誰にも内緒の観察日記


 4月6日、入学式。
 不安ばかりを抱えて、遂にやってきてしまった今日という日。隅田(すみだ)と中学から続けて同じクラスになれたのは最早僕にとっては些細な出来事で、それ以上の衝撃を食らってしまい、気づけば一日が終わっていた。隅田がいなかったらぼっち確定だったかもしれないことを考えると、やっぱり隅田がいてくれてよかった。

 家に帰ってからもしばらく夢心地だったけど、このままじゃだめだ、思い立ったが吉日と筆をとった次第である。

 さて、三日坊主の僕がこうして書き留めようと思った理由はいたってシンプル。彼についての記憶が消えないように、彼のことをいつでも思い出せるように、今日から観察日記をつけていこうと思う。

 いざ始まってしまえばなんともつまらない、入学式という堅苦しい空間。小学校、中学校と経験してきたせいで、感動なんてものはとっくの昔に置いてきてしまった。早く終わらないかなと、ぼーっと爪を見ていたときだった。

 「新入生代表、間宮颯斗(まみやはやと)

 名前を呼ばれて、二列前の男子が立ち上がる。

 あ、僕の代のトップだ。新入生代表に選ばれるほど、頭がいいのか。さぞかし真面目なんだろう。冷ややかにそんなことを考えていたのがバカみたい。話題の冷笑系なんて、とっととやめるべきだった。

 「はい!」

 爽やかに返事をして壇上に上がる長身の男子生徒。お母さんが張り切ったせいで少し袖の余ったブレザーを着ている僕とは違う。遠くから見ても分かる、綺麗な顔立ち。スラリとしたスタイルも、整えられた前髪も、同い年とは思えないほど大人っぽく見えた。堂々と大勢の前に立った彼は、明るくハキハキとした声で話し始める。

 ……間宮くん、間宮颯斗くん。
 彼が挨拶を述べている間、ずっと頭の中で繰り返し呼んでいた。だって、僕の理想そのものだったから。ずっと思い描いていた理想が頭の中から飛び出してきたんだって錯覚するほどに。
 
 校長先生の長い式辞を聞いていた態度とは正反対。前のめりになって間宮くんのことを見つめていたら、一瞬バチッと目が合ったような気がしたけれど、僕は一番最後の列だったからたぶん気のせい。モブは主人公の視界には入らない。

 僕だったら震えて噛み噛みになっていたに違いない挨拶を立派にやり遂げた間宮くん。今日一番と言っていいほど盛大な拍手を贈られた彼は少し照れたような表情で一礼した後、壇上を降りていった。その表情があまりにもかわいくて、顔が抜群にかっこいいのにかわいい一面も持ってるなんてずるいぞと、荒ぶる心のままに叫んでしまいそうだった。

 その後もずっと、僕は二列前の席に座る彼に釘付けだった。目からビームを出せたなら、間宮くんの背中には大きな穴が空いていただろう。

 そうだ、これから少なくとも一年間は同じクラスで間宮くんのことを観察できるんだ。なんてこった、毎日がハッピーで包まれる。約束された未来に胸の高鳴りが止まらない。登校してきたときのどんよりとした空気とは大違い、ウキウキで渡り廊下を歩く僕を隅田は気持ち悪そうに一歩引いて見ていた。まったく、失礼な奴だ。間宮颯斗くんというあまりにも大きな出会いがあったから不問にしたけれど、普段なら一発入れていた。

 問、これは一目惚れですか?
 答、どちらかというと、はい。

 あの瞬間から間宮くんは僕の推しになったけど、推しへの感情を恋と錯覚するような軟弱者ではない。

 なぜなら、僕は腐男子。推しが幸せそうにしているところを見ているだけでいい。推しカプの間に挟まりたいわけではない。むしろ壁になって、いつだって見守っていたいのだ。
 
 間宮くんは理想の攻め、そのものだ。爽やかで、明るくて、かっこよくて。だけどちょっと隙があるというか、かわいい一面も持ち合わせていて、そういうところも含めて全てが完璧だ。

 あーあ、彼にピッタリの理想の受けはいないかな。
 ……なんて考えながら歩いていたら、視界に入ってきたのは間宮くんに肩を組まれて歩くクール系美人。桜がはらりと舞い落ちるのも相まって、儚げな雰囲気がよく似合う。間宮くんが建国系イケメンなら、こっちは傾国の美人だ。あまりにもお似合いすぎて、瞬きするのも忘れるほど。

 同じ日に理想の攻めと受けに遭遇するなんて。ピンポイントで僕の頭上に隕石でも降ってこないだろうか。こんな奇跡、滅多にない。だけど腐男子たる者、欲望は底なし。

 来い、同じクラスであれ……!
 強く念じたその願いが通じたのか、同じ教室へと入っていく後ろ姿を見届けたときはその場に崩れ落ちてもおかしくなかった。ちょっとふらつきはしたけれど、無問題。

 何度も深呼吸をしてから入った教室。黒板に貼られた座席表を見て、周りにはバレないようにこっそり彼の名前を確認する。自分の席の場所は二の次だ。

 夏川洸(なつかわこう)くん。
 漢字までしっかりと脳内にインプットする。

 間宮くんはザ・みんなの人気者。教室にたどり着くまで早速いろんな人から声をかけられてたけれど、夏川くんはちょっと近寄りがたい。気軽に話しかけられないし、パーソナルスペースが広そう。そんな孤高の美人なのに、間宮くんには肩を組むのを許しているっていうのがイイ。陽キャな大型犬とツンデレ猫なんて、すごく美味しい。

 もう、こんなの推すしかないじゃん。昨日まではどうしようかと思ってたけど、これから毎日が楽しみでしかたない。

 これから僕は「まみなつ」を推していきます……!