2nd/world

 2/world(セカンド/ワールド)
   1
 風通りが良すぎる空間。
 毎日4回は、ゴキブリが入ってくる。
 そこが、わたしの家だ。
 わたしはレイシング・ユーレピア、15才。略してレグ。
 みどり色の髪の穂先は白だったのに、今では汚れて焦げ茶色。
 親に捨てられて、惨めな毎日を送っているの。
 働くことがなかなかできないわたしは、かなり少ないお金で生活している。
 計画を立てることは得意だったわたしは、お金は大事に使っていた。
 でも現実では、お金がどんどんなくなっていく。
 最近は二日に一回の食事になっていた。
 ガコン、バシャン
 足元に、自分が歩いたせいでフタが外れた側溝があった。昨日の大雨で、水が溜まっていたんだ。
 片足がハマり、足をひねった。いつものこと。
 ブロロロ、バッシャン
 そこに車が通り、泥が顔にはねた。当然おいしくない。
 自分は不幸に取り憑かれている。
 いやでもこんな経験を、何度も何度もしている。
 ある時は、空からハンマーが降ってきて、当たりどころが悪くて右目を失明したし、ある時は大ネズミに手首を噛まれ、左指がうまく動かなくなった。
 こんなことがしょっちゅうあるから、むやみに表に出ないのが身のため。
 けれど、生きるためには出かけなければいけないんだ。
 まあたぶん、死にたくても死ねないけれど。
 自殺を試みたことが何回かあるけれど、運が悪くて毎回助かった。
 今日もわたしは、濡れてひねった足を引きずり、ボロボロの袖で顔の泥を拭きながら、家に帰っていった。
   2
 朝になった。水が飲みたくなった。
 けれど、水がない。
 でも、何も感じなかった。
 辛くもなかった。
 苦しくもなかった。
 いつからそうなったんだっけ。ぼんやりと思う。
 水の代わりに朝日を浴びようと、わたしは外に出ようとした。
 しかし、その順番の足取りで、外に出てはいけなかった。
 足元が崩れた。
  体が浮いた。
   澄んだ空が見えた。
    空が小さくなっていく。
 ああ、やっと死ねるのかぁ。
 でもきっと、助かっちゃいそう。やだなぁ。この生活とおさらばしたい。
 でも、もういいや。考えることが、全て無駄だと感じる。
 わたしは、まっくらな奈落の底に落ちていった。
 もう何もかも、心底どうでも良かった。
   3
 気がつくとわたしは、禍々しいという言葉が似合う、空がむらさき色の変な空間にいた。
 歩道の隅にある花壇で、自分は隠れているようだ。
 体を起こした。
 すると、奥の方に人影が見えた。その人が、どんどん近づいて来る。
 いつもの癖で、反射的に花壇に隠れてしまった。
 近づいて来た人の顔が見えた。
 次の瞬間、何も感じなかったのに、わたしは気絶した。
 本能がそうしたのだろう。
 そりゃ当たり前。
 その人の顔は、牙があり、耳はとんがっていたから。
 その人は、誰もが知っていれるモンスター、ドラキュラだった。
        ♦︎
 ガサガサとがしたから、ドラキュラ①は振り返った。
 すると、気絶したゾンビの女の子がいた。
 良心が痛んだが急用があり、そのまま道を歩いていった。
 レグの顔は、ゾンビのように顔色が悪く、ほおがこけていた。
   4
 目が覚めた。
 さっきの人は、わたしのの錯覚だ。そう自分に言い聞かせた。
 お腹が空いて、我慢できなかった。
 そのために、少し近くで店を探しにいった。
 まあどんな世界でも、生活はきっと変わらない。
 そんなことを思いながら、やっとのことで店を見つけて入った。
 すると店員さんに、
「#*%@;¥£!」
 と言われた。
 たぶん、「いらしゃいませ!」と言われている。
 それより、わたしは絶句した。
 店員さんの顔が、ゾンビだったからだ。
 でも、恐怖は感じなかったし、今度は気絶しなかった。
 おにぎりを購入するために、レジにパンを置いた。
 すると、店員さんにじっと見つめられた。
 なんだか、ちょっとクラクラした。
 体が軽くなった。
「@¥%:*$¥#%;#/!」
 たぶん、「ありがとうございました!」と言われたと思う。
 そんなことより、この世界はどうなってしまったのだろうと、混乱した。
 外に出てみると、ありとあらゆるモンスターが、道を歩いていることに気がついた。
 ドラキュラにゾンビ、キョンシー、ミイラ、ミドリの体のカメみたいな者までいる。
 しかし、みんなキビキビ歩いていて、全くふらふらしていなかった。
 路地裏に入って地べたにすわり、パンを食べた。味はわからなかった。
   5
 暖をとるために、ホテルに入った。よくこんなことをやる。するとホテルの人が、わたしを部屋に連れていった。
 そして、じっと目を見つめてきた。
 クラクラした。
 ぐにゃりと景色が曲がった。
 元に戻った。
 すごく体が軽くなった。
「¥#@%¥#*%@*」
 きっと、「お部屋はこちらです」と言われている。
 え、なに?
 わたし、宿泊客として扱われているの?
 今頃気がついた。
 とりあえず、お店でわかった言語で、
「@¥%:*$¥#%;#/」
 といった。
 でも、初めてのホテルにさえ、何も感じなかった。
 その日は、人生で見た中で、一番豪華なベットで眠りについた。
   6
 この世界は、何をしてもお金はかからないようだ。
 だからわたしは、伸び放題で恥ずかしい髪を、短く切ってもらうことにした。
 そうしたら、少しは街でも胸を張って歩けると思った。
 美容院に入って、渡されたカタログを見た。どれも魅力的な髪型だったが、端にちんまり載っていた髪型に、目を奪われた。
 この髪型にしようと、自然に思った。
 とりあえず、ミイラにカタログを見せて、あの髪型を指さした。
 わかってくれたようで、うなずいてくれた。自分の目を見つめて。
 クラクラした。
 世界が一回転した。
 すると、イスに座らせられ、シャンプーをされた。
 そして、髪を切り始めた。
 なんだか眠くなるなぁ、これ。
 チョキチョキ気持ちいい音を立てて、どんどん頭が軽くなる。
 でも自分は、やっぱり不幸がまとわりついている。それを忘れてはいけない。
 今回は、前髪を整えている途中に不幸がやってきた。
 近くにいた着物を着た女の子が、自分を指さしてこう言った。
「¥#*-@!#¥*-%/;:#@¥!」
 そのとたん、
「キャアアアアア!!」
 店内に、悲鳴が上がった。
 みんなわたしから離れる。
 ブーーーーーーー
 店員さんが押したのか、防犯ブザーが鳴り響く。
 まずいことになってそうだったから、とりあえず切った髪を払って、店内から逃げた。
        ♦︎
 店内から出たものの、外も大変なことになっていた。
 パトカーのサイレンが鳴り響き、不穏な空気に人々はパニックにおちいっている。
 しばらくすると、手錠を持った人やスタンガンを持った、警察官らしき人が、わたしを追いかけて来る。
 仕事で鍛えた足の速さで、わたしは人々から逃げた。
 意味がわからない。なんで?わたしなにもしていないよ?
 でも、怖くない。反抗したいとも思わない。
 とっさに路地裏に隠れようとした瞬間。
「¥#%⁉︎」
 遠くから、幼い声が聞こえた。
 ここの言葉は全然わからないから、ちょっと困った。
「わたしの言葉、わかる⁉︎ちゃんと、聞こえる⁉︎」
 今度はわかった。なんで自分の知っている言葉がわかるの?
 でも、そんなことはどうでも良かった。
 その声の持ち主は、近くに寄って、わたしに小さな手を差し出した。
「一緒に、逃げよう。わたしは、味方。安心して。大丈夫、捕まえない。一緒に、逃げよう?」
 その声は、混乱したわたしにもわかるように、ゆっくりと言葉をつむいでいった。
 自然と肩から力が抜ける。差し出された手を取って、お礼を言った。
「……わかった。ありがとう」
 久しぶりに言葉を言ったなぁ。
 そしてわたしは、その子と走って逃げた。
   7
「もう大丈夫」
 その声を合図に、力が抜けて座り込んだ。
 前にこんなに走ったの、いつごろだっけ?
 たぶん、しつこい通り魔が追いかけてきた時以来。とりあえず、ナイフを奪って首に突きつけて脅したら、逃げていったけど。
「……本当にありがとう。どうなるかと思った」
 またお礼を言った。本当に助かった。捕まったら、また転落人生。それは二度とごめんだ。
 そして気づいた。助けてくれた子が、まだほんの小さな五歳くらいだったことを。自分とどこか似ていることも。
 その子は白い髪で、穂先がみどり色。目はピンク色だった。
「ど〜いたしまして。わたしメイ。人間だよ。あなたの名前は?それで、なんでこの『2/world』に来ちゃったの?」
「……わたしはレイシング・ユーレピア。レグでいい。路上で暮らしてたら、急に足元が崩れて……というか『2/world』?」
「質問を質問で返すな〜。『2/world』はね、もう一つの『反転した』世界なの。普通は人間は入れないのに…」
「なんでわたしは入れたの?」
「たぶん何者かが、人間も入れるように細工したんだよ。でも、入れる可能性は限りなく少ないのに、よく入れたね」
 どこか憐れむように言ってきた。
「……それって褒めてる?」
 わたしは、ぱきぱき指を鳴らしながら聞いた。
「……さあ、わたしの家に行こう。けっこう広いから、寂しいの」
 質問に答えず、メイはさっそうと歩いていった。
 わたしは、慌ててメイの背中を追いかける。
 今、わたしの中の何かが動き出した。