覇王令嬢の野望


「そうですか……帝位継承権のせいですか?」
「ああ。洗礼を受けるのにあと5年もある。現皇帝は高齢だし、5年も待てなかったんだろうな」

 68歳ならいつくたばってもおかしくない。

「何故、私が?」
「お前だけではない。帝位継承権を持っている者同士は皆、そういう争いをしている。お前だけが簡単にやられてしまったということだ」
「そ、そうですか」

 まあ、護衛もいなさそうだしな。
 ましてや、ここは教会。
 簡単にやれる。

「整理しよう。お前はおそらく、暗殺されて死んだ。そこに私が乗り移った。現状はそう理解するしかあるまい」
「わかります。戻れるんでしょうか?」

 うーむ……

「やってみい。私を追い出せるかもしれんぞ」
「えーっと……」

 ヘルミーネはこちらにやってくると、私に触れようとする。
 しかし、その手はすり抜けてしまい、そのまま私の身体を通過してしまった。

「触れられぬか」
「そのようです……本当に死んじゃったんですね」

 ヘルミーネの目には涙が浮かんでいる。

「ヘルミーネよ、これからどうしたい?」
「わかりません……正直、生前もわかりませんでした」

 哀れな子だ……ただ占い師に占われただけなのに……

「ヘルミーネ、私も生まれた時に厄災の子と占われた」
「え? そうなんですか? それは知りませんでした」

 弟や宰相なんか近しい人間くらいしか知らないからな。

「私も家で迫害された少女時代だったし、12歳の時に家を追い出され、庶民に落とされた」
「そこから皇帝になったんですか……すごいです。さすがは始祖様です」

 本当に大変だったがな。
 戦いの日々だった。

「ヘルミーネ、お前に私の人生を見せてやろう」
「人生を見せる?」
「お前はもう死んでいる。この身体を返してやりたいが、それも方法がわからぬ。ならば、せめて私がこの身体で生きてやるからお前はそばにいろ。お前が……ヘルミーネが生きた証を示してやる」

 私にできるのはそれくらいだ。

「そう、ですね……ここからどうすればいいのかわかりませんし……」
「ああ。ヘルミーネよ。お前を皇帝にしてやろう」
「そう……え? 皇帝? なんで?」

 ヘルミーネが目を見開く。

「それは私が並ぶ者のいないエレオノーレ・クローネンシュタールだからだ。我が道は覇道。血塗られた勝利の道だ」
「いや、そこまでしなくても……普通に修道女として暮らしません?」

 アホ。

「お前はすでに狙われ、殺されたのだぞ? これが明日になり、生きていることがわかってみろ。また来るぞ。ヘルミーネはすでに後継者争いの政争に巻き込まれているのだ。戦わなければ死ぬ。覚えておけ、ヘルミーネ。私は生涯で負けたことがない。すべて勝ってきた。座して死を待つことはせぬ。物事にはすべて理由がある。死したお前に私が乗り移ったことにも理由があるならば、今一度、厄災の子が天下を奪ってみせようぞ」

 厄災の子は合っているのかもしれない。
 私は多くの敵を殺したし、勝利のために味方に死を命じたこともある。

「もうそれしかないんですか?」
「ない」

 はっきりと告げてやる。

「……わかりました。エレオノーレ様にすべてお任せします。というか、私にはどうしようもないです」

 身体の主導権は私だからな。

「まあ、何にせよ、まずは情報を集めねばならん」
「どうやるんですか?」
「明日、考える。私は眠いからもう寝る」

 そう言って、ベッドの方に行く。

「あ、待ってくださいよー」

 ベッドに入ると、ヘルミーネもベッドに入ってきた。
 大きなベッドなので少女2人なら余裕の広さがある。

「お前も寝るのか? というか、そういう概念があるのか?」

 すでに永眠してない?

「よくわかんないですけど、夜は寝るものです」
「そうかい……明日からは動くから十分に休んでおけ」
「はーい」

 寝ずに見張りでもしてくれって思ったが、さすがに可哀想なのでそれを言わずに目を閉じると、そのまま就寝した。

 翌日、目が覚めたので上半身を起こし、隣を見る。
 すると、ヘルミーネがすやすやと眠っていた。

「夢ではないか……」

 ふと、時計を見ると、時刻は6時だった。
 寝る時は22時だったので8時間は眠ったことになる。

「よくわからんことになったが、若い身体というのはやはり良いな」

 慢性的なあちこちの痛みもないし、起きたらまだ2時だったということもない。
 この身体になり、昼まで寝て、弟に呆れられた昔を思いだした。

「ふう……」

 懐かしい思い出に浸ると、ベッドから下り、窓に向かう。
 そして、カーテンを開けると、眩しいまでの朝日が部屋に入り込んできた。
 どうやら昨日の豪雨は止み、晴天になったようだ。

「朝ですかー……」

 声がしたので振り向くと、ヘルミーネがふわふわと浮いていた。

「ああ。6時だ」
「エレオノーレ様は早起きなんですねー」

 そうか?
 この部屋は2階のようだが、下を見ると、他の修道女はすでに働いているぞ。
 まあ、こいつは洗礼前だからまだ皇族の貴族令嬢扱いなんだろうな。

「ヘルミーネよ。様付けはいらんぞ」
「え、でも、始祖様ですし……」
「不要だ。私はお前だ」
「じゃあ、ノーレちゃんって呼ぶねー」

 ノーレちゃん……覇王と呼ばれた私が?
 というか、敬語もなくなるんかい……
 こいつ、実はとんでもなく大物かもしれんな。

「そんな風に呼ばれたことはないな」
「でも、お婆ちゃんよりはいいでしょ」

 お婆ちゃん……まあ、親族だし、言わんとしていることはわからないでもない。

「ノーレでよい」

 何でもいいわ。

「じゃあ、私のことはミーネちゃんって呼んでね。えへへ」

 ああ……親しい人がいないからか。
 家族とも疎遠だし、ここでもVIP扱いだろう。
 当然、友達もいない。

「ちゃんは呼ばん。ミーネ、まず聞きたいんだが……」

 ミーネに確認しようと思ったのだが、その前にノックの音が部屋に響いた。