サマータイムリープ

 裕二と別れて家の玄関先に立ち尽くす。



 目の前には血まみれになって動かなくなった裕二がいた。



 もちろんそれは幻で、本当じゃないことはわかっている。

 だけど、今ならわかる。あれは夢じゃない、本当に起きたことなんだ、と。


 あの時、痛くて、苦しかったはずの裕二は最後まで笑っていた。


 一度目も二度目も、裕二の死は一瞬だった。おそらく裕二自身も死を自覚する前に、死んだのではないかと思うほどに。だけど三度目は違う。あの男に何度も何度も刺され、ゆっくりと命を落としていった。そう考えると、三回の中で一番悲惨な死に方だったとも言えるだろう。


 これまでのループのことを思い出して、誠は気分が悪くなった。


 どうして裕二は生きることを諦めてしまうのだろうか。
 扉を背にして空を見上げる。朝は雲一つない晴天だったが、今はもくもくとした入道雲が夕焼け空に浮かんでいる。もしかしたら祭りの最中に通り雨がくるかもしれないな、と誠はとりとめもないことを考える。


 誠は気を紛らわせるためにカバンからスマートフォンを取り出す。


 ネット上にあるニュースをなんとなく流し読みしていると、誠はある一つの記事に目がいった。



『三十歳男性、無職。〇〇駅にてホームにいた人を突き落とし殺害』



 記事に書かれていた駅は誠たちが遊びにいったショッピングモールの最寄駅だった。誠はその記事の詳細をまさかと思い、確かめるために震える手で読み始める。



『八月三日、二十時ごろ〇〇駅構内にて、三十歳無職の男性が一般人を線路内に突き落とし殺害。容疑者はその場で取り押さえられた。男は狂ったように笑っていた。取り調べには、楽しそうにしている奴らが憎かった、と供述しておりおおむね事実を認めている。被害に遭ったのは――』



「……嘘だろ」



 誠はその記事を読み進めていき、最後の被害者の名前を読んで愕然とする。


 そんなわけないと否定するが、頭のどこかで妙に納得している自分もいた。



 そこには、次のように書かれていた。





『殺害されたのは、〇×高校に通う竜ヶ崎誠さんとのこと』




 
 違う、そんなわけないと思って何度も記事を確認するが、書かれていることに変化はない。

 誠にそんな記憶はないのに、あたかもそれが真実のように書かれている。


 おかしいと何度も否定する。


『…………どうして』


 突然聞こえた声にハッと意識を戻す。

 そこはあの日、裕二が電車に轢かれた駅のホームだった。

 あの時死んだのは裕二のはずだ。

 なのに、ホームで全身に誰かの血を浴びながら座り込んでいるのは、裕二の方だった。


『…………ここもダメか』


 ぽろりと落ちた裕二の涙が地面にぶつかると同時に、景色が元に戻る。


 わけがわからなくなりながらも、誠はニュースを遡ると、他の記事も出てくる。

 浅くなる呼吸をなんとか落ち着けながら、ニュースを詳しく見るためにタップする。




『七月二十日、十八時ごろ××商店街の交差点にて居眠り運転をした男性のトラックが歩道に乗り上げた。夕方の帰宅時間に重なったことで、多大な被害が発生。死亡者一名、負傷者五名にのぼり、負傷者は病院に運ばれ治療を受けているとのこと。また、死亡したのは〇×高校に通う竜ヶ崎誠さんという生徒だ』




『八月九日、十六時ごろ一般住宅で刃物を持った男が住宅に侵入、その家に住んでいた竜ヶ崎誠さんを殺害したとのこと。男は数日前から刃物を持って逃げており、偶然立ち入った家に住んでいた住人を刺し殺したと考えられる。なお、犯人の男は――』





『――居合わせた被害者の友人に殺害されたとのこと』





 誠は二つの記事を読んで呆然とする。

 何故かこの三つの記事の中では誠が死んだことになっている。死んだのは裕二で、殺したのも裕二を救えなかったのも誠のはずなのに。

 その時頭が激しく痛む。何かを思い出しそうになるが、ハッキリとしない。テレビの砂嵐のように頭にノイズが走る。

 その記憶の欠片を掴むように思い出すことに集中すると、ひとつの映像が頭に思い浮かぶ。


 赤い夕焼けに照らされた教室で、見覚えのある背中が窓辺に縋り付きながら泣いている。


 麻茶色の髪をしたその人は、『ごめん、ごめんなさい』と嗚咽を漏らしながら震えている。


 なぜ泣いているのかはわからなかった。だけど誠はその慟哭をどこかで聞いたことがあるような気がした。




 ずっと前、全てが始まるよりも前の――。



(前って? 一体いつの――)


 ジジっとノイズ音が脳内に響く。一瞬視界に砂嵐が映ったかと思えば、目の前からその人は消えていた。


 代わりに、見覚えのある生徒が窓辺に立っていた。



『お前がいないなら』



 その生徒は今にも飛び降りそうだった。
 背後で誰かが教室の扉を勢いよく開ける。



『――俺が生きてる意味なんかない』
『――っ!』



 咄嗟に伸ばした誠の手が誰かの手に重なる。しかし、その手は落ちていく生徒に届くことはなかった。



『――――誠!!』
「――――誠!!」