「──…ゃん……ちぃちゃん。ねぇ、ちぃちゃんってば、大丈夫?」
どうやら、畳の上で固まっていたらしい。久登先輩に声をかけられて、俺はハッと我に返った。
「大丈夫です」
即答して立ち上がると、真っ先にコタツに置きっぱなしのスマホに手を伸ばした。
久登先輩とはいえ、一応、お客さんだ。立ち上がったついでに、俺は駄菓子屋へ移動する。
「……それで、口説くっていう冗談はさておき、今日は何の用なんですか?」
小上がりの段差でスリッパに足を通しながら、久登先輩を見た。
「何を言っても無駄そうだね」
久登先輩は肩をすくめてクスッと笑う。
「え?」
「ははっ。まぁいいや。それじゃあ、ワクチョコだっけ。あれ、ちょうだい?」
「ん……? なんでまた……?」
「ちぃちゃんと、シール交換したくて」
想定外の言葉に、耳を疑った。
ワクワクマンチョコクランチ──通称ワクチョコは、『世界の妖精・妖怪モチーフ』のシールが一枚封入されている、チョコクランチのお菓子だ。
小5の頃からそのシールを集めてるけど、それを先輩に話した覚えはない。
「この前、ちぃちゃんが嬉しそうに引いてるの、目撃しちゃったんだよねぇ」
「いつですか」
「三日くらい前。小学生の集団と一緒に、コンビニで『うぉぉぉぉ! すげぇぇぇぇ』って、なんかハイタッチしてた」
うわ、見られてた。しかも、唐突にモノマネまでされるとか、最悪だ。途端に羞恥心が込み上げてくる。
「はっず……!」
顔が熱くなって、思わずパタパタと手で仰いだ。
こんな状態で久登先輩の近くにいるのは、嫌だ。苦手な相手に弱みは見せたくない。
俺は逃げるようにレジ前に移動して、古びた椅子にさっと腰を下ろした。
だけど、落ち着きたいのに、全く落ち着かない。頭の中では考えがぐるぐる渦巻く。
もしかして、俺が楽しそうだったから、興味を持ってくれた?
いや、まさか。この人のことだ。揶揄いのネタになる未来しか、見えてこない。
友達からもよく「お子ちゃまな千茅に合わせて買ってやるよ〜」って冷やかされるし。それ以上に俺を茶化すこの人なら、きっとこれでもかと弄り倒してくるはず。
ただ──好きなものを弄られるのは嫌だ。特に、ワクワクマンシールは家族の思い出でもある。尚更、揶揄いの要素にはしてほしくなかった。
「久登先輩。冷やかしならやめてください」
気づけば、強い口調になっていた。
少しの間、沈黙が落ちる。だけど、しばらくして、久登先輩はまっすぐ俺を見て言った。
「冷やかしじゃないよ。ちぃちゃんが集めてるなら、俺も欲しいなって思っただけ」
俺に見せるには、珍しく真面目な顔だった。その眼差しは本気に見える。
「本当……ですか?」
「うん。本当。最近さ、シール交換も流行ってるでしょ。交換しようよ。その方が、集めるの楽しくない?」
たしかにその通りだ。自分の好きなものを共有できるって、最高すぎる。考えただけで、心踊る。
だけど、相手は久登先輩だ。
急にしおらしくなったから、つい絆されそうになったけど、これを機に何を言われるかわかったもんじゃない。
もしかして、外堀から埋めていこう作戦決行中か?
色々と、勘繰ってしまう。
だって、久登先輩が俺なんかに構う理由なんて、にいちゃん以外にあるわけがない。
「最近、流行ってるのって、可愛いシールですよ」
「うん? あぁ、そうだね」
「ですよね? 俺は、ワクワクマンシールも可愛いって思ってますけど。でも流行りとはなんか系統が違うというか……」
「ちぃちゃん。どんなシールでも、交換したらそれはシール交換じゃないの?」
ぐうの音も出ない正論だった。
くそう、それとなく断る理由がない。
「まぁ……そうですね」
「だからさ、買えるだけ欲しいんだけど」
久登先輩はリュックから財布を取り出すと、早速お金を取り出した。
差し出されたのは、渋沢栄一。万札を見て、ギョッとした。駄菓子屋で正気か、この人。
「いや、買い占める気かよ。俺の分なくなるんだけど」
心の中に留めるはずが、つい口が滑った。
「す、すみません」
謝りながら、背中にどっと汗が噴き出す。やばい。また、タメ口してしまった。俺の頭は虫並みかっての。
でも、久登先輩は怒らなかった。一瞬、ぽかんとしたものの、むしろ楽しそうに笑い始めた。
「あははっ。ちぃちゃん、和久と血繋がってないって聞いてたけど、案外似てるよね?」
急にそんなことを言われて、思わず目をぱちくりさせた。
「……いや、あの、何言ってるんですか?」
「うん?」
「似てるって言われるのは嬉しいですけど、俺とにいちゃんは全然違いますよ!? にいちゃんは可愛いし、癒されるし、いざって時はかっこいい! もう最高すぎて、この世に存在するだけで、そりゃ──」
気づけば、椅子から立ち上がって、物凄い早口でにいちゃんの魅力を語ってしまっていた。握り拳もセットで。
いや、もうほんとこれ、俺の悪癖すぎやしないか。にいちゃんのことになると、我を忘れる。おまけに、本日二度目のタメ口だ。
終わった。にいちゃんにチクられたら、俺は死ぬ。
「す、すみません! またタメ口ききましたァ!」
勢いよく、深々と頭を下げた。もう、これ以上ないってくらいに腰を曲げると、逆に久登先輩の方が慌て始めた。
「待って待って! なんでそーなんの!? えぇ〜! ちぃちゃん、そんなのやめてー!」
両肩を掴まれて、俺は体勢を戻される。
「ちぃちゃん、なんで謝んの」
「だって、タメ口になりましたし。……これで、にいちゃんに、チクられるかと思って」
おずおずと口にしたら、なぜか目を剥かれた。
「チクらないよ! なんで? なんでそうなった? てか、むしろ、ちぃちゃんにはタメ口してほしいくらいなんだけど!?」
どうやら、俺は見誤っていたようだ。この人は、かなり寛大……いや、やっぱり変人らしい。
この言葉を皮切りに、なぜか俺たちは「タメ口して!」「嫌です」「今日買うワクチョコ、全部あげるからぁ!」「無理です!」なんて押し問答を、延々とする羽目になった。
気づけば、店の隅に追いやられ、逃げたいのに逃げられない。隙を見せれば、容赦なく距離を詰められる。
そんなウザいくらいに絡まれたら、余計に苦手意識を抱くに決まっている。
だけど、どうしても無視できなかった。
ワクワクマンシールを餌にしながら、必死に俺を覗き込む瞳が、どこか切なさを孕んでいるようにも見えて。目が離せなかったからかもしれない。
どうやら、畳の上で固まっていたらしい。久登先輩に声をかけられて、俺はハッと我に返った。
「大丈夫です」
即答して立ち上がると、真っ先にコタツに置きっぱなしのスマホに手を伸ばした。
久登先輩とはいえ、一応、お客さんだ。立ち上がったついでに、俺は駄菓子屋へ移動する。
「……それで、口説くっていう冗談はさておき、今日は何の用なんですか?」
小上がりの段差でスリッパに足を通しながら、久登先輩を見た。
「何を言っても無駄そうだね」
久登先輩は肩をすくめてクスッと笑う。
「え?」
「ははっ。まぁいいや。それじゃあ、ワクチョコだっけ。あれ、ちょうだい?」
「ん……? なんでまた……?」
「ちぃちゃんと、シール交換したくて」
想定外の言葉に、耳を疑った。
ワクワクマンチョコクランチ──通称ワクチョコは、『世界の妖精・妖怪モチーフ』のシールが一枚封入されている、チョコクランチのお菓子だ。
小5の頃からそのシールを集めてるけど、それを先輩に話した覚えはない。
「この前、ちぃちゃんが嬉しそうに引いてるの、目撃しちゃったんだよねぇ」
「いつですか」
「三日くらい前。小学生の集団と一緒に、コンビニで『うぉぉぉぉ! すげぇぇぇぇ』って、なんかハイタッチしてた」
うわ、見られてた。しかも、唐突にモノマネまでされるとか、最悪だ。途端に羞恥心が込み上げてくる。
「はっず……!」
顔が熱くなって、思わずパタパタと手で仰いだ。
こんな状態で久登先輩の近くにいるのは、嫌だ。苦手な相手に弱みは見せたくない。
俺は逃げるようにレジ前に移動して、古びた椅子にさっと腰を下ろした。
だけど、落ち着きたいのに、全く落ち着かない。頭の中では考えがぐるぐる渦巻く。
もしかして、俺が楽しそうだったから、興味を持ってくれた?
いや、まさか。この人のことだ。揶揄いのネタになる未来しか、見えてこない。
友達からもよく「お子ちゃまな千茅に合わせて買ってやるよ〜」って冷やかされるし。それ以上に俺を茶化すこの人なら、きっとこれでもかと弄り倒してくるはず。
ただ──好きなものを弄られるのは嫌だ。特に、ワクワクマンシールは家族の思い出でもある。尚更、揶揄いの要素にはしてほしくなかった。
「久登先輩。冷やかしならやめてください」
気づけば、強い口調になっていた。
少しの間、沈黙が落ちる。だけど、しばらくして、久登先輩はまっすぐ俺を見て言った。
「冷やかしじゃないよ。ちぃちゃんが集めてるなら、俺も欲しいなって思っただけ」
俺に見せるには、珍しく真面目な顔だった。その眼差しは本気に見える。
「本当……ですか?」
「うん。本当。最近さ、シール交換も流行ってるでしょ。交換しようよ。その方が、集めるの楽しくない?」
たしかにその通りだ。自分の好きなものを共有できるって、最高すぎる。考えただけで、心踊る。
だけど、相手は久登先輩だ。
急にしおらしくなったから、つい絆されそうになったけど、これを機に何を言われるかわかったもんじゃない。
もしかして、外堀から埋めていこう作戦決行中か?
色々と、勘繰ってしまう。
だって、久登先輩が俺なんかに構う理由なんて、にいちゃん以外にあるわけがない。
「最近、流行ってるのって、可愛いシールですよ」
「うん? あぁ、そうだね」
「ですよね? 俺は、ワクワクマンシールも可愛いって思ってますけど。でも流行りとはなんか系統が違うというか……」
「ちぃちゃん。どんなシールでも、交換したらそれはシール交換じゃないの?」
ぐうの音も出ない正論だった。
くそう、それとなく断る理由がない。
「まぁ……そうですね」
「だからさ、買えるだけ欲しいんだけど」
久登先輩はリュックから財布を取り出すと、早速お金を取り出した。
差し出されたのは、渋沢栄一。万札を見て、ギョッとした。駄菓子屋で正気か、この人。
「いや、買い占める気かよ。俺の分なくなるんだけど」
心の中に留めるはずが、つい口が滑った。
「す、すみません」
謝りながら、背中にどっと汗が噴き出す。やばい。また、タメ口してしまった。俺の頭は虫並みかっての。
でも、久登先輩は怒らなかった。一瞬、ぽかんとしたものの、むしろ楽しそうに笑い始めた。
「あははっ。ちぃちゃん、和久と血繋がってないって聞いてたけど、案外似てるよね?」
急にそんなことを言われて、思わず目をぱちくりさせた。
「……いや、あの、何言ってるんですか?」
「うん?」
「似てるって言われるのは嬉しいですけど、俺とにいちゃんは全然違いますよ!? にいちゃんは可愛いし、癒されるし、いざって時はかっこいい! もう最高すぎて、この世に存在するだけで、そりゃ──」
気づけば、椅子から立ち上がって、物凄い早口でにいちゃんの魅力を語ってしまっていた。握り拳もセットで。
いや、もうほんとこれ、俺の悪癖すぎやしないか。にいちゃんのことになると、我を忘れる。おまけに、本日二度目のタメ口だ。
終わった。にいちゃんにチクられたら、俺は死ぬ。
「す、すみません! またタメ口ききましたァ!」
勢いよく、深々と頭を下げた。もう、これ以上ないってくらいに腰を曲げると、逆に久登先輩の方が慌て始めた。
「待って待って! なんでそーなんの!? えぇ〜! ちぃちゃん、そんなのやめてー!」
両肩を掴まれて、俺は体勢を戻される。
「ちぃちゃん、なんで謝んの」
「だって、タメ口になりましたし。……これで、にいちゃんに、チクられるかと思って」
おずおずと口にしたら、なぜか目を剥かれた。
「チクらないよ! なんで? なんでそうなった? てか、むしろ、ちぃちゃんにはタメ口してほしいくらいなんだけど!?」
どうやら、俺は見誤っていたようだ。この人は、かなり寛大……いや、やっぱり変人らしい。
この言葉を皮切りに、なぜか俺たちは「タメ口して!」「嫌です」「今日買うワクチョコ、全部あげるからぁ!」「無理です!」なんて押し問答を、延々とする羽目になった。
気づけば、店の隅に追いやられ、逃げたいのに逃げられない。隙を見せれば、容赦なく距離を詰められる。
そんなウザいくらいに絡まれたら、余計に苦手意識を抱くに決まっている。
だけど、どうしても無視できなかった。
ワクワクマンシールを餌にしながら、必死に俺を覗き込む瞳が、どこか切なさを孕んでいるようにも見えて。目が離せなかったからかもしれない。

