サマータイムリープ

 裕二の体温が腕の中で急速に失われていくのに世界は巻き戻らない。これまでは裕二が死んだと理解した瞬間、顔に戻っていたからいつもとは違うパターンに徐々に焦りを覚え始める。もしかして、このまま裕二が死んだままなのかと考えるとゾッとした。

(夏が繰り返されるきっかけは裕二の死ではない……? それなら何が……)

 考えなければいけないことはたくさんあるのに、誠は虚ろな瞳で裕二を見つめるだけで何もできなかった。



 何度裕二が死ぬところを見送ればいいのか。

 こんな終わりの見えない繰り返しを何度行えばいいのか。



 この世界が誠に何をさせたいのか、なにもわからなかった。



 だけど、それでも、誠は考えなければならなかった。裕二と一緒に明日を迎えるために、自分が何をすべきなのかを見極める必要があった。

 誠は裕二の血で染まった両手を見る。乾き始めているのか端の方から血液が変色し、凝固し始めている。誠は裕二の亡骸をゆっくりと床に横たわらせて辺りに手がかりがないかとふらふらの体で捜索を始める。

 机の上には参考書が開いた状態で置かれている。汚い字で書かれた誠のノートには勉強の跡が残されている。その隣を見ると裕二の荷物がいくつか置いてあった。参考書、ノート、筆箱。そして一冊のブックカバーのついたノートが置かれていた。

 誠はブックカバーのついたノートを手に取る。今までに見たことのないそれを開いて確認してみる――そして、愕然とした。


『気がついたら夏休みの始まりに戻っている。これは一体どういうことなんだろう。でも、今はそんなことはどうでもいい。誠がいる。それだけでいい』


 ノートの一ページ目にはそう書かれていた。どうやらこれは裕二の日記、あるいは記録と呼べるものだった。

「なんだよ……これ」


 震える手で次のページを開く。


『誠は憶えてないみたい。世界が巻き戻っていることに気がついている人もいない。みんな、いつも通りだ。おかしいのは僕? それともこの世界? いや、なんでもいいか。誠が生きている。それだけで、僕はいいから』


 誠の知らない記憶がそこには綴られていた。


『誠が死んだ。どうして。なんで。あれが夢じゃなかったとしても、こんなに早く死ぬなんて。しかも運転手の居眠りによる交通事故だ。あの日と時間も場所も、死因も違う。どうなっているんだ。あぁ、なんにしても誠がいない明日に意味なんてないや』

 読み進めていきながら何度も首を振る。

 何度遡っても、この記録は誠の記憶にはないものだ。


 嫌な汗が首筋を流れていく。


 誠は何か大きな思い違いをしているのではないかと、混乱する頭で考える。その片隅で、以前見たニュース記事を思い出した。

 誠が死んだと報道された、あの記事のことを。

 その内容とこれは一致していた。あたかも、誠が死ぬことが正しいことのように。

 どれだけ考えても結論は出ない。だけど、裕二がこの一件で何かを隠していることはわかった。


 裕二が隠したかったこと。裕二が泣いていた理由。


 彼が誠の目の前で自死を選んだ訳がそこにある。


 それに気がついた時、誠の視界は白く塗りつぶされた。