放課後、茜色に染まった教室でひとり。
机の上に広げた紙の上に描かれた、黒い鳥居の絵の下に十円玉を置いて。
「こっくりさんこっくりさん、おいでください」
机の前に立って少し腰を屈め十円玉に人差し指をのせると、ネットで調べた手順通りに実行していく。長い黒髪がはらりと頬にかかる。紙の上に影が落ち、しんとした教室の片隅で少女はその時を待ち続けた。
「おいでになりましたら、はいの方へおすすみください」
用紙の三分の一ほどのスペースを使って描かれた鳥居の左に『はい』右に『いいえ』、その下には横一列で『0、一、二、三、四、五、六、七、八、九、百、十』と書かれていて、さらに数字の下には『あ行』から『わ行』の五十音が縦にそれぞれ綺麗に並んでいる。
こっくりさんを検索したら『こっくりさんシート』を見つけた。印刷しても良かったが、手書きの方がリアルな気がしたので、いくつかあった内のひとつを参考にして昨日の夜に作成したのだ。
こっくりさんとは昔からある降霊術のひとつ。今の時代にはそぐわない遊びであることは間違いない。ただ少女はどこまでも真剣で、遊びでやっているわけではなかった。何度も呪文を唱えながら、少女はその時を待ち続ける。
少女には知りたいことがあった。しかしそれを表立って誰かに相談することはできず、色々と調べた結果『こっくりさん』に頼ることを考えた。
夜鳴町について語る交流掲示板にも毎日投稿してみたが、誰も相手にしてくれなかった。他にもやれることはやったが、おそらく成果は得られそうにない。
「こっくりさんこっくりさん、おいでください」
何度も繰り返す。こんなことをしても意味はないかもしれない。それでも。
「おいでになりましたら、はいの方へおすすみください」
十円玉がゆっくりと『はい』の方へと動き出す。
少女はこれが自分の意思なのか、それとも得体の知れないモノの悪戯なのか、正直わからなかった。しかし十円玉は確かに動いたのだ。こくりと渇いたのどを鳴らす。春の終わり。夕焼け色に染まった教室はどこか薄暗さもあって、伸びた机や椅子の影がなんだか不気味に思えてくる。
「おいでくださりありがとうございます」
再び鳥居のところに勝手に戻って行ったタイミングで御礼をいう。今ここに『こっくりさん』がいる。いる、と信じざるを得ない現象がまさに目の前で起こっているのだ。
少女は続ける。
知りたいことはただひとつだけ。
「大切な友だちをさがしています。彼女はまだこの町にいますか?」
硬貨が鳥居から離れて、左側の『はい』の方へと進んだ。
「彼女はまだ、生きていますか?」
その質問に対して十円玉はぴくりとも動かない。はいでもいいえでもなく、鳥居に戻るでもなく、まったく動く気配が感じられなかった。少女は困惑しつつも待つしかない。少しして、硬貨はゆっくりと文字の方へと向かって動き出す。
『と』『も』『だ』『ち』『に』
『あ』『い』『た』『い』
ともだちにあいたい。
これは少女の"願い"であって質問ではなかった。
大切な友だちはある日突然いなくなってしまった。おかしなことに、彼女のことを誰も憶えていないのだ。クラスの誰も、少女の家族も、彼女の妹や両親さえも。ただひとり、少女だけが憶えていた。
"存在しないモノ"となっている少女のことをしつこく聞いて回る少女は、周りからしてみれば異質なものに思えていたことだろう。けれども確かに、彼女はこの町にいたのだ。ひと月前のあの日までは。
「あいたい。あいたいから、さがしてるの。あの子はどこにいますか? どこにいけばあえますか?」
冷たい十円玉は少女の指をのせて動き続ける。
『こ』『こ』『に』『い』『る』
ここにいる。
ここって、学校?
『う』『ら』『が』『わ』『に』『い』『る』
裏側? 学校の裏にいるということ?
少女はだんだんと背中のあたりがひんやりとしてくるのを感じた。これは自分の意思で動いているのではないと、今更ながら思い知る。急に怖くなってきて、少女は今日はこれで終わりにしようと終了の呪文を唱えることにした。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください」
先程まですいすいと動いていた硬貨がぴたりと止まったまま動かない。少女は動揺しつつもルールを思い出す。帰ってもらうまでの間、絶対に怖がってはいけない。指を離してはいけない。誰にも見られてはいけない。ひとりでやってはならない。本当かどうかもわからない、昔から存在するモノ。
強く硬貨を押したままの指が痺れている。最初はそっとのせていただけの指先。いつの間にか力が入っていたようだ。深く淀んだ闇色の影が少女の背後でだんだんと窓を侵蝕していき、やがて教室中を包み込んでいく。
ガラ、と教室の扉が開かれる音が響いた。
「なんだ、誰もいないじゃないか」
男性教諭は教室を見回した後、頭を掻いた。
確かに声がしたと思ったのだが、どうやら気のせいだったようだ。
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翌日、ひとりの少女が消えた。
誰も消えてしまった少女を捜したりはしない。
少女も少女が捜していた友だちも、きっとはじめからこの町に存在していなかったのだろう。
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