発送から二日が過ぎた。
私のスマホの画面上で、青い点は不気味に明滅していた。
「……動いたね、ミナミさん」
大学のカフェテリア。ririさんが私のスマホを覗き込み、息を呑んだ。
『探す』アプリの地図上で、配送センターに停滞していた青い点が、ゆっくりと移動を始めている。
「向かってる……これ、どこだろ」
地図が示しているのは、都心のど真ん中。
新宿だ。
「コイツ、こんな人が多いところに住んでるの?!」
「分からない。でも、動きが止まった。ririさん行こう」
青い点は、歌舞伎町の外れにある、雑居ビルの一角で静止した。
ここが、M氏の住処?
アジト?
私たちは講義をサボり、電車に飛び乗った。
ついに、捕まえた――。
*
新宿駅から徒歩十五分。
地図が示した場所は、昼間でも薄暗い路地裏にある、古びた雑居ビルだった。
一階には風俗店の無料案内所。
二階には怪しげなマッサージ店。
エレベーターはなく、壁には落書きが溢れている。
「……ここ?」
ririさんが眉をひそめた。
上品な喪服の女が住むには、あまりにも似つかわしくない場所だ。
私たちは狭い階段を登り、GPSが示す三階へと向かった。
三階のフロア。
そこにあったのは、住居のドアではなかった。
無機質なガラス扉に、『私設私書箱 新宿ポスト』というカッティングシートが貼られているだけだった。
「……私書箱?」
「嘘でしょ……」
ririさんが呻くように言った。
中を覗くと、壁一面に無数の小さなロッカーが並んでいるのが見える。
受付には、やる気のなさそうな男性店員が一人座っているだけだ。
「……やられた」
ririさんが壁をドンと叩いた。
「自宅じゃない。あいつ、住所を隠すためにここを中継地点にしてるんだ」
血の気が引いた。
ここなら、身分証の確認も甘いかもしれないし、偽名でも借りられるかもしれない。
M氏は、自宅の住所など最初から晒すつもりはなかったのだ。
「でも、荷物はここにあるはずだよね? 店員に聞けば……」
「無理だよ。個人情報保護とか言って教えてくれないし、無理やり聞き出そうとしたらこっちが捕まる」
私たちは立ち尽くした。
GPSの青い点は、あの中の無数にあるロッカーの一つを示しているだけ。
壁一枚隔てたところに「答え」があるのに、手が届かない。
その時だった。
私のスマホが、軽快な通知音を鳴らした。
【バイバイ】からの通知。
『取引が完了しました』
「えっ……受取評価?」
荷物はまだ、ロッカーの中にあるはずだ。
M氏は取りに来ていない。
なのに、評価?
私は震える指で、アプリを開いた。
M氏からの評価コメントが表示される。
*
購入者:M氏
評価:☀️ 良い
コメント:
素晴らしい懺悔でした。
中身のルーズリーフ、拝読しましたよ……と言いたいところですが、まだ手元にはありません。
ですが、分かります。あなたがそこに、不純物を混ぜていることくらい。
愚かですねぇ。
私が自宅の住所など教えると思いましたか?
GPSで居場所を探ろうとする、その卑しい根性。
*
「……全部、バレてた」
私はその場に崩れ落ちそうになった。
AirTagを仕込むことさえ、M氏の想定内だった。
私たちは、あいつの手のひらの上で踊らされていただけなんだ。
「……クソッ!」
隣で、ririさんが壁をドンと蹴り飛ばした。
彼女の目には、悔し涙が滲んでいた。
「ここまでやったのに……住所も晒されて、エサまで用意したのに……!」
「帰ろう、ririさん。もう無理だよ……」
私が弱音を吐くと、ririさんはギリリと歯を食いしばり、スマホを取り出した。
「いいえ、まだ手はある」
「え?」
「機械がダメなら、人力を使う」
彼女が開いたのは、あの忌まわしい巨大掲示板のまとめサイトだった。
『M氏出品の女子大生の食べ残し』の実況スレッド。
今もなお、匿名の悪意ある書き込みが増え続けている。
「ミナミさん。この連中は最悪だけど……『特定』に関してはプロだよ」
「特定……?」
「そう。あいつらは祭りが欲しいだけ。ターゲットが私たちだろうが、M氏だろうが、面白ければどっちでもいいの」
ririさんの提案に、私は絶句した。
私たちを笑いものにしている連中に、助けを求めるなんて。
まさに悪魔に魂を売る行為だ。
「毒を以て毒を制す、だよ」
ririさんは迷わず、スレッドの書き込みフォームを開いた。
そして、ナプキンに描いたあの『家紋』の写真と、今私たちがいる『新宿ポスト』の写真を添付した。
「やるよ。もう、なりふり構ってられない」
送信ボタンが押された――。
私のスマホの画面上で、青い点は不気味に明滅していた。
「……動いたね、ミナミさん」
大学のカフェテリア。ririさんが私のスマホを覗き込み、息を呑んだ。
『探す』アプリの地図上で、配送センターに停滞していた青い点が、ゆっくりと移動を始めている。
「向かってる……これ、どこだろ」
地図が示しているのは、都心のど真ん中。
新宿だ。
「コイツ、こんな人が多いところに住んでるの?!」
「分からない。でも、動きが止まった。ririさん行こう」
青い点は、歌舞伎町の外れにある、雑居ビルの一角で静止した。
ここが、M氏の住処?
アジト?
私たちは講義をサボり、電車に飛び乗った。
ついに、捕まえた――。
*
新宿駅から徒歩十五分。
地図が示した場所は、昼間でも薄暗い路地裏にある、古びた雑居ビルだった。
一階には風俗店の無料案内所。
二階には怪しげなマッサージ店。
エレベーターはなく、壁には落書きが溢れている。
「……ここ?」
ririさんが眉をひそめた。
上品な喪服の女が住むには、あまりにも似つかわしくない場所だ。
私たちは狭い階段を登り、GPSが示す三階へと向かった。
三階のフロア。
そこにあったのは、住居のドアではなかった。
無機質なガラス扉に、『私設私書箱 新宿ポスト』というカッティングシートが貼られているだけだった。
「……私書箱?」
「嘘でしょ……」
ririさんが呻くように言った。
中を覗くと、壁一面に無数の小さなロッカーが並んでいるのが見える。
受付には、やる気のなさそうな男性店員が一人座っているだけだ。
「……やられた」
ririさんが壁をドンと叩いた。
「自宅じゃない。あいつ、住所を隠すためにここを中継地点にしてるんだ」
血の気が引いた。
ここなら、身分証の確認も甘いかもしれないし、偽名でも借りられるかもしれない。
M氏は、自宅の住所など最初から晒すつもりはなかったのだ。
「でも、荷物はここにあるはずだよね? 店員に聞けば……」
「無理だよ。個人情報保護とか言って教えてくれないし、無理やり聞き出そうとしたらこっちが捕まる」
私たちは立ち尽くした。
GPSの青い点は、あの中の無数にあるロッカーの一つを示しているだけ。
壁一枚隔てたところに「答え」があるのに、手が届かない。
その時だった。
私のスマホが、軽快な通知音を鳴らした。
【バイバイ】からの通知。
『取引が完了しました』
「えっ……受取評価?」
荷物はまだ、ロッカーの中にあるはずだ。
M氏は取りに来ていない。
なのに、評価?
私は震える指で、アプリを開いた。
M氏からの評価コメントが表示される。
*
購入者:M氏
評価:☀️ 良い
コメント:
素晴らしい懺悔でした。
中身のルーズリーフ、拝読しましたよ……と言いたいところですが、まだ手元にはありません。
ですが、分かります。あなたがそこに、不純物を混ぜていることくらい。
愚かですねぇ。
私が自宅の住所など教えると思いましたか?
GPSで居場所を探ろうとする、その卑しい根性。
*
「……全部、バレてた」
私はその場に崩れ落ちそうになった。
AirTagを仕込むことさえ、M氏の想定内だった。
私たちは、あいつの手のひらの上で踊らされていただけなんだ。
「……クソッ!」
隣で、ririさんが壁をドンと蹴り飛ばした。
彼女の目には、悔し涙が滲んでいた。
「ここまでやったのに……住所も晒されて、エサまで用意したのに……!」
「帰ろう、ririさん。もう無理だよ……」
私が弱音を吐くと、ririさんはギリリと歯を食いしばり、スマホを取り出した。
「いいえ、まだ手はある」
「え?」
「機械がダメなら、人力を使う」
彼女が開いたのは、あの忌まわしい巨大掲示板のまとめサイトだった。
『M氏出品の女子大生の食べ残し』の実況スレッド。
今もなお、匿名の悪意ある書き込みが増え続けている。
「ミナミさん。この連中は最悪だけど……『特定』に関してはプロだよ」
「特定……?」
「そう。あいつらは祭りが欲しいだけ。ターゲットが私たちだろうが、M氏だろうが、面白ければどっちでもいいの」
ririさんの提案に、私は絶句した。
私たちを笑いものにしている連中に、助けを求めるなんて。
まさに悪魔に魂を売る行為だ。
「毒を以て毒を制す、だよ」
ririさんは迷わず、スレッドの書き込みフォームを開いた。
そして、ナプキンに描いたあの『家紋』の写真と、今私たちがいる『新宿ポスト』の写真を添付した。
「やるよ。もう、なりふり構ってられない」
送信ボタンが押された――。

