鋭い瞳の奥に燃えるような感情が揺れた。柔らかい笑みを浮かべる裕二からは想像もできないほど、強い感情がそこに秘められていた。
裕二が瞬くと、世界がぐるりと変わる。
夕暮れの町。帰路を急ぐ人々。穏やかな商店街の空気が二人を包んでいる。だが、裕二の心の内には強い覚悟が秘められていた。必ず誠を救うのだ、という決意が。
運命の交差点。裕二が失敗して、誠が死んでしまったそこに辿り着くと、裕二はいつものように誠に笑いかける。何も知らない誠の明日を願って。
恐怖がないわけではなかった。気を抜くと全身から力が抜けて、体が震えそうになる。でも、裕二には誠がいない明日の方が耐えられなかった。そんな明日を迎えるくらいなら、いっそ世界なんて滅んでしまえばいいと願うほどに。
何かに気がついた誠が咄嗟に裕二のことを探す。その一瞬の間に、裕二の体は強い衝撃と共に吹き飛ばされた。
暴走したトラックの力は思いの外強く、ぶつかった瞬間から裕二の意識は飛んだ。来ると分かっていても事故が起きた瞬間、脳が状況を理解することを拒む。息も絶え絶えになりながら、霞む視界で誠の姿を見つける。裕二は最後の力を振り絞って、わずかに口角をあげる。
「よかった」という言葉は声になることはなく。誰の耳にも届かなかった。
意識があるのかどうかわからない中、遠くの方で誠の慟哭が聞こえたような気がした。
世界が暗転する。
薄れいく意識の中、誠の無事に安心しながら考えることをやめると、目の前に誠が気持ちよさそうに眠っていた。
驚いて思わず身を引くと、辺りを見渡して言葉を失う。そこは誠と一緒に昼休憩を過ごす空き教室だった。
咄嗟に体を確認すると、さっき死んだばかりなのに、裕二の体には傷も何もなかった。なのに、鋭い痛みが残っているのか、全身がぐちゃぐちゃになるような違和感が襲う。吐きそうになるのを必死に堪えていると、スマートフォンの画面が光った。
画面には八月三日と記されていた。それは裕二の記憶している日付と違った。
あの日に巻き戻ったのではない。このタイムリープはどこかの終わりに向かっているようだった。
裕二の頭にちらっと浮かぶ夕焼けに照らされた教室。思い出すだけで全身が震え、思考が狭まっていくようだ。
裕二はすぐに頭を振って嫌な記憶から思考を切り上げる。どんなカラクリがあるにしろ、今、目の前で誠が生きている。そして、裕二には時間をやり直すチャンスがあった。それだけ分かればやることは明白だ。
目の前ですやすやと眠る誠を泣きそうな瞳で見つめる。
何度繰り返すことになっても。絶対に誠が生きている明日を迎えるのだ。
そんなことを考えていると、誠の瞼が震え、ゆっくりと目が開かれる。ぼんやりとした視線は辺りを彷徨い、裕二を見つけると誠は目を見開いた。寝起きらしい反応に裕二はフッと笑うと「どうしたの? 幽霊でも見たみたいな驚き方をして」と微笑みかける。
誠は信じられないといった様子で裕二を見上げており、裕二も一瞬自分の顔に何かついているのかと首を傾げる。しばらくしてようやく夢から覚めたように誠は力なく笑った。
誠が生きている。
それがどうしようもなく嬉しくて、辛かった。
いつものようにふざけ合いながら一日を乗り切り、二人でショッピングモールまで足を伸ばす。
併設されたゲームセンターで遊び、おしゃれな服屋を巡った。そして二人で軽食をつまむと、あっという間に時間は過ぎ、二人が帰る時間になる。
「楽しかったね! 息抜きで遊びにくるのも全然ありだね」
「遊び過ぎて模試の点数落としたら、ヤマセンにどやされるけどな」
「大丈夫だよ、誠なら! 頭いいじゃん、僕よりも」
「お前はもう少し真面目に勉強したほうがいいぞ」
揶揄うように口角を持ち上げた誠に、裕二はムッと顔をしかめる。そして冗談を言うように脇腹をくすぐりにいく。誠は笑い声を上げながら駅の構内を走っていく。周りの人の迷惑にならないように気をつけながら、電車が来るまでの間に戯れ合う。
笑い過ぎて生理的な涙を浮かべていると、ホーム内にアナウンスが流れ始める。通過する列車がやってくるから気をつけてください、という呼びかけに誠たちは黄色の線の内側に立つ。
明日の補講も大変だね――そんなことを話そうとしたんだと思う。
その言葉が声になることはなく、その言葉を受け取る人も隣にいなかった。
季節外れの黒いジャンバーに身を包んだ男の腕が裕二の視界の端から伸びている。ちょうど誠が立っていたあたりに、その腕はあった。まるで、誠を突き飛ばすかのように。
頭が状況を理解した時、裕二の頬に粘り気のある何かが飛んできた。一瞬何かわからず手で触れてみると、それは生温かかった。ゆっくりと目線を手に落とすと、そこには真っ赤な血がベッタリとついている。
誰の、とは聞かなくても分かった。
これは幸せな夢なんかじゃない。
裕二が見る、悪夢の先なのだから。
裕二は滲んでくる涙もそのままに、その場に力なく座り込む。辺りの騒音が大きくなる。大人たちが走り回り、怒声が響き合う。
だけど、それらのほとんどが裕二には届いていなかった。
虚ろな瞳で、重力に逆らわず落ちていく涙を拭うこともしない。
裕二はただ、誠が死んだ事実を必死に否定し続ける。誠のいない明日を、裕二は認めない。
「……次こそは」
小さく呟かれた決意は、誰にも届くことはなかった。
裕二が瞬くと、世界がぐるりと変わる。
夕暮れの町。帰路を急ぐ人々。穏やかな商店街の空気が二人を包んでいる。だが、裕二の心の内には強い覚悟が秘められていた。必ず誠を救うのだ、という決意が。
運命の交差点。裕二が失敗して、誠が死んでしまったそこに辿り着くと、裕二はいつものように誠に笑いかける。何も知らない誠の明日を願って。
恐怖がないわけではなかった。気を抜くと全身から力が抜けて、体が震えそうになる。でも、裕二には誠がいない明日の方が耐えられなかった。そんな明日を迎えるくらいなら、いっそ世界なんて滅んでしまえばいいと願うほどに。
何かに気がついた誠が咄嗟に裕二のことを探す。その一瞬の間に、裕二の体は強い衝撃と共に吹き飛ばされた。
暴走したトラックの力は思いの外強く、ぶつかった瞬間から裕二の意識は飛んだ。来ると分かっていても事故が起きた瞬間、脳が状況を理解することを拒む。息も絶え絶えになりながら、霞む視界で誠の姿を見つける。裕二は最後の力を振り絞って、わずかに口角をあげる。
「よかった」という言葉は声になることはなく。誰の耳にも届かなかった。
意識があるのかどうかわからない中、遠くの方で誠の慟哭が聞こえたような気がした。
世界が暗転する。
薄れいく意識の中、誠の無事に安心しながら考えることをやめると、目の前に誠が気持ちよさそうに眠っていた。
驚いて思わず身を引くと、辺りを見渡して言葉を失う。そこは誠と一緒に昼休憩を過ごす空き教室だった。
咄嗟に体を確認すると、さっき死んだばかりなのに、裕二の体には傷も何もなかった。なのに、鋭い痛みが残っているのか、全身がぐちゃぐちゃになるような違和感が襲う。吐きそうになるのを必死に堪えていると、スマートフォンの画面が光った。
画面には八月三日と記されていた。それは裕二の記憶している日付と違った。
あの日に巻き戻ったのではない。このタイムリープはどこかの終わりに向かっているようだった。
裕二の頭にちらっと浮かぶ夕焼けに照らされた教室。思い出すだけで全身が震え、思考が狭まっていくようだ。
裕二はすぐに頭を振って嫌な記憶から思考を切り上げる。どんなカラクリがあるにしろ、今、目の前で誠が生きている。そして、裕二には時間をやり直すチャンスがあった。それだけ分かればやることは明白だ。
目の前ですやすやと眠る誠を泣きそうな瞳で見つめる。
何度繰り返すことになっても。絶対に誠が生きている明日を迎えるのだ。
そんなことを考えていると、誠の瞼が震え、ゆっくりと目が開かれる。ぼんやりとした視線は辺りを彷徨い、裕二を見つけると誠は目を見開いた。寝起きらしい反応に裕二はフッと笑うと「どうしたの? 幽霊でも見たみたいな驚き方をして」と微笑みかける。
誠は信じられないといった様子で裕二を見上げており、裕二も一瞬自分の顔に何かついているのかと首を傾げる。しばらくしてようやく夢から覚めたように誠は力なく笑った。
誠が生きている。
それがどうしようもなく嬉しくて、辛かった。
いつものようにふざけ合いながら一日を乗り切り、二人でショッピングモールまで足を伸ばす。
併設されたゲームセンターで遊び、おしゃれな服屋を巡った。そして二人で軽食をつまむと、あっという間に時間は過ぎ、二人が帰る時間になる。
「楽しかったね! 息抜きで遊びにくるのも全然ありだね」
「遊び過ぎて模試の点数落としたら、ヤマセンにどやされるけどな」
「大丈夫だよ、誠なら! 頭いいじゃん、僕よりも」
「お前はもう少し真面目に勉強したほうがいいぞ」
揶揄うように口角を持ち上げた誠に、裕二はムッと顔をしかめる。そして冗談を言うように脇腹をくすぐりにいく。誠は笑い声を上げながら駅の構内を走っていく。周りの人の迷惑にならないように気をつけながら、電車が来るまでの間に戯れ合う。
笑い過ぎて生理的な涙を浮かべていると、ホーム内にアナウンスが流れ始める。通過する列車がやってくるから気をつけてください、という呼びかけに誠たちは黄色の線の内側に立つ。
明日の補講も大変だね――そんなことを話そうとしたんだと思う。
その言葉が声になることはなく、その言葉を受け取る人も隣にいなかった。
季節外れの黒いジャンバーに身を包んだ男の腕が裕二の視界の端から伸びている。ちょうど誠が立っていたあたりに、その腕はあった。まるで、誠を突き飛ばすかのように。
頭が状況を理解した時、裕二の頬に粘り気のある何かが飛んできた。一瞬何かわからず手で触れてみると、それは生温かかった。ゆっくりと目線を手に落とすと、そこには真っ赤な血がベッタリとついている。
誰の、とは聞かなくても分かった。
これは幸せな夢なんかじゃない。
裕二が見る、悪夢の先なのだから。
裕二は滲んでくる涙もそのままに、その場に力なく座り込む。辺りの騒音が大きくなる。大人たちが走り回り、怒声が響き合う。
だけど、それらのほとんどが裕二には届いていなかった。
虚ろな瞳で、重力に逆らわず落ちていく涙を拭うこともしない。
裕二はただ、誠が死んだ事実を必死に否定し続ける。誠のいない明日を、裕二は認めない。
「……次こそは」
小さく呟かれた決意は、誰にも届くことはなかった。



