ピピピッ!ピピピッ!
聞こえてきた機械音に、ハッと目を覚ます。どうやら自宅のリビングにあるソファで寝てしまっていたようだ。目が覚めても鳴り響くその機械音は、台所から響いていた。普段ならうるさく感じて止めにいくところだったが、今の誠にはとてもその余裕がなかった。
誠は震える手で自分の頬に手を持っていく。するっとした肌の感触があるだけで、生暖かく粘り気のある液体はついていなかった。なのに手にこびりついたその感触は今でもリアルに思い出せる。その温もりも、血生臭さも、気持ちの悪さも、どれも本当だった。
自分の手に、べっとりと赤い血がついている、そう見えた。
誠は耐えきれない吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んで、胃のなかのものをぶちまける。出てくるのは胃液ばかりだったのにどれだけ吐いても、体は満足しない。
吐き出す気持ち悪さがさらに嘔気を催す。繰り返し何度も吐くことで、生理的に辛くなり涙を溢す。
「……っはぁ、はぁ」
一通り吐ききると、壁を背にして息を整えようとする。荒い息が誰もいない部屋に響く。
これで二回目だ、と誠は朦朧とした頭で考える。
誠の目の前で田辺裕二が死ぬのが。
一度目は夢だと思った。いや、そう思いたかった。だって、目が覚めた時に目の前に生きた裕二がいたから。あの悲惨な事故は誠が見た悪夢なんだと思い込もうとした。だが、二回目――今回体験したあの死は一度目と同じ現実みたいだった。
周囲の人の悲鳴、頬にかかった裕二の血、赤く染まった電車。どれも夢で片付けられるようなものではなかった。それがわかってしまうだけに、誠はありえない、そんなのは嘘だ、とこれまでの出来事を否定したくなる。
だって裕二は生きていたじゃないか。
だけど、どれだけ否定しても、結果は変わらない。
あれらは夢じゃない。
裕二はたしかに死んだ。
それも一回だけじゃなくて、二回も死んだ。
他でもない、誠の目の前で。
誠は手で顔を覆って膝の間に顔を埋め込む。そして深いため息を吐く。
どうして、死ぬのが裕二なのか。誠だけがそのことを覚えているのは何故なのか。そして、死んだはずの裕二はなぜ生きているのか。
自分は一体何を見せられているのか。
わからない事だらけで、考えなければと思うほど、頭はうまく回ってくれなかった。
誠はもう何も考えたくないと思いながらも這うようにして玄関に向かう。外出する体力も気力もなかったが、どうしてもやらなければいけないことがあった。
この目で田辺裕二が生きている姿を見たかった。
見て、これまでの体験を否定して、安心したかった。
裕二が生きてさえいれば、それだけでよかった。生きているということは、死んでいないということだ。
その思いだけで、誠は玄関の扉を開けて外に出る。
真夏の日差しが、突き刺さるようだった。
裕二の家は誠の家から徒歩五分くらいの場所に位置している。いつもならすぐに辿り着くその道が、今日はとても遠く感じた。どれだけ歩いても裕二の家に辿り着かないことに、誠はイライラし始める。
クソッ! クソッ! クソッ!
堪えきれない怒りをぶつけるように、足を踏み締める。
裕二の家に着くと、深呼吸をしてからインターホンを鳴らした。しばらくして、機械越しに女の人の声が聞こえる。
「はぁーい……あれ? 誠くん?」
女の人は裕二のお母さんだったようで、カメラ越しに誠だと確認するとすぐに会話を切り上げた。そして、数秒も経たないうちに扉を開けてくれた。
裕二のお母さんはふくよかで、背が低い。いつも家事をしているのか、誠が訪ねるたびにエプロンを腰に巻いている。そして、裕二にそっくりな優しい笑顔を浮かべて誠を出迎えてくれるのだ。
裕二のお母さんは、玄関から誠の方にやってくると、突然の訪問に戸惑いながらも笑顔で誠に話しかけた。
「どうしたの、誠くん。うちの子に用事があったのかな?」
背が低いため下から顔を覗かれ、隠したかった誠の焦燥感や不安を全て暴かれてしまうのではないかと恐れた。だが、裕二のお母さんは気づいていながらも、深く尋ねてきたりはしなかった。母親のいない誠は母という存在の暖かさをいつも裕二のお母さんから感じていた。
しかし、今は一刻も早く、裕二に会いたかった。会わなければいけなかった。
「突然来てすみません。……裕二はいませんか?」
「いいのよ、全然! ……裕二はたしか、図書館に行くって言ってたわ。まだ帰ってきてないからきっとそこにいるはずよ」
「……ありがとうございます」
お礼もそこそこに誠は言われた小さな図書館に向かおうと踵を返す。すると、裕二のお母さんに呼び止められた。
「誠くん、余計なお世話かもしれないけど、夜は眠れてる? ご飯はちゃんと食べれてる?」
裕二のお母さんは誠の方に近づき、誠の頭を優しく撫でる。くすぐったい優しい感触が、誠の心に巣食っていた焦りや恐怖を溶かしていくようだった。
誠は目に涙が滲んでくるのを感じ、慌てて袖で乱暴に拭う。
「いい? 無理はしちゃダメよ。困ったことがあったらいつでも大人に頼るの。あなたは一人じゃないんだからね」
頼りたいけど頼り方がわからない。
話したいけど、こんな荒唐無稽な話をどう伝えたらいいのかわからない。
いろんな思いが胸のうちに広がり、頭は真っ白になり結局何も言えなかった。
裕二のお母さんも誠のことをよく知っているためか、無理に聞き出そうとはしなかった。
その優しさが、今の誠には嬉しかった。
「ありがとう、ございます……なんだか、元気もらいました」
一歩後ろに下がり、裕二のお母さんの目をしっかりと見つめて、誠は微笑んだ。少しだけ、血の気が戻った顔を見て裕二のお母さんも安心したように笑った。
「それじゃ、俺、そろそろ行きます」
「えぇ、行ってらっしゃい。裕二のこと、これからもよろしくね」
その言葉に力強く頷くと、誠はその場を立ち去った。
誠は走って町の図書館まで行く。運動部に所属していたとはいえ、もう半年くらいまともに体を動かしていなかったため、しばらくすると息が上がってくる。息が苦しくなっても、走る速度は緩めず、それどころかぐんぐんと早くなっていく。
早く裕二に会いたかった。
生きていることを確かめて安心したかった。
無事を確認したら、裕二を連れて逃げよう。どこでもいいから、何にも脅かされないような場所に行って、今日という日を無事に終わろう。
裕二と笑って明日を迎えるのだ。
何も問題は解決していないし、この現象のカラクリも解明できていないが、今度こそ裕二と明日を迎えられるような気がした。いや、そうするんだと胸の内に固い決意を秘める。
真夏の道路を全力で走るのはとても暑く、誠は図書館に着くと、息を整えながら顔を流れる汗を着ていた服で乱暴に拭う。じんわりと水気を含んだ袖は、図書館の冷気によって冷やされ心地いい感じになる。
この町の図書館はこじんまりとしていて、建てられたのも誠たちが生まれるずっと昔だった。
図書館の中に入ると、本の匂いがしてくる。本屋に立ち並ぶ新品の本の匂いとは少し違う、趣のある匂いだった。
誠は本棚を一つ一つ丁寧に確認し、どこにも裕二がいないとわかると、建物の奥にある学習スペースに向かう。
そのスペースは大きなガラス張りの壁に、天井から大きなカーテンが吊るされていた。カーテンの隙間から差し込む日差しが淡く学習スペースを覆っていた。
ある意味幻想的なその景色の中に裕二はいた。
裕二は参考書を広げてその上で眠っているようだった。起こさないように誠は隣に座る。そして、目元を覆っている、髪の毛を手で払う。
その髪の下からはあどけない寝顔が現れる。誠は、一向に起きる気配を見せない裕二の背中にそっと手を添える。
トク、トク、トク。
一定のリズムで、誠の手のひらを脈打つ音。裕二の心臓がちゃんと動いている証拠だ。
誠は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出す。
(裕二は生きてる……ちゃんとここにいる)
見るも無惨な姿に変わり果てた裕二の死に際を思い出す。
あれは夢じゃない。
だけど現実でもない。
だって、裕二はこの通り、誠のそばで生きている。この手に伝わる拍動が、そう訴えかけている。
痛みに耐えるようにグッと唇を噛み締めると、おもむろに裕二の鼻を摘みにいく。
呼吸するのを妨害された裕二は、三十秒くらい経ってから大きく息を吸いながら体を勢いよく起こした。
「っはぁ! ……え? な、何? 何が起きたの?」
混乱した様子でキョロキョロとする裕二を見て誠は「間抜け面」と言ってその額をピンと弾く。すると裕二はようやく誠に気づいたのか、額を痛そうに抑え目を丸くしていた。
「な、なんで誠がここにいるの?」
裕二の間抜けな顔に誠は耐えられなくなったように吹き出す。滅多に声を出して笑わない誠が、腹を抱えて笑っているところを見て、裕二は戸惑うばかりだった。
「俺がお前に会いたかったんだ」
「そ、そうなんだ……あ、じゃあ何か用があったんだよね?」
「あぁ、あった」
素直に頷く誠に、裕二は「わかった」と言って広げていた勉強道具を片付け始める。誠はその手を取ると裕二の瞳を覚悟を秘めた様子で見つめる。
「一緒に逃げよう」
裕二は掴まれた手と、誠の顔を呆然と見比べる。しばらくその状態が続いたかと思うと、不意に裕二は表情を優しくほどいた。
そして何かに安堵したように誠の手を握り返した。
聞こえてきた機械音に、ハッと目を覚ます。どうやら自宅のリビングにあるソファで寝てしまっていたようだ。目が覚めても鳴り響くその機械音は、台所から響いていた。普段ならうるさく感じて止めにいくところだったが、今の誠にはとてもその余裕がなかった。
誠は震える手で自分の頬に手を持っていく。するっとした肌の感触があるだけで、生暖かく粘り気のある液体はついていなかった。なのに手にこびりついたその感触は今でもリアルに思い出せる。その温もりも、血生臭さも、気持ちの悪さも、どれも本当だった。
自分の手に、べっとりと赤い血がついている、そう見えた。
誠は耐えきれない吐き気が込み上げてきてトイレに駆け込んで、胃のなかのものをぶちまける。出てくるのは胃液ばかりだったのにどれだけ吐いても、体は満足しない。
吐き出す気持ち悪さがさらに嘔気を催す。繰り返し何度も吐くことで、生理的に辛くなり涙を溢す。
「……っはぁ、はぁ」
一通り吐ききると、壁を背にして息を整えようとする。荒い息が誰もいない部屋に響く。
これで二回目だ、と誠は朦朧とした頭で考える。
誠の目の前で田辺裕二が死ぬのが。
一度目は夢だと思った。いや、そう思いたかった。だって、目が覚めた時に目の前に生きた裕二がいたから。あの悲惨な事故は誠が見た悪夢なんだと思い込もうとした。だが、二回目――今回体験したあの死は一度目と同じ現実みたいだった。
周囲の人の悲鳴、頬にかかった裕二の血、赤く染まった電車。どれも夢で片付けられるようなものではなかった。それがわかってしまうだけに、誠はありえない、そんなのは嘘だ、とこれまでの出来事を否定したくなる。
だって裕二は生きていたじゃないか。
だけど、どれだけ否定しても、結果は変わらない。
あれらは夢じゃない。
裕二はたしかに死んだ。
それも一回だけじゃなくて、二回も死んだ。
他でもない、誠の目の前で。
誠は手で顔を覆って膝の間に顔を埋め込む。そして深いため息を吐く。
どうして、死ぬのが裕二なのか。誠だけがそのことを覚えているのは何故なのか。そして、死んだはずの裕二はなぜ生きているのか。
自分は一体何を見せられているのか。
わからない事だらけで、考えなければと思うほど、頭はうまく回ってくれなかった。
誠はもう何も考えたくないと思いながらも這うようにして玄関に向かう。外出する体力も気力もなかったが、どうしてもやらなければいけないことがあった。
この目で田辺裕二が生きている姿を見たかった。
見て、これまでの体験を否定して、安心したかった。
裕二が生きてさえいれば、それだけでよかった。生きているということは、死んでいないということだ。
その思いだけで、誠は玄関の扉を開けて外に出る。
真夏の日差しが、突き刺さるようだった。
裕二の家は誠の家から徒歩五分くらいの場所に位置している。いつもならすぐに辿り着くその道が、今日はとても遠く感じた。どれだけ歩いても裕二の家に辿り着かないことに、誠はイライラし始める。
クソッ! クソッ! クソッ!
堪えきれない怒りをぶつけるように、足を踏み締める。
裕二の家に着くと、深呼吸をしてからインターホンを鳴らした。しばらくして、機械越しに女の人の声が聞こえる。
「はぁーい……あれ? 誠くん?」
女の人は裕二のお母さんだったようで、カメラ越しに誠だと確認するとすぐに会話を切り上げた。そして、数秒も経たないうちに扉を開けてくれた。
裕二のお母さんはふくよかで、背が低い。いつも家事をしているのか、誠が訪ねるたびにエプロンを腰に巻いている。そして、裕二にそっくりな優しい笑顔を浮かべて誠を出迎えてくれるのだ。
裕二のお母さんは、玄関から誠の方にやってくると、突然の訪問に戸惑いながらも笑顔で誠に話しかけた。
「どうしたの、誠くん。うちの子に用事があったのかな?」
背が低いため下から顔を覗かれ、隠したかった誠の焦燥感や不安を全て暴かれてしまうのではないかと恐れた。だが、裕二のお母さんは気づいていながらも、深く尋ねてきたりはしなかった。母親のいない誠は母という存在の暖かさをいつも裕二のお母さんから感じていた。
しかし、今は一刻も早く、裕二に会いたかった。会わなければいけなかった。
「突然来てすみません。……裕二はいませんか?」
「いいのよ、全然! ……裕二はたしか、図書館に行くって言ってたわ。まだ帰ってきてないからきっとそこにいるはずよ」
「……ありがとうございます」
お礼もそこそこに誠は言われた小さな図書館に向かおうと踵を返す。すると、裕二のお母さんに呼び止められた。
「誠くん、余計なお世話かもしれないけど、夜は眠れてる? ご飯はちゃんと食べれてる?」
裕二のお母さんは誠の方に近づき、誠の頭を優しく撫でる。くすぐったい優しい感触が、誠の心に巣食っていた焦りや恐怖を溶かしていくようだった。
誠は目に涙が滲んでくるのを感じ、慌てて袖で乱暴に拭う。
「いい? 無理はしちゃダメよ。困ったことがあったらいつでも大人に頼るの。あなたは一人じゃないんだからね」
頼りたいけど頼り方がわからない。
話したいけど、こんな荒唐無稽な話をどう伝えたらいいのかわからない。
いろんな思いが胸のうちに広がり、頭は真っ白になり結局何も言えなかった。
裕二のお母さんも誠のことをよく知っているためか、無理に聞き出そうとはしなかった。
その優しさが、今の誠には嬉しかった。
「ありがとう、ございます……なんだか、元気もらいました」
一歩後ろに下がり、裕二のお母さんの目をしっかりと見つめて、誠は微笑んだ。少しだけ、血の気が戻った顔を見て裕二のお母さんも安心したように笑った。
「それじゃ、俺、そろそろ行きます」
「えぇ、行ってらっしゃい。裕二のこと、これからもよろしくね」
その言葉に力強く頷くと、誠はその場を立ち去った。
誠は走って町の図書館まで行く。運動部に所属していたとはいえ、もう半年くらいまともに体を動かしていなかったため、しばらくすると息が上がってくる。息が苦しくなっても、走る速度は緩めず、それどころかぐんぐんと早くなっていく。
早く裕二に会いたかった。
生きていることを確かめて安心したかった。
無事を確認したら、裕二を連れて逃げよう。どこでもいいから、何にも脅かされないような場所に行って、今日という日を無事に終わろう。
裕二と笑って明日を迎えるのだ。
何も問題は解決していないし、この現象のカラクリも解明できていないが、今度こそ裕二と明日を迎えられるような気がした。いや、そうするんだと胸の内に固い決意を秘める。
真夏の道路を全力で走るのはとても暑く、誠は図書館に着くと、息を整えながら顔を流れる汗を着ていた服で乱暴に拭う。じんわりと水気を含んだ袖は、図書館の冷気によって冷やされ心地いい感じになる。
この町の図書館はこじんまりとしていて、建てられたのも誠たちが生まれるずっと昔だった。
図書館の中に入ると、本の匂いがしてくる。本屋に立ち並ぶ新品の本の匂いとは少し違う、趣のある匂いだった。
誠は本棚を一つ一つ丁寧に確認し、どこにも裕二がいないとわかると、建物の奥にある学習スペースに向かう。
そのスペースは大きなガラス張りの壁に、天井から大きなカーテンが吊るされていた。カーテンの隙間から差し込む日差しが淡く学習スペースを覆っていた。
ある意味幻想的なその景色の中に裕二はいた。
裕二は参考書を広げてその上で眠っているようだった。起こさないように誠は隣に座る。そして、目元を覆っている、髪の毛を手で払う。
その髪の下からはあどけない寝顔が現れる。誠は、一向に起きる気配を見せない裕二の背中にそっと手を添える。
トク、トク、トク。
一定のリズムで、誠の手のひらを脈打つ音。裕二の心臓がちゃんと動いている証拠だ。
誠は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出す。
(裕二は生きてる……ちゃんとここにいる)
見るも無惨な姿に変わり果てた裕二の死に際を思い出す。
あれは夢じゃない。
だけど現実でもない。
だって、裕二はこの通り、誠のそばで生きている。この手に伝わる拍動が、そう訴えかけている。
痛みに耐えるようにグッと唇を噛み締めると、おもむろに裕二の鼻を摘みにいく。
呼吸するのを妨害された裕二は、三十秒くらい経ってから大きく息を吸いながら体を勢いよく起こした。
「っはぁ! ……え? な、何? 何が起きたの?」
混乱した様子でキョロキョロとする裕二を見て誠は「間抜け面」と言ってその額をピンと弾く。すると裕二はようやく誠に気づいたのか、額を痛そうに抑え目を丸くしていた。
「な、なんで誠がここにいるの?」
裕二の間抜けな顔に誠は耐えられなくなったように吹き出す。滅多に声を出して笑わない誠が、腹を抱えて笑っているところを見て、裕二は戸惑うばかりだった。
「俺がお前に会いたかったんだ」
「そ、そうなんだ……あ、じゃあ何か用があったんだよね?」
「あぁ、あった」
素直に頷く誠に、裕二は「わかった」と言って広げていた勉強道具を片付け始める。誠はその手を取ると裕二の瞳を覚悟を秘めた様子で見つめる。
「一緒に逃げよう」
裕二は掴まれた手と、誠の顔を呆然と見比べる。しばらくその状態が続いたかと思うと、不意に裕二は表情を優しくほどいた。
そして何かに安堵したように誠の手を握り返した。


