【NEW‼︎】あなたが出品されました

 ハンカチの出品。その反応は、劇薬だった。

『私の涙』を出品し、ケントがX(旧Twitter)で拡散してからわずか、数時間後。

 スマホの通知音が、止まらなくなった。

 ブブッ、ブブブッ、ブブッ。
 短い振動が絶え間なく続く。

「すごいな……予想以上の反響だ」

 ケントはモニターに釘付けになりながら、どこか楽しげに言った。画面には、恐ろしい勢いで増えていく『いいね』と『リポスト』の数が表示されている。

   *

『なにこれ、ホラー?』
『9万9千円のハンカチてwww』
『M氏って出品者、前にも話題になってた奴じゃん』
『特定班、さっさと動けよ』

   *

 有象無象の言葉が、滝のように流れていく。
 私は怖くて、自分のスマホを直視できなかった。
 私の涙が、私の恐怖が、見知らぬ人たちの娯楽として消費されている。

「見て、ミナミ。【バイバイ】の方にもコメントが来てる」

 ケントが私のスマホを操作する。
 あの『涙のハンカチ』の商品ページだ。

   *

『値下げ可能ですか?』
『本当に泣いたんですか? 動画で見せてください』
『僕がM氏の代わりに買います。その代わり自由に使わせてください』

   *

「ううっ……気持ち悪い……」

 吐き気がした。
 M氏をおびき寄せるための罠だったのに、集まってくるのはM氏以外の『変質者』ばかりだ。

 世の中には、こんなに異常な人が溢れているの?

「大丈夫。こういう喧騒の中にこそ、重要な情報が混ざるんだ」

 ケントは平然と言い放ち、XのDMを開いた。
 そこには既に、何十件ものメッセージが届いていた。

   *

『犯人を知っています(嘘)』
『犯人像を霊視しました』
『ローカルテレビ局ですが、取材させてください』

 そんなスパムのようなメッセージを、ケントは機械的に削除していく。
 しばらく、いたちごっこが続いた後――。

「……ん? これは」

 突然、ケントの手が止まった。

「どうしたの?」

「見て。ちょっと具体的すぎるんだ」

 ケントが指差した画面には、『riri_05』というアカウントからのDMが表示されていた。

 アイコンは、可愛らしいウサギのイラスト。
 プロフィールには『都内女子大生』とある。

   *

@riri_05
はじめまして。ツイート拝見しました。
突然すみません。私も、M氏の被害者かもしれません。

@victim_M_info(ケント)
情報ありがとうございます。
具体的にお話を聞かせてもらえませんか?

@riri_05
はい。一ヶ月前です。私の部屋から、使い捨てのコンタクトレンズが消えました。
ただのゴミだと思って気にしていなかったんですが、数日後に【バイバイ】に出品されていたんです。
出品者名は『試験中さん』でした。

@victim_M_info(ケント)
なぜ、あなたのコンタクトだと分かったのですか?
コンタクトのゴミなど、どこの家庭からでも出るでしょう。

@riri_05
度入りのカラコンなんです。しかも、右目がオリーブ・グリーン。左目がブルー・グレー。
さすがに、オッドアイにして捨ててる子、私以外にいないんじゃと思って

   *

「試験中……さん?」

「今の『M氏』の前の名前ってことかな……それにしても具体的で、ミナミと同じ被害の匂いがする」

 ケントが低い声で呟く。

 私の背筋が寒くなる。
 口紅、髪の毛、そしてコンタクト。
 身体の一部や、身体に触れるものばかりだ。

「おっと、続きが来たぞ」

 ケントが画面をスクロールする。

   *

@riri_05
信じてもらえましたか?

@victim_M_info(ケント)
他にも何か気付いた点はありますか?

@riri_05
はい。商品画像の背景が、私の部屋の洗面台でした。
あの独特なタイルの柄は、間違いありません。
それに、説明文が忘れられなくて。
『曇った眼球を覆っていた膜です。この持ち主は、真実を見る目がありません』
……そんなことが書かれていました。
ミナミさんのケースと、文体が似ている気がして。

   *

「……似てる」

 私は震える声で呟いた。

『真実を見る目がない』

 説教臭くて、上から目線で、生理的な嫌悪感を煽る文章。
 間違いなく、私の知っているM氏だ。

「一ヶ月か……。ミナミが被害に遭う少し前だな」

「気持ち悪いよ」

 ケントは顎に手を当てて考え込んだ。

「状況的に、名前が試験中さんだったってことは、ミナミに仕掛けるための予行演習だったのかもしれない」

「え……演習?」

「アプリの使い勝手や、警察が動かないラインを見極めるためのテスト。運営に出品を取り消されるかもしれないしな。riri_05さんは、その実験台にされたんだ」

 ゾクリ、と全身の毛が逆立った。
 実験台?

「これから、どうするの?」

「riri_05さんに、もっと詳しく聞いてみよう。商品の発送元の住所とか、何か手掛かりがあるかもしれない」

 ケントが返信を打とうとした瞬間――再び通知音が鳴り、riri_05から新しい画像が送られてきた。

   *

@riri_05
証拠になるか分かりませんが、その時のスクショが残っていたので送ります。



@riri_05
あと……実は私、この試験中さんと直接、会ったことがあるんです。

   *

「「えっ!?」」

 私とケントの声が重なった。
 会った?

@victim_M_info(ケント)
会ったというのは? 取引でですか?

@riri_05
はい。私がコンタクトを取り返そうとして「返して」とコメントしたら、「直接取りに来るなら返します」と言われて。
指定された場所に行きました。
そこにいたのは、普通のおじさんでも、若い男の人でもありませんでした。

 送られてきたメッセージの最後の一文を見て、私の心臓が止まりそうになった。

@riri_05
胸の膨らみから、上品そうな喪服を着た女性に見えました。ただ、顔や年齢は分かりません。
相手は、気味の悪い仏像の仮面をつけていたので。