あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 ■■神社。はるか昔からこの地を守ってきたその神社は、この町の地図からすでに消され、その存在すら忘れ去られてしまっていた。小さな祠と御神体の鏡が祀られているだけのその神社は、(わざわい)からこの地を守護するために建てられた。

 禍はこの地に怪異や穢れを引き寄せ、この地に住む人々に不幸を齎した。その禍を封じるために、人々は裏山に御神体と祠を建てて■■神社と名を付け、土地神として祀ったのがはじまり。

 人々の信仰が土地神を強くし、禍はいつしか消え去った。その後何百年も人々は自分たちが崇めた神を信仰していたが、禍がほとんど起きなくなったこともあって、いつしか人々の足は遠のいていき、気付けば信仰していた神の存在すら憶えている者がいなくなった。

 ある時、裏山の一部が連日の大雨で土砂崩れを起こした。その日を境に町の雰囲気が少しずつ変化していく。夕闇は人々に歪な影を落とし、得体のしれない蠢くモノが人知れず獲物を狩り喰らう。

 町は闇に覆われ、侵蝕されていく。

 ひとりの少年が、裏山にいた。いつまでも片づけられないでいる崩れた土砂の中に、キラリと光ったあるモノを大事そうに拾い上げる。夕暮れ時。橙色と仄暗い藍色が交じり合い、いつも以上に不気味な色を浮かべている黄昏空の下、少年は拾い上げた鏡を覗き込む。

 その瞬間――――。

 黒い影が背後で大きく膨れ上がり、風呂敷で包み込むかのように少年を頭から丸呑みにした。ごくりとのどを鳴らして、その影は満足げににたりと笑うと、そのまま何事もなかったかのように地面に戻って行った。少年の手があった場所から、遅れて丸い鏡がカランと音を立てて落ちる。
 鏡は黄昏色の空をその表面に映したまま、訪れた静謐に対して無言を決め込んでいる。

 その日、ひとりの少年が消えた。
 この町の誰も、彼を知る者はいない。

 落ちている鏡をそっと拾い上げ、少年はひとりその場に立ち尽くす。いつからここ(・・)にいたのだろう。それは少年にもわからない事だった。

「····禍が解き放たれたか、」

 ぽつりと呟いた声はどこか冷ややかで。
 ふいと空を見上げた後、その目には別の何かが映り込む。暗く淀んた靄のようななにか。

 禍。
 これは、はじまりにすぎない。
 この町は再び呪われてしまったようだ。