この町は昔から不可思議な噂が絶えない。それが嘘か本当かは誰も知り得ない。噂はただの噂であり、話題のひとつにしかすぎないからだ。
黄昏時。逢魔が時とも呼ばれる夕方と夜の曖昧な境界線。ひとりの少年が忽然とこの町から姿を消した。誰も彼の行方を知らず、なんの痕跡もない。
誘拐? 家出? 神隠し?
しかし、行方不明となった少年を捜す人間はこの町には誰ひとりとしていない。なぜならその少年は、ある日を境にこの町どころか、この世にさえ存在しなくなってしまったからだ。
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■■神社。はるか昔からこの地を守ってきたその神社は、この町の地図からすでに消され、その存在すら忘れ去られてしまっていた。小さな祠と御神体の鏡が祀られているだけのその神社は、禍からこの地を守護するために建てられた。
禍はこの地に怪異や穢れを引き寄せ、この地に住む人々に不幸を齎した。その禍を封じるために、人々は裏山に御神体と祠を建てて■■神社と名を付け、土地神として祀ったのがはじまり。
人々の信仰が土地神を強くし、禍はいつしか消え去った。その後何百年も人々は自分たちが崇めた神を信仰していたが、禍がほとんど起きなくなったこともあって、いつしか人々の足は遠のいていき、気付けば信仰していた神の存在すら憶えている者がいなくなった。
それでも土地神の力が非常に強かったこともあり、何百年経っても禍の封印が解かれることはなかった。今となっては奇妙な噂がたつことはあれど、人々は『いつものこと』と怖がることもなく、むしろ話のネタにして面白がっているふしさえあった。ただの噂。作り話に過ぎない、と。
ある時、裏山の一部が連日の大雨で土砂崩れを起こした。その時から、町の雰囲気が少しずつ変化していく。夕闇は人々に歪な影を落とし、得体のしれない蠢くモノが人知れず獲物を狩り喰らう。
町は闇に覆われ、侵蝕されていく。
ひとりの少年が、裏山にいた。いつまでも片づけられないでいる崩れた土砂の中に、キラリと光ったあるモノを大事そうに拾い上げる。夕暮れ時。橙色と仄暗い藍色が交じり合い、いつも以上に不気味な色を浮かべている黄昏空の下、少年は拾い上げた鏡を覗き込む。
その瞬間――――。
黒い影が背後で大きく膨れ上がり、風呂敷で包み込むかのように少年を頭から丸呑みにした。ごくりとのどを鳴らして、その影は満足げににたりと笑うと、そのまま何事もなかったかのように地面に戻って行った。少年の手があった場所から、遅れて丸い鏡がカランと音を立てて落ちる。
鏡は黄昏色の空をその表面に映したまま、訪れた静謐に対して無言を決め込んでいる。
その日、ひとりの少年が消えた。
この町の誰も、彼を知る者はいない。
落ちている鏡をそっと拾い上げ、少年はひとりその場に立ち尽くす。いつからここにいたのだろう。それは少年にもわからない事だった。
「····禍が解き放たれたか、」
ぽつりと呟いた声はどこか冷ややかで。
ふいと空を見上げた後、その目には別の何かが映り込む。暗く淀んた靄のようななにか。
禍。
これは、はじまりにすぎない。
この町は再び呪われてしまったようだ。


