「宰相……おるか?」
ベッドで横たわりながら長年仕えてくれた腹心を呼ぶ。
「ここに」
白髪のジジイが恭しく頭を下げた。
昔は若くて、女を侍らしていた悪童も今は髪の毛が少なくなったジジイになっている。
「どうやら私はここまでのようだ」
「何を言いますか。ただの風邪ですし、すぐに治りますよ」
そうか……では、何故、泣いておるのだ?
バカが……自分の身体のことは自分が一番わかるわ。
「くだらぬ慰めはいらぬ。それよりもよく聞け。私の次の皇帝は弟のアルフールトとする。ただし、奴もすでに60歳を超えておる。早急に太子を立てよ」
私の子が帝位に就けば良いが、私には子がいない。
いや、それどころか伴侶すらいなかった。
「かしこまりました」
「それと弟は優しい奴だが、優しさだけでは皇帝は務まらない。そなたが補佐せよ。私が亡き後も弟を私だと思い、己の最後の人生を賭けて仕えよ。血の誓いを忘れるな」
「……必ずや」
よし……宰相に任せれば問題なかろう。
いつだって私を助けてくれた。
「よろしい。下がれ。少し休ませよ」
そう言うと、宰相が下がっていく。
「ふう……」
戦いの人生だった……
『厄災の子』と呼ばれ、忌み嫌われた少女時代。
一時は庶民にまで落とされたが、そこから這い上がり、一大勢力を築き上げた。
そして、周辺国を併合し、覇王と呼ばれ、ついにはアイゼンライヒ帝国を築いて皇帝となった。
「願わくば……」
この国の平和がいつまでも……
「陛下っ!?」
「宰相閣下! 宰相閣下! 陛下が!」
「アルフールト様を呼べ!」
騒ぐな、医者。
狼狽えるな、侍従共。
眠れないだろうが。
最後くらいは安らかに寝させてくれ……
◆◇◆
「ん?」
目が覚めると、真っ暗な部屋のベッドの上だった。
雨の音が強く、窓ガラスに怒涛のような雨粒が叩きつけられている。
そして、一瞬、ぴかっと光ると、空気を震わせる轟音が続いた。
「何だ?」
今、何か見えたような気がする。
いや、そんなことよりもここはどこだ?
私は城の寝室にいたんじゃないのか?
というか、死ななかったか?
「んー?」
よくわからないが、枕元にある灯りをつける。
すると、自分の手が異様に若いことに気が付いた。
「私の手はもっとしわくちゃ……」
いや、待て。
違う。
身体が異様に小さいぞ。
それに萬世的な足腰や頭の痛みもない。
若返っている?
誰ぞやが若返りに薬でも作ったか?
「うーむ……ん?」
口元に違和感があったので拭う。
すると、腕に血が付いた。
「何だぁ? ますます意味がわからんぞ」
状況がまったくわからない。
「あ、あの……」
声がしたので振り向く。
「ッ!」
あやうく悲鳴が出そうになった。
何故なら私の後ろには少女が浮いていたからだ。
しかも、半透明であり、透けて見える。
「誰だ?」
私は常に冷静だ。
だからみっともなく、狼狽えたりはしない。
まあ、心臓がバクバク鳴ってるけどな。
だって、どう見ても幽霊なんだもん。
「ヘルミーネです……あのー、私?」
は?
私がどうした?
「おい、幽霊。誰だか知らんが、ちゃんと成仏せい」
「幽霊? 私が?」
何だ、こいつ?
「どう見ても幽霊であろう。半透明で浮いている。それで幽霊じゃなかったら何なのだ?」
まあ、幽霊なんか見たことがないがな。
あっても魔物のゴーストくらいだが、あれは異形のバケモノだからちょっと違う。
少なくとも、こんな少女の姿ではない。
「ゆ、幽霊……じゃあ、私ってやっぱり死んだのかなぁ?」
死んだこともわからない哀れな少女の幽霊か。
「教会にでも行け。知らんが、きっと主が迎えに来てくださるだろう」
本当に知らんけどな。
というか、私も死んでないっけ?
あ、もしかして、ここは既に天界なのかも?
「あ、ここが教会です。正確には修道院ですけど」
教会?
ここが?
いや、私は城にいたはず……
「のう、さっぱりわからないんだが、私は何故、ここにいるんだ?」
「さあ? というか、あなたは本当に誰ですか? どう見ても私なんですけど……」
は?
「私ってお前か? 私はエレオノーレ・クローネンシュタールぞ?」
控えろ、ガキ。
まあ、幽霊に言っても仕方がないとは思うけど。
「エレオノーレ? 始祖様と同じ名前ですね…………え? クローネンシュタール?」
始祖様って何だ?
「クローネンシュタールだな。知らんか? 子供で幽霊とはいえ、自分の国の皇帝くらいは知っておかんか」
あ、待て。
ウチの国じゃない可能性も?
「あのー……さすがに始帝を名乗るのはマズいですよ?」
始帝?
「さっきからお前の言っている言葉の意味がわからん。始帝って何だ?」
「始帝を知らない方がマズいですって。300年前にこのアイゼンライヒ帝国を築いた始帝にして、覇王エレオノーレ・クローネンシュタール様ですよ?」
うん……
「300年前って言った?」
「ええ。昨年、建国300年祭がありましたので正確には301年前ですね」
うん…………
「どういうこと?」
「そう言われましても……」
私は死んだ……そして、300年後に甦ったってことか?
「うーむ……ガキ、私がそのエレオノーレ・クローネンシュタールだ」
「は、はぁ? 私にしか見えませんけど……」
さっきも同じようなことを言っていたな……
「どういう意味だ?」
「あの、あっちに鏡がありますよ」
少女が部屋の隅を指差すと、鏡台があった。
ベッドから下りると、幽霊と共にそちらに向かう。
そして、鏡台の前に立つと、そこにはかつての私と同じように長い髪の少女が立っていた。
しかし、髪の色が金ではなく、銀だし、顔が違う。
私はこんなのほほんとした顔をしていない。
もっと知的で美しく力強いはずだ。
「うーむ……私じゃない」
「でしょー?」
隣にいる幽霊が頷く。
ちょっと怖いのはそんな幽霊が鏡には映っていないことだ。

