車は車庫へ

切り替わり――編集部。

[映像:会議室]
ざわめき。
長机の上に積まれた資料の山。
これまでに集められた映像のスクリーンショット、走り書きのメモ、色あせた付箋。
どれも少しずつ角が折れている。

[カメラ:机をなめるように移動]
紙の上には、赤ペンで書かれた数字、日付、名前。
事件の全体像ではなく、断片だけが並んでいる。

[壁:小さなホワイトボード]
消しかけの線と、書き足された矢印。
因果関係のようで、そうとも言い切れない配置。

ナレーション(淡々と):
「ここでまとめられているのは、
これまで映像で見てきたすべてだった。」

[間]

ナレーション:
「目的は、ひとつ。」

[映像:資料の表紙に仮タイトル]
『小説家88888の完全犯罪』

[編集部チーフ、立ったまま資料を手に取る]
背筋を伸ばし、ページをめくる。
指先で行をなぞり、しばらく黙る。

編集部チーフ(低い声で):
「……よく、まとまってるわね。」

その言葉は、
出来事ではなく“素材”への評価だった。

[一拍]

チーフは資料を机に戻し、顔を上げる。

編集部チーフ:
「じゃあ、これを元に――
『小説家88888の完全犯罪』でいきましょう。」

[机の上]
メモも、スクリーンに映った映像も、
指示を待つかのように動かない。

チーフは小さく息を吐き、付け加える。

編集部チーフ:
「事件の是非はさておき、
売れる形に整えてください。」

[空気がわずかに変わる]
誰も反論しない。
誰も肯定もしない。

ざわざわ……。

編集者たちは資料を抱え、立ち上がる。
椅子が軋み、紙が擦れ、付箋がはがれる音。

[ドアが閉まる]

ナレーション:
「こうして事件は、
一冊の本になる準備を始めた。」

[映像:無人になった会議室。
机の上に、一枚だけ残ったメモ]

静止。

ざわざわ……。

会議室のざわめきが一段、膨らむ。
編集者たちは資料を抱え、次々と席を立つ。
誰とも目を合わせず、机の上の書類やスクリーンを置き去りにして、退散していく。

鉛筆が転がる音。
付箋が擦れる音。
椅子の脚が床を引っかく音。
ドアが閉まる、乾いた音。

まるで、資料の断片そのものが、部屋の外へ散っていくかのようだった。

会議室には、
積まれた資料の山と、
行き場を失ったざわつきだけが残る。

ほとんどの席は空いた。
残っているのは、根元(友代)と愛多、二人だけ。

愛多は椅子に深く腰を沈め、
視線を資料に落としたまま、ぽつりと口を開く。

愛多
「……88888さんのお葬式、行った?」

根元は肩をすくめる。
目線は紙の上にあるが、焦点は合っていない。

根元
「行ってない」

一瞬の間。

愛多は眉をひそめ、
机の端に手を置いたまま、言葉を続ける。

愛多
「最後のお別れは……しなかったの?」

根元は、ゆっくり首を振る。

根元
「お別れなんて、ないのよ」

愛多は小さく息を吐く。
何かを飲み込むように、間を置いてから言う。

愛多
「やっぱり……
根元さんも、つきあってたかー」

根元の表情に、わずかな影が落ちる。
言葉は返らない。
沈黙が、会議室に静かに広がる。

愛多は視線を資料の隅へ移す。
そこに挟まれた一枚の紙――遺書。
指先で、そっと示す。

愛多
「喪主はね、彼の奥さんだったのよ。
結婚してるの、隠されてた」

根元は、小さく頷く。

根元
「……私はね、
なんとなく、気づいてた」

愛多は思わず顔を上げる。

愛多
「え。
じゃあ……だから、お葬式行かなかったの?」

根元は答えない。
ただ、資料の束に手を置き、
軽く押さえる。

紙が、かすかに音を立てる。

会議室には、もう誰の声もない。
残っているのは、
言葉にならなかった関係と、
整理されるのを待つ事実だけだった。

愛多の声がさらに静かになる。
愛多:「私ね、88888が死に際に書いた『友よ』、あれダイイングメッセージだと思ってる」
カメラはスッと映像に切り替わる。根元が88888の殺害現場の映像を凝視している。
根元:「あなた・・・愛人誰かが、小説の通りに殺害してることに気付いてたわよね」
88888は笑みを浮かべ、にやにやと答える。
88888:「そうなの? だとしたら・・・愛を感じるね」
根元は無言で映像を見つめる。
88888はグラスを手に取り、毒の入った飲み物を口元に近づける。
88888:「完全犯罪に乾杯」
飲み干すと、体に苦しみが走る。喉に手を当て、痺れに顔をしかめる。その瞬間も、手元には遺書『友よ』がある。
根元は静かに呟く。
根元:「先生・・・私の下名前、思い出せませんか? 愛人、多いですもんね・・・」
間が生まれる。空気が張りつめる。
根元は口角をかすかに上げ、諧謔的に言葉を続ける。
根元:「私はね、88888の小説の通りに殺したのはあなただと思ってる」
愛多は黙って頷く。沈黙が続く。
根元は声のトーンを落とし、クールに締めくくる。
根元:「なーーーんてね。私は先生を殺してないし、愛多さんも誰も殺害していない。
    88888先生の完全犯罪なんですもの。いいプロット作りましょうね!」
愛多は小さく笑い、資料に目を落とす。
愛多:「はい、頑張ります!」
テロップが静かに画面に現れる。
「小説家88888の完全犯罪」はベストセラーとなり、映像化の企画も進んでいるという」
カメラは会議室を後にし、残る資料や、二人の背中を淡く照らす光を映しながらフェードアウト。



愛多の声が、さらに低くなる。
ほとんど独り言に近い。
愛多
「……私ね。
88888が死に際に書いた『友よ』、
あれ、ダイイングメッセージだと思ってる」
[間]
カメラが、すっと切り替わる。
[映像:88888の書斎。
殺害現場の記録映像]
根元は、その映像から目を離さない。
根元
「あなた……
誰かが、小説の通りに人を殺してるって、
気づいてたわよね」
[映像:過去の取材映像]
88888が、わずかに口角を上げる。
88888
「そうなの?
だとしたら……愛を感じるね」
根元は答えない。
ただ、映像を見つめ続ける。
[映像:
88888、グラスを手に取る]
透明な液体。
指先は迷いなく、口元へ。
88888
「完全犯罪に――乾杯」
飲み干す。
直後、身体がこわばる。
喉に手を当て、顔が歪む。
その手元には、一枚の紙。
遺書――『友よ』。
[映像が止まる]
会議室に戻る。
根元は、静かに呟く。
根元
「先生……
私の下の名前、思い出せませんか?」
[間]
根元
「愛人、多いですもんね……」
空気が張りつめる。
愛多は何も言わない。
根元は、ほんのわずかに口角を上げる。
冗談とも、皮肉ともつかない調子で。
根元
「私はね。
小説の通りに殺したのは……
あなただと思ってる」
愛多は、黙って頷く。
否定もしない。
沈黙。
根元は声の温度を落とし、軽く締める。
根元
「……なーんてね」
一拍。
根元
「私は先生を殺してないし、
愛多さんも、誰も殺していない」
資料の上に、視線を落とす。
根元
「だって――
88888先生の完全犯罪なんですもの」
微笑む。
根元
「いいプロット、作りましょうね」
愛多は、小さく笑う。
ペンを取り、資料に目を落とす。
愛多
「……はい。頑張ります」
[テロップ]
静かに、画面の下に浮かぶ。
――
『小説家88888の完全犯罪』はベストセラーとなり、
映像化の企画も進んでいる。
――
[映像:
会議室を引きで捉える]
机に残された資料。
背中を向けた二人。
淡い光が、その輪郭だけを照らす。
フェードアウト。
[会議室・終盤]
根元は、資料の束を閉じる。
その拍子に、一枚の名刺が滑り落ちる。
[カメラ:名刺に寄る]
根元 友代
編集部・企画