「条件によっては……?」
M氏からのメッセージ。
私は顔を上げ、バスルームの方角を見た。
何で今まで思いつかなかったんだろう。もし、このメッセージが本当なら――。
「ユカ、ちょっと待ってて」
私は立ち上がり、洗面所に走った。
ドアを開ける。
ユニットバスの電気をつける。
ツン、と鼻をつく刺激臭。
塩素系漂白剤の匂いだ。
恐る恐る、床の排水溝の蓋を開ける。
「……嘘」
綺麗さっぱり掃除されていた。
それだけじゃない。
ステンレスの蛇口も、タイルの目地もまるで新築みたいにピカピカに磨き上げられていた。
水滴一つ残っていない。
完璧な掃除。
大学にいる間に誰かが入っている――。
さっきの、だらしない管理人の顔が頭をよぎる。
あの男に、こんな掃除ができる?
「気持ち悪い、気持ち悪い……ッ」
私は鳥肌が立つのを抑えながら、リビングに戻った。
スマホを掴む。
とにかく、返信しなきゃ。髪の毛を取り返して、この写真を消させなきゃ。
私は震える指でフリックした。
『条件ってなんですか? 警察には言いません。だから返してください。お願いします』
送信ボタンを押す。
『この商品は削除されたか、公開停止になっています』
「えっ……?」
画面がグレーアウトした。
取引メッセージが送れない。
商品ページ自体が消えている。
「どうしたの?」
不安そうに見ていたユカが、私のスマホを覗き込む。
「消された……連絡が取れない」
「証拠隠滅ってこと? 最悪じゃん」
ユカが爪を噛んだ、その時だった。
ポーン。
軽快な通知音が、重苦しい空気を切り裂いた。
『バイバイ』の新着通知。
M氏だ。
「……また、何か出品した」
私は息を止めて、M氏のプロフィールページを更新した。
新しい出品。
サムネイル画像が表示される。
今度は、ゴミじゃない。
写真だ。
それも、誰かが写っているツーショット写真。
タイトルを見て、私の心臓が凍りついた。
*
【商品画像】

商品名:
【ユカ様専用】思い出の彼氏(写真)
価格:
¥ 3,000,000 (送料込み)
説明:
ユカ様、お待たせいたしました。
専用出品です。こちらは今の持ち主様には不要になった過去の遺物です。
現在はユカ様が管理されているようですが、元々の所有者は誰だったのか。
歴史を知るための資料としていかがでしょうか。この時の彼の笑顔は、誰に向けられたものでしょうね?
*
「……何で」
隣で画面を見ていたユカの声が、低く震えた。
写っているのは、高校時代の私。
そして隣にいるのは、元カレのタクミ。
――今のユカの彼氏だ。
私とタクミが付き合っていたことは、ユカも知っている。別れてから半年後に、ユカとタクミが付き合い始めたことも、私は知っている。
お互い、「過去のことだから」と割り切って、触れないようにしていた話題。
それを、こんな形で……。
「説明してよ」
ユカが私を見る。
さっきまでの『心配してくれる親友』の目じゃない。
疑いと、嫌悪が混じった目。
「分からないよ」
「ミナミ、この写真、つい最近まで持ってたの?」
「ち、違う! すぐに、捨てたよ! 別れた時に、全部捨てた!」
「じゃあなんで、このM氏って奴が持ってるのよ」
「知らない! 私だって分かんないよ!」
「『今の持ち主様には不要になった』って……あんたが私に嫌がらせするために、誰かに頼んでやらせてんじゃないの?」
「違う! 私も被害者なんだよ!?」
「じゃあ何? ストーカーが、あんたの高校時代のプリクラまで拾ってきて、わざわざ私宛に出品したって言うの? 私の名前を知ってるストーカーなんて、心当たりないんだけど」
ユカの声が荒くなる。
違う。誤解だ。
「……帰る」
ユカが鞄を掴んで立ち上がった。
「待って、ユカ! 一人にしないで!」
「触らないでよ!」
伸ばした手を、パシッと払いのけられた。
乾いた音が部屋に響く。
「気持ち悪いんだよ、あんたも、この出品者も!」
バタン!
ドアが乱暴に閉まる音。
私は一人、シンナー臭い部屋に取り残された。
ブブッ。
スマホが震える。
画面には、M氏からの新しいメッセージが表示されていた。
M氏:
【商品説明に関する補足】
幸いにも、この写真の男との身体の関係はなさそうです。
M氏からのメッセージ。
私は顔を上げ、バスルームの方角を見た。
何で今まで思いつかなかったんだろう。もし、このメッセージが本当なら――。
「ユカ、ちょっと待ってて」
私は立ち上がり、洗面所に走った。
ドアを開ける。
ユニットバスの電気をつける。
ツン、と鼻をつく刺激臭。
塩素系漂白剤の匂いだ。
恐る恐る、床の排水溝の蓋を開ける。
「……嘘」
綺麗さっぱり掃除されていた。
それだけじゃない。
ステンレスの蛇口も、タイルの目地もまるで新築みたいにピカピカに磨き上げられていた。
水滴一つ残っていない。
完璧な掃除。
大学にいる間に誰かが入っている――。
さっきの、だらしない管理人の顔が頭をよぎる。
あの男に、こんな掃除ができる?
「気持ち悪い、気持ち悪い……ッ」
私は鳥肌が立つのを抑えながら、リビングに戻った。
スマホを掴む。
とにかく、返信しなきゃ。髪の毛を取り返して、この写真を消させなきゃ。
私は震える指でフリックした。
『条件ってなんですか? 警察には言いません。だから返してください。お願いします』
送信ボタンを押す。
『この商品は削除されたか、公開停止になっています』
「えっ……?」
画面がグレーアウトした。
取引メッセージが送れない。
商品ページ自体が消えている。
「どうしたの?」
不安そうに見ていたユカが、私のスマホを覗き込む。
「消された……連絡が取れない」
「証拠隠滅ってこと? 最悪じゃん」
ユカが爪を噛んだ、その時だった。
ポーン。
軽快な通知音が、重苦しい空気を切り裂いた。
『バイバイ』の新着通知。
M氏だ。
「……また、何か出品した」
私は息を止めて、M氏のプロフィールページを更新した。
新しい出品。
サムネイル画像が表示される。
今度は、ゴミじゃない。
写真だ。
それも、誰かが写っているツーショット写真。
タイトルを見て、私の心臓が凍りついた。
*
【商品画像】

商品名:
【ユカ様専用】思い出の彼氏(写真)
価格:
¥ 3,000,000 (送料込み)
説明:
ユカ様、お待たせいたしました。
専用出品です。こちらは今の持ち主様には不要になった過去の遺物です。
現在はユカ様が管理されているようですが、元々の所有者は誰だったのか。
歴史を知るための資料としていかがでしょうか。この時の彼の笑顔は、誰に向けられたものでしょうね?
*
「……何で」
隣で画面を見ていたユカの声が、低く震えた。
写っているのは、高校時代の私。
そして隣にいるのは、元カレのタクミ。
――今のユカの彼氏だ。
私とタクミが付き合っていたことは、ユカも知っている。別れてから半年後に、ユカとタクミが付き合い始めたことも、私は知っている。
お互い、「過去のことだから」と割り切って、触れないようにしていた話題。
それを、こんな形で……。
「説明してよ」
ユカが私を見る。
さっきまでの『心配してくれる親友』の目じゃない。
疑いと、嫌悪が混じった目。
「分からないよ」
「ミナミ、この写真、つい最近まで持ってたの?」
「ち、違う! すぐに、捨てたよ! 別れた時に、全部捨てた!」
「じゃあなんで、このM氏って奴が持ってるのよ」
「知らない! 私だって分かんないよ!」
「『今の持ち主様には不要になった』って……あんたが私に嫌がらせするために、誰かに頼んでやらせてんじゃないの?」
「違う! 私も被害者なんだよ!?」
「じゃあ何? ストーカーが、あんたの高校時代のプリクラまで拾ってきて、わざわざ私宛に出品したって言うの? 私の名前を知ってるストーカーなんて、心当たりないんだけど」
ユカの声が荒くなる。
違う。誤解だ。
「……帰る」
ユカが鞄を掴んで立ち上がった。
「待って、ユカ! 一人にしないで!」
「触らないでよ!」
伸ばした手を、パシッと払いのけられた。
乾いた音が部屋に響く。
「気持ち悪いんだよ、あんたも、この出品者も!」
バタン!
ドアが乱暴に閉まる音。
私は一人、シンナー臭い部屋に取り残された。
ブブッ。
スマホが震える。
画面には、M氏からの新しいメッセージが表示されていた。
M氏:
【商品説明に関する補足】
幸いにも、この写真の男との身体の関係はなさそうです。

