猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

 翌日、日曜日。昨日までの大雪はなりを潜めて、鈍色だった空にはほんの一時(いっとき)の晴れ間が見える。
 俺はやや一方的に約束された時間に、駅前に到着した。
 久登先輩は寒がりだ。
 てっきり、駅構内にいると思っていたのに、外で白い息を吐く先輩を見つけた。
 ただ、ここは雪国。冬はダウン一択。都会で人気そうなロングコートで外を歩くのは、選択ミスだと思う。
 でも、寒そうにしている久登先輩は、やっぱりどこにいても人目を引くみたいだ。道ゆく人が、視線を奪われていて、近づきにくい。
 だけど、久登先輩は俺に気づくやいなや、ふにゃりと笑った。

「ちぃちゃんってば、来てたなら声かけてよぉ!」
「すみません」
「てか、気合い入れておしゃれしたら、寒かった! ちぃちゃんみたく、ダウンにすればよかったー。ミスったー」

 駆け寄ってくる久登先輩は、年相応だった。さっきまで遠く感じたのに、そんな空気は一瞬で霧散した。

「あははっ。いつもの久登先輩だった」

 安心して、肩の力が抜ける。くすくすと笑みが溢れた。
 でも、久登先輩は俺がなんで笑っているのか、分かっていないみたいだ。

「えぇ? 何? 俺、またタグでもつけっぱで来た?」

 なんて、見た目に反したそそっかしいエピソードをぶっこんでくる。
 それがまた、俺のツボにハマって噴き出した。
 一通り気が済むまで笑ったら、久登先輩は凄く穏やかな眼差しをしていた。赤ちゃんとか、小動物とか、見てるような感じの表情だ。

「ちぃちゃんさ、俺以外の前でその顔するのやめてね?」
「えっと?」
「顔には出てないだろうけど、俺ね……今、凄く動悸してるから」
「は? え? それってカラオケ行ってる場合じゃなくないですか!?」
「いや、そこ──」
「病院! 病院行かないとでしょ! でも、日曜日って空いてるっけ」

 慌てて、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。

「久登先輩、かかりつけありますか!?」

 そう言いながら顔を上げたら、久登先輩は目を丸くしていた。でも、目が合った瞬間、ふっと破顔する。

「ちぃちゃん、そこまで深刻じゃない」
「ほんとですか?」
「うん。てか、そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう?」
「あー、えっと……もう、俺、今日はなんかカラオケ何曲でも歌えそう……っていうか?」
「なんですか、それ……」

 ほんの少し前の俺なら、心配して損したって言ってそうだ。だけど、この時は安堵のため息が漏れた。
 今はただ、久登先輩に何もなくてよかったって思う。

「ちぃちゃん、ごめんね? なんか変に心配させて」
「ほんと、そうですよ」
「えぇ〜……ちぃちゃんが、今日ほんと素直ぉ……」

 こっちは心配してるっていうのに、久登先輩は茶化したように言う。それがちょっと悔しくて、口を尖らせた。

「素直になったら悪いんですか」
「いや、そんなことない! むしろ嬉しい! ちぃちゃんが、俺にデレてくれる日が近づいた気がして……嬉しい」
「何言ってるんですか、デレませんけど」

 そうは言いながらも、久登先輩が嬉しそうにしてくれるのは、なんか心地よかった。唇が勝手にほどけてしまう。

「いーや、いつか俺にデレる日くるね。絶対くる!」
「きませんって」
「くるよ。よーし、今日はちぃちゃんのためにもいっぱい食べるから! 食べて飲んで歌って、いっぱいシール手に入れようね」

 急にやる気に満ち溢れたみたいに、久登先輩は右肩をぐるぐる回し始める。

「何してるんですか」

 様子のおかしな久登先輩に、呆れてしまう。でも、俺のためにいっぱい食べるって言ってくれたことは素直に嬉しかった。
 ワクチョココラボが楽しみなのか、それとも久登先輩の言葉のせいなのか。正直、どっちか分からないけど、胸の辺りがくすぐったくてたまらなかった。
 カラオケ店まで、徒歩十分。雪道は他の季節よりも歩きづらくて、遠く感じるはずなのに、久登先輩と歩く距離はあっという間だった。