猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい

 俺が通う雪明(せつめい)学園は、東北にある男子校だ。
 土地柄的に、ホワイトクリスマスは当たり前。なのに、彼女がいるヤツは極めて少数。
 もちろん、俺にもおらず、クラス全員予定はゼロ。
 そんな男子校の悲しい宿命を背負った俺たちは、学校近くのカラオケ屋で、むさ苦しいクリスマス会を開催することになった。
 
 と、そこまでは、まぁ普通のクリスマスだったんだけど。
 たぶん、帰りに買ったワクワクマンチョコクランチで、俺の運は尽きた。

 ワクワクマンチョコクランチ──通称ワクチョコは、その名の通りチョコクランチのお菓子だ。それには『世界の妖精・妖怪モチーフ』のシールがおまけでつく。
 むしろ、こっちが本命って人の方が多い。俺も小5の頃からそのシールを夢中に集める、生粋のコレクターだ。

 クリスマス当日、そんな俺が引いたシールは当たり枠ってやつで。早く帰って、にいちゃんに見せないと──。
 その一心で、俺は帰路を急いだ。

 俺は自他ともに認める、ブラコンだ。
 でも、にいちゃんのプライベートを尊重するのがモットー。
 だから、いつもの俺なら、にいちゃんの友達が家にいたら「にいちゃん!」と駆け寄るようなヘマはしない。そっと部屋に行って、誰もいないのを確認してから、リビングに行く。
 
 だけど、この日はレアシールで浮かれていた。
 にいちゃんに報告しなきゃっていう気持ちが()いて、玄関の靴の数なんか見ちゃいない。勢いよく「にいちゃん!」と、リビングの扉を開けてしまった。
 
 俺の家は、無駄に広い。ばあちゃんが地主だからって、ポン、とくれた土地に建てられた家は、親戚一同集まっても余裕のサイズ。
 そんなマイホームのリビングの床には、にいちゃんのクラスメイトと思わしき男たちが、数人眠りこけていた。
 暖炉の火がぱちぱちと燃えているし、そりゃ寝るわなとは思うが、部屋は見るも無惨な状態だった。
 テーブルにはクリスマス会をしたであろう、ピザやケーキの残骸。お菓子の袋も開けっ放し。床に服を脱ぎ散らかしているやつもいる。

 何とも言えない家の惨状に、俺は扉を開けたまま、呆然とした。

 あー、そういえば、にいちゃんから「今日、うちの家でクリスマス会することになった」と言われていたんだっけ。
 じわじわと状況を把握して、眉間を押さえた。

「いや、それにしても汚すぎるだろ。にいちゃん、友達くらい選べよな」

 なんて、誰も起きていないことをいいことに、俺はボソッと毒を吐いた。

 肝心のにいちゃんはというと、夢の世界に旅立っていた。
 ただ、にいちゃんは普段、人との距離感にすごく慎重だっていうのに、久登(ひさと)先輩の肩にもたれかかるようにソファで眠っている。

 その瞬間、俺の中のブラコンが発動した。
 いやいや、にいちゃん。それは無防備すぎやしないか?
 引き剥がそうと、焦って二人に近寄ろうとしたら、どうやら、久登先輩は起きていたらしい。

「あ、千茅(ちがや)くんだっけ。お邪魔してます」

 久登先輩は、にいちゃんの頭を肩に乗せたまま、挨拶をしてきた。

 久登先輩は一年の間でも、有名人だ。
 男子校なのに、他校の女子が校門まで押しかけてくるイケメンだって。
 高身長で顔がよくて、おまけに成績優秀。素行も良く、俺のにいちゃんの隣に、いつもいる人。
 天使のようなにいちゃんの隣にいて、霞まない人間なんているんだ──って、初めて並んでいるのを見た時に、俺は物凄く感動した。

 だから、そんな直視できないほどのイケメンから話しかけられたら、縮こまるしかない。

「あ、はい。どうも……」

 イケメンの圧に負けて、返事が人見知りの陰キャみたいになってしまった。
 さっきの俺のボヤキ、先輩に聞こえてない……よな?
 そう心配するモブ感極まりない俺に反して、久登先輩は素晴らしいほどの猫かぶりだった。

「ごめんね。クリスマス会してたんだけど、皆疲れて眠っちゃって」
「はぁ」
「それに……部屋も、荒らしてごめん。和久が起きたら、皆叩き起こして片付けるから、許してもらえるかな? 本当にごめんね」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。……えっと、はい。それじゃあ、自分の部屋行きますね」

 これ以上、後光が見える存在と何を話せばいいのか分からなくて、俺はそそくさとリビングから退出しようとした。
 だけど、俺の何が久登先輩の興味を引いたのか。

「ねぇ、待って。あのさ……よかったら、話し相手になってくれない? 皆、寝ちゃって、暇なんだよね」

 平凡な俺が、まさかの久登先輩から、呼び止められてしまった。
 でも、断る理由もない。何より大好きなにいちゃんの親友だ。この人から、にいちゃんの学校での様子とか、知らない一面を聞けるかも。
 なんて不埒な考えをした俺は「いいですけど」と、久登先輩の近くに腰を下ろした。

 久登先輩は、ほとんどまともに話したことのない、にいちゃんの親友。
 ただ、とにかく話し上手で、なぜかやたらと会話が弾んだ。だから、にいちゃんが寝てる間に、俺はたんまり学校での話を聞かせてもらったんだけど──。
 それが、久登先輩を誤解させてしまったのかもしれない。「あのさ、千茅(ちがや)くんって、そういう意味で和久(わく)のことが好きなの?」
「………………は? そういう意味?」

 久登先輩の質問が唐突すぎて、反応が遅れた。
 ただ、その言い方はどう考えても、俺たちのことを知っている感じだ。

「もしかして……俺たちの血が繋がってないこと、知ってるんですか?」
「あ、うん。ごめんね。……だから、和久のこと恋愛的な意味で好きなのかなって」

 物言いこそは控えめだけど、今度は濁さずに聞いてくる。どんだけ気になるんだよって呆れた瞬間、中学の同級生から同じことで揶揄われたのを思い出して、げんなりした。
 
「あー……最悪」

 つい苛立って、悪態が漏れた。絶対に高校では、にいちゃんに迷惑かけないようにって思ってたのにな。

 俺とにいちゃんは小5の頃、両親の再婚で義理の兄弟になった。
 お互い一人っ子だったし、どっちも人見知りしない性格だったから、すぐに意気投合した。気づけば、そこらの兄弟より仲良くなりすぎて、中学ではブラコンと茶化されるようになった。
 まぁ、そこまでは許せる。
 でも、なんで皆、俺の気持ちを勝手に決めつけるんだよ。意味が分からない。

 俺だって、世の中には色んな恋愛があることは知ってるし、血が繋がってないから余計に誤解されやすいのも分かってる。だけど、俺にとってにいちゃんはにいちゃんであって、恋愛とかそういうのとは全然違う。
 にいちゃんのことを兄弟として慕ってるだけなのに、勝手に恋愛に当てはめられたことが、どうしようもなく腹立たしかった。
 
 特に、久登先輩には入学式の日に助けてもらったし、良い人なんだろうなって思ってたから、余計にショックだった。

「何、言ってるんですか? いくら義理の兄弟だからって、勝手にそんなふうに思われるの、心外なんですけど」
 
 いくら先輩だって、関係ない。俺はこれまで出したことがないくらいの低音で吐き捨てると、即座に立ち上がって、リビングを飛び出した。
 その時、俺の背に向けて、久登先輩がめちゃくちゃ謝ってきたような気がする。
 だけど、俺が立ち上がった瞬間に先輩がどんな顔をしていたのかも、立ち去る俺に何て言ってきたのかも、怒りに塗れていたから覚えてはいない。

 ただ、あの時は腹が立ちすぎて気づかなかったけど、冷静になった今では、先輩のアレは俺への牽制だったのかも……と、思う。
 
 俺こそ二人の仲を疑うなよって話なんだけど。

 見る限り、久登先輩は普段からスキンシップが多くて、二人の距離は近い。にいちゃんもそれを自然に受け入れていて、学校でもよくじゃれ合ってる。クリスマスに肩で寝てたのも、その一つだ。
 
 しかも、俺のにいちゃんは、儚い美少年みたいな容姿をしている。そりゃあ、あんなに可愛いにいちゃんが隣にいたら、恋に落ちても仕方ないと思うし、気が気じゃないだろう。
 ……だからって、弟までライバル認識するなよって話だけど。

 ただ、あの日、俺は久登先輩の何のスイッチを押してしまったのか。あれ以降、俺の前での久登先輩は、別人のようになってしまった。

 まぁ、仮説だけど、俺が恋のライバルじゃないって分かったから、ブラコンの弟から攻略してやろうとでも考えたのかもしれない。
 だって、じゃなきゃ、会うたびに変に距離を詰めてくるわ、ちぃちゃん呼びしてくるわ、してくるはずがない。

 とはいえ、俺には効果はない。ウザ絡みは苦手だ。
 俺と仲良くなって、にいちゃんとの仲を取り持ってもらいたいなら、逆効果でしかなかった。