あの日、我が家を訪れていた久登先輩は、なぜか様子がおかしかった。
クリスマス当日、夕方。自分のクラス会から帰宅すると、広々としたリビングには、大勢の二年生が雑魚寝していた。
おまけにテーブルは、荒れ放題。母さんが帰って来たら、発狂もんの有様だった。
「なんでこんなことになってんの……」
絶句しながら、首謀者のにいちゃんを探せば、ソファでおねむの時間。
ただ、普段は人との距離に敏感なのに、隣の肩に頭を預けていて、俺は心配になった。
「おいおい、にいちゃん。なんで今日はこんな無防備なんだよ」
呆れながら、華奢な肩を揺さぶろうとした矢先だ。
「千茅くんって、そういう意味で和久のことが好きなの?」
まるで挨拶するみたいに、誰かにさらっと話しかけられた。そのとんでもない発言に、にいちゃんに伸ばしかけた手を、ピタリと止めた。
「…………は?」
声がした方を向けば、にいちゃんに肩を貸していた久登先輩が、俺を見ている。
しかも、どこか探るような鋭い目。
にいちゃんで美形耐性できてなかったら、俺はそのイケメンの圧で死んでいたかもしれない。
「先輩、起きてたんですか?」
「うん」
「今、変なことが聞こえた気がしたんですけど」
「変なことって『和久のこと、恋愛的に好きなの?』とは言ったよ」
久登先輩は目元の緊張を少し解いたように、ゆっくり瞬きをした。
「いやいや待ってください。なんでそんなことを?」
和久というのは、にいちゃんのことだ。あまりに困惑しすぎて、思わず眉間にしわが寄る。
地雷発言をかましてきた久登先輩は、高身長で顔が良くて、成績優秀。男子校なのに、他校の女子が押しかけるほどの人気っぷりで、一年の間でも有名人だ。
その上、素行も良い。美人なにいちゃんの隣にいて全く霞まない、完璧な人だった。
正直、スペック盛りすぎで、人間じゃないとは薄々思ってた。でも、それでも、どうしてこんな意味不明なことを言い出したのか、全く理解できない。
「もしかして……俺たちの血が繋がってないこと、知ってて聞いてるんですか?」
「あ、うん。ごめんね。千茅くん、やたら和久に優しいからさ。恋愛的な意味で好きなのかなって」
柔らかい声で聞かれても、その内容は最悪だ。
中学でも女子から同じことを何度も聞かれたのを思い出して、心底うんざりした。
たしかに、俺はブラコンだ。小5の時に、母さんの再婚で家族になったにいちゃんとは、本当に仲が良い。
だけど、俺たちは、本当にただの義兄弟でしかなかった。
中学の時なんて、女子に言われたことをそっくりそのまま伝えたら、大爆笑されたくらいだ。
そんな二人の間に、恋愛もクソもない。
そもそも、俺は初恋もまだだ。勝手に、気持ちを決めつけられて、探られるのは気持ちのいいものじゃない。
「あー……またか。ほんと最悪」
ぽそりと呟くと、久登先輩が瞬きを繰り返した。
「え、そんな怒る?」
「怒るに決まってるじゃないですか。にいちゃんはにいちゃんでしかないってのに」
「そうなの?」
「そうです。ほんと迷惑なんですけど」
「そっかぁ、ごめん」
謝ってはいるのに、久登先輩の声はどこかほっとしたように聞こえる。それが余計に、俺を腹立たせた。
しかもなんか、凄い今更感あるけど『恋愛的な意味で好きなの?』って、牽制されてるみたいにも聞こえる。
最初は、義理の兄弟だから誤解されたのかもって怒ったけど……よくよく考えたら、まるで久登先輩がにいちゃんを好きだから、聞いてきたみたいじゃないか。
にいちゃんが男女問わずモテるのは、知っている。
だけど、なんで俺が牽制されなきゃいけないんだ。
「ごめんで済む問題じゃないんですけど」
呆れることすら疲れてきたのに、つい言葉尻が強くなる。
にいちゃんのことになると、頭に血がのぼりがちなのが、俺の悪い癖だ。
「いくら義理の兄弟でも、そんな風に思われるの、普通に心外だし、色んな意味でノンデリすぎやしませんか?」
「の、ノンデリ……」
「デリカシーなさすぎですよ」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃないって……。ありえねぇ。じゃあ、最初から、んなこと口にすんなよ」
思わず目くじらを立てて、盛大に吐き捨てた。
ただ、苛立ったからって、先輩にタメ口かますってダメだろ、俺。
やらかしに気づいてすぐに「すみませんでした!」と叫んだ。
そのあとの反応を見るのが、怖い。だけど、俺と久登先輩は、これまでほとんど関わりなく生きてきた。
「どうせ学年は違うし、もう関わるはずがないんだよな」
「へ? 千茅くん?」
「ここは、逃げるが勝ち……?」
意を決した俺は、床に転がる先輩たちを踏まないようにしながら、一目散に逃げ出した。
背後で、先輩が何かを言ってきた気がする。でも、心臓がばくばくしていて、何も耳に入らない。
ただ、リビングを飛び出した瞬間、膝がじくっと痛んで、ようやく少し冷静さを取り戻した。
そういえば、入学式の日も、春なのに少し寒くて、膝が疼いたっけ。あの時、校門で遭遇した久登先輩から、保健室に連れて行かれて、丁寧に湿布を貼ってくれた。
「優しい先輩だって、ちょっと憧れてたのにな。なのに、なんであんな地雷、踏んでくるんだよ」
リビングの扉を一瞥してから、痛む足で階段を駆け上がった。
ただ、俺はこの一件で、久登先輩の変なスイッチを押したらしい。
クリスマス以降、店番中の駄菓子屋に押しかけてくるわ、学校では急に捕まえられるわ。久登先輩にウザ絡みをされるようになったのだった。
クリスマス当日、夕方。自分のクラス会から帰宅すると、広々としたリビングには、大勢の二年生が雑魚寝していた。
おまけにテーブルは、荒れ放題。母さんが帰って来たら、発狂もんの有様だった。
「なんでこんなことになってんの……」
絶句しながら、首謀者のにいちゃんを探せば、ソファでおねむの時間。
ただ、普段は人との距離に敏感なのに、隣の肩に頭を預けていて、俺は心配になった。
「おいおい、にいちゃん。なんで今日はこんな無防備なんだよ」
呆れながら、華奢な肩を揺さぶろうとした矢先だ。
「千茅くんって、そういう意味で和久のことが好きなの?」
まるで挨拶するみたいに、誰かにさらっと話しかけられた。そのとんでもない発言に、にいちゃんに伸ばしかけた手を、ピタリと止めた。
「…………は?」
声がした方を向けば、にいちゃんに肩を貸していた久登先輩が、俺を見ている。
しかも、どこか探るような鋭い目。
にいちゃんで美形耐性できてなかったら、俺はそのイケメンの圧で死んでいたかもしれない。
「先輩、起きてたんですか?」
「うん」
「今、変なことが聞こえた気がしたんですけど」
「変なことって『和久のこと、恋愛的に好きなの?』とは言ったよ」
久登先輩は目元の緊張を少し解いたように、ゆっくり瞬きをした。
「いやいや待ってください。なんでそんなことを?」
和久というのは、にいちゃんのことだ。あまりに困惑しすぎて、思わず眉間にしわが寄る。
地雷発言をかましてきた久登先輩は、高身長で顔が良くて、成績優秀。男子校なのに、他校の女子が押しかけるほどの人気っぷりで、一年の間でも有名人だ。
その上、素行も良い。美人なにいちゃんの隣にいて全く霞まない、完璧な人だった。
正直、スペック盛りすぎで、人間じゃないとは薄々思ってた。でも、それでも、どうしてこんな意味不明なことを言い出したのか、全く理解できない。
「もしかして……俺たちの血が繋がってないこと、知ってて聞いてるんですか?」
「あ、うん。ごめんね。千茅くん、やたら和久に優しいからさ。恋愛的な意味で好きなのかなって」
柔らかい声で聞かれても、その内容は最悪だ。
中学でも女子から同じことを何度も聞かれたのを思い出して、心底うんざりした。
たしかに、俺はブラコンだ。小5の時に、母さんの再婚で家族になったにいちゃんとは、本当に仲が良い。
だけど、俺たちは、本当にただの義兄弟でしかなかった。
中学の時なんて、女子に言われたことをそっくりそのまま伝えたら、大爆笑されたくらいだ。
そんな二人の間に、恋愛もクソもない。
そもそも、俺は初恋もまだだ。勝手に、気持ちを決めつけられて、探られるのは気持ちのいいものじゃない。
「あー……またか。ほんと最悪」
ぽそりと呟くと、久登先輩が瞬きを繰り返した。
「え、そんな怒る?」
「怒るに決まってるじゃないですか。にいちゃんはにいちゃんでしかないってのに」
「そうなの?」
「そうです。ほんと迷惑なんですけど」
「そっかぁ、ごめん」
謝ってはいるのに、久登先輩の声はどこかほっとしたように聞こえる。それが余計に、俺を腹立たせた。
しかもなんか、凄い今更感あるけど『恋愛的な意味で好きなの?』って、牽制されてるみたいにも聞こえる。
最初は、義理の兄弟だから誤解されたのかもって怒ったけど……よくよく考えたら、まるで久登先輩がにいちゃんを好きだから、聞いてきたみたいじゃないか。
にいちゃんが男女問わずモテるのは、知っている。
だけど、なんで俺が牽制されなきゃいけないんだ。
「ごめんで済む問題じゃないんですけど」
呆れることすら疲れてきたのに、つい言葉尻が強くなる。
にいちゃんのことになると、頭に血がのぼりがちなのが、俺の悪い癖だ。
「いくら義理の兄弟でも、そんな風に思われるの、普通に心外だし、色んな意味でノンデリすぎやしませんか?」
「の、ノンデリ……」
「デリカシーなさすぎですよ」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃないって……。ありえねぇ。じゃあ、最初から、んなこと口にすんなよ」
思わず目くじらを立てて、盛大に吐き捨てた。
ただ、苛立ったからって、先輩にタメ口かますってダメだろ、俺。
やらかしに気づいてすぐに「すみませんでした!」と叫んだ。
そのあとの反応を見るのが、怖い。だけど、俺と久登先輩は、これまでほとんど関わりなく生きてきた。
「どうせ学年は違うし、もう関わるはずがないんだよな」
「へ? 千茅くん?」
「ここは、逃げるが勝ち……?」
意を決した俺は、床に転がる先輩たちを踏まないようにしながら、一目散に逃げ出した。
背後で、先輩が何かを言ってきた気がする。でも、心臓がばくばくしていて、何も耳に入らない。
ただ、リビングを飛び出した瞬間、膝がじくっと痛んで、ようやく少し冷静さを取り戻した。
そういえば、入学式の日も、春なのに少し寒くて、膝が疼いたっけ。あの時、校門で遭遇した久登先輩から、保健室に連れて行かれて、丁寧に湿布を貼ってくれた。
「優しい先輩だって、ちょっと憧れてたのにな。なのに、なんであんな地雷、踏んでくるんだよ」
リビングの扉を一瞥してから、痛む足で階段を駆け上がった。
ただ、俺はこの一件で、久登先輩の変なスイッチを押したらしい。
クリスマス以降、店番中の駄菓子屋に押しかけてくるわ、学校では急に捕まえられるわ。久登先輩にウザ絡みをされるようになったのだった。

