その頃、道半ばまできたところで誠の隣に華が並ぶ。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
声をかけても反応しない誠に、華は思わず肩を掴む。
「っ触んな!!」
触れられたくない方の肩を掴まれて、思わず力強く振り払ってしまう。そこから誠の心の奥底に隠し続けた醜い気持ちを暴かることを恐れたのだ。
その結果、華はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。地面に座り込む華を見て、ようやく誠の足も止まった。バツが悪そうに顔を顰めた誠は、落ち着くために深いため息を吐いた。
「悪い」
「……別に。私の方こそごめん。咄嗟のことだったけど、触れられたくない方を触って」
伸ばされた誠の手を気まずそうにとりながら、華はその場に立ち上がる。浴衣に着いた砂をはたき落としながら、誠の顔を覗く。
「裕二、あんたに話してなかったの?」
「……」
華の問いかけに裕二は無言で答える。一番に報告していそうなのに、なぜ裕二は誠に黙っていたのか。
「お前、いつから知ってた?」
「え? うーんと、つい最近よ。多分、ここ一週間くらいの話」
「……そうか」
誠は再び足を動かしながら呟く。その後ろを慌てたように華もついていく。
「あんたたち、ちゃんと話し合ったほうがいいわよ。だからさ、戻って……」
「今戻っても、結局一緒だろ。あいつは何も話さない。大事なことは、何一つだって」
未来のことだけじゃない。
この繰り返す夏の事も。
誠が真実を知ることで、何かが起きるかのように。
裕二は固く口を閉ざしてしまう。
時間が解決することもあると、そう思っていた。
いつかちゃんと話してくれるんだって――そう、思いたかった。
「でも、やっぱり話せるうちに話したほうがいいと思う」
華は迷いながらも、誠にそう伝える。
「言葉にしなきゃ、伝わらないこともたくさんあるよ。いなくなってからじゃ、遅いんだよ」
「……わかってる。でも、俺もどうしたらいいのかわかんねぇんだよ」
水盆からこぼれ落ちた水が元に戻ることがないように、生きているうちに言葉を交わさなければ一生相手を理解することはできないだろう。
誠は何度も裕二の命がこの手からこぼれ落ちるのを見てきた。
伸ばした手は理不尽な現実に嘲笑うように弄ばれ、次こそはと心に決めても何も意味はなかった。
それでも諦めたくなかったのは、なぜだったのだろうか。
脳裏に、目を細めて笑う裕二の姿がよぎる。
眩しくて、暖かくて、誠が大好きなその笑顔。
瞬間、ノイズが走ったかと思うと、大好きな顔は真っ赤に塗りつぶされる。
『変わっていくのは、いつだって他の奴らの方だ』
背後から聞こえてきたその声は自分の声にそっくりだった。
『結局、裕二も俺を置いていく。俺を置いていっても、あいつは平気だったんだ』
暗く、世界に絶望したような声色で、その声は呪詛を吐き続ける。
『それならいっそ、こんな世界――』
バツンっとブレーカーが落ちるような大きな音ともに、声は聞こえなくなる。
あの時、誠はなんて思ったんだろうか。
(あの時――?)
あの時とはいつのことだろうか。それに、あの言葉はいつ言ったものだったのか。
「聞いてもいいならさ、なんであんなに怒ったのか教えてよ。あんた、あんなに怒るタイプじゃないでしょ?」
華の柔らかい声に誠の耳は音を取り戻す。
「……別に。他のやつのことだったら、こんなに怒らなかった」
「裕二のことだから怒ったの?」
「わからない……でも、裏切られたような、気持ちだったんだと思う」
竜ヶ崎誠は田辺裕二に依存している。
そのことは誠も自覚していることだった。
家庭環境の悪さから、人並みに与えられるべきであった愛情を両親は彼に注がなかった。
愛に飢えた幼子は、たまたま近くに住んでいた愛情に満ちた子供が与えてくれた愛に縋るしかなかった。
裕二がいるから誠は普通でいられる。彼がいるから、誠は希望もない世界で明日も生きようと思えた。
だけど、裕二が引っ越せば、誠はまた一人になる。
所詮どれだけ丁寧にコップに水を注いでも、最初からコップにヒビが入っていたのでは、永遠にそれが満たされることはない。
愛を注がれなくなったコップはまた空になる。
愛を知ってしまったが故に、誠はそれが恐ろしくて仕方がなかった。
「なら、どうすればいいかわかるよね」
大きな瞳がじっと誠を見つめている。まるでのっぺらぼうのように無表情になった華を見て、誠は小さな違和感を覚える。
しばらく無言の時間が続く。
人々の歓声がだんだんと近づいてくる。花火は終盤を迎えているのか、次々に大きな音と共に大輪を空に咲かせる。
その音すら遠くに追いやられるように、鋭い痛みが頭に走る。
何度も見た、夕焼けに照らされた教室。
窓辺に立っているその人は何かを見つけて薄く笑った。
『――裕二の嘘つき』
――そこにいたのは、誠自身だった。
「……もうすぐこのループも終わる」
裕二の声がどこからか聞こえてくる。
「今度こそ、終わりにするんだ」
淡々と、感情のこもらない声が響く。
彼が知っていること、誠が忘れてしまったこと。
その糸口に手が触れたかと思うと、幻影は跡形もなく消えてしまう。
そこは赤く照らされた教室ではなく、神社の境内の入り口だった。
前を向くと、裕二が背を向けて階段のところに立っている。
「裕二……?」
誠の声に裕二は小さく体を揺らすと、ゆっくりと振り返った。
「こんなところにいたんだね。よかった、誠と会えて」
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
声をかけても反応しない誠に、華は思わず肩を掴む。
「っ触んな!!」
触れられたくない方の肩を掴まれて、思わず力強く振り払ってしまう。そこから誠の心の奥底に隠し続けた醜い気持ちを暴かることを恐れたのだ。
その結果、華はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。地面に座り込む華を見て、ようやく誠の足も止まった。バツが悪そうに顔を顰めた誠は、落ち着くために深いため息を吐いた。
「悪い」
「……別に。私の方こそごめん。咄嗟のことだったけど、触れられたくない方を触って」
伸ばされた誠の手を気まずそうにとりながら、華はその場に立ち上がる。浴衣に着いた砂をはたき落としながら、誠の顔を覗く。
「裕二、あんたに話してなかったの?」
「……」
華の問いかけに裕二は無言で答える。一番に報告していそうなのに、なぜ裕二は誠に黙っていたのか。
「お前、いつから知ってた?」
「え? うーんと、つい最近よ。多分、ここ一週間くらいの話」
「……そうか」
誠は再び足を動かしながら呟く。その後ろを慌てたように華もついていく。
「あんたたち、ちゃんと話し合ったほうがいいわよ。だからさ、戻って……」
「今戻っても、結局一緒だろ。あいつは何も話さない。大事なことは、何一つだって」
未来のことだけじゃない。
この繰り返す夏の事も。
誠が真実を知ることで、何かが起きるかのように。
裕二は固く口を閉ざしてしまう。
時間が解決することもあると、そう思っていた。
いつかちゃんと話してくれるんだって――そう、思いたかった。
「でも、やっぱり話せるうちに話したほうがいいと思う」
華は迷いながらも、誠にそう伝える。
「言葉にしなきゃ、伝わらないこともたくさんあるよ。いなくなってからじゃ、遅いんだよ」
「……わかってる。でも、俺もどうしたらいいのかわかんねぇんだよ」
水盆からこぼれ落ちた水が元に戻ることがないように、生きているうちに言葉を交わさなければ一生相手を理解することはできないだろう。
誠は何度も裕二の命がこの手からこぼれ落ちるのを見てきた。
伸ばした手は理不尽な現実に嘲笑うように弄ばれ、次こそはと心に決めても何も意味はなかった。
それでも諦めたくなかったのは、なぜだったのだろうか。
脳裏に、目を細めて笑う裕二の姿がよぎる。
眩しくて、暖かくて、誠が大好きなその笑顔。
瞬間、ノイズが走ったかと思うと、大好きな顔は真っ赤に塗りつぶされる。
『変わっていくのは、いつだって他の奴らの方だ』
背後から聞こえてきたその声は自分の声にそっくりだった。
『結局、裕二も俺を置いていく。俺を置いていっても、あいつは平気だったんだ』
暗く、世界に絶望したような声色で、その声は呪詛を吐き続ける。
『それならいっそ、こんな世界――』
バツンっとブレーカーが落ちるような大きな音ともに、声は聞こえなくなる。
あの時、誠はなんて思ったんだろうか。
(あの時――?)
あの時とはいつのことだろうか。それに、あの言葉はいつ言ったものだったのか。
「聞いてもいいならさ、なんであんなに怒ったのか教えてよ。あんた、あんなに怒るタイプじゃないでしょ?」
華の柔らかい声に誠の耳は音を取り戻す。
「……別に。他のやつのことだったら、こんなに怒らなかった」
「裕二のことだから怒ったの?」
「わからない……でも、裏切られたような、気持ちだったんだと思う」
竜ヶ崎誠は田辺裕二に依存している。
そのことは誠も自覚していることだった。
家庭環境の悪さから、人並みに与えられるべきであった愛情を両親は彼に注がなかった。
愛に飢えた幼子は、たまたま近くに住んでいた愛情に満ちた子供が与えてくれた愛に縋るしかなかった。
裕二がいるから誠は普通でいられる。彼がいるから、誠は希望もない世界で明日も生きようと思えた。
だけど、裕二が引っ越せば、誠はまた一人になる。
所詮どれだけ丁寧にコップに水を注いでも、最初からコップにヒビが入っていたのでは、永遠にそれが満たされることはない。
愛を注がれなくなったコップはまた空になる。
愛を知ってしまったが故に、誠はそれが恐ろしくて仕方がなかった。
「なら、どうすればいいかわかるよね」
大きな瞳がじっと誠を見つめている。まるでのっぺらぼうのように無表情になった華を見て、誠は小さな違和感を覚える。
しばらく無言の時間が続く。
人々の歓声がだんだんと近づいてくる。花火は終盤を迎えているのか、次々に大きな音と共に大輪を空に咲かせる。
その音すら遠くに追いやられるように、鋭い痛みが頭に走る。
何度も見た、夕焼けに照らされた教室。
窓辺に立っているその人は何かを見つけて薄く笑った。
『――裕二の嘘つき』
――そこにいたのは、誠自身だった。
「……もうすぐこのループも終わる」
裕二の声がどこからか聞こえてくる。
「今度こそ、終わりにするんだ」
淡々と、感情のこもらない声が響く。
彼が知っていること、誠が忘れてしまったこと。
その糸口に手が触れたかと思うと、幻影は跡形もなく消えてしまう。
そこは赤く照らされた教室ではなく、神社の境内の入り口だった。
前を向くと、裕二が背を向けて階段のところに立っている。
「裕二……?」
誠の声に裕二は小さく体を揺らすと、ゆっくりと振り返った。
「こんなところにいたんだね。よかった、誠と会えて」



