【8/9追加エピソード更新】ダウナー先輩のあまい条件

「今日ほんっとうに楽しかったです!」
「俺も」
「えっと、あ、あれ! パフェおいしかったですよね、桃のやつ」
「ああ、あれな。うまかった。真白(ましろ)、パフェも好きなんだな」
「へへ、好きです」
「じゃあ、今度はパフェ作るか」
「えっ、パフェって家でも作らるっとですか!?」
「作れるよ。材料揃えればすげー簡単」
悠介(ゆうすけ)くん、すごかあ」
「ふ。マジで簡単だから、真白もやってみる?」
「っ、やりたい! そんで、悠介くんと交換こしたかです!」
「それいいな」

 ただ今、絶賛夏休みの真っ最中。悠介くんとデートした帰りで、時刻は20時過ぎ。

 昼には遊園地と一体型の水族館でめいっぱい遊んで、さっきファミレスで夕飯を食べてきた。オレの最寄り駅まで一緒に来てくれて、でも別れがたくて。改札の中で、かれこれもう10分は立ち話をしている。というより、オレが引き止めてしまっている。悠介くんはそれに気づいているだろうに、付き合ってくれているのだ。

「え、っと……もう帰らんと、ですね」
「ん……」

 だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。絞り出すように言うと、悠介くんの大きな手がオレの頭にポンと乗った。そのままゆったりと撫でてくれる。顔を上げたら、眉間のくしゅっと寄った柔らかなほほ笑みが見えた。

「また遊ぼうな」
「っ、はい。絶対に」
「うん、絶対に」
「じゃあな」

 ゆっくりと後ずさる悠介くんの手が、頭からオレの指先へと流れる。最後にきゅっと握ってくれた手は、夜にも残る夏より熱かった。

 階段を昇って、最後にもう一度振り返ってくれたけれど。いよいよその姿が見えなくなってしまった。また遊ぼうのまたって、明日でもいいのかな。1秒だって離れたら寂しいこの胸は、オレひとりじゃ手に負えない。気を緩めたらなにかがこみ上げてきそうで、深めの深呼吸をひとつ。

「うん、帰ろう」

 と気合を入れて、改札のほうへと足を向ける。すると、ポケットのスマートフォンが短い音を鳴らした。メッセージを受信した報せだ。

「誰やろ……え、悠介くん!?」

 送信してきたのは、悠介くんだった。思わずホームのほうを振り返れば、電車の発車した音が聞こえてくる。下車した人たちが階段を下りてきて、邪魔にならないようにと端に寄ってアプリを開く。

《泣いてない?》

「なっ! 悠介くん、オレのこと見えとる……?」

 その通りだと認めてしまうのは恥ずかしい。かと言って、嘘もつきたくない。返信に悩んでいると、再びメッセージが送られてきた。

《電車暇だから話そ》
《本当は通話がいいけど、無理だからこれで》
《いい?》

「へへ、嬉しい」

 悠介くんも、寂しいって思ってくれているのかも。そう思えただけで、やっと動き出すことができそうだ。

 改札を出て、歩きながら

《もちろんです。うれしい》

 と打ちこむ。するとすぐに、

《よかった。でも歩きながら打つなよ、危ないから》

 と返ってきた。ブレーキがかかったみたいに立ち止まる。

「悠介くん、エスパーかもしれん……」

 どうやらオレのことは、全部お見通しみたいだ。


 悠介くんからメッセージが来たら、言われた通りに立ち止まってから返信をする。そんなことをしていたら、普段ならとっくに家についている時間でもまだ外を歩いていた。すると、スマホが先ほどまでとは違う音を鳴らしはじめる。メッセージじゃなくて、通話の音だ。

「わっ、もしもし?」
「電車降りたから、電話にしてみた」
「悠介くん……」
「やっぱ直接喋りたいし」
「……っ」

 今日は一日中、それこそついさっきまで一緒にいた。別れてからだって、メッセージを送りあって繋がっていたのに。声を聞くと、胸がいっぱいになってしまう。詰まっているのは愛おしさと、それから寂しさだ。

「悠介くん……」
「……真白? どうした?」

 スマホの向こうから、ザッという靴音が聞こえた。立ち止まったのかな。悠介くんのオレを呼ぶ声が、窺うような色をしている。

「悠介くん、オレ……」
「うん。なに?」

 柔らかな優しい声が、すごく好きだ。胸にある気持ちをそのまま差し出したら、せっかくのそれを曇らせてしまうかな。そうは思っても、やっぱり悠介くんに嘘をつく気にはならなくて。そっと深呼吸をして、口を開く。

「今日はずっと、さっきまで一緒におられたとに」
「うん」
「……もう会いたいなって。寂しいな、って。思ってました」
「真白……」
「へへ。甘えたで弱っちくて、ダメだなって思うとですけど……悠介くんのこと、好きすぎて」
「…………」

 ああ、やっぱり困らせてしまったみたいだ。口を噤んだ様子に、慌てて明るい声を出す。

「えっと! でもあれですよね。寂しか分、また会う時にもっと嬉しいなって思えるけん、それもいいですよね」
「今からそっち行く」
「へ……え!? 悠介くん!?」

 思いもよらない言葉に、オレはつい大きな声を上げてしまった。夜の住宅街だ、慌てて手で口を塞ぐ。

「俺も真白に会いたい。そもそも離れたくなかったけど、やっぱ無理だわ。今ので我慢するのやめた」
「だっ、ダメですよ。だって、もうこやん時間やしっ」

 もうすぐ21時になるのに、今からまた会ったら本当に遅くなってしまう。いくら一緒にいたくても、いくら悠介くんが年上で大人っぽくても。まだ高校生なのだから、ちゃんと帰さなきゃいけない。好きだからって、ワガママを言っていい理由にはならないのだ。

「なんで? 真白は会いたくない?」
「っ、会いたくないわけなかです……ずっと一緒におりたい。でも、あんまり遅くまで外に悠介くんがおるの、心配ですもん。ダメです」
「真白……優しいな。そういうところ、すげー好き」
「な……っ」
「あ、照れてる? 真白もさっきすげーこと言ってたのにな」
「だって……」
「実はさ、真白のお母さんに俺言われてんだよ」
「うちのお母さん? なんてですか?」

 唐突に親のことが出てきて、オレは首を傾げる。

 以前、悠介くんがオレの家へ遊びに来た時、両親とは顔を合わせている。ふたりともずいぶんと悠介くんを気に入ったようで、事あるごとに「世良くんは遊びに来んと?」と聞かれているほどだ。

 スマホの向こうから、電車の近づく音が聞こえはじめる。

「いつでも泊まりにおいでーって」
「へ……」
「社交辞令じゃないからね、本気だからねって念押しされた」
「えっ、え?」

 この口ぶりからすると、悠介くんは今日うちに泊まると言っているのだろうか。まさかの展開に、オレは慌てふためく。でも、甘く疼く期待も確かに芽生えているわけで。

「一応、真白から聞いといてくれるか? 今からお邪魔してもいいかって」
「っ、ほんとに? 悠介くん、ほんとにオレんちに泊まってくれると?」
「そうしたいなって思ってる。もしダメでも、3分会えるだけでもいいしそっち行く。あ、電車来たから切るな」

 スマホの向こうから、レール上のブレーキ音が届く。ああ、本当に来てくれるんだ。また、今日の悠介くんに会える。

「あの、悠介くん! 気をつけて来てね」
「ん、分かった」
「待ってるね」
「おう。あ、真白、迎え来なくていいからな? 家で待ってろ」
「うん」
「じゃあまた」

 通話の切れた画面を、ついぼーっと眺める。いつもなら、通話終了の文字に苦しいくらい切なくなるのに。今日ばかりは、幸せでいっぱいだ。


「悠介くん!」
「真白……家にいろって言ったのに」

 改札越しに悠介くんの姿が見えた瞬間、オレはつい飛び跳ねながら手を振った。目を丸くした悠介くんが、オレを心配してくれているのはよく分かってる。それでも、1秒でも早く会いたかった。

「まだ外におったけん、早く会いたくてこっちに来ちゃいました」
「なるほどな。じゃあしょうがないか」

 眉の先が気遣わしげに垂れていたのに、次の瞬間にはふわりと笑ってくれた。くすぐったい空気は、気持ちがおそろいの印だ。

「そうだ。お母さんに電話したら、大歓迎だって言ってました」
「マジ? よかった」

 悠介くんと並んで、家のほうへと歩く。駅からの家路を、こんな時間に悠介くんと歩くのは初めてのことだ。たったそれだけで、スキップでもしてしまいそうなくらいに胸が高鳴っている。

「ただ、お客様布団がないらしくて……」
「そうなんだ」
「布団がなかとに、いつでも泊まりにきてとか変ですよね。しかも、なくても良かろとか意味分からんこと言いよって……でもまあ、おかげで悠介くんと朝までおらるっと思うと、複雑ですけど……」
「あー……真白のお母さん、察しがいいんだろうな。今度ちゃんと挨拶しなきゃな」
「…………? どやん意味ですか?」
「いや、なんでも。てか、じゃあ今日はどうする?」
「っ、オレ、考えがあります!」

 察しがいいってなんのことだろう。意味が分からず、オレは首を傾げることしかできなかった。けれど正直、それどころじゃない。だって、悠介くんが「それならやっぱり帰る」なんて言い出したら、オレはどん底まで落ちこんでしまう。絶対に、今夜一緒にいたい。

「ふ、じゃあ真白くん。発表お願いします」
「タオルケットとか毛布があるけん、それば床に敷いてオレはそこで寝ます! 悠介くんは、オレのベッドで寝てください!」
「俺がベッドか。ホイップと一緒に?」
「へへ、はい。悠介くんが獲ってくれたホイップ、今日は悠介くんに貸します」
「それは贅沢だな。でも却下」
「えっ!」

 却下という言葉に、急ブレーキがかかったみたいにオレの足が止まる。あーあ、やっぱり帰っちゃうのかな。

 俯きかけた視界に、一歩先で悠介くんも立ち止まったのが見えた。それからこちらへ戻ってきて、オレの指先をそっと握った。途端に、胸が甘い鼓動を打つ。でももう、オレの目には薄く涙が浮かんでいる。バレたくないけど、すぐそこにある悠介くんの瞳に、吸いこまれそうになってしまう。

「もしかして泣きそう?」
「っ、だって……悠介くん、帰るって言ったらどうしようって」
「言わないよ、大丈夫」
「ほんとですか? よかった……」
「でもマジで、真白は絶対にベッドな。床に寝かせられるわけねえじゃん」
「んー……でも、オレも悠介くんが床はイヤやし……」
「方法は他にもあるだろ?」
「他?」
「真白のベッドに、俺も入れてよ」
「へ……えっ!?」
「一緒に寝よ。イヤか?」
「イヤじゃない! イヤじゃなかけど!」

 悠介くんの提案に、顔が一瞬で熱くなる。そんなオレを見て、悠介くんがくすっと笑った。かと思えばゆっくり顔が近づいて、おでこ同士がコツンとぶつかる。

「イヤじゃないけど?」
「うー……」
「一緒のベッドは恥ずかしい?」
「……っ」

 悠介くんのささやく声が、耳に胸に甘い。繋いでいる指先をきゅっと握り返して、ただただ頷く。

「こうやって手繋いだりしてんのに?」
「……うん」
「キスもたくさんしたことあっても?」
「……っ、あってもです。てか、だけんやと思う。悠介くんが彼氏だから、恥ずかしい」
「真白……ん、そうだな。好きだから恥ずかしいんだよな」
「悠介くんも?」
「うん」

 そっと見上げると、悠介くんが頷いた。でもすぐに、「いや、違うな」とそっと首を振った。

「まあ確かに、恥ずかしいもあるけど。それより嬉しいかな」
「あ……オレも! オレも一緒です!」
「マジ? よかった。あー、でも、俺自信ないかも」
「…………? なんのですか?」
「キス以上のことを、しない自信」
「キス以上のことをしない……。っ、へ?」
「真白」
「んっ」

 両頬を悠介くんの手に包まれたと思ったら、くちびるに一瞬だけのキスが落ちてきた。親指でゆっくりとキスの跡を辿られて、短い息が零れてしまう。

「真白の顔あっつ」
「だって……」
「想像した? キス以上のこと」
「……っ、悠介くん、いじわるだ」
「俺もそう思う」
「……しました、想像」

 付き合い始めて半年が経っているけれど、オレたちは深いキス以上のことはしていない。したくないわけじゃないって、もっというとしたいって、きっとお互いに思っている。

「真白……あー、やべえ。マジで好き」
「っ、オレも。オレも大好きです。悠介くんのこと」

 キスがたくさん降ってくる。ここ家の近くだよなとかそれ以前に道端だよなとか、考えないわけじゃないけれど。ひとつひとつの柔らかな刺激が体を走っていって、それがたまらなく幸せで。オレは受け止めるだけで精一杯だ。

「真白のことをいちばん知ってるの、俺がいい。考えてることも、体も全部」
「っ、悠介く……」
「本当に、いつも思ってる。早く、全部触りたい」
「ん……っ、オレも、オレも同じ」
「ああ、一緒だな」

 ささやきながらのキスが、頬や髪にも触れている。それだけで本当に全部悠介くんのものになったみたいで、体がふるっと震えてしまった。甘い吐息が恥ずかしくったって、いちばん近くにいる悠介くんに隠せるはずもない。

「今日はできないけど、絶対にしような」
「っ、今日はダメ?」
「うん、今日はできないな」
「うう……」
「我慢すんのしんどい? ごめん。火つけた自覚はある」

 悠介くんの顔が、オレの視界でぼやける。油断すると頬がむくれてしまいそうで、くちびるを噛んで堪える。するとそこにまた、悠介くんの指がそっと触れた。

「真白」
「…………」
「まーしーろ。えっちなことはまだだけど、ベッドでもたくさんキスしような」
「っ、本当に? いっぱいですよ?」
「ああ、絶対。ここも、ここの中も、いっぱい可愛がりたい。真白好きだろ?」
「っ、ん、好き……」
「ふ、俺も」

 オレのくちびるの間を割って、悠介くんの指先が入ってきた。舌に触れて、思わず跳ねたら舐めるみたいになった。熱い息を零したのは、多分どっちもで。数秒見つめ合った後、

「よし、帰るか」

 と悠介くんが小さく深呼吸をした。


 指を絡ませるように手を繋いで、月が照らす夜の道を歩く。悠介くんの顔が見たくなってそっと隣を見上げる度に、悠介くんの瞳もこちらを見ていた。また同じことを考えてたりするのかな。好きだなって、会えて嬉しいなって、今そばにいるのにもっともっと一緒にいたいなって。

 そうだったらいいなと願いながら、繋いでいる親指で悠介くんの手の甲を撫でる。すると、

「真白〜……」

 と悠介くんは頭を抱えてしまった。

 なにか困らせるようなことをしちゃったかな。そんな風に慌てたのも一瞬で。さっきのオレを真似るみたいに手の甲を撫でられて、よく分かった。くすぐったくて気持ちがよくて、たまらない気持ちになったのだろう。

「悠介くん」

 手をクンと引いたら、それだけでなにをしたいのか分かってくれたのは、今この瞬間したいことまできっとお揃いだからだ。悠介くんの顔が近づいてきて、

「真白」

 ってささやいてくれて。再び重なったくちびるの甘さに、オレはそっとかじりついた。