「……嘘でしょ。ミナミ、なんでこんな?」
私のスマホ画面を覗き込んだユカが、小さく息を呑む。
『オレンジ色の服なんて着て、派手ですね』
M氏からのメッセージは、今のユカの服装を完璧に言い当てていた。
カフェテリアの誰かが、見ている?
それとも、盗撮?
「ミナミ、警察行こう」
ユカが取り乱している。
「証拠がないって言われるよ。まだ、実害がないもん」
「でも……!」
「とりあえず、私の部屋に来て。何か仕掛けられてるかもしれない」
「分かった」
私たちは逃げるようにカフェを出て、アパートに急いだ。
*
周囲を確認して、オートロックを外す。すぐにエレベーターで上がった。
アパートの一室。
【ハイツ・愛の園】二〇五号室。
私たちは無言で、部屋中をひっくり返した。
コンセントの穴、火災報知器の隙間、ぬいぐるみの中綿、エアコンの吹き出し口まで。
ネットで調べた『盗聴器・盗撮カメラの隠し場所』は全部チェックした。
――ない。
どこにも、変な機械なんて見当たらない。
「……ないね」
ユカがベッドの下から這い出してきて、首を振る。
埃まみれの髪を払いながら、彼女は苦笑いした。
「でもさ、機械がないなら、どうやって……?」
「やっぱり、合鍵じゃない? 誰かが侵入して、写真を撮ってるんだよ」
「合鍵なんて、本当に作ってないもん。彼氏にだって、渡したことない」
言葉に詰まる。
ユカに袖を掴まれる。
「だったら、大家さんに相談しよ。入退室のログとか、監視カメラの映像で、何か分かるかもしれない」
私たちはすぐに一階の管理室に向かった。
インターホンを押すと、しばらくしてドアが半分だけ開いた。
湿ったカビのような臭いが、鼻をつく。
「……はいはい、今開けますよ」
隙間から顔を出したのは、管理人の男だった。
六十代くらいだろうか。
脂ぎった白髪混じりの髪に、黄ばんだランニングシャツ。
視線がねっとりと、私の胸元からユカの太ももへと舐めるように動くのがわかった。
「あの、すみません。相談があるんですけど」
「はい、どうぞ。私、目が悪くてね」
身体に触ろうとする勢いで、管理人が近づいてくる。
私は思わず一歩引いた。
吐き気をこらえて、腕を伸ばしてスマホの画面を見せた。
フリマアプリの画像。私の部屋の写真だ。
「部屋に誰かが入った形跡があるんです。鍵を変えてもらうことって、できませんか?」
管理人は濁った目で画面をぼんやりと見つめ、鼻を鳴らした。
「鍵? 入居者の都合で交換なら、実費だよ」
「お金は払います。ただ、マスターキーの管理ってどうなってるんですか? 誰かに貸したりしてませんか?」
私が少し強めに言うと、管理人は不愉快そうに顔を歪めた。
「失礼なこと言うねぇ。なら、中に入ってよ。鍵なら奥にあるから、自分の目で見て」
男が顎をしゃくった先――。
リビングの奥の壁には、ずらりと鍵がぶら下がっているように見える。
でも、入りたくない。
入ったら、何をされるか分からない。
101、102、103……。
全部屋の合鍵が、フックにかけられている。
誰でも手が届きそうな場所だ。
「私は、ずっとここにいるんだから。誰も貸してなんかいないよ。それよりもさ――」
男はニタリと笑い、黄色い歯を見せた。
「あんた。最近、いい匂いするねぇ。男でもできた? 困るなぁ。ウチは契約者以外が寝泊まりしてもらっちゃダメな取り決めなんだ。今夜、一度、ここでゆっくり契約の話をさせてよ。そのオレンジの友達も一緒でいいから」
私は言葉を失った。
ユカが私の腕を強く引く。
「行こう、ミナミ」
私たちは逃げるように階段を駆け上がった。
背中に、男の視線が張り付いている気がした。
部屋に戻り、鍵をかけてチェーンをかける。
心臓のバクバクが止まらない。
「あいつだよ」
ユカが断言した。
「私もそう思う」
「絶対あいつ。あの目、見た? 気持ち悪すぎ」
「……ね」
あの無造作な鍵の管理。いい匂いがする、という陰湿な言葉。
部屋に入って、私の服や枕の匂いを嗅いでいるんじゃないか?
想像するだけで、鳥肌が立つ。
M氏は、あの管理人なのだろうか。だとすれば、出品名の『M』は、Manager(管理人)のM?
――ブブッ。
スマホが震える。
また、通知だ。もう、怖くてたまらない。
私のスマホ画面を覗き込んだユカが、小さく息を呑む。
『オレンジ色の服なんて着て、派手ですね』
M氏からのメッセージは、今のユカの服装を完璧に言い当てていた。
カフェテリアの誰かが、見ている?
それとも、盗撮?
「ミナミ、警察行こう」
ユカが取り乱している。
「証拠がないって言われるよ。まだ、実害がないもん」
「でも……!」
「とりあえず、私の部屋に来て。何か仕掛けられてるかもしれない」
「分かった」
私たちは逃げるようにカフェを出て、アパートに急いだ。
*
周囲を確認して、オートロックを外す。すぐにエレベーターで上がった。
アパートの一室。
【ハイツ・愛の園】二〇五号室。
私たちは無言で、部屋中をひっくり返した。
コンセントの穴、火災報知器の隙間、ぬいぐるみの中綿、エアコンの吹き出し口まで。
ネットで調べた『盗聴器・盗撮カメラの隠し場所』は全部チェックした。
――ない。
どこにも、変な機械なんて見当たらない。
「……ないね」
ユカがベッドの下から這い出してきて、首を振る。
埃まみれの髪を払いながら、彼女は苦笑いした。
「でもさ、機械がないなら、どうやって……?」
「やっぱり、合鍵じゃない? 誰かが侵入して、写真を撮ってるんだよ」
「合鍵なんて、本当に作ってないもん。彼氏にだって、渡したことない」
言葉に詰まる。
ユカに袖を掴まれる。
「だったら、大家さんに相談しよ。入退室のログとか、監視カメラの映像で、何か分かるかもしれない」
私たちはすぐに一階の管理室に向かった。
インターホンを押すと、しばらくしてドアが半分だけ開いた。
湿ったカビのような臭いが、鼻をつく。
「……はいはい、今開けますよ」
隙間から顔を出したのは、管理人の男だった。
六十代くらいだろうか。
脂ぎった白髪混じりの髪に、黄ばんだランニングシャツ。
視線がねっとりと、私の胸元からユカの太ももへと舐めるように動くのがわかった。
「あの、すみません。相談があるんですけど」
「はい、どうぞ。私、目が悪くてね」
身体に触ろうとする勢いで、管理人が近づいてくる。
私は思わず一歩引いた。
吐き気をこらえて、腕を伸ばしてスマホの画面を見せた。
フリマアプリの画像。私の部屋の写真だ。
「部屋に誰かが入った形跡があるんです。鍵を変えてもらうことって、できませんか?」
管理人は濁った目で画面をぼんやりと見つめ、鼻を鳴らした。
「鍵? 入居者の都合で交換なら、実費だよ」
「お金は払います。ただ、マスターキーの管理ってどうなってるんですか? 誰かに貸したりしてませんか?」
私が少し強めに言うと、管理人は不愉快そうに顔を歪めた。
「失礼なこと言うねぇ。なら、中に入ってよ。鍵なら奥にあるから、自分の目で見て」
男が顎をしゃくった先――。
リビングの奥の壁には、ずらりと鍵がぶら下がっているように見える。
でも、入りたくない。
入ったら、何をされるか分からない。
101、102、103……。
全部屋の合鍵が、フックにかけられている。
誰でも手が届きそうな場所だ。
「私は、ずっとここにいるんだから。誰も貸してなんかいないよ。それよりもさ――」
男はニタリと笑い、黄色い歯を見せた。
「あんた。最近、いい匂いするねぇ。男でもできた? 困るなぁ。ウチは契約者以外が寝泊まりしてもらっちゃダメな取り決めなんだ。今夜、一度、ここでゆっくり契約の話をさせてよ。そのオレンジの友達も一緒でいいから」
私は言葉を失った。
ユカが私の腕を強く引く。
「行こう、ミナミ」
私たちは逃げるように階段を駆け上がった。
背中に、男の視線が張り付いている気がした。
部屋に戻り、鍵をかけてチェーンをかける。
心臓のバクバクが止まらない。
「あいつだよ」
ユカが断言した。
「私もそう思う」
「絶対あいつ。あの目、見た? 気持ち悪すぎ」
「……ね」
あの無造作な鍵の管理。いい匂いがする、という陰湿な言葉。
部屋に入って、私の服や枕の匂いを嗅いでいるんじゃないか?
想像するだけで、鳥肌が立つ。
M氏は、あの管理人なのだろうか。だとすれば、出品名の『M』は、Manager(管理人)のM?
――ブブッ。
スマホが震える。
また、通知だ。もう、怖くてたまらない。



