「やだ、鷹臣様……鷹臣様!!」
彼に駆け寄って、その体を抱きしめる。最後の力を振り絞るかのようにして物怪に立ち向かった鷹臣様は、顔面蒼白と言ってもいい状態だった。すぐ近くにあった木に彼の背を持たせるようにして座らせる。
「華が無事なら……それでいい」
「駄目! すぐに人を連れてきますから、ここで待って──」
「……行くな」
小さな声が私を引き留めた。
鷹臣様は長い長い、ため息のような息を吐いて。ゆっくり私に話しかける。
「奴を倒すか……俺の異能が、華に絡まった呪詛を断ち切るか。どちらが早いかと思っていたが……両方失敗だな。まだ、切れてはいない……」
苦痛の色に染まった紫水晶の瞳が、心底憎そうに私の喉を見つめた。
「俺が……華の声を、取り戻してやりたかった。俺がもっと異能の出力の調整が上手くできれば、みっともない姿を見せずに……済んだのにな」
「やっぱり、私の声を取り戻すために、何か無理をしていたのですね?」
教えてもらうまで絶対に引かない。そんな意志の籠った私の表情を見て、やっと鷹臣様は白状し出す。
「俺の異能は、強すぎた。華を殺してしまわないように、俺は異能を内に向けることで、なんとか押さえつけて触れていた」
「まさか……ご自身を傷つけながら私に触れていたのですか?」
「……そうだ。命を削る自殺行為だと、医者に怒られた。次は覚悟しておけとも言われたが、止める理由にはならなかった」
残酷な事実が私の頭を殴る。
思わず彼の胸元を掴んで、叫んだ。
「どうして……どうして!? 私は、鷹臣様の命を削ってまで声が欲しかったわけではありません!」
鷹臣様が居てくれるのなら、声なんて要らない。
声があったって……鷹臣様が居なければ、意味なんてないのに!!
「……要りません。私にとっての一番は、鷹臣様が健康に過ごしてくださることです」
溢さないように耐えている涙で焦点が合わない。そんな視界でも分かるほどに、鷹臣様は表情を緩める。彼が視線を上げるのに合わせて、私も空を見上げた。
月明かりに照らされた満開の桜。私たちの髪を、淡い桜色混じりの春の風がさっと撫でていく。
「……やっぱり、花は良い。俺を恐れず、皆に和やかで……」
鷹臣さまが手袋をしないまま、私に手を伸ばす。風のせいで髪についた桜の花びらを摘んで──緩やかに微笑んだ。
「愛する人に直接触れたい。可憐な声を聞きたい。理屈抜きで、たとえ命を削ることになろうとも。……それくらいに、愛していたんだ。華」
視界を歪めていた涙が、つぅと頬を伝う。優しく煌めく紫水晶の瞳が私を捉えた。
「……俺は、嬉しかったよ。俺の手で声を取り戻して、花のような笑顔で俺の名を呼ぶ華を見るのが……幸せだった」
彼は「華は違ったかもしれないが」と付け足しながら、眉尻を下げる。
「わた、し……私だって……!」
私だって幸せだった。
何度も繰り返し名前を呼んでくれる彼の名を、同じように呼び返せたのが幸せだった。
でもその幸せが、彼の命の犠牲の上に成り立っていたのなら──
あぁ、このぐちゃぐちゃな気持ちを上手く伝えられない。
そんな私の曇った表情を、鷹臣様はどう捉えたのだろうか。彼はそのままの表情で、私に告げる。
「最後にもう一度触れたい。今なら、華に絡まった呪詛の根を抜いてやれるような気がする。……それが俺の一番の望みだ」
触れたい、と……初めて明確に彼の欲が混じったような気がした。
でも……たとえ彼の希望だとしても。私は彼の死など受け入れられない!
(私は、鷹臣様と一緒に生きていたい。でも鷹臣様は私の声を取り戻したくて、触れたくて……)
鷹臣様が触れた相手は死ぬ。だから命を削らずして私に触れることはできない。
そこを解決しないとどうしようもないが、そんな上手い打開策は思いつかない。
鷹臣様が、私の喉に手を伸ばす。
(やだ、だめ、やめて……! 私は鷹臣様を殺したくない!!)
ぎゅっと目を瞑って、まるで彼を拒絶するかのように腕を伸ばした、その時だった。
──諦めるな!
いつの日かの鷹臣様の声が、私の思考の霧を裂いた。
「……声」
私は鷹臣様の手から逃げるように、後ろに下がる。
(そういえば、さっきの物怪は……私の声で一瞬止まったわ)
異能を持つ双子は鏡合わせ。
玲と私は、異能者と無能者という対称性を持つと思っていたけど。
攻撃系異能を持つ者と、『防御系の異能を持つ者』なのだとしたら……?
「……華?」
「諦めては、いけません。初めてお会いした時に……鷹臣様がそう教えてくださったじゃないですか」
賭けてみよう。鷹臣様が取り戻してくれているこの声が出る間に。
決心した私は、眉を顰めた鷹臣様に向かってわざと一瞬笑ってみせて。奇跡を願って自分の喉に触れた。
『消えて』
あぁ、不思議。やはり自分の声ではないような響きだ。
私の周囲に花露が弾けたような輝きが舞う。長年当然のようにあった喉のつかえが取れたような感覚がした。
「呪詛が無くなっただと? これは浄化……いや、無効化の異能か」
異能に詳しくない私にはよく分からない。
でも鷹臣様が大義名分を掲げて私に触れる理由は、これで無くなったはずだ。
「これで鷹臣様が犠牲になる理由はありませんね?」
「……そうか。華は、俺に触れられるのを嫌がっていないと思っていたのだが。自惚れだったか」
「いいえ! 私は鷹臣様との触れ合いが好きです」
私の願いは、鷹臣様の希望を叶えつつ、人生を共に歩むこと。だから彼に抱きつくようにして、胸の中に飛び込んだ。
「な……ッ危ないだろう! もし手が触れてしまったら──」
『触れてください』
大丈夫。鷹臣様だって「無効化の異能」と言ってくれたのだ。
異能を使った状態の私なら、彼と触れ合っても死なないはず。彼が心配していたように、私が手折られることはない。
……そんな奇跡を私は信じている。
この気持ちが伝わるように、彼の胸に頬擦りした。
「『私は鷹臣様の異能では死にません』……信じて? 私は鷹臣様と一緒に生きたい」
鷹臣様は何も言わない。それでも、震える手がゆっくりと私の髪に触れる。
指先で僅かに髪先を掴んで、くるりと指に巻く。一瞬だけきらりと触れた部分が輝いた。彼は私の状態を確認しつつ、先へ進む。
彼の胸に当てていた私の手にちょんと触れて……時折光る輝きを警戒しながら恐々と確かめる鷹臣様が可愛く思えてしまう。思わず笑ってしまいそうになる、ためらいの温度。くすぐったさを堪えて、彼が触れやすいように体勢を整えた。
「華……」
鷹臣様が私に両手を伸ばす。触れる部分はいつもの喉ではなくて、両頬。震える長い指が私の肌に触れて、ゆっくり滑らせるようにして……私の頬を彼の手のひらが包む。蕾が花開いて満開を迎え沢山の花露が弾けたかのような、強い輝きが放たれる。その輝きは、風に乗って舞う桜の花びらも合わさって、まるで私たちを祝福しているかのよう。
「……ずっとこうやって触れてみたかった」
煌めく紫水晶の瞳が閉じられて。花露と同じ煌めきの涙が落ちた。
彼に駆け寄って、その体を抱きしめる。最後の力を振り絞るかのようにして物怪に立ち向かった鷹臣様は、顔面蒼白と言ってもいい状態だった。すぐ近くにあった木に彼の背を持たせるようにして座らせる。
「華が無事なら……それでいい」
「駄目! すぐに人を連れてきますから、ここで待って──」
「……行くな」
小さな声が私を引き留めた。
鷹臣様は長い長い、ため息のような息を吐いて。ゆっくり私に話しかける。
「奴を倒すか……俺の異能が、華に絡まった呪詛を断ち切るか。どちらが早いかと思っていたが……両方失敗だな。まだ、切れてはいない……」
苦痛の色に染まった紫水晶の瞳が、心底憎そうに私の喉を見つめた。
「俺が……華の声を、取り戻してやりたかった。俺がもっと異能の出力の調整が上手くできれば、みっともない姿を見せずに……済んだのにな」
「やっぱり、私の声を取り戻すために、何か無理をしていたのですね?」
教えてもらうまで絶対に引かない。そんな意志の籠った私の表情を見て、やっと鷹臣様は白状し出す。
「俺の異能は、強すぎた。華を殺してしまわないように、俺は異能を内に向けることで、なんとか押さえつけて触れていた」
「まさか……ご自身を傷つけながら私に触れていたのですか?」
「……そうだ。命を削る自殺行為だと、医者に怒られた。次は覚悟しておけとも言われたが、止める理由にはならなかった」
残酷な事実が私の頭を殴る。
思わず彼の胸元を掴んで、叫んだ。
「どうして……どうして!? 私は、鷹臣様の命を削ってまで声が欲しかったわけではありません!」
鷹臣様が居てくれるのなら、声なんて要らない。
声があったって……鷹臣様が居なければ、意味なんてないのに!!
「……要りません。私にとっての一番は、鷹臣様が健康に過ごしてくださることです」
溢さないように耐えている涙で焦点が合わない。そんな視界でも分かるほどに、鷹臣様は表情を緩める。彼が視線を上げるのに合わせて、私も空を見上げた。
月明かりに照らされた満開の桜。私たちの髪を、淡い桜色混じりの春の風がさっと撫でていく。
「……やっぱり、花は良い。俺を恐れず、皆に和やかで……」
鷹臣さまが手袋をしないまま、私に手を伸ばす。風のせいで髪についた桜の花びらを摘んで──緩やかに微笑んだ。
「愛する人に直接触れたい。可憐な声を聞きたい。理屈抜きで、たとえ命を削ることになろうとも。……それくらいに、愛していたんだ。華」
視界を歪めていた涙が、つぅと頬を伝う。優しく煌めく紫水晶の瞳が私を捉えた。
「……俺は、嬉しかったよ。俺の手で声を取り戻して、花のような笑顔で俺の名を呼ぶ華を見るのが……幸せだった」
彼は「華は違ったかもしれないが」と付け足しながら、眉尻を下げる。
「わた、し……私だって……!」
私だって幸せだった。
何度も繰り返し名前を呼んでくれる彼の名を、同じように呼び返せたのが幸せだった。
でもその幸せが、彼の命の犠牲の上に成り立っていたのなら──
あぁ、このぐちゃぐちゃな気持ちを上手く伝えられない。
そんな私の曇った表情を、鷹臣様はどう捉えたのだろうか。彼はそのままの表情で、私に告げる。
「最後にもう一度触れたい。今なら、華に絡まった呪詛の根を抜いてやれるような気がする。……それが俺の一番の望みだ」
触れたい、と……初めて明確に彼の欲が混じったような気がした。
でも……たとえ彼の希望だとしても。私は彼の死など受け入れられない!
(私は、鷹臣様と一緒に生きていたい。でも鷹臣様は私の声を取り戻したくて、触れたくて……)
鷹臣様が触れた相手は死ぬ。だから命を削らずして私に触れることはできない。
そこを解決しないとどうしようもないが、そんな上手い打開策は思いつかない。
鷹臣様が、私の喉に手を伸ばす。
(やだ、だめ、やめて……! 私は鷹臣様を殺したくない!!)
ぎゅっと目を瞑って、まるで彼を拒絶するかのように腕を伸ばした、その時だった。
──諦めるな!
いつの日かの鷹臣様の声が、私の思考の霧を裂いた。
「……声」
私は鷹臣様の手から逃げるように、後ろに下がる。
(そういえば、さっきの物怪は……私の声で一瞬止まったわ)
異能を持つ双子は鏡合わせ。
玲と私は、異能者と無能者という対称性を持つと思っていたけど。
攻撃系異能を持つ者と、『防御系の異能を持つ者』なのだとしたら……?
「……華?」
「諦めては、いけません。初めてお会いした時に……鷹臣様がそう教えてくださったじゃないですか」
賭けてみよう。鷹臣様が取り戻してくれているこの声が出る間に。
決心した私は、眉を顰めた鷹臣様に向かってわざと一瞬笑ってみせて。奇跡を願って自分の喉に触れた。
『消えて』
あぁ、不思議。やはり自分の声ではないような響きだ。
私の周囲に花露が弾けたような輝きが舞う。長年当然のようにあった喉のつかえが取れたような感覚がした。
「呪詛が無くなっただと? これは浄化……いや、無効化の異能か」
異能に詳しくない私にはよく分からない。
でも鷹臣様が大義名分を掲げて私に触れる理由は、これで無くなったはずだ。
「これで鷹臣様が犠牲になる理由はありませんね?」
「……そうか。華は、俺に触れられるのを嫌がっていないと思っていたのだが。自惚れだったか」
「いいえ! 私は鷹臣様との触れ合いが好きです」
私の願いは、鷹臣様の希望を叶えつつ、人生を共に歩むこと。だから彼に抱きつくようにして、胸の中に飛び込んだ。
「な……ッ危ないだろう! もし手が触れてしまったら──」
『触れてください』
大丈夫。鷹臣様だって「無効化の異能」と言ってくれたのだ。
異能を使った状態の私なら、彼と触れ合っても死なないはず。彼が心配していたように、私が手折られることはない。
……そんな奇跡を私は信じている。
この気持ちが伝わるように、彼の胸に頬擦りした。
「『私は鷹臣様の異能では死にません』……信じて? 私は鷹臣様と一緒に生きたい」
鷹臣様は何も言わない。それでも、震える手がゆっくりと私の髪に触れる。
指先で僅かに髪先を掴んで、くるりと指に巻く。一瞬だけきらりと触れた部分が輝いた。彼は私の状態を確認しつつ、先へ進む。
彼の胸に当てていた私の手にちょんと触れて……時折光る輝きを警戒しながら恐々と確かめる鷹臣様が可愛く思えてしまう。思わず笑ってしまいそうになる、ためらいの温度。くすぐったさを堪えて、彼が触れやすいように体勢を整えた。
「華……」
鷹臣様が私に両手を伸ばす。触れる部分はいつもの喉ではなくて、両頬。震える長い指が私の肌に触れて、ゆっくり滑らせるようにして……私の頬を彼の手のひらが包む。蕾が花開いて満開を迎え沢山の花露が弾けたかのような、強い輝きが放たれる。その輝きは、風に乗って舞う桜の花びらも合わさって、まるで私たちを祝福しているかのよう。
「……ずっとこうやって触れてみたかった」
煌めく紫水晶の瞳が閉じられて。花露と同じ煌めきの涙が落ちた。

