誠の低い声に裕二の体はわかりやすく震え、下を向く。きゅっと膝の上で握られた手は力を込めすぎているのか白くなっていた。
誠は何を言われたのかわからず、隣に座る裕二を見る。俯いて誠を見ようとしない裕二の姿を見て、その言葉が事実なのだと悟った。
なんで、と思った。
どうして自分だけが知らなかったのか。
ずっと一緒にいるのだとそう思っていたのに。
なんでも話せる、一番の親友だと思っていたのに。
裕二にとってはそうじゃなかったのか。
そう考えた時には、裕二の胸ぐらを反射的に掴んでいた。ぐっと首が締まった裕二が苦しく、泣き出しそうな表情を浮かべる。
「……なんで? なんで言わなかった」
裕二の顔を射抜くような目で問いただすが、裕二は怯えたように視線を彷徨わせるだけで何も言い返さなかった。煮え切らない態度も大事なことを黙っていたことも、全てが誠には気に食わなかった。花火の音も、楽しげな人々の声も、こちらを見ている友人たちの視線も、全てが煩わしい。
「や、やめてよ……田辺くんにだって何かわけが……」
「黙ってろよ! お前は関係ないだろっ!」
止めようとした夏菜子に激昂して怒鳴る誠。その態度に悠真も引いたように「それはないだろ」と呟く。しかし、誠の耳には届いていないのか、誠は再び裕二に視線を戻す。
「なんとか言ったらどうだよ……! なんでそんな大事なことを、俺に、言わなかったんだって聞いてんだろ!」
「……っ」
それでも裕二は何も言わない――言わないことが答えのようだった。
「それが、お前の答えかよ……」
どれだけ強く睨んでも、何を言っても、裕二は震える唇を必死に閉じ続ける。なぜそこまで頑なになって、喋ろうとしないのかわからなかった。言い訳の一つでもしてくれたのなら、まだこの苛立ちも収めることができたかもしれないのに。
裕二は痛みに歪んだ表情の奥で、目だけは揺らがなかった。
それが、決定打だった。
誠は裕二を突き飛ばすように離す。裕二は悠真の方に倒れ込んでいき、悠真がその体を受け止める。オロオロとする夏菜子の横から華が誠の方に近づいてきて誠の頭を叩いた。普段だったら簡単にいなせたはずのその痛みすら、今は苛立ちの糧にしかならなかった。
華をキツく睨みあげると、華も負けじと睨み返してくる。
「いい加減にしなさいよ! あんたのせいで、空気が最悪じゃない。せっかく、みんなで過ごせる最後の夏祭りなのに……!」
彼女は唇を噛み締め、今にも崩れ落ちそうな顔で俯く。誰よりも、この花火大会を楽しみにしていた華だからこそ、楽しめる雰囲気ではなくなってしまったことが悔しいのだろう。
誠だって華の気持ちがわからない訳ではなかった。それでも大事なことを裕二以外から聞かされたことへの苛立ちは無くならない。持て余した感情の行き場がなくて誠はみんなに聞こえるように舌打ちをする。
「ごめん……せっかくの花火、台無しにしちゃって」
悠真の手を借りながら体を起こした裕二が引き攣った笑いを見せる。空気を悪くしたのは誠だったのに、まるで全部自分が悪いかのように言う裕二に余計に腹が立つ。理不尽な苛立ちを見せる誠に怒り返してくれたのなら、誠の気持ちも少しは落ち着くことができただろう。たとえ喧嘩になってしまったとしても、裕二の口からなぜ大事なことを誠に伝えなかったのか、それさえ聞けたのなら、よかったのに。
『――本当に?』
突然、激しい頭痛がしたかと思ったら、脳裏にある映像が流れてくる。
見たことのない甚平を着て幸せそうに笑いながら誠の隣を歩く裕二。
ジジっとノイズが走る。
夕焼けに染まる教室。窓辺に蹲る彼――あれは、裕二?
「誠……?」
誰かが発した声でハッとする意識を現実に戻す。
誠は苛立ったように眉間に皺を寄せると、何も言わずに踵を返す。一人になろうとする誠を裕二は引き留めるように手を伸ばす。
「触んな……!」
裕二の手を避けるように一歩後ろに足を引く。避けられたことに裕二は傷ついた様子を見せ、近くにいた華は咎めるように誠を見ている。誠はその視線から逃げるように足早にその場を立ち去る。夏菜子はどうしたらいいのかわからずおろおろとするだけで、悠真は頭が痛そうに抱える。
「私、あのバカを連れ戻してくる」
華は誠の理不尽さに怒りながらも説得するために誠の後を追いかける。
「……した」
誠と華が森の中に消え、裕二は両手で顔を覆いながら何かを呟く。近くにいた悠真は裕二がなんて言ったのかを聞き返そうとして、言葉を失った。
裕二は悠真たちのことなんて見えていないように狂気を孕んだ瞳で、理性の枷が外れたように捲し立てる。
「失敗した。まただ。これじゃだめだ。このままじゃいけない。どうしよう。どうしたら。このままじゃだめだ。また誠が死ぬ。それはだめだ。だめだ。どうしよう」
「……裕二?」
血走った目であちこちに視線を向ける裕二は、やがて、ふらふらとした足取りで誠たちが消えた森の方に足を向ける。明らかに普通じゃないその様子に、悠真は思わず裕二の手を取る。このまま彼を行かせてはいけないと、本能で感じた。
「おいおい、裕二。ちょっと落ち着けよ。お前まで様子がおかしいぞ」
「そ、そうだよ……今、追いかけても多分竜ヶ崎くん怒ってるだろうし……今は華に任せよう?」
夏菜子も優しく諭すように言葉をかける。しかし、裕二は煩わしそうに悠真の手を振り払い、鋭く悠真たちを睨みつける。初めて見るその様子に二人は思わず息を呑む。嫌なことがあっても優しい表情を浮かべる彼しか知らない二人にとっては、憎しみを込めて睨みあげる彼に何も言えなくなる。
「君たちに、何がわかるの……?」
小さく呟いた裕二はまるで幼い子供が威嚇しているようだった。その姿は泣いているようにも見えた。
「何も知らないくせに……」
失敗したこの世界を裕二は否定する。心配してくれる悠真と夏菜子にヒビが入る。
「どうせ、君たちは本物じゃない――そういう役に過ぎないくせに! なんで、僕の邪魔をするんだよ!」
その言葉が空気に溶けた瞬間、悠真の顔がわずかに歪んだ。
まばたきをした瞬間、そこには誰もいなかった。まるで初めから誰もいなかったように。
「はは……」
裕二はまだ自分の中にこんなにも怒りの気持ちが残っていることに笑えてきた。
「……誠を助けに行かなきゃ」
そう呟いた声に呼応するように、遠くでなっていた祭囃子の音が、ぷつりと途切れた。
誰もいなくなった雑木林の中で、悲しい笑い声だけが静かに響いていた。
誠は何を言われたのかわからず、隣に座る裕二を見る。俯いて誠を見ようとしない裕二の姿を見て、その言葉が事実なのだと悟った。
なんで、と思った。
どうして自分だけが知らなかったのか。
ずっと一緒にいるのだとそう思っていたのに。
なんでも話せる、一番の親友だと思っていたのに。
裕二にとってはそうじゃなかったのか。
そう考えた時には、裕二の胸ぐらを反射的に掴んでいた。ぐっと首が締まった裕二が苦しく、泣き出しそうな表情を浮かべる。
「……なんで? なんで言わなかった」
裕二の顔を射抜くような目で問いただすが、裕二は怯えたように視線を彷徨わせるだけで何も言い返さなかった。煮え切らない態度も大事なことを黙っていたことも、全てが誠には気に食わなかった。花火の音も、楽しげな人々の声も、こちらを見ている友人たちの視線も、全てが煩わしい。
「や、やめてよ……田辺くんにだって何かわけが……」
「黙ってろよ! お前は関係ないだろっ!」
止めようとした夏菜子に激昂して怒鳴る誠。その態度に悠真も引いたように「それはないだろ」と呟く。しかし、誠の耳には届いていないのか、誠は再び裕二に視線を戻す。
「なんとか言ったらどうだよ……! なんでそんな大事なことを、俺に、言わなかったんだって聞いてんだろ!」
「……っ」
それでも裕二は何も言わない――言わないことが答えのようだった。
「それが、お前の答えかよ……」
どれだけ強く睨んでも、何を言っても、裕二は震える唇を必死に閉じ続ける。なぜそこまで頑なになって、喋ろうとしないのかわからなかった。言い訳の一つでもしてくれたのなら、まだこの苛立ちも収めることができたかもしれないのに。
裕二は痛みに歪んだ表情の奥で、目だけは揺らがなかった。
それが、決定打だった。
誠は裕二を突き飛ばすように離す。裕二は悠真の方に倒れ込んでいき、悠真がその体を受け止める。オロオロとする夏菜子の横から華が誠の方に近づいてきて誠の頭を叩いた。普段だったら簡単にいなせたはずのその痛みすら、今は苛立ちの糧にしかならなかった。
華をキツく睨みあげると、華も負けじと睨み返してくる。
「いい加減にしなさいよ! あんたのせいで、空気が最悪じゃない。せっかく、みんなで過ごせる最後の夏祭りなのに……!」
彼女は唇を噛み締め、今にも崩れ落ちそうな顔で俯く。誰よりも、この花火大会を楽しみにしていた華だからこそ、楽しめる雰囲気ではなくなってしまったことが悔しいのだろう。
誠だって華の気持ちがわからない訳ではなかった。それでも大事なことを裕二以外から聞かされたことへの苛立ちは無くならない。持て余した感情の行き場がなくて誠はみんなに聞こえるように舌打ちをする。
「ごめん……せっかくの花火、台無しにしちゃって」
悠真の手を借りながら体を起こした裕二が引き攣った笑いを見せる。空気を悪くしたのは誠だったのに、まるで全部自分が悪いかのように言う裕二に余計に腹が立つ。理不尽な苛立ちを見せる誠に怒り返してくれたのなら、誠の気持ちも少しは落ち着くことができただろう。たとえ喧嘩になってしまったとしても、裕二の口からなぜ大事なことを誠に伝えなかったのか、それさえ聞けたのなら、よかったのに。
『――本当に?』
突然、激しい頭痛がしたかと思ったら、脳裏にある映像が流れてくる。
見たことのない甚平を着て幸せそうに笑いながら誠の隣を歩く裕二。
ジジっとノイズが走る。
夕焼けに染まる教室。窓辺に蹲る彼――あれは、裕二?
「誠……?」
誰かが発した声でハッとする意識を現実に戻す。
誠は苛立ったように眉間に皺を寄せると、何も言わずに踵を返す。一人になろうとする誠を裕二は引き留めるように手を伸ばす。
「触んな……!」
裕二の手を避けるように一歩後ろに足を引く。避けられたことに裕二は傷ついた様子を見せ、近くにいた華は咎めるように誠を見ている。誠はその視線から逃げるように足早にその場を立ち去る。夏菜子はどうしたらいいのかわからずおろおろとするだけで、悠真は頭が痛そうに抱える。
「私、あのバカを連れ戻してくる」
華は誠の理不尽さに怒りながらも説得するために誠の後を追いかける。
「……した」
誠と華が森の中に消え、裕二は両手で顔を覆いながら何かを呟く。近くにいた悠真は裕二がなんて言ったのかを聞き返そうとして、言葉を失った。
裕二は悠真たちのことなんて見えていないように狂気を孕んだ瞳で、理性の枷が外れたように捲し立てる。
「失敗した。まただ。これじゃだめだ。このままじゃいけない。どうしよう。どうしたら。このままじゃだめだ。また誠が死ぬ。それはだめだ。だめだ。どうしよう」
「……裕二?」
血走った目であちこちに視線を向ける裕二は、やがて、ふらふらとした足取りで誠たちが消えた森の方に足を向ける。明らかに普通じゃないその様子に、悠真は思わず裕二の手を取る。このまま彼を行かせてはいけないと、本能で感じた。
「おいおい、裕二。ちょっと落ち着けよ。お前まで様子がおかしいぞ」
「そ、そうだよ……今、追いかけても多分竜ヶ崎くん怒ってるだろうし……今は華に任せよう?」
夏菜子も優しく諭すように言葉をかける。しかし、裕二は煩わしそうに悠真の手を振り払い、鋭く悠真たちを睨みつける。初めて見るその様子に二人は思わず息を呑む。嫌なことがあっても優しい表情を浮かべる彼しか知らない二人にとっては、憎しみを込めて睨みあげる彼に何も言えなくなる。
「君たちに、何がわかるの……?」
小さく呟いた裕二はまるで幼い子供が威嚇しているようだった。その姿は泣いているようにも見えた。
「何も知らないくせに……」
失敗したこの世界を裕二は否定する。心配してくれる悠真と夏菜子にヒビが入る。
「どうせ、君たちは本物じゃない――そういう役に過ぎないくせに! なんで、僕の邪魔をするんだよ!」
その言葉が空気に溶けた瞬間、悠真の顔がわずかに歪んだ。
まばたきをした瞬間、そこには誰もいなかった。まるで初めから誰もいなかったように。
「はは……」
裕二はまだ自分の中にこんなにも怒りの気持ちが残っていることに笑えてきた。
「……誠を助けに行かなきゃ」
そう呟いた声に呼応するように、遠くでなっていた祭囃子の音が、ぷつりと途切れた。
誰もいなくなった雑木林の中で、悲しい笑い声だけが静かに響いていた。


