引く。その数はあり得ないだろ。
というか、そもそも六畳ほどしかない廃れたこの駄菓子屋には、そんなに在庫を置いていない。
「いや、買い占める気かよ。俺の分、なくなるんだけど」
心の中に留めておくはずが、つい、先輩だってことも忘れて、口を滑らせてしまった。
あ、やべぇ。ミスった。俺は慌てて、手のひらで自分の口を塞ぐ。
上下関係はしっかりしろ──中学時代の鬼キャプテンの声が耳に蘇って、久登先輩に謝らなきゃと思った。
だが、そんな久登先輩は万札を手にしたまま「あははっ」と笑い出した。
何がおかしいのか、涙まで出ているらしい。俺が呆気にとられていると、今度はひーひー言いながら、目元を拭い始めた。
「ちぃちゃん。和久と血が繋がってないって聞いてたけど、案外似てるよね?」
久登先輩はしみじみとした声で言ってくる。
だが、俺はつい眉間にしわを寄せてしまった。
にいちゃんと似ているって言われて、嬉しくないはずがない。
でも、この人に言われると、なんかむかつく。
学校ではいつも隣にいるからって、その──にいちゃんのことをすべて分かってます、みたいな態度が鼻についた。
そんな人に学校でのにいちゃんの様子、聞いたことある俺が何を言うんだって話だけどさ。
つい、久登先輩の言葉に、言い返してしまった。
「似てるって言われるのは嬉しいけど、俺とにいちゃんは全然違うし。にいちゃんはとにかく可愛いんだよ。俺と違って、ほわほわしてて! なんていうか、見てて癒されるんだよ。でも、いざって時にはかっこよくて、ほんと最高すぎるんだ。俺とにいちゃんを似てるって言ってくる先輩には、あの魅力がわかんないかもだけど!」
俺の方がにいちゃんを知ってるって思いたくて、早口になりながら食ってかかってしまった。
だけど、言い終えてすぐに、自分で熱くなってしまったことに気づいて、慌てて頭を下げた。
「す、すみません。またタメ口ききました」
この人はにいちゃんの親友だ。さっきは見逃して貰ったけど、流石に、これは自分が悪い。
なんで俺はこうも、好きなことになるとついムキになっちゃうんだろう。
あー……これで、にいちゃんにチクられて幻滅されたら……俺、立ち直れない。
だが、久登先輩はなかなかに緩い人だった。
「あははっ。ちぃちゃん、そんなことで怒ったりしないから、顔上げて」
「へ……?」
顔を上げたら、なんていうか久登先輩は、すごく嬉しそうな顔をしていた。
いや、ほんとなんで? ってくらい頬が緩み切っている。
「ちぃちゃん。むしろ、俺はちぃちゃんにタメ口されたいくらい」
本当にそう思ってるみたいに、若干だけど久登先輩の声が甘く聞こえてしまう。
意味わからん。外堀から埋めていこう作戦でも、それはないだろう。
流石に、たじろいでしまった。
「い、いや、それは流石に」
「無理なの? 和久にはタメ口なのに?」
「それは兄弟だし」
「でも、血は繋がってないじゃん」
「それはそうですけど」
「ほら、俺は和久の親友だし、俺もにいちゃんだと思ってさぁ」
なんでこんな風に言われてるのか、俺にはよくわからない。
血は繋がっていなくとも、にいちゃんとはもう5年以上も一緒に暮らしているのだ。そことなぜ、張り合おうとするんだよ。久登先輩は、家族じゃないのに。
俺の口からはつい、何とも頼りない「えぇ…?」という戸惑いの声が漏れた。
久登先輩に声をかけられて、俺はハッと我に返った。
「大丈夫です」
そう言って、コタツの上のスマホを手に取って、立ち上がる。そのまま店側へ戻りながら、久登先輩を一瞥した。
「……で、さっきの『俺を口説く』って冗談はさておき。今日は何の用ですか」
小上がりの段差から降りて、スリッパに足を通す。
古びたレジの前に座ったら、久登先輩が小声で「冗談じゃないんだけどな」と呟いた気がしたけど、面倒なので聞き流した。
すると、久登先輩は仕方ないなと言いたげに、くすっと笑った。
「えーっと……ワクワクマンチョコクランチ買いにきた」
「え? ワクチョコを? なんでまた……?」
「だって、ちぃちゃん、ワクワクマンシール集めてるんでしょ? クリスマスの日に言ってたし」
久登先輩は興味津々とでも言いたげに、まっすぐ俺の方を見てくる。
レアシールを引いたあの日、俺はテンションが上がってたし、確かにこの人に話してしまった。
にいちゃんに、これを見せるために走って帰ってきた〜とか、言って。
うわ、今更だけど俺、凄い恥ずかしいやつじゃん。
でも、まさか覚えられてるとは思わなかった。俺は久登先輩を見ながら、信じられない気持ちで瞬きを繰り返した。
「覚えてたんですか?」
「うん。和久に見せる前に、俺に見せてくれたじゃん」
「……まぁ、はい」
「だから、ちぃちゃんがシール集めてるなら、俺も欲しいな〜って」
「欲しいんですか?」
「うん。欲しい。今さ、シール交換流行ってるじゃん。交換しようよ。シール交換、してみたい」
久登先輩は明るいトーンで、楽しそうに言う。
もしかして、久登先輩も実は、ワクワクマンシールに興味があったとか?
いや、そんなことあるはずないか。シールの話をしてからの一ヶ月、何度もこの人に絡まれたけど、一度だって出てこなかった。
きっと、冷やかしに決まっている。
友達の相嶋や山本も、たまに「お子ちゃまな千茅に合わせて買ってやるよ〜」なんて、コンビニで一緒に買ってることあるし。
ただ……ああやって、好きなものを揶揄われるのだけは嫌だ。
特にワクワクマンシールは、俺とにいちゃんが仲良くなる大事なきっかけだったから。
「あー……はいはい、そうですか」
俺は友達二人の軽いノリをつい思い出して、つい辟易しながら返事をした。
だが、久登先輩は、本気でワクチョコを買いに来たらしい。胸に抱いていたリュックのチャックを開けて、財布を取り出す。
「これで、買えるだけ貰える?」
久登先輩が差し出してきたお札を見て、俺はギョッとした。
駄菓子屋で、渋沢栄一。正気か、この人。
ワクチョコはひとつ、税込120円だ。単純計算で80個以上買える。
流石に、ワクワクマンシールを集めている俺でも、引く。その数はあり得ないだろ。
というか、そもそも六畳ほどしかない廃れたこの駄菓子屋には、そんなに在庫を置いていない。
「いや、買い占める気かよ。俺の分、なくなるんだけど」
心の中に留めておくはずが、つい、先輩だってことも忘れて、口を滑らせてしまった。
あ、やべぇ。ミスった。俺は慌てて、手のひらで自分の口を塞ぐ。
上下関係はしっかりしろ──中学時代の鬼キャプテンの声が耳に蘇って、久登先輩に謝らなきゃと思った。
だが、そんな久登先輩は万札を手にしたまま「あははっ」と笑い出した。
何がおかしいのか、涙まで出ているらしい。俺が呆気にとられていると、今度はひーひー言いながら、目元を拭い始めた。
「ちぃちゃん。和久と血が繋がってないって聞いてたけど、案外似てるよね?」
久登先輩はしみじみとした声で言ってくる。
だが、俺はつい眉間にしわを寄せてしまった。
にいちゃんと似ているって言われて、嬉しくないはずがない。
でも、この人に言われると、なんかむかつく。
学校ではいつも隣にいるからって、その──にいちゃんのことをすべて分かってます、みたいな態度が鼻についた。
そんな人に学校でのにいちゃんの様子、聞いたことある俺が何を言うんだって話だけどさ。
つい、久登先輩の言葉に、言い返してしまった。
「似てるって言われるのは嬉しいけど、俺とにいちゃんは全然違うし。にいちゃんはとにかく可愛いんだよ。俺と違って、ほわほわしてて! なんていうか、見てて癒されるんだよ。でも、いざって時にはかっこよくて、ほんと最高すぎるんだ。俺とにいちゃんを似てるって言ってくる先輩には、あの魅力がわかんないかもだけど!」
俺の方がにいちゃんを知ってるって思いたくて、早口になりながら食ってかかってしまった。
だけど、言い終えてすぐに、自分で熱くなってしまったことに気づいて、慌てて頭を下げた。
「す、すみません。またタメ口ききました」
この人はにいちゃんの親友だ。さっきは見逃して貰ったけど、流石に、これは自分が悪い。
なんで俺はこうも、好きなことになるとついムキになっちゃうんだろう。
あー……これで、にいちゃんにチクられて幻滅されたら……俺、立ち直れない。
だが、久登先輩はなかなかに緩い人だった。
「あははっ。ちぃちゃん、そんなことで怒ったりしないから、顔上げて」
「へ……?」
顔を上げたら、なんていうか久登先輩は、すごく嬉しそうな顔をしていた。
いや、ほんとなんで? ってくらい頬が緩み切っている。
「ちぃちゃん。むしろ、俺はちぃちゃんにタメ口されたいくらい」
本当にそう思ってるみたいに、若干だけど久登先輩の声が甘く聞こえてしまう。
意味わからん。外堀から埋めていこう作戦でも、それはないだろう。
流石に、たじろいでしまった。
「い、いや、それは流石に」
「無理なの? 和久にはタメ口なのに?」
「それは兄弟だし」
「でも、血は繋がってないじゃん」
「それはそうですけど」
「ほら、俺は和久の親友だし、俺もにいちゃんだと思ってさぁ」
なんでこんな風に言われてるのか、俺にはよくわからない。
血は繋がっていなくとも、にいちゃんとはもう5年以上も一緒に暮らしているのだ。そことなぜ、張り合おうとするんだよ。久登先輩は、家族じゃないのに。
俺の口からはつい、何とも頼りない「えぇ…?」という戸惑いの声が漏れた。

