選ばれるはずのない姫でした― 期限をきられた恋と、騎士の真実 ―

王宮の中でも、
人がほとんど来ない庭園だった。

謁見の間を出ると、
アディスが私を待ってくれていた。

何を話していいか分からないまま、
無言で歩き続けて、
気づけば、この庭園に来ていた。

静かだ。

さっきまでのざわめきが、
嘘みたいに遠い。

……だめだ。
さっきから、
心臓が全然落ち着かない。

「ダリア様」

アディスが、
私の名を呼ぶ。

その声だけで、
頭の中がまた真っ白になる。

「……あの」

気づけば、
声を出していた。

「ご、ごめんなさい。
 少しだけ……
 少しだけ、心の準備をしても?」

自分でも、
何を言っているのか分からない。

だって、
このまま話が進んだら、
私、どうなってしまうのだろう。

「……今じゃなくても大丈夫です」

アディスが、
そう言いかけたのを、
私は慌てて止めた。

「い、いえ。
 違うの、
 そうじゃなくて、その、あの……」

もはや、
何を言っているか
自分でわからない。

ただ、
いきなりは、無理だ。

無理だけど、
言葉が欲しい。

「……一息。
 本当に、
 ほんの一息だけ」

自分で言っていて、
情けないくらい
必死なのが分かる。

顔が、熱い。
絶対に、真っ赤だ。

「ダリア様」

今度は、
少しだけ柔らかい声。

「……そんなに構えなくても」

そう言われて、
余計に
どうしていいか分からなくなる。

「む、無理……」

小さく呟いた
その言葉に、
アディスが一瞬、黙った。

それから。

ほんのわずか、
口元が緩む。

……え?

今、
笑った?

「……失礼」

そう言いながらも、
苦笑いが消えていない。

「そんなふうに言われるとは、
 思っていませんでした」

それは、
責める声じゃなかった。

むしろ――
どこか、
ほっとしたような。

「……本当にかわいい人ですね」

ぽつりと、
そんな言葉が落ちる。

「っ!?」

思わず、
息を詰める。

だめだ。
これはだめだ。

なに、その反則な発言。

これ以上、
正気でいられる気がしない。

「……では」

アディスは、
今度こそ、
逃げ道を作らない声で言った。

「改めて、
 申し上げます」

背筋が伸びる。

私も、
反射的に
姿勢を正していた。

「正直に申し上げます。

 あなたは、
 いずれ私の妻になってくださるのだと――
 どこかで、
 そううぬぼれていました。

 だからこそ、
 あなたが巫女になると聞いたとき、
 もう歯止めが利かなくなってしまったのです」

「……私は、
 あなたを失う覚悟が
 できていなかった」

「ダリア様」

その名を呼ばれる。

「私は、
 あなたと共に生きたい」

一拍。

視線が、
まっすぐ向けられる。

「一人の男として、
 あなたを望みます」

胸が、
ぎゅっと詰まる。

「どうか、
 私の妻になってください」

……だめだ。

言葉が、
入ってこない。

理解はしている。
意味も、分かっている。

でも、
体が追いつかない。

私は、
その場に固まったまま、
アディスを見ていた。

何秒、
経ったのかも分からない。

それでも、
彼は何も言わず、
ただ待ってくれている。

……ずるい。

そんなふうに思いながら、
私は、ようやく、
小さく頷いた。

コクっ、と。

それだけ。

「……っ」

アディスが、
一瞬だけ、
目を見開く。

それから、
息を吐くように、笑った。

「……ありがとうございます」

声が、
少しだけ震えていた。

私は、
まだ何も言えないまま。

ただ、
頷いた首が、
戻らなくなっていた。