猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

「──…ゃん……ちぃちゃん。ねぇ、ちぃちゃんってば、大丈夫?」

 どうやら、畳の上で固まっていたらしい。久登先輩に声をかけられて、俺はハッと我に返った。

「大丈夫です」

 即答して立ち上がると、真っ先にコタツに置きっぱなしのスマホに手を伸ばした。
 久登先輩とはいえ、一応、お客さんだ。立ち上がったついでに、俺は駄菓子屋へ移動する。

「……それで、口説くっていう冗談はさておき、今日は何の用なんですか?」

 小上がりの段差でスリッパに足を通しながら、久登先輩を見た。

「何を言っても無駄そうだね」

 久登先輩は肩をすくめてクスッと笑う。

「え?」
「ははっ。まぁいいや。それじゃあ、ワクチョコだっけ。あれ、ちょうだい?」
「ん……? なんでまた……?」
「ちぃちゃんと、シール交換したくて」

 想定外の言葉に、耳を疑った。

 ワクワクマンチョコクランチ──通称ワクチョコは、『世界の妖精・妖怪モチーフ』のシールが一枚封入されている、チョコクランチのお菓子だ。
 小5の頃からそのシールを集めてるけど、それを先輩に話した覚えはない。

「この前、ちぃちゃんが嬉しそうに引いてるの、目撃しちゃったんだよねぇ」
「いつですか」
「三日くらい前。小学生の集団と一緒に、コンビニで『うぉぉぉぉ! すげぇぇぇぇ』って、なんかハイタッチしてた」

 うわ、見られてた。しかも、唐突にモノマネまでされるとか、最悪だ。途端に羞恥心が込み上げてくる。

「はっず……!」

 顔が熱くなって、思わずパタパタと手で仰いだ。
 こんな状態で久登先輩の近くにいるのは、嫌だ。苦手な相手に弱みは見せたくない。
 俺は逃げるようにレジ前に移動して、古びた椅子にさっと腰を下ろした。
 だけど、落ち着きたいのに、全く落ち着かない。頭の中では考えがぐるぐる渦巻く。

 もしかして、俺が楽しそうだったから、興味を持ってくれた?
 いや、まさか。この人のことだ。揶揄いのネタになる未来しか、見えてこない。
 友達からもよく「お子ちゃまな千茅に合わせて買ってやるよ〜」って冷やかされるし。それ以上に俺を茶化すこの人なら、きっとこれでもかと弄り倒してくるはず。
 ただ──好きなものを弄られるのは嫌だ。特に、ワクワクマンシールは家族の思い出でもある。尚更、揶揄いの要素にはしてほしくなかった。

「久登先輩。冷やかしならやめてください」

 気づけば、強い口調になっていた。
 少しの間、沈黙が落ちる。だけど、しばらくして、久登先輩はまっすぐ俺を見て言った。

「冷やかしじゃないよ。ちぃちゃんが集めてるなら、俺も欲しいなって思っただけ」

 俺に見せるには、珍しく真面目な顔だった。その眼差しは本気に見える。

「本当……ですか?」
「うん。本当。最近さ、シール交換も流行ってるでしょ。交換しようよ。その方が、集めるの楽しくない?」
 
 たしかにその通りだ。自分の好きなものを共有できるって、最高すぎる。考えただけで、心踊る。
 だけど、相手は久登先輩だ。
 急にしおらしくなったから、つい絆されそうになったけど、これを機に何を言われるかわかったもんじゃない。
 もしかして、外堀から埋めていこう作戦決行中か?
 色々と、勘繰ってしまう。
 だって、久登先輩が俺なんかに構う理由なんて、にいちゃん以外にあるわけがない。

「最近、流行ってるのって、可愛いシールですよ」
「うん? あぁ、そうだね」
「ですよね? 俺は、ワクワクマンシールも可愛いって思ってますけど。でも流行りとはなんか系統が違うというか……」
「ちぃちゃん。どんなシールでも、交換したらそれはシール交換じゃないの?」

 ぐうの音も出ない正論だった。
 くそう、それとなく断る理由がない。

「まぁ……そうですね」
「だからさ、買えるだけ欲しいんだけど」

 久登先輩はリュックから財布を取り出すと、早速お金を取り出した。
 差し出されたのは、渋沢栄一。万札を見て、ギョッとした。駄菓子屋で正気か、この人。

「いや、買い占める気かよ。俺の分なくなるんだけど」
 
 心の中に留めるはずが、つい口が滑った。

「す、すみません」

 謝りながら、背中にどっと汗が噴き出す。やばい。また、タメ口してしまった。俺の頭は虫並みかっての。
 でも、久登先輩は怒らなかった。一瞬、ぽかんとしたものの、むしろ楽しそうに笑い始めた。
 
「あははっ。ちぃちゃん、和久と血繋がってないって聞いてたけど、案外似てるよね?」

 急にそんなことを言われて、思わず目をぱちくりさせた。
 
「……いや、あの、何言ってるんですか?」
「うん?」
「似てるって言われるのは嬉しいですけど、俺とにいちゃんは全然違いますよ!? にいちゃんは可愛いし、癒されるし、いざって時はかっこいい! もう最高すぎて、この世に存在するだけで、そりゃ──」

 気づけば、椅子から立ち上がって、物凄い早口でにいちゃんの魅力を語ってしまっていた。握り拳もセットで。
 いや、もうほんとこれ、俺の悪癖すぎやしないか。にいちゃんのことになると、我を忘れる。おまけに、本日二度目のタメ口だ。
 終わった。にいちゃんにチクられたら、俺は死ぬ。

「す、すみません! またタメ口ききましたァ!」

 勢いよく、深々と頭を下げた。もう、これ以上ないってくらいに腰を曲げると、逆に久登先輩の方が慌て始めた。
 
「待って待って! なんでそーなんの!? えぇ〜! ちぃちゃん、そんなのやめてー!」

 両肩を掴まれて、俺は体勢を戻される。

「ちぃちゃん、なんで謝んの」
「だって、タメ口になりましたし。……これで、にいちゃんに、チクられるかと思って」

 おずおずと口にしたら、なぜか目を剥かれた。

「チクらないよ! なんで? なんでそうなった? てか、むしろ、ちぃちゃんにはタメ口してほしいくらいなんだけど!?」

 どうやら、俺は見誤っていたようだ。この人は、かなり寛大……いや、やっぱり変人らしい。
 この言葉を皮切りに、なぜか俺たちは「タメ口して!」「嫌です」「今日買うワクチョコ、全部あげるからぁ!」「無理です!」なんて押し問答を、延々とする羽目になった。
 気づけば、店の隅に追いやられ、逃げたいのに逃げられない。隙を見せれば、容赦なく距離を詰められる。
 そんなウザいくらいに絡まれたら、余計に苦手意識を抱くに決まっている。
 だけど、どうしても無視できなかった。
 ワクワクマンシールを餌にしながら、必死に俺を覗き込む瞳が、どこか切なさを孕んでいるようにも見えて。目が離せなかったからかもしれない。