非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く

 ゴクリとひとつ唾を飲み込むと、(もみじ)は団子屋の奥の座敷で胡座を掻く濃紺の着物の背中に忍び寄った。
 どこにいても目立つ男の赤い頭が、さっきからずっと船を漕いでいる。
(……今なら、いける!)
 赤髪の男の背後を取ると、袖に隠した小刀を引き抜く。これで、頚動脈をスッと一搔き――
 抜いた刀を男の首筋に当てようとして、椛は一瞬躊躇した。
 脳裏に浮かぶのは、飛び散る鮮血。
 紅は恐ろしい。特に、血の紅は――
 小刻みに手が震え、狙いがブレる。
(しっかりするのよ、椛……)
 小刀の柄を握り直したとき、カクンと男の頭が大きく前に倒れた。
「……ふがっ」と変な呻き声を出したあと、
「ああ、うっかり寝てしまった……」
 男が目をこすりながらぼやく。
(やばい……目を覚ました……)
 男の首に当てかけていた小刀を慌てて鞘に戻すと、男から数歩後ずさる。そのとき、少し刃が指を掠めてしまい、椛は悲鳴を飲み込んだ。
(ああ、また失敗してしまった……私はほんとうに出来損ないだ……)
 無言で走り去ろうとすると、
「すまない、椛。起こしに来てくれたんだな」
 男が振り向いて声をかけてきた。
「……はい。昼休みも終わりですから」
 何も気付いていない男の様子に、椛はほっとしつつ、悔しさに奥歯を噛んだ。
 出来損ないの椛の殺気にも気付けないような間抜けな男を、未だ手にかけられずにいるなんて――
「はあー。これから夕刻まで働かなければならないとは、おっくうだ」
 ゆっくりと立ち上がった男が、大口を開けて欠伸する。
 整った綺麗な顔をしているわりに、彼はふるまいが粗雑だ。
「またそんなことを……きっと午後からも店は大忙しですよ」
 そう言うと、椛は苦笑いした。

 椛が城下町にある団子屋で働き出してから、はや五日。
 味は特別美味いわけでもないのに、赤髪の店主の団子屋はやたらと客入りが良い。
『少し休んで行かれませんか? ちょうどできたてですよ』
 美貌の店主が暖簾から顔を出して微笑めば、それだけで男も女も足を止めてしまうからだ。
「それでは、わたしは先に店に出ますね」
「待て、椛」
 側を離れようとすると、男が椛の腕を掴んだ。
「その指、どうした? 血が出ている」
 左手の人差し指から細く伝う紅に、胸がドキッとした。あたりどころか悪かったのか、思ったより切れている。
 心配そうに見つめてくる男の切れ長の目。その双眸から視線をはずしながら、椛は必死に言い訳を探した。
 椛は咄嗟の嘘が苦手だ。そういうところも、出来損ないと言われる一因だろう。
 そのとき、炊事場のほうからカタカタと鍋の煮える音が聞こえてきた。
 昼食用に作っただんご汁を火にかけていたのだ。
 うっかりしていたが、ちょうどよい言い訳ができる。
「す、炊事場で調理中に切ってしまって……」
 うまく誤魔化せるだろうか。
 ドキドキしながら答えると、男が椛の顔を覗き込むようにじっと見てきた。