覇王令嬢の野望


 部屋に戻ると、席につく。

「さて、ミーネ、どうだった?」

 もう誰もいないので普通にしゃべる。

「スラムはちょっとショックかも……知識としては知っていたけど、実際に見たら……」

 まあ、そんなところか。

「実のところ、私もショックだ。とはいえ、お前とはちょっと違う意味だな。スラム自体に思うところはないが、これが帝都にあったのがショックだ」
「ノーレの時にはなかったんだよね?」
「ああ。戦後だったから治安が良くなかった。だから真っ先に治安回復のために努めたからな」

 スラムなんか即、解体だ。
 まあ、一言で言うのは簡単だが、実際は公共事業で雇用を作ってやったりして大変だった…………宰相が。

「あれをどうにかできるの?」
「私が皇帝になればな」

 今はどう考えても無理だ。
 ただの小娘にしかすぎん。

「皇帝……」
「ミーネよ、お前はどういう皇帝になりたい?」
「どういうって言われても考えたことが……」

 正義感はあっても野心のない子だ。
 野心なき正義は偽善でしかないというのに。

「ならば今、考えよ。私はお前だ。お前がどういう皇帝になりたいかを示せ。そう難しく考えなくてもよい。誰も文句を言わない権力を手に入れた時、お前が何をしたいかを口に出せばよい。別に美味いものを食べたいとかでもよいぞ」

 なんでもいいからお前の個を見せろ。

「ノーレはなんで皇帝になったの?」

 ふむ……

「別に最初から皇帝を目指していたわけではない」
「教えて。歴史の本には始祖様が人々の生活を見て、救うために立ち上がったということしか書いてないの」

 良いことしか書いてないか。

「まあ、それも間違ってはおらんぞ。当時、帝国なんかなく、小さな国同士が争う群雄割拠の時代だったのだ。私はその中の一つの国の貴族の生まれだ。前にも言ったが、そこで厄災の子と占われ、家を追い出された」
「そこからどうやって皇帝に?」

 むう……私の苦労が伝わってないのか。
 本でも書けば良かった。

「当時、国が荒れていたから人々を扇動し、反乱を起こした。当時12歳だった私を旗印にしたから多くの人が集まったぞ。それで王国軍と戦った。当然、こちらが勝ち、私が王となった。そこからは周辺国を倒していき、併合した。そして、ついにはこの辺りの国をすべて併合し、重臣共の勧めで帝位に就いたのだ」

 20年かかったがな。

「最初からすごいね。いきなり軍を率いたんだ……」
「私は子供の頃から鍛えていたし、軍略を学んでいた。お前ならわかると思うが、暇なんだ」
「確かに暇だけど……」
「私はな、まったく教育を受けていない。貴族の作法も知らんし、礼も知らん。当然、学もないし、魔法も使えなかった」

 こいつのようにメイドや執事も付けてもらえなかった。

「それでどうやって軍略を学んだの?」
「私は一人ではなかったのだ。弟がいた。あやつは私に懐いていて、こっそり色々なものを持ってきてくれた。反乱を起こした際も親を捨てて、こちらについたぞ」

 親を殺して……

「二代目皇帝のアルフルート様ですか」
「ああ。よくサポートしてくれたし、私が戦場に出て、留守の時はよく守ってくれた。素晴らしい弟であり、臣下だった」

 そして、私の後を継いでくれ、私の後始末をしてくれた。

「始祖様は家を追い出されたから反乱を起こしたの?」
「ふむ……その感情があったことは否定せん。生きるために必要だったということもある。だがな、一番はやはり大業のためだ。当時は本当に荒れており、各国が好き放題しておったからひどいありさまだった。これをどうにかしなければならないと思ったのは事実だし、私にはその才があった。魔法は使えずとも剣と弓で敵を倒せたし、相手が大軍であろうと勇と智でこれを撃退できた。ならばやらなければならない。力なき者が逃げるのは臆病ではない。しかし、才ありし者は立ち上がらなければならないのだ。そして、己の武と名を天下に示し、殿上に立たねばならぬのだ」

 そして、その通りになった。

「すごい自信……」
「自信? 事実だ。私が最初に反乱軍を率いた時、兵の数は1000にも満たなかった。それでも万を超える敵にも勝ったし、各地で戦った時にも天下に名を轟かす豪傑、勇者とも戦った。それらにも勝ち、皆が私の前にひれ伏した。だからこそ、私は覇王と呼ばれたし、アイゼンライヒ帝国を築けたのだ」

 もちろん、私一人の力ではない。
 多くの者に助けられたし、多くの者が私のために死んでくれた。
 だからこそ、大業を成せたのだ。

「ノーレ……あなたは本当にエレオノーレ・クローネンシュタール様なんだね」
「そうだ。私こそがエレオノーレ・クローネンシュタールだ。さて、我が一族よ。お前はどうなりたい? 何をしたい? お前が何も言わぬなら私は私の道を行くぞ? この世では私の上に人が立ってはいけない。並ぶことすら許されぬ。我が野望は死しても消えぬのだ」

 それがエレオノーレ・クローネンシュタールとして生まれた宿命だ。

「私は……やっぱり人々の生活を守りたい。笑われるかもしれないけど、争いのない平和な国にしたい」
「笑わぬ。崇高な願いだ」

 人は世界平和を口に出せばバカにする。
 それは何故か。
 皆が無理だと思っており、絵空事に聞こえるからだ。

「今日のスラムにしてもああいう人がちゃんと生活できるようにしたい」

 ふむふむ。
 偽善だな。
 何も知らぬ小娘の戯言だ。
 きっと皆がそう言うだろう。

「よかろう。しかし、ヘルミーネよ。お前はそのために死ぬ覚悟があるか?」
「もう死んでるけど……」

 幽霊だもんな。

「それはまだわからん。死して霊が出るとよく聞くが、実際には見たことがない。もしかしたらお前はまだ死んでないかもしれないし、この身体に戻れるかもしれない」
「そうなったら良いんだけど……」

 ほう?

「本当か?」
「え?」
「わかっておるのか? 平和を願い、我が覇道を進む。しかし、途中でお前がこの身体を取り戻したらその時に私がいるかはわからんぞ? 私は間違いなく、死人だからな。そうなった時にお前一人だ。お前では何もできぬし、ただ、負けて死ぬだけだ」

 私はいつ消えるかもわからない。
 10年後もかもしれないし、10秒後かもしれない。

「…………始祖様。私も座して死を待つことは致しません。勝手に生み落とされ、勝手に占われ、勝手に殺されたくありません。すでに死んだ身、たとえ、元に戻ろうとも戦います」

 ふむ……箱入りの哀れな少女でも心は弱くないか。
 それでこそ、私の一族だ。

「では、ミーネよ。お前の願いを叶えてやろう。我が武と知をもってして、ヘルミーネ・クローネンシュタールを次の皇帝とする」
「はい」

 さて、わかっておるのかな?
 それは血塗られた道であり、一族を……現皇帝ですら殺す道であるということを……