――深夜二時。
ブルーライトに照らされた私の顔は、きっと幽霊みたいに蒼白いのだろう。
課題のレポートが終わらなくて、現実逃避のために開いたフリマアプリ【バイバイ(BuyBye)】。
指先一つで他人の不用品を覗き見るこの時間が、私は嫌いじゃなかった。
今日も不用品の中から、掘り出し物を見つける。他人にとって要らなくても、私にはお宝だったりするから、やめられない。
「……えっ?! 嘘……」
スクロールする指が止まる。
新着商品のタイムラインに、見覚えのあるパッケージが流れてきた。
イヴ・サンローランのルージュ・ヴォリュプテ。
色は婚活リップとしても有名な15番。
でも、私が注目したのはそこじゃない。
「300円……?」
安すぎる。
定価なら4000円以上するし、中古でもこの値段じゃまず買えない。
偽物? それとも、中身が空っぽ?
恐る恐る、商品ページをタップする。
【商品画像】

商品名:
口紅(ピンク)※処分品
価格:
¥ 300 (送料込み)
出品者:
M氏
(評価:☁️ 0 / ☀️ 1582)
商品の説明:
ご覧いただきありがとうございます。
整理のための出品です。色が肌に合わず、品性を損なうため廃棄します。
数回使用しましたが、中身はまだ残っています。嘘をつく日に塗っていたので、少し穢れています。
ご理解のある方のみ、引き取ってください。
カテゴリー:
コスメ・香水・美容 > メイクアップ > 口紅
商品の状態:
全体的に状態が悪い
「……なにこれ?」
説明文が、なんだか奇妙だ。
『品性を損なう』とか『穢れている』とか、フリマアプリで使う言葉じゃない。
新手の詐欺だろうか?
そもそも、嘘をつく日に塗っていたって何だろう。不倫相手にでも会う日にという意味だろうか。
でも、300円。
送料込みでこの値段なら、騙されたと思って買っても痛くない。使用箇所を削って使えば新品も同然。
そういうのを嫌う潔癖症の友達もいるけど、私は気にしない。同じものを持っているが、予備で持っておくのも悪くない。
私は迷わず、画面右下の赤いボタンを押した。
『購入手続きへ』
『購入を確定する』
――取引が完了しました。
「よし、買えた」
これでもし本物が届いたら超ラッキーだ。届いたら消毒して、頑張って表面を削ろう。これも、節約節約。
ホッとして、もう一度商品画像を眺める。
綺麗な写真だ。
白くて繊細なレースの上に、コロンと転がされた金色のスティック。
添付画像をスライドする。キャップのフチに、小さなへこみがあるのが見えた。レースのほつれも、なぜか気になる。
「この、へこみ……? あれ?」
心臓が、ドクンと跳ねた。
記憶がフラッシュバックする。
先週の金曜日。大学のトイレで化粧直しをしたとき、手が滑って、コンクリートの床にリップを落とした。
あの時についた傷と、形がまったく同じだ。
「まさか、ね」
背筋がゾワリとする。
私は慌てて立ち上がり、自分の部屋のドレッサーに向かった。ポーチの中をひっくり返す。
ファンデ、アイシャドウ、ブラシ。
――ない。
どこを探しても、私の15番のリップがない。
「嘘……どこかでなくしたっけ?」
スマホを握りしめたまま、部屋中を見渡す。
ベッドの下、バッグの中、机の上。
どこにもない。
もう一度、スマホの画面を見る。
商品画像の背景。
白い、レースの布。
――あれ?
私はゆっくりと視線を落とす。
今、私が座っているドレッサーの椅子。
そこには、母が「汚れないように」と掛けてくれた、白いレースのカバーがあった。
網目の形。
ほつれた糸の位置。
画像と、完全に一致している。
「……え?」
喉がひゅっと鳴った。
この写真、どこで撮ったの?
いつ撮ったの?
通知音が、静まり返った部屋に響く。
ビクッとして画面を見ると、『バイバイ』から取引メッセージが届いていた。
M氏:
ご購入ありがとうございます。
発送通知をお待ちください。
なお、商品はオンリーワンの代物なので、ノークレーム・ノーリターンでお願いします。
ポーチをもう一度、ひっくり返す。やっぱりない。私のリップは、落としたんじゃない。盗まれて、出品されたんだ。
不意に部屋のドアノブが、カチャリと回った。
ブルーライトに照らされた私の顔は、きっと幽霊みたいに蒼白いのだろう。
課題のレポートが終わらなくて、現実逃避のために開いたフリマアプリ【バイバイ(BuyBye)】。
指先一つで他人の不用品を覗き見るこの時間が、私は嫌いじゃなかった。
今日も不用品の中から、掘り出し物を見つける。他人にとって要らなくても、私にはお宝だったりするから、やめられない。
「……えっ?! 嘘……」
スクロールする指が止まる。
新着商品のタイムラインに、見覚えのあるパッケージが流れてきた。
イヴ・サンローランのルージュ・ヴォリュプテ。
色は婚活リップとしても有名な15番。
でも、私が注目したのはそこじゃない。
「300円……?」
安すぎる。
定価なら4000円以上するし、中古でもこの値段じゃまず買えない。
偽物? それとも、中身が空っぽ?
恐る恐る、商品ページをタップする。
【商品画像】

商品名:
口紅(ピンク)※処分品
価格:
¥ 300 (送料込み)
出品者:
M氏
(評価:☁️ 0 / ☀️ 1582)
商品の説明:
ご覧いただきありがとうございます。
整理のための出品です。色が肌に合わず、品性を損なうため廃棄します。
数回使用しましたが、中身はまだ残っています。嘘をつく日に塗っていたので、少し穢れています。
ご理解のある方のみ、引き取ってください。
カテゴリー:
コスメ・香水・美容 > メイクアップ > 口紅
商品の状態:
全体的に状態が悪い
「……なにこれ?」
説明文が、なんだか奇妙だ。
『品性を損なう』とか『穢れている』とか、フリマアプリで使う言葉じゃない。
新手の詐欺だろうか?
そもそも、嘘をつく日に塗っていたって何だろう。不倫相手にでも会う日にという意味だろうか。
でも、300円。
送料込みでこの値段なら、騙されたと思って買っても痛くない。使用箇所を削って使えば新品も同然。
そういうのを嫌う潔癖症の友達もいるけど、私は気にしない。同じものを持っているが、予備で持っておくのも悪くない。
私は迷わず、画面右下の赤いボタンを押した。
『購入手続きへ』
『購入を確定する』
――取引が完了しました。
「よし、買えた」
これでもし本物が届いたら超ラッキーだ。届いたら消毒して、頑張って表面を削ろう。これも、節約節約。
ホッとして、もう一度商品画像を眺める。
綺麗な写真だ。
白くて繊細なレースの上に、コロンと転がされた金色のスティック。
添付画像をスライドする。キャップのフチに、小さなへこみがあるのが見えた。レースのほつれも、なぜか気になる。
「この、へこみ……? あれ?」
心臓が、ドクンと跳ねた。
記憶がフラッシュバックする。
先週の金曜日。大学のトイレで化粧直しをしたとき、手が滑って、コンクリートの床にリップを落とした。
あの時についた傷と、形がまったく同じだ。
「まさか、ね」
背筋がゾワリとする。
私は慌てて立ち上がり、自分の部屋のドレッサーに向かった。ポーチの中をひっくり返す。
ファンデ、アイシャドウ、ブラシ。
――ない。
どこを探しても、私の15番のリップがない。
「嘘……どこかでなくしたっけ?」
スマホを握りしめたまま、部屋中を見渡す。
ベッドの下、バッグの中、机の上。
どこにもない。
もう一度、スマホの画面を見る。
商品画像の背景。
白い、レースの布。
――あれ?
私はゆっくりと視線を落とす。
今、私が座っているドレッサーの椅子。
そこには、母が「汚れないように」と掛けてくれた、白いレースのカバーがあった。
網目の形。
ほつれた糸の位置。
画像と、完全に一致している。
「……え?」
喉がひゅっと鳴った。
この写真、どこで撮ったの?
いつ撮ったの?
通知音が、静まり返った部屋に響く。
ビクッとして画面を見ると、『バイバイ』から取引メッセージが届いていた。
M氏:
ご購入ありがとうございます。
発送通知をお待ちください。
なお、商品はオンリーワンの代物なので、ノークレーム・ノーリターンでお願いします。
ポーチをもう一度、ひっくり返す。やっぱりない。私のリップは、落としたんじゃない。盗まれて、出品されたんだ。
不意に部屋のドアノブが、カチャリと回った。

