覇王令嬢の野望


 風呂から上がると、ディアナが身体を拭いてくれ、さらには寝巻きを着るのすら手伝ってくれた。
 そして、部屋に戻ると、ディアナが一礼し、下がっていった。

「しかし、お前、本当に箱入りだのう……風呂も着替えも補助か?」

 10歳だろ。
 なら自分でやらんか。
 65歳で足腰を悪くし、介護が必要になった私じゃないんだから。

「いや、自分でできるよ? でも、やってくれるから断るのも悪いかなーっと」
「ふーん……お前、あまり好かれておらんな。ユルゲンなんて白い目で見ておったぞ」
「いや、絶対に昼間のノーレのせいでしょ」

 そうかもな。
 でも、普段のお前を見て、どの口が言うかって思ったんだろうよ。

「まあよい。寝るぞ」
「え? もう寝るの? 昼間にあれだけ寝たのに?」
「いいから寝るぞ」

 そう言って、ベッドに入ると、灯りを消す。

「えー……本当に?」

 ミーネはそう言いつつも、ベッドに入ると、すぐに寝息を立てて、眠った。
 ただ、私は寝ずにじっと待つ。

 1時間くらいずっとそうしていると、扉が開き、人が部屋に入ってきた。
 その人間は私達のところに来ると、両手を上げ、振り下ろしてきたのでその手を掴む。

「なっ!?」
「つまらんのう」

 そう言って、手を離すと、その人間が距離を取ったのがわかった。
 そして、灯りをつけると、扉の前に立つ大型のナイフを持ったメイド服の女が立っていた。

「んー? 何ー? トイレなら……え?」

 ミーネも起き、扉の方を見て固まる。

「お客さんだ」
「えっと、ディアナさん? なんで……え?」

 ミーネの視線がディアナの持つナイフで止まった。

「ハァ……しょうもない女だのう」

 首を横に振りながらベッドから下りる。

「な、なんで……?」

 さあの?

「ヘルミーネ様、お命、頂戴します」

 ディアナがそう言って、ナイフを向けてきた。

「ふふ、ふふふ……はっはっは! 面白いぞ、お前! 今のは非常に良かった!」

 なんて面白い奴だ。

「何がおかしいのですか?」
「視界にすら入らぬ蟻風情が戯言をほざいたから面白かっただけだ。よしよし。そのナイフをどうするんだ?」
「くっ! 死んでください!」

 ディアナはそう言って、かなりのスピードで襲ってきた。
 だが、私には止まっているように見えたので簡単に腕を抑える。

「んー? どうした?」
「なっ!?」
「何を驚くのだ? その程度の実力で私に挑むのならば道理であろう?」
「くっ! う、動かない!?」

 バカかな?

「あー、もうよい。真性のアホだったか」

 そう言って、足を払うと、後ろに回り、腕をひねり上げる。

「ぐっ!」
「おー、悲鳴を上げなかったのは褒めてやるぞ。まだ21時とはいえ、周りに迷惑だからな」

 そう言って、ナイフを没収し、左足を踏みつぶした。

「ぐっ!!」
「ディアナさん!?」

 いや、お前はどっちの味方だ?

「ふむふむ。何か武器が欲しいと思っていたが、良い戦利品が手に入ったな」

 ナイフを片手でおもちゃのように振り回す。

「こ、殺せ……」
「あー、安心せい。殺すよ」

 振り回しているナイフを握り、ディアナに向ける。

「くっ!」
「ディアナさん!? ノーレ、やめて!」

 ほう?

「やめろとは?」
「殺しちゃダメ!」

 くっくっく。
 面白いことを言う子だ。

「お前、わかってないのか? 毒を盛ったのはこいつだぞ?」

 私は口から血が出ていたが、外傷はなかった。
 間違いなく、毒殺されたんだ。

「え?」
「な、何を一人で……」

 あー、ディアナにはミーネが見えないし、声も聞こえないから私が1人でしゃべっているように見えるのだ。

「敗者は黙っておけ。すぐに殺してやるから静かにしてろ」
「ッ!」

 ふん。
 痛みで気絶しそうなくせに。

「ノーレ、毒殺って?」
「こいつが夕食か何かに毒を盛ったんだ」
「ディアナさんが……そんなことは……」

 ハァ……

「食事を用意するのはこいつかユルゲンだから犯人はどちらかになる。そして、こいつは今朝、私が許可を出していないのに部屋に入ってきた。それは何故か? 簡単だ。ノックの答えが返ってこないのを知っていたからだ。そもそも私は毒だと思った時から最初にこの部屋に入ってくる者が犯人だと思っていた。毒殺した私にナイフを突き刺すためだ」

 ん-? どうした?
 何をそんなに驚いているんだ、ディアナ?

「な、なんで?」

 まだわからんか、この娘は……

「毒だとわかれば容疑者は2人に絞られるだろう? でも、刺殺なら容疑者はいっぱいいる。偽装工作だ」
「そ、そんな……ディアナさんがなんで……」

 ふむ……被害者がこう言っているし、聞いてやるか。

「ディアナ、なんで私を狙った?」
「…………殺せ」

 いっちょ前に一流気取りか……

「そうか、そうか……まあ、何でもいい。犯人は親か親族だ。どちらにせよ、いずれ死ぬ奴らだな、うん。さて、尋問も拷問も好きじゃないから楽に行かせてやろう。ちゃんと主と私に感謝するんだぞ?」

 ナイフを振りかぶる。

「待って!」

 まだ止めるか……
 まあ、良いか。
 この身体はこやつのもの。
 聞いてやろう。

「何だ?」
「ディアナさんを殺さないで」
「何故?」
「私には大事な人なの」

 なんて哀れで愚かな娘だ……
 自分を二度も狙った相手を許そうとは……それほどまでに信頼できる人間がおらんのか……

「生かして……許してどうする?」
「み、見なかったことに……」

 くっくっく……笑える。

「ほう? 明日も来るかもしれんぞ? ケーキの中に毒が入っているかもしれん」
「さすがにしないんじゃないかなー……」

 ふむふむ。

「裏切者は殺すべきだぞ?」
「そもそも裏切られてない。ディアナさんは私に仕えているわけじゃないし」

 ほうほう?
 面白くなってきた。

「では、どうする?」
「許してあげよう!」
「こういうのは殺しておかないと後の憂いになるぞ?」
「そんなことない。それにそうやって敵を殺して、殺しまくり、相手を許さなかったから恨みを買って、死後に反乱を起こされてたんでしょ」

 ふむ……まあ、そうか。
 すまんな、弟、宰相。

「それで?」
「ノーレは強かった。だから誰も逆らえなかった。でも、次もそうなるよ。私は争いのない平和な世界を作りたいの。だから今までと同じやり方ではダメなの」

 なるほど。
 一理ある。

 私とミーネが話していると、扉が開いた。

「まーた来たか」

 入ってきたのはもう1人の侍従のユルゲンだった。