翌朝、メールの通知で目が覚めた。差出人は真鍋。件名の文字が、画面の中で妙に重く見える。私は一度だけ深呼吸してから、開いた。

(返信・真鍋)
件名:部屋番号表記について(ご回答)

緒方様
お待たせいたしました。
該当住戸につきまして、弊社管理台帳上の表記は「1203A」となっております。
そのため、管理アプリおよび宅配ボックス履歴の表示は正常です。

添付:入居者台帳(抜粋).pdf

管理会社サポート 真鍋

“正常”。
この二文字が、刃物みたいに胸の内側へ入ってきた。私は画面を閉じ、もう一度開いた。文面は変わらない。変わらないものは強い。

添付PDFを開く。ページは一枚だけ。抜粋。行間が均等で、文字が黒く、正しさの形をしている。フッターに小さく出力日時がある。

【入居者台帳(抜粋).pdf】
12階:1201/1202/1203A/1203/1204/1205
※1203A:入居者(緒方ミサキ)
※1203:空室(募集停止)
出力日時:2026/2/15 09:01

私は自分の名前を見た。
見慣れた三文字が、知らない部屋番号に刺さっている。

“1203:空室”。
空室は、私の部屋だ。私が今いる部屋だ。
なのに台帳は、それを空室だと言う。
台帳が正しいなら、私は――どこにいる?

私は玄関へ走り、郵便受けを開けた。そこには「1203」。表札も「OGATA」。私は勝った、と一瞬思う。現実が台帳に勝った。勝てる。まだ四桁だ。

そのままエントランスへ降りた。宅配端末の画面を開き、宛先の階を選ぶ。12階。リストをスクロールする。

1201、1202、1203A、1204、1205。

1203が、ない。
指先が冷えた。ポストは1203なのに、端末の世界では1203が存在しない。存在しないものに荷物は届かない。存在しないものに生活は乗らない。

背後で、管理アプリが鳴った。軽い通知音。日常の音。

【アプリ通知】登録情報が更新されました:住戸番号 1203A

私は立ち止まり、自分のドアへ戻った。廊下の光は白く、影が薄い。
ドアの左上に、小さなプレートが貼られている。入居初日に見て、見なかったもの。私はゆっくり近づき、目を凝らした。

1203A。

いつから。
最初から。
最初からだったなら、私はなぜ見なかった。見えなかったのではないのか。

鍵を取り出す。金属はいつも通り冷たい。鍵穴に差し込む。いつも通りの感触。いつも通りに回る。
ドアは、いつも通りに開いた。