終業式が終わり、ヤマセンのありがたい話も終わると誠は昇降口で裕二のことを待った。
裕二のクラスはまだ終わっていないようで、誠は彼を待っている間、手持ち無沙汰になり、スマートフォンを無意識に動かす。
目新しい情報は何もなく、流れてくるのは巷を騒がせている殺人事件の話だったりと、大して面白くもなかった。
交通事故にしろ殺人事件にしろ、人が死ぬのは簡単なんだな、と思った。
その瞬間、脳裏に何かがよぎる。
それは、見覚えのある誰かの背中だった。その人は腕の中に何かを抱きしめながら、嗚咽を漏らしていた。
――麻茶色の髪が揺れている。
思わず誠がその人に手を伸ばそうとした時、誰かが顔を覗かせてきた。
「あれー? 誠じゃーん! 何してんの?」
それは相田華だった。彼女が近づくとふわっと柑橘系のいい香りが漂う。
華と誠は同じ部活――野球部の選手とマネージャーという関係だった。しかし、それは過去の話で、誠は高校二年生の大会の時に肩を故障して、部活を辞めてしまっていた。
「あ! わかった! あいつ待ってるんでしょー」
「……大きな声で騒ぐなよ。耳が痛いだろ」
「はぁ? そんなに大きな声出してないし!」
誠がわざと耳を塞ぐ真似をすると、華はぷくっと口をふくらませて彼の鳩尾に軽いパンチをお見舞する。痛くはなかったが、大袈裟に呻き声を上げると、それが面白かったのか、華はケラケラと笑い出す。
笑うとできるえくぼや、彼女の明るい性格と誰にでも隔てなく話しかける優しさから華は学年問わず人気があった。
「今日も遊びに行くの? あんた達呑気だね」
笑いながら華は校舎の奥を覗き込んで誠の待ち人が通らないかと探す。
誠は「別にいいだろ」と肩を竦めながら言う。続いて「俺、お前より頭良いし」と呟くと、今度は背中を強く叩かれた。
「なっ、にするんだよ!」
じくじくと痛む背中を押さえながら華はふんっと顔を背ける。
「あんたがデリカシーのないこと言うからでしょ! それに、私だってあんたほどじゃないけど、ちゃんと頭いいんだから!」
華はそう言い放つとぷりぷり怒ったまま昇降口の方に向かってしまった。「なんなんだあいつ」と愚痴りながら衝撃でずり落ちたカバンを肩にかけ直す。
「また、怒らせたの?」
その時、後ろから少し高めで、眠たそうな声が聞こえてくる。声の聞こえた方に顔を向けると田辺裕二が階段から降りてくるところだった。
「ダメだよ。ちゃんと仲良くしないと」
「別にいいんだよ、あいつは。もうあれがお決まりみたいなもんなんだから」
「そう? でも、謝っておいた方がいいよ。女の子を怒らせると怖いってみんな言ってるし」
裕二は首を傾げながら誠に忠告する。誠はその忠告を右から左に聞き流しながら昇降口に向かって歩き出す。チラッと顔を外に向けると、華はすでに機嫌が直ったのか、友達と笑い合いながら歩いている。
「ほら、見ろ。あいつ、もう馬鹿みたいに笑ってるぞ」
「もう。そんな言い方ダメだよ」
二人で並んで校舎の外に出ると、頭上で輝く太陽の日差しが肌を突き刺し、途端に汗が滲み出す。
「今日は一段と暑いね。早く秋が来ないかなぁ」
手でうちわのように扇ぎながら裕二は呟く。彼の首筋からたくさんの汗が流れているのが見える。
「そうでもないだろ。昨日もこれくらいだったし」
誠は空を見上げながら答える。その言葉に、裕二は「そうだっけ?」ととぼける。
二人の通う学校は小高い丘の上に建てられていた。四階の教室から外を眺めると、澄み渡る青空と町並が一望できるのが唯一いいところだった。
偏差値やスポーツの成績は平均的で、学校として突出したものは何もなかった。良くも悪くも平凡な学校だ。
商店街に出ると、裕二は嬉しそうに走り出した。裕二が言うには、夏は商店街の店から流れてくる冷気が涼しくて気持ちがいいそうだ。
「誠! 早く来てよ!」
日陰に入って先ほどよりもいきいきとした裕二が笑顔で手を振っている。
誠は片手を挙げてその後ろに続こうとした。
その時、目の前にいた裕二の顔が赤い何かに塗りつぶされる。
それは一瞬だった。
なのに、目の奥に焼きついた赤だけが、何度瞬いても剥がれない。
誠の体温はぐっと下がり、胃の奥に重石を乗せられたようだった。肌は粟立ち、暑いはずなのに体が震えた。
(――なんだったんだ?)
深く考えることを本能が拒否している。これは、立ち入ってはいけないものだと悟る。
それと同時に、この違和感を手放してはいけないとも感じた。
だが、少し先から裕二が「何してるの?」と呼びかけてきたことで、誠の意識は現実に引き戻された。
誠は「なんでもない」と返して、気を取りなおす。きっと気のせいだ、と今感じた違和感を無理やり無視する。
二人は商店街を進んでいき、数年前にできたゲームセンターに入っていく。
真新しいキラキラとした店内に、大きな音で流れる音楽と数々のゲーム機は、何もない町で娯楽に飢えた子供たちにとって楽園だった。
ゲームセンターの中に入ると、ふわっと涼しい風が二人を包み込んだ。
裕二は店の中に入ると、迷わずクレーンゲームに吸い寄せられていく。
「わぁ、見てみて! 僕の好きなゲームのアクスタだよー」
裕二が声を弾ませてながら誠に話しかける。
その機体の中には、たくさんの輪っか付きの景品が入っており、アームを使って下に落下させるゲームのようだった。
裕二は誠の隣でプレイするかどうかで悩み始める。裕二が得意なのは反射神経を使うようなゲームで、アーム操作が求められるものは苦手だった。
誠はそんな彼の様子に見かねたようにため息を吐くと、迷わずお金を機械に投入する。
「え? 誠がやるの?」
驚いたように裕二が誠に聞く。誠は小さく頷く。
誠は特にクレーンゲームが得意なわけでも、好きなわけでもなかった。しかし、裕二の喜ぶ顔が見たいという気持ちが勝った。
誠は景品の位置とアームの開き具合を想像して、ここだと思うタイミングで手を離す。楽しげな音楽と共にアームは下がっていく。それは輪っかを捉えることはできたが、ほんの少し位置を変えただけで景品獲得には至らなかった。
誠は「まあ、こんなもんか」と呟くが、隣では裕二が大袈裟に落ち込んでいた。
「あと少しだったのに! 惜しかったね、誠」
「別に。一回で取れるなんて思ってないし」
「それでもだよ! 貴重な百円が無駄に終わったんだから」
そう言うと裕二も財布を取り出して、チャレンジする。裕二は真剣に機体の中を睨みつけながら、アームを操作するが、位置が悪かったのか輪っかにかすりもしなかった。
「ええー? 絶対に入ったと思ったのに!」
残念そうにする裕二は財布の中を見て、そっとその口を閉じた。
「もういいのか?」
「うん。僕だけが楽しんでもよくないしさ。どうせなら一緒にできる方が楽しいでしょ?」
裕二は誠の手を掴むと、店の奥へと引っ張っていく。
店の奥側には複数人できるゲームや音楽ゲームが並んでいた。
裕二は「どれがいいかなぁ?」と言いながらゲームを物色する。あれこれと悩む裕二の横で、誠は適当に円形の音楽ゲームを指差す。
「あれでいいんじゃね? あれなら実力同じくらいだろ」
「いいね! じゃあ、あっち行こう」
ゲーム機に近づくと、コアな客が黙々とそのゲームをやっていた。その人の邪魔にならないように、二人は荷物を床に置くとお金を投入する。
画面が切り替わり、モード選択に移る。高ランクは二人には難しく、遊んでいても楽しいとは言えなかったため、自分の実力に合った難易度にする。
「今日は負けないからね」
「楽しみにしてる、お前が勝つことを」
裕二のクラスはまだ終わっていないようで、誠は彼を待っている間、手持ち無沙汰になり、スマートフォンを無意識に動かす。
目新しい情報は何もなく、流れてくるのは巷を騒がせている殺人事件の話だったりと、大して面白くもなかった。
交通事故にしろ殺人事件にしろ、人が死ぬのは簡単なんだな、と思った。
その瞬間、脳裏に何かがよぎる。
それは、見覚えのある誰かの背中だった。その人は腕の中に何かを抱きしめながら、嗚咽を漏らしていた。
――麻茶色の髪が揺れている。
思わず誠がその人に手を伸ばそうとした時、誰かが顔を覗かせてきた。
「あれー? 誠じゃーん! 何してんの?」
それは相田華だった。彼女が近づくとふわっと柑橘系のいい香りが漂う。
華と誠は同じ部活――野球部の選手とマネージャーという関係だった。しかし、それは過去の話で、誠は高校二年生の大会の時に肩を故障して、部活を辞めてしまっていた。
「あ! わかった! あいつ待ってるんでしょー」
「……大きな声で騒ぐなよ。耳が痛いだろ」
「はぁ? そんなに大きな声出してないし!」
誠がわざと耳を塞ぐ真似をすると、華はぷくっと口をふくらませて彼の鳩尾に軽いパンチをお見舞する。痛くはなかったが、大袈裟に呻き声を上げると、それが面白かったのか、華はケラケラと笑い出す。
笑うとできるえくぼや、彼女の明るい性格と誰にでも隔てなく話しかける優しさから華は学年問わず人気があった。
「今日も遊びに行くの? あんた達呑気だね」
笑いながら華は校舎の奥を覗き込んで誠の待ち人が通らないかと探す。
誠は「別にいいだろ」と肩を竦めながら言う。続いて「俺、お前より頭良いし」と呟くと、今度は背中を強く叩かれた。
「なっ、にするんだよ!」
じくじくと痛む背中を押さえながら華はふんっと顔を背ける。
「あんたがデリカシーのないこと言うからでしょ! それに、私だってあんたほどじゃないけど、ちゃんと頭いいんだから!」
華はそう言い放つとぷりぷり怒ったまま昇降口の方に向かってしまった。「なんなんだあいつ」と愚痴りながら衝撃でずり落ちたカバンを肩にかけ直す。
「また、怒らせたの?」
その時、後ろから少し高めで、眠たそうな声が聞こえてくる。声の聞こえた方に顔を向けると田辺裕二が階段から降りてくるところだった。
「ダメだよ。ちゃんと仲良くしないと」
「別にいいんだよ、あいつは。もうあれがお決まりみたいなもんなんだから」
「そう? でも、謝っておいた方がいいよ。女の子を怒らせると怖いってみんな言ってるし」
裕二は首を傾げながら誠に忠告する。誠はその忠告を右から左に聞き流しながら昇降口に向かって歩き出す。チラッと顔を外に向けると、華はすでに機嫌が直ったのか、友達と笑い合いながら歩いている。
「ほら、見ろ。あいつ、もう馬鹿みたいに笑ってるぞ」
「もう。そんな言い方ダメだよ」
二人で並んで校舎の外に出ると、頭上で輝く太陽の日差しが肌を突き刺し、途端に汗が滲み出す。
「今日は一段と暑いね。早く秋が来ないかなぁ」
手でうちわのように扇ぎながら裕二は呟く。彼の首筋からたくさんの汗が流れているのが見える。
「そうでもないだろ。昨日もこれくらいだったし」
誠は空を見上げながら答える。その言葉に、裕二は「そうだっけ?」ととぼける。
二人の通う学校は小高い丘の上に建てられていた。四階の教室から外を眺めると、澄み渡る青空と町並が一望できるのが唯一いいところだった。
偏差値やスポーツの成績は平均的で、学校として突出したものは何もなかった。良くも悪くも平凡な学校だ。
商店街に出ると、裕二は嬉しそうに走り出した。裕二が言うには、夏は商店街の店から流れてくる冷気が涼しくて気持ちがいいそうだ。
「誠! 早く来てよ!」
日陰に入って先ほどよりもいきいきとした裕二が笑顔で手を振っている。
誠は片手を挙げてその後ろに続こうとした。
その時、目の前にいた裕二の顔が赤い何かに塗りつぶされる。
それは一瞬だった。
なのに、目の奥に焼きついた赤だけが、何度瞬いても剥がれない。
誠の体温はぐっと下がり、胃の奥に重石を乗せられたようだった。肌は粟立ち、暑いはずなのに体が震えた。
(――なんだったんだ?)
深く考えることを本能が拒否している。これは、立ち入ってはいけないものだと悟る。
それと同時に、この違和感を手放してはいけないとも感じた。
だが、少し先から裕二が「何してるの?」と呼びかけてきたことで、誠の意識は現実に引き戻された。
誠は「なんでもない」と返して、気を取りなおす。きっと気のせいだ、と今感じた違和感を無理やり無視する。
二人は商店街を進んでいき、数年前にできたゲームセンターに入っていく。
真新しいキラキラとした店内に、大きな音で流れる音楽と数々のゲーム機は、何もない町で娯楽に飢えた子供たちにとって楽園だった。
ゲームセンターの中に入ると、ふわっと涼しい風が二人を包み込んだ。
裕二は店の中に入ると、迷わずクレーンゲームに吸い寄せられていく。
「わぁ、見てみて! 僕の好きなゲームのアクスタだよー」
裕二が声を弾ませてながら誠に話しかける。
その機体の中には、たくさんの輪っか付きの景品が入っており、アームを使って下に落下させるゲームのようだった。
裕二は誠の隣でプレイするかどうかで悩み始める。裕二が得意なのは反射神経を使うようなゲームで、アーム操作が求められるものは苦手だった。
誠はそんな彼の様子に見かねたようにため息を吐くと、迷わずお金を機械に投入する。
「え? 誠がやるの?」
驚いたように裕二が誠に聞く。誠は小さく頷く。
誠は特にクレーンゲームが得意なわけでも、好きなわけでもなかった。しかし、裕二の喜ぶ顔が見たいという気持ちが勝った。
誠は景品の位置とアームの開き具合を想像して、ここだと思うタイミングで手を離す。楽しげな音楽と共にアームは下がっていく。それは輪っかを捉えることはできたが、ほんの少し位置を変えただけで景品獲得には至らなかった。
誠は「まあ、こんなもんか」と呟くが、隣では裕二が大袈裟に落ち込んでいた。
「あと少しだったのに! 惜しかったね、誠」
「別に。一回で取れるなんて思ってないし」
「それでもだよ! 貴重な百円が無駄に終わったんだから」
そう言うと裕二も財布を取り出して、チャレンジする。裕二は真剣に機体の中を睨みつけながら、アームを操作するが、位置が悪かったのか輪っかにかすりもしなかった。
「ええー? 絶対に入ったと思ったのに!」
残念そうにする裕二は財布の中を見て、そっとその口を閉じた。
「もういいのか?」
「うん。僕だけが楽しんでもよくないしさ。どうせなら一緒にできる方が楽しいでしょ?」
裕二は誠の手を掴むと、店の奥へと引っ張っていく。
店の奥側には複数人できるゲームや音楽ゲームが並んでいた。
裕二は「どれがいいかなぁ?」と言いながらゲームを物色する。あれこれと悩む裕二の横で、誠は適当に円形の音楽ゲームを指差す。
「あれでいいんじゃね? あれなら実力同じくらいだろ」
「いいね! じゃあ、あっち行こう」
ゲーム機に近づくと、コアな客が黙々とそのゲームをやっていた。その人の邪魔にならないように、二人は荷物を床に置くとお金を投入する。
画面が切り替わり、モード選択に移る。高ランクは二人には難しく、遊んでいても楽しいとは言えなかったため、自分の実力に合った難易度にする。
「今日は負けないからね」
「楽しみにしてる、お前が勝つことを」



