サマータイムリープ

 準備が整うと二人は集合場所に急いだ。


 集合場所は祭りの会場がある神社近くの公園だった。


 二人が公園の近くにやってくると、華たちはすでに集まっていた。少し遠いところから夏菜子が誠たちに気がつき、華に合図を送ると華は腰に手を当ててぷくっと頬を膨らませる。

「遅い! 何してたのよ」
「別にそんなに遅くないだろ……」

 怒った様子を見せる華の横で悠真は呆れたように言い返す。言い返されたことにさらに腹を立てたのか、華は悠真の肩を平手打ちしていた。

 裕二は華に「ごめんね」と謝りながら近づいていく。

 近くでよく見ると、華と夏菜子は浴衣を着て、髪を結い、化粧をしているのがわかった。華はピンクを基調として花をあしらった可愛らしい浴衣を着ており、髪は高いところで結って赤い花のかんざしを刺している。一方夏菜子は淡い水色から青のグラデーションになった金魚が泳いでいる浴衣で身を包み、髪は華とは違って低いところで結ってある。

「ねぇ、何かないの?」

 華は見せつけるように誠の目の前でくるりと回る。華の言いたいことが誠は分からず首を傾ける。その反応に華はがっくりと肩を落とすと、小さく「わかってたけどさぁ」と呟きながら不貞腐れる。

「相田さん、どうしたのかな? 調子が悪いなら今日はやめておいた方がいいんじゃ……」
「嘘だろ……田辺、お前もこれ見ても何もわかんないのかよ」

 気遣わしげな裕二の言葉に悠真は驚愕の表情を浮かべた。

「あんたたち、そのうち女子から恨み買ってもしらないからね……!」

 女心を全く理解していない誠と裕二を恨めしそうに睨みながら華はフンっと顔を横に向ける。そして、ズンズンと歩き出してしまう。一連の流れを見ていた悠真は心の底から哀れなものを見るように誠たちに視線を向ける。

「お前ら、もう少し、なあ……?」
「言いたいことがあるならはっきりと言えよ」

 不機嫌そうに低い声でいう誠に悠真は仕方がなさそうに笑った。

「女ってのは褒められたい生き物なんだよ。その辺りを察して言葉にした方が、いいんじゃないかって話だよ」
「察するって、誠が一番苦手なことだよね」
「人ごとみたいに笑ってるけど、田辺、お前もだからな」

 指差しながら断言すると裕二は大袈裟なくらい目を大きく見開く。

「えぇ! 僕は誠ほど酷くないよ」

 たしかに誠ほど酷くはないが、華の気持ちに気がついていないあたり、鈍感な部類ではあるだろう。

 誠は誰であれ人の気持ちに鈍感だったが、裕二は一部の人のことになると途端に鈍感になる。全く知らない人の気持ちを察するのは得意なのに、近しい人になればなるほど、その心の内を察することができなくなる。

 悠真は二人のことをやっぱり残念な奴らだ、と思いながら肩を竦める。

 五人は人の流れに沿って道を進む。

 境内に近づくにつれて人は増え、どんどん賑やかになっていく。灯籠が街灯がわりに設置され、ほんのりとした淡い光が一帯を包んでいる。日は地平線の向こうに沈みきり、西の方は濃いオレンジ色に染まっていた。空を見上げると、だんだんと雲が広がっているようで天気がいいとは言い難かったが、この調子なら花火が上がる頃までは雨が降らずにすみそうだった。

 境内に続く長い階段を登り始めると、いよいよ賑やかさは頂点に達する。祭囃子が階段まで響き、大人子供の楽しげな声があたりに広がっている。階段を登り切ったところにはキャラクターが描かれた袋に詰められた綿菓子がいくつも並んでおり、反対を見ると狐の面やキャラクターの面を売っている屋台があった。

「毎年思うけど、やっぱりすごい人ね」

 華が興奮したように頬を赤く染めなら相好を崩した。横に立っていた夏菜子も楽しそうに微笑んでいる。

「まずはやっぱり、腹ごしらえか?」

 立ち止まった時からスマートフォンを触り出した悠真がチラリと女性陣を見る。華はもちろんと言うように大きく頷いた。

「夏菜子は何食べるの? 私はやっぱり祭りといえばたこ焼きは外せないわ」
「えー、うーん……私はりんご飴が食べたいかなぁ。鈴木くんたちは何たべたい?」
「俺はイカ焼きと焼きそば。田辺は?」
「僕かぁ……みんなと見て回って決めたいかなぁ」
「俺は焼きそば。あとは適当に気が向いたもの食べる」

 それぞれの意見が出し終わったところで、女子チームと男子チームで分かれて食べたいものを買って、境内の端で集まることになった。境内の端の方では食べるスペースが設けられており、屋台で買ったものが食べられるようになっていた。

「じゃあ、またあとでね。さ、夏菜子行こう!」

 華は夏菜子の手を握って人混みの中に消えていった。悠真もスマートフォンをいじる手を止めて、誠たちの方に向き直る。

「んじゃ、俺たちも行くとしますか。田辺は食べたいものとかないのかよ」
「たくさんあってどれも美味しそうなんだよね」

 悠真と裕二が並んで歩き出す。誠はその後ろをついていく。人混みに揉まれながら、目当てのご飯を買うために前に進む。


 その光景に強い既視感を覚える。


 以前もどこかで、誠はこの光景を見たことがあるような気がした。


 流れるようにすれ違う人の波。


 屋台の光が境内いっぱいに広がり、誠の前を楽しそうに歩く。

 目につくもの全てに興味を持ち、その度に誠に笑顔で教えてくれる。


 目の前を歩く、麻茶色の髪を揺らした彼が振り返る。



 ――その顔は真っ赤に塗りつぶされていた。



「誠は他に何食べたいの?」



 一瞬、音が消えた。

 次の瞬間、周囲の喧騒が耳を刺した。


 幻覚の誰かと目の前の裕二の姿が重なる。

 知らないはずの、知っている景色。言葉。行動。



 違うのは裕二が見せた表情だけ。



 裕二は今にも泣きそうな顔で誠を見つめていた。


 何がそんなに裕二を苦しめているのかわからなかったが、その憂いを晴らすためなら誠はなんだってできると思えた。

「おい、お前ら大丈夫か?」

 悠真の心配そうな顔に裕二は困ったように目尻を下げるだけだった。

「なんでもない。ほら、行くぞ、裕二」

 裕二の代わりに誠が返事をし、裕二の手を握って引っ張っていく。先導するように進む誠に、裕二は今にも泣き出しそうに顔を歪めたが、すぐに笑顔の仮面を貼り付けた。

 三人は屋台を物色して、気になったものを買っていく。買い物を終えた三人は境内の端にある飲食スペースに着くが、女子たちはまだきていないようだった。五人が座れる場所を探すと運よく、空いている席を見つける。

 席の確保ができたところで華たちが両手いっぱいに食べ物を持って帰ってきた。

「どれも美味しそうで悩んじゃった」
「普段はそんなに食べたいと思わないけど、屋台で売ってるの見ると美味しそうに見えるから不思議よね」

 席に座ると華たちは「いただきます」と手を合わせて買ったきたものを食べ始める。

「それにしてもすごい人だな」

 焼きそばを頬張りながら悠真が境内を見渡す。楽しみが少ないこの町で、一番規模が大きいと言っても過言ではないのがこの夏祭りだった。もちろん他の有名な花火大会に比べれば、規模は小さいが、娯楽に飢えている住民からすればこれだけでも楽しめるものだった。

「他に楽しいことないからな、この町は」

 出来立ての唐揚げにかぶりつきながら誠も人々の波を見る。楽しそうに笑い合いながら歩いていく人たちが、屋台の隙間から見える。屋台で買ったものやお面を頭につけていたりと、それぞれの楽しみ方を満喫している。


 パン! パン、パン!


 買ってきたものが食べ終わる頃、花火大会を予定通りに開催する合図が空に上がった。

「ねね、私、花火が綺麗に見える場所知ってるんだ。そこに行こうよ」

 華が立ち上がって神社の裏手に向かって歩く。

「ちょっと登ったところにひらけた場所があるの。そこからなら、遮るものもなくて花火が綺麗に見えるんだよ」
「それって、入ってもいい場所なのか?」

 先を歩く華に誠が尋ねる。

「別に、この辺りは立ち入り禁止になってないから大丈夫でしょ。実は去年もそこで見たんだよね」

 神社の奥は雑木林になっており、人が通れるような道はなかった。だけど華は馴染みがあるのか道なき道をずんずんと進んでいく。

「でも、浴衣だと歩きにくいね」
「そうなんだよね。それだけが失敗だったかな」

 たしかに華と夏菜子は浴衣のため、獣道を歩くのは大変そうだった。それでも穴場のスポットまで行こうとするあたり、本当にいい場所なのだろう。

「でも、高校最後の夏祭りじゃない。最高の場所で花火を見て、いい思い出にしたいのよ」

 華の気持ちは他の四人にもよくわかった。いつまでも子供のままではいられず、いつかはみんなこの町を出ていくかもしれない。大学はみんな別々の場所に進学するだろうし、この先も変わらず一緒にいることはおそらく難しいだろう。

「相田は県外の大学に行くんだっけ? 鈴木は……」
「私は県の外には行かないよ。でも、ここから通うのは大変だから一人暮らしになるかも。そういう鈴木くんは進路どうするの?」
「俺は、東京の大学に行くかな。ここにも戻ってこないかもな」
「やっぱりみんな、バラバラになるんだよね」

 みんなで進路の話しをしながら先に進む。それぞれがこの先のことをちゃんと考えていた。

 進路の話を聞きながら、誠はこの先の未来に思いを馳せる。

 高校まではなんとか父親が金を払ってくれていたが、おそらく大学は払ってくれないだろう。そう考えると、誠は高校卒業したら働くのが無難な選択かなと考える。少しでも早くお金を貯めて、あの家を出ていく。それが今の誠が進める道の一つだった。

 その時、ふと裕二の進路のことが気になった。よく考えれば、裕二の進路について話したことがなかったことに気がついた。だからそのことを聞こうと口を開きかけたところで、ドーンと大きな音が鳴る。

 五人は思わず足を止めて、後ろを振り返る。木の先から赤くキラキラとした大きな大輪が顔をのぞかせる。

「あー! 始まっちゃった! 早く行こう!」

 次々と上がる花火を背に華が急ぎ足で先に進む。

 そうして、少し歩くと、開けた場所に着いた。

 そこからは町が一望でき、下の方に神社も見えた。そしてなによりも空に打ち上がる大きな花火も綺麗に見えた。穴場というだけあって、そこには誰もおらず、静かに花火を楽しむことができる最高の場所だった。

 色とりどりで、大きな花の形や土星の形、たくさんの小さな花の形など様々な花火が次々に上がる。


「綺麗だね」


 誰かがポツリと呟く。

「本当に……ありがとう、華。ここを教えてくれて」
「いいよ、別に。みんなで綺麗な花火が見たかっただけなんだから」
「こうやって、俺たちが集まって花火を見れるのも最後なんだな」

 悠真がしみじみと言う。その言葉にみんなが静かに頷いた。

「また、集まればいいだろ。集まろうと思えば、集まれるんだから」

 花火の上がる音だけが響く中、誠はポツリと呟いた。

 その言葉にみんなの視線が集まる。誠はその視線に恥ずかしさを覚えながらも、頬を掻く。


「…………あんた、知らないの?」
「?」


 僅かに眉を寄せた華に誠は目を丸くし、戸惑った様子を見せる。華は何かを確認するように裕二の方を見て息を呑む。

 裕二は誰が見てもわかるくらい、顔色を青ざめさせ、小さく震えていた。まるで、恐ろしい何かを目にしているかのような怯えようだった。

 その様子を見た華は直観的に裕二がそのことを誠に言っていないのだと気がつく。本人が話していないことを周りが勝手に言ってはいけないと思い、華は口を閉ざす。しかし、悠真たちはそんな裕二の様子には気が付かなかったようだ。


「田辺、言ってないのか? お前が、海外に引っ越すってこと……」


「……は?」