俺はその時、何故女装していたのか? まあ趣味なんだけどさ。

「あれ? 久哉(ひさや)じゃん」
 背後から突然聞こえた声に思わずかたまり、ギギギと音でもしそうな具合で振り返った。そうして気持ち、真っ青になった。気持ちというのは多分、外からみても気が付かない、そう気が付かないはずだと安心しきっていたから。
 そう焦る間にも弘毅(こうき)は俺に向かって一直線に駆けてくる。
 なんで。なんでここにいる。というかそうじゃなくて、そもそもそうじゃない。なんで俺だとわかったんだ。
 弘毅の瞳はキランキランといつものように輝いて、まじでこいつ、俺を俺だとわかってると絶望した。それでも一縷の望みにかけて、極力高い声を出す。
「あの、えと、誰、ですか?」
「は? なんだよ。ん? てかお前、なんでそんな恰好してるんだ」
 弘毅はぽかんとしつつ、改めて俺の全身を眺めまわした。
「え? と、お?」
 なんて答えるべきなのか、俺の頭のなかはぐるんぐるんと洗濯機みたいに回っている。
 今の俺の格好は、なんていうか、甘ロリだった。つまりふわふわのフリルのたくさんついたスカートに薄い金髪のウィッグをつけて、その上にプリムまで乗っている。顔はバチバチにメイクしてて、だから俺だなんてわかるはずがないんだ。ないだろ。ないよな? いつもの俺は普通の男子高校生……なんだから。

 でも弘毅にバレた。女装男子の趣味が。顔が引きつのを自覚しつつ、その意味に絶望した。
 ああ、もう終わりだ。弘毅は俺の同級生だ。きっとこんな面白いこと、弘毅は絶対言いふらす。頭と口が直結してるほどに軽い。そしてその程度には考えなしのやつだった。俺の高校生活、終わった。あと1年半、一体どう過ごせばいいんだよ。気が付けば目の端からなんか出てた。
「え、あ、あの、本当に久哉じゃない、んでしょうか」
 俺の動揺が伝染したのか、弘毅はわかりやすく慌てふためきはじめる。これはなんとか誤魔化せる……か?
「す、すみません。俺はあなたが久哉、ええと俺の友達としか思えなくて」
 駄目だ。なぜだかわからないが、多分弘毅は俺が久哉だと確信を持っている。なんでかわからないが。だからきっともう。本格的に泣けてきた。
「ご、ごめんなさい。脅かすつもりは全くなくて。えっとあなたはきっと久哉のドッペルゲンガーなんですよね」
「……は?」
 頭のなかで時間が止まる。
 ちょっと何をいってるかわからない。弘毅は昔から天然だったけれど、天元突破したような馬鹿ではなかった気はする……。
 そして俺の頭の中にだけ衝撃と振動を残して、何事もなかったかのように時間は動き始める。

「えっと、何の話か」
「あ、そうですよね。えっとドッペルゲンガーっていうのは全く同じ姿の人間がこの世に3人いるっていう話があって」
 いや、そんなことは知ってるけど。いや、そうじゃなくて。
 でもこれは軌道修正するチャンスなのか? おそるおそる弘毅の表情を探ってみても、こちらを揶揄うような様子なんかはなにもない。そしてマジなことに追加で動揺した。
「えっと、私はそんなにその、久哉さん、っていう方に似ている、んでしょうか」
「いえ、似ているというよりは久哉としか思えません。でも確かに久哉は女じゃないし」
 そう呟いて弘毅は首をかしげる。
 いや、かしげたいのは俺の方だよ。そこ、普通は他人の空似って思わん? なんでそんなとこで後方一回ひねりするんだ。
 けれど思わずごくりと喉が鳴ってまたビクリとするが、弘毅は気づいていないようだ。マジで? 喉仏が見えないように首元にリボンを巻いてて助かった。えっと女には見えている……ってことだよなってそれ以前によりにもよって俺が甘ロリ着てるはずがないだろ、ってまあ着てるんだけど。
「そ、そうですか。でも似た人っているかもしれないですし、それじゃあまた」
「待って!」
 立ち去ろうとして手首が掴まれた。痛い。野太い声が出そうになるのを必死で堪えた。

「あ、すみません。その、でもあなたが久哉にしか思えなくって」
 しつこい。もうドッペルゲンガーでもいいからどっかいってくれよ。俺ももう帰るからさ。
「あ、あの?」
「俺、どうしたらいいんだろう。実は……」
 俺がどうしたらいいか教えてくれよ。
「久哉が好きなんです」
 なんだってー!
 え、ちょっとまって、こいつゲイなの。まじで。いや、人の趣味を女装してる俺が言えたことでもないんだけどさ。
「それでドッペルゲンガーなあなたなら、どうやったら久哉に好かれるのかわかるかもと思って」
 こいつ、正気か。ドッペルゲンガーだってそんなのわかるわけないだろ。
「え、えと、私はその、久哉さん? のこと知らないし」
「でもドッペルゲンガーなら!」
 何、このドッペルゲンガーに対する絶対的な信頼。
「その、私はその久哉さんのドッペルゲンガーという自覚はないんですけど」
 それはマジで。つか本人だし。
「あ、そ、そうですよね。でも俺はあなたが久哉としか思えないから……」
 なんで俺を久哉と思えるのかさっぱり理解できないが、俺が久哉であることは間違いは……。
 いや、そうじゃなくて、俺は……? なんだか混乱してきた。
「あの、ともかく私、用事があるのでこれで」
「よかったらまた会ってもらえませんか? 久哉のことが知りたいんです。どうやったら久哉に好かれるのか」
「でも私久哉さんじゃないし」
「俺には久哉としか思えない!」

 だー‼‼
「そんなこといわれても」
「今日が忙しいなら1回。1回だけでもゆっくりお話しさせてください。どうか」
 やばい……何がやばいってこいつ、話が通じない。
 もう警察呼ぼうか……でも呼んだら俺が久哉ってばれるじゃん、結局。嫌だ、それだけは嫌だ。ぐぅ……仕方ない。
「えと、1回だけなら。本当に1回だけなら」
「ありがとうございます。1回だけです、約束します」
 ……弘毅は嘘はつかないやつだ、と思う。単純だし。いや、単純すぎるだろ?
「い……1回だけ、なら」
「よかった!」
 弘毅は俺の腕をつかんでぶんぶん振り回す。痛い、痛いって。
「それにしても……久哉って案外女装が似合うかも……しれない?」
 その言葉にますます血の気が引く。えっと、俺だってバレては……ないんだよな?
 とにかく1回だ、1回だけなんとか乗り越えよう。それできっと大丈夫なはずだ。だよな?
 そうして俺は来週なぜか弘毅とデートすることになった。

Fin