オレと荻野くんは幼なじみ再構築中。

 昨日の放課後は、夢だったのか――。

いや、違う。
俺は確かに、栄介と再会した。

なのに今朝。ランニング中のあいつに声をかけたら――完全スルー。

「おはようくらい返せ……」

 自転車のブレーキをギュッと握りながら、小さく毒づく。
目、絶対合ってたんだぞ。気づかなかった、では済まされない。

 ポストに新聞を押し込みながら、バイトの手はいつも通り勝手に動く。だが、頭の中は栄介のことでいっぱいだった。
昨日は「ちゃんと会いに来た」なんて言っておいて、翌朝フル無視。どういう情緒の振れ幅だよ。ジェットコースターか。

 バイトを終え、シャワーを浴び、制服に着替えてリュックを背負う。
靴紐を結び直す手元まで、どこか落ち着かない。

 今年の一年に、めちゃくちゃイケメンが入学した――そんな噂は聞いていた。
まさか、それは栄介なのではないだろうか。

「あんなにイケメンに育つとか反則だろ……」

 ぼやきながらも、声色とは裏腹に、少しだけ誇らしい気分になっている自分が悔しい。
隣の家同士だったのに、受験をきっかけに会わなくなっただけで、こんなに変わるものなのか。昔は俺より小さくて、声も高くて、女の子みたいに可愛かったのに――

「……いや、やめやめ」

 腹が立つと腹が減る。
俺は思考を強制終了させ、バイト代で買う予定の新作プラモのことを考える。

「明日の給料日、めっちゃ楽しみ!」

 ――そう思っていたのに。

校門の前で、そのテンションは一瞬で吹き飛んだ。

 女子に囲まれながら登校してくる栄介が、まるでアイドルみたいに目立っていたからだ。
春の朝の光を背に受けて歩く姿は、同じ制服のはずなのに、なぜか一人だけ違う世界の人間みたいに見える。

 ……なるほど。
噂の「一年のイケメン」、完全にこいつじゃん。

今日は珍しく早めに来たせいで、こんな光景を真正面から見る羽目になったらしい。失敗した。

「おはよう!」

 背中を軽く叩かれて振り向くと、クラスメイトの(たに)が立っていた。見た目はチャラいが、漫画とゲームとプラモの話が通じる、貴重な“同志”である。

「来週の新作、予約した?」
「したした。二万は痛いけど、あのクオリティなら仕方ない」

 自然と会話に乗ったところで、谷の腕が肩に回され、リュックの重みと合わさって体が少しよろめいた。

その瞬間。

前方から、妙に鋭い視線が突き刺さる。

「?」

 顔を上げると、栄介と目が合った。

 ――なんで、そんな顔するんだよ。

さっきまで女子に囲まれて普通に笑っていたのに、今は眉をわずかにひそめ、じっとこちらを見ている。

「お、有名なイケメン様だ。そういや、配信者らしいぞ。ASMRだっけ?インフルエンサーとか……とにかく有名らしい」

 ざっくりしすぎだろ、と心の中でツッコむ余裕はまだあった。
けれど。

「わ、こっち来る!」

 その一言で、心臓が一気に落ち着かなくなる。

 人の波をすり抜けて、栄介がまっすぐこちらへ歩いてくる。
そして、俺の目の前で立ち止まった。

「ちゅうた、おはよう」

 周囲がざわっと揺れた。女子たちの視線が一斉にこちらへ向く。

「え?あ、おはよう……」

 頭をかきながら返すと、栄介はそれ以上何も言わず、涼しい顔のまま通り過ぎていった。

 ――なんだよ、それ。

朝は無視して、学校では普通に話しかけるとか、意味わからなすぎるだろ。

 去っていく背中を見ながら、胸の奥が妙にざわつく。

 たぶん俺はまだ知らない。
あいつが、朝だけ俺を無視した理由を。

そしてそれが、思っていたよりずっと――面倒くさいことの始まりだってことも。