【NEW‼︎】あなたが出品されました

 カーテンの隙間から差し込む朝日で、私は目を覚ました。

 隣には、穏やかな寝息を立てているケントがいる。
 温かい体温。石鹸の香り。
 昨夜、私は彼に全てを委ねた。

 ここ数日間の恐怖で凍りついていた心が、彼の腕の中でようやく溶けていくのを感じた。

「……ん、ミナミ? 起きた?」

 私が身じろぎすると、ケントが目を覚ました。
 おはよう、と言って私の髪を撫でる。その優しい手つきに、私はまた泣きそうになった。

 もう、一人じゃない。

「さてと」

 ケントは体を起こすと、サイドテーブルから愛用のノートパソコンを引き寄せ、ベッドの上で開いた。
 その瞬間、彼の纏う空気が、優しい彼氏から冷徹な分析官へと切り替わった。

「反撃の時間だ。まずは敵の情報を整理しよう」

 画面に表示されたのは、あの巨大掲示板サイトのまとめブログだった。

【閲覧注意】フリマアプリでヤバい出品見つけたったwww Part5

「もうパート5まで行ってる……」

「ああ。完全にネットのおもちゃにされてるね。でも、これは好都合だ」

 ケントは冷静にスクロールしていく。

   *

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:202X/02/18(水) 09:12:45.33 ID:XyZaBcDe

うわ、通知表きたwww
「図工が4」とかどうでもよくて草

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:202X/02/18(水) 09:15:10.89 ID:FgHiJkLm

これ原本?
だとしたら実家凸したってこと?
行動力ありすぎて引くわ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:202X/02/18(水) 09:22:02.55 ID:NoPqRsTu

 32
 いや、被害者が実家に帰ったタイミングでうpされたんだろ。タイミング良すぎ。スマホにGPS仕込まれてるの確定じゃん。イッチ(被害者)、早よ気づけよww

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:202X/02/18(水) 09:30:30.11 ID:VwXyZaBc

通知表の「4」てむしろ優秀すぎるんだがwww 「2」が最高のおいらには、天上人の会話www

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:202X/02/18(水) 09:45:15.77 ID:DeFgHiJk

なんかさ、今回の説明文、今までとキャラ違くね?
前はもっと淡々としてたのに、急に感情的というか
ヒステリックなババアみたいな文章になってる
中の人変わった?

   *

「……見て、これ」

 私がレス番89を指差すと、ケントは頷いた。

「鋭いね。俺も同感だ。管理人が実行犯だとしても、文章を書いている人間……裏で指示を出している人間が変わったか、あるいは複数人でアカウントを共有している可能性がある」

 ケントはカタカタとキーボードを叩き、新しいX(旧Twitter)のアカウントを作成した。

 アカウント名は『@victim_M_info』(M氏被害対策室)。

 プロフィール欄に、簡潔に入力する。

『フリマアプリ【バイバイ】の出品者「M氏」によるストーカー被害の証拠収集用アカウントです。情報をお持ちの方はDMまで』

「これで、ネット上の野次馬を味方につける。M氏に関する目撃情報や、過去の同様の被害報告が集まるかもしれない」

 ケントの手際は鮮やかだった。
 私の知らないところで、こんな風に戦う準備をしていたなんて。

「それと、もう一つ。こっちから仕掛ける」

 ケントは私のスマホを手に取ると、【バイバイ】のアプリを開いた。
 そして、ベッドサイドに置いてあった私のハンカチ――昨夜、泣きじゃくった時に涙を拭いたタオルハンカチ――を手に取った。

「え、それ……」

「これを、出品するんだ」

 ケントはハンカチの写真を撮ると、慣れた手つきで商品ページを作成し始めた。
 入力される文字を見て、私は息を呑んだ。

   *

【商品画像】

商品名:
【M氏専用】私の涙
価格:
¥ 99,999 (送料込み)
説明:
昨夜、私が流した涙を拭いたハンカチです。
M氏、あなたがこれほど執着する私の、一番新しい体液が付着していますよ。
欲しいですか?
欲しいなら、買いに来てください。
ただし、購入できるのはM氏、あなただけです。
(※これはM氏のための出品です。一般の方の購入は固くお断りします)

   *

「……こんなの、本当に買うの?」

「普通の人間なら買わない。でも、奴は異常執着者だ。君の髪の毛や写真をコレクションするような奴だよ。『君の涙』なんて、最高の餌だろ」

 ケントは不敵に笑い、赤い『出品する』ボタンを押した。

 ポーン。
 出品完了の音が、静かな部屋に響いた。
 これは宣戦布告だ。

 私たちはもう、ただ怯えているだけの被害者じゃない。隣でパソコンを操作するケントの横顔を見つめた。

 頼もしい。本当に頼もしいけれど。

 『私の涙』を餌にするという発想が、少しだけ、怖いと思ってしまった。