車は車庫へ

「友よ」が入った88888の出世作
――代表作『あのよ』

[映像:出版社・会議室。蛍光灯。机の上に『あのよ』初版本とゲラ刷り]

編集者:
「小説家88888、ゴンパチの代表作『あのよ』は、私が担当しました。
仕事なので」

[ページをめくる音]

編集者:
「父親の口癖『あのよ~』と、
死後の世界の“あの世”。
ダブルミーニングです」

[間]

編集者:
「……亡くなってから言うのもなんですが、
そこにセンスは感じません」

[原稿を指で揃える]

編集者:
「父親の遺書が『友よ』っていう設定も、
別に珍しくはない。
似た話は、正直いくらでもあります」

[カメラ:編集者の表情。少しだけ面倒くさそう]

編集者:
「この作品が売れた理由ですか?」

[一拍置いて]

編集者:
「有名なアイドルが、
テレビで“この本、好き”って言ったんです」

[あっさり]

編集者:
「それだけ」

[間。蛍光灯の音がやけに大きく聞こえる]

編集者:
「内容について語ったわけでもない。
文学的に評価したわけでもない。
人気者が“好き”って言っただけ」

[肩をすくめる]

編集者:
「翌日、重版が決まりました」

[編集者、乾いた笑い]

編集者:
「そういう時代ですから」

[短い沈黙]

編集者:
「この小説の良さ?
正直、さっぱりわかりません」

[間]

編集者:
「でも、わかったフリはします。
仕事なので」

[本を閉じる]

編集者:
「“友よ”って言葉は、ちょうどよかった。
深そうで、
誰でも自分の意味を重ねられる」

[カメラが引く。
編集部のざわめき]

編集者:
「売れた時点で、
物語はもう完成してるんです」

[暗転]


小説家88888の生い立ち②生い立ち②:転機 ― 社会現象と化した「成功」

[映像:テレビ番組の一場面 ※数年前の放送]
明るいスタジオ。
セットは今見ると少し古く、テロップのデザインも一世代前。
男性アイドルがソファに座り、
文庫本『あのよ』を手にしている。
カメラに向かって無邪気に笑う。
男性アイドル:
「これ、最近読んだんですけど……すごく好きで」
[本の表紙をカメラに見せる]
男性アイドル:
「亡くなった母のすすめで読んだんです」
[一瞬だけ、表情が柔らぐ]
男性アイドル:
「僕、まだ何者でもなくて……
アイドルとして“生まれただけ”、
ただそれだけのときだったんです」
[軽い笑い。
スタジオには“いい話だな”という空気が流れる]
男性アイドル:
「でもこの小説を読んで、
夢をあきらめない勇気をもらいました」
[番組スタッフの相槌。
司会者が大きくうなずく]
男性アイドル:
「この小説を読んで、
夢をあきらめない勇気をもらいました」

[司会者が大きくうなずく]
[「へえー」「いい話ですね」という空気]

―――切り替わり

[映像:街の書店。
平台に積まれた『あのよ』。
帯には
「○○さんが番組で紹介!」]

[新聞の書評欄。
雑誌の片隅のコラム。
夕方のニュースで一瞬だけ映る書店の様子]

―――弟の証言

弟:
「あの放送のあとですね……
じわじわ、広がっていきました」

[映像:実家の居間。
ブラウン管テレビに映る、
さきほどのアイドルの発言]

弟:
「いきなり爆発、というより
気づいたら“空気”になってた感じです」

―――インサート

[映像:当時の88888のインタビュー写真。
雑誌のモノクロページ。
硬い笑顔]

―――弟の証言(続き)

弟:
「父の言葉から生まれた小説が、
いつの間にか
知らない人の言葉で語られるようになった」

弟:
「兄は……
嬉しいというより、
ずっと戸惑ってました」

―――編集部・資料映像

[映像:編集部の会議。
部数表がホワイトボードに書かれる。
“増刷”“映像化打診”]

編集者の声(オフ):
「社会現象、ですね」

―――切り替わり

[映像:夜の書斎。
88888が一人、机に向かっている。
机の上には
父の遺書「友よ」と
帯付きの『あのよ』]

[遺書を見る。
次に、本を見る。
どちらも伏せる]

[ペンの音だけが響く]

―――弟の証言(小さな声で)

弟:
「成功してからのほうが、
兄は……
ずっと一人になった気がします」

[暗転]