サマータイムリープ

 誠が教室に戻ると華がパッと顔を明るくさせた。

「どこに行ってたのよ! ……って、裕二は? 一緒じゃないの?」

 後ろを見てふわふわした頭が見えないことに気がついた華が尋ねる。

「僕ならいるよ」

 目尻をほんのりと赤く染めた裕二がいつもの柔らかい笑顔で答える。

「なんだ、いたんだ。なら話を進めましょ」

 誠はちらっと横目で裕二を観察する。裕二は先程まで取り乱していたとは思えないほどいつも通りだった。それが、異様に見えて誠は体を震わせる。

 話し合いの場に居たのは華と夏菜子、そして優真だった。彼らは裕二の違和感には気がついていないようだ。

「花火大会って何時からだっけ?」

 夏菜子が確認するように華の方をみる。華はスマートフォンを操作しながら「えーと」と言っている。

「あとから来たお前に説明してやるよ」

 時間を調べている華を横目に悠真が誠の隣にやってくる。

「言い出しっぺはいわなくてもわかると思うが相田だ。相田が俺たちに夏祭りに行こうって誘ってきたんだ」

 華が言うには、高校最後の夏祭りを勉強だけで終われせるのは勿体無い、とのことだ。受験を控えているとはいえ、遊び盛りの高校生、楽しいことには参加したい年頃だった。それに、このメンバーで卒業後も揃って祭りに行けるとは限らない。今しかできないことをできるだけやりたいと考えているのがわかる。


 それは誠と裕二にも言えることだった。


(いつまでも、一緒だとは限らない……?)


 当然のことなのに、なぜだかそのことが胸に引っかかった。


 誠は何かを忘れているような気がした。


 ずっと前、これからの話を、誰かとしたような、そんな既視感を覚える。



『*は進路どうするの? 僕はね…………』



 みんなの声が遠くなり、いつかの声が誠の鼓膜を震わせる。いつもそばで聞いているからこそ、その声が誰なのか分かった。


『ねぇ、たとえ離ればなれになっても、僕たちってずっと友達だよね』


 確認するように彼は誰かに話しかけている。満足のいく答えをもらったのか、彼は嬉しそうに笑う。

 教室の一番後ろの席で、記憶の中の裕二は少しだけ寂しそうに笑っていた。

「ほら、ちょうど今日、花火大会があるだろ。せっかくだしそれに行こうってさ」

 誠がその姿に手を伸ばそうとした時、悠真の声が誠の意識を現実に戻す。

「花火大会、八時からだって!」

 そこに華がスマートフォンの画面を見せながらやってくる。隣には夏菜子も一緒だ。

「屋台もたくさん出てるみたい。みんなでパーっと遊んでストレス発散させよ!」

 祭りが楽しみなのか、華と夏菜子はいつもより何倍も楽しそうに話している。

「楽しそうだね。僕は何食べようかなぁ」

 隣にいる裕二も表面上は楽しそうに笑っている。その笑顔が、先ほどの幻影に重なる。

「よーし! じゃあ、一旦帰ってから七時にまた集合ね」
「強制参加かよ」
「なぁに? 来たくないなら来なくてもいいのよ。悠真一人いなくても、私たち寂しくないんだから」
「行かないなんて言ってないだろ!」

 二人のコントのようなやりとりに夏菜子も裕二も笑っている。

 楽しげなみんなの中で、誠だけが取り残されているようだった。





 誠は多少の気まずさを感じながらも裕二と一緒に帰っていた。裕二もいつもとは違って誠に話しかけてくることはなく、二人の間には沈黙が流れ続ける。

 いつもの商店街を通り過ぎ、思い出したくもない交差点を横切る。

 おそらく、裕二はまた死ぬ。

 未然に防ごうにも、その死は突然やってきて、裕二自身もなぜか避けようとしない。何かを変えなければ、おそらくずっとこれは続くのだろう。誠の繰り返す夏も、いつまでもきっと。

 そう考えると、なるべく早く解決策を探さなければいけない。それなのに、一回ずつのループで裕二が死ぬまでの間が短く、また手がかりも少なかった。

「ねぇ、誠。さっきはごめんね」

 ポツリと裕二は話し始めた。俯きながら喋る裕二の表情はよく見えなかったが、前髪の隙間から一瞬見えた瞳は黒く澱んでいた。

「なんか、僕おかしかったよね。あんなこと言うつもりなかったんだけどさ……本当にごめん」

 カバンの取手を握る手が白く、僅かに震えていることに気がつく。

 いつも一緒にいて、なんでもわかると思っていた裕二のことが、今の誠にはまるでわからなかった。

 その濁った瞳で、沈んだ思考で、何を考えているのだろうか。

 誠は決してこちらを見ようとしない裕二をじっと見つめる。

「別に、気にしてない」
「……そっか。ならよかった」

 裕二はホッとしたように息を吐くが、その瞳に光が戻ることはなかった。



 誠は人間関係について、第一に諦めがあると考えている。


 自己を主張しても意味はなく、無意な争いを生むだけだから、何かあれば自分が諦めればいいと思っている。華や悠真のような自己主張が強いタイプにはそれが有効的だった。言葉を良く言うなら、自己を殺して相手に合わせるのだ。

 なのに、裕二の悩みや考えていることはなるべく把握したいと思うし、必要なことはちゃんと話してほしいとも思う。他の人が泣いていても誠は気にもかけないだろうが、裕二になると話は別だった。どうしてなのか知りたくて、先ほどのようについ語気を荒げてしまう事もあった。それが、一番嫌いな父親と同じだということにはずった前から気がついていた。


 誠のそれはおそらく、執着と呼ばれるものだ。


 裕二の全てを知っておきたい、手元に置いておきたいという、醜い独占欲。


 いつからその気持ちがあるのかはわからない。だけど、誠の家庭環境の悪さや幼い頃から一緒に育ったせいか、その気持ちは年々強くなる一方だった。


 見方を変えれば、それは不安とも呼べるのかもしれない。


 一人の不安。

 一人になる不安。

 一人だけ、取り残される不安。


 そう考えると、この不可解なループは何度も死んでしまう裕二に生きていてほしいと願う、誠の執着の気持ちが原因なのかもしれない。


「裕二、俺のほうこそ悪かった。最近、夢見が悪いんだ」
「ううん。いいんだよ。誠は何も悪くないから」


 力なく笑うと、裕二はこの話は終わりだと言うように手を叩く。


「そうだ! 夏祭りには一緒に向かう? それとも別々に向かう?」
「一緒でいいだろ。どうせそんなに家が離れているわけでもないんだし」
「へへ、じゃあ、一緒に行こうね!」


 先ほどまでの落ち込んだ様子とは打って変わって裕二は楽しそうに話し始める。空元気のようにも見えたがあえて追求することはしなかった。