猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

 あの日、我が家を訪れていた久登先輩は、なぜか様子がおかしかった。

 クリスマス当日、夕方。自分のクラス会から帰宅すると、広々としたリビングには、大勢の二年生が雑魚寝していた。
 おまけにテーブルは、荒れ放題。母さんが帰って来たら、発狂もんの有様だった。

「なんでこんなことになってんの……」

 絶句しながら、首謀者のにいちゃんを探せば、ソファでおねむの時間。
 ただ、普段は人との距離に敏感なのに、隣の肩に頭を預けていて、俺は心配になった。

「おいおい、にいちゃん。なんで今日はこんな無防備なんだよ」

 呆れながら、華奢な肩を揺さぶろうとした矢先だ。

「千茅くんって、そういう意味で和久(わく)のことが好きなの?」

 まるで挨拶するみたいに、誰かにさらっと話しかけられた。そのとんでもない発言に、にいちゃんに伸ばしかけた手を、ピタリと止めた。

「…………は?」

 声がした方を向けば、にいちゃんに肩を貸していた久登先輩が、俺を見ている。
 しかも、どこか探るような鋭い目。
 にいちゃんで美形耐性できてなかったら、俺はそのイケメンの圧で死んでいたかもしれない。

「先輩、起きてたんですか?」
「うん」
「今、変なことが聞こえた気がしたんですけど」
「変なことって『和久のこと、恋愛的に好きなの?』とは言ったよ」

 久登先輩は目元の緊張を少し解いたように、ゆっくり瞬きをした。

「いやいや待ってください。なんでそんなことを?」

 和久というのは、にいちゃんのことだ。あまりに困惑しすぎて、思わず眉間にしわが寄る。
 地雷発言をかましてきた久登先輩は、高身長で顔が良くて、成績優秀。男子校なのに、他校の女子が押しかけるほどの人気っぷりで、一年の間でも有名人だ。
 その上、素行も良い。美人なにいちゃんの隣にいて全く霞まない、完璧な人だった。
 正直、スペック盛りすぎで、人間じゃないとは薄々思ってた。でも、それでも、どうしてこんな意味不明なことを言い出したのか、全く理解できない。

「もしかして……俺たちの血が繋がってないこと、知ってて聞いてるんですか?」
「あ、うん。ごめんね。千茅くん、やたら和久に優しいからさ。恋愛的な意味で好きなのかなって」

 柔らかい声で聞かれても、その内容は最悪だ。
 中学でも女子から同じことを何度も聞かれたのを思い出して、心底うんざりした。
 たしかに、俺はブラコンだ。小5の時に、母さんの再婚で家族になったにいちゃんとは、本当に仲が良い。
 だけど、俺たちは、本当にただの義兄弟(きょうだい)でしかなかった。
 中学の時なんて、女子に言われたことをそっくりそのまま伝えたら、大爆笑されたくらいだ。
 そんな二人の間に、恋愛もクソもない。
 そもそも、俺は初恋もまだだ。勝手に、気持ちを決めつけられて、探られるのは気持ちのいいものじゃない。

「あー……またか。ほんと最悪」

 ぽそりと呟くと、久登先輩が瞬きを繰り返した。

「え、そんな怒る?」
「怒るに決まってるじゃないですか。にいちゃんはにいちゃんでしかないってのに」
「そうなの?」
「そうです。ほんと迷惑なんですけど」
「そっかぁ、ごめん」

 謝ってはいるのに、久登先輩の声はどこかほっとしたように聞こえる。それが余計に、俺を腹立たせた。
 しかもなんか、凄い今更感あるけど『恋愛的な意味で好きなの?』って、牽制されてるみたいにも聞こえる。
 最初は、義理の兄弟だから誤解されたのかもって怒ったけど……よくよく考えたら、まるで久登先輩がにいちゃんを好きだから、聞いてきたみたいじゃないか。
 にいちゃんが男女問わずモテるのは、知っている。
 だけど、なんで俺が牽制されなきゃいけないんだ。 

「ごめんで済む問題じゃないんですけど」

 呆れることすら疲れてきたのに、つい言葉尻が強くなる。
 にいちゃんのことになると、頭に血がのぼりがちなのが、俺の悪い癖だ。

「いくら義理の兄弟でも、そんな風に思われるの、普通に心外だし、色んな意味でノンデリすぎやしませんか?」
「の、ノンデリ……」
「デリカシーなさすぎですよ」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃないって……。ありえねぇ。じゃあ、最初から、んなこと口にすんなよ」

 思わず目くじらを立てて、盛大に吐き捨てた。
 ただ、苛立ったからって、先輩にタメ口かますってダメだろ、俺。
 やらかしに気づいてすぐに「すみませんでした!」と叫んだ。
 そのあとの反応を見るのが、怖い。だけど、俺と久登先輩は、これまでほとんど関わりなく生きてきた。

「どうせ学年は違うし、もう関わるはずがないんだよな」
「へ? 千茅くん?」
「ここは、逃げるが勝ち……?」

 意を決した俺は、床に転がる先輩たちを踏まないようにしながら、一目散に逃げ出した。
 背後で、先輩が何かを言ってきた気がする。でも、心臓がばくばくしていて、何も耳に入らない。
 ただ、リビングを飛び出した瞬間、膝がじくっと痛んで、ようやく少し冷静さを取り戻した。
 そういえば、入学式の日も、春なのに少し寒くて、膝が疼いたっけ。あの時、校門で遭遇した久登先輩から、保健室に連れて行かれて、丁寧に湿布を貼ってくれた。

「優しい先輩だって、ちょっと憧れてたのにな。なのに、なんであんな地雷、踏んでくるんだよ」

 リビングの扉を一瞥してから、痛む足で階段を駆け上がった。
 ただ、俺はこの一件で、久登先輩の変なスイッチを押したらしい。
 クリスマス以降、店番中の駄菓子屋に押しかけてくるわ、学校では急に捕まえられるわ。久登先輩にウザ絡みをされるようになったのだった。