「王子!これ運んでくれない?」
クラスの学級委員の一ノ瀬真希がそう言ってくる。俺は笑顔を作って、
「いいよ。どこまで?」
と聞く。すると、一ノ瀬は、
「職員室の隣の教材室まで!ごめんね!」
「いいよいいよ」
俺は手をぶんぶん振って荷物を受け取る。その様子を見ていた女子から鋭い視線を感じる気もするが。
俺は荷物を持って、教材室に向かう。
向かう途中、すごくイケメンな人が職員室の前に立っていた。
見たことがないくらいイケメンだ。
(…っていうか、こんな人いたっけ?)
俺がちらちらとその人のことを観察していると、
「あ、体育祭の王子」
と言われた。俺はその人のことを全く知らない。なのに、王子と呼ばれていることを相手に知られている。
(こわっ)
俺は怖くなってその場を逃げ出した。
(知らない人だよ…?!なんで知らない人が俺のあだ名を知ってるの…?!)
俺は急いで教材室に荷物を置く。そして、早足で教室に戻る。途中で一年生の子に、
「王子先輩!後でお話しできますか…?」
と聞かれるが、今の俺はそれどころじゃない。急いで教室に戻って、状況を整理したい。
「ごめんっ。後でね」
そう言って立ち去る。女子たちからは、
「王子どうした…?」
「今日ノリ悪い…?」
などと言われている。俺は心の中で何回も謝罪する。
教室に入ると、友達が俺の机を占領していた。机の上にどかっと座っている。俺は、そいつの腕を掴んで、
「邪魔だから」
と言う。すると、相手に結構響いたようで、
「はい…」
と俺をうるうるの瞳で見つめて去っていった。
俺は自席で頬杖をつきながら先ほどの出来事について考える。
(マジで誰だ…?)
問題は向こうがなんで俺のことを知っているかだ。
俺が思考を巡らせていると、
「考える王子もかっこいい…」
という一言が聞こえてきた。
俺はその一言を無視して考える。
あの人のことは本当に知らないのか?
実は結構昔に仲が良かった人とか?
でも王子と呼ばれ始めたのは中学生の時だ。中学生のとき、あんな人いたか?
俺が悩んでいると、先生が教室に入ってくる。
「みなさん、おはようございます」
先生の挨拶にみんなは声を揃えて返事する。すると、先生は、
「今日は転校生がいます。皆さんはもう知っているかもしれませんが……。入ってきてください」
先生が呼ぶと、長身の男子が入ってきた。さらさらの髪の毛が揺れている。イケメンだ。
(俺よりもイケメンじゃね…?!)
俺は驚きで固まる。女子の目はきらきらと輝いている。
「こんにちは。隣の県から引っ越してきました。七瀬怜です。二ヶ月前、この学校の体育祭を見て、転校先をこの学校にすることに決めました。よろしくお願いします」
よく見たら朝『王子』と話しかけてきた人だった。
彼は丁寧な挨拶をして、深くお辞儀した。その態度に女子の視線はとらわれている。
すると、先生が、
「うちのクラスは男子が一人多いんだよな…。今一人なのは一条か。七瀬、一条の隣でいいか?」
と言った。
(よくないしっ!!!)
俺は心の中で叫ぶ。しかし、俺の願いは届かない。七瀬はすでに俺の隣に座っている。
「よろしくね、王子さん」
七瀬は俺のことを見て、そう言う。俺はそっぽを向いて、
「おうよ…」
と返す。
(こいつとは絶対仲良くなれねー)
俺は心の中でそう愚痴を吐いた。
気づくと、朝のホームルームは終わっていた。
俺は先生の話を一切聞いていなかった。
というか、聞いていられるほどの余裕がなかったのだ。ホームルームが終わると、案の定、女子が群がってくる。
「七瀬さん、好きな食べ物とかは?」
「なんかアイドルとかやってた?」
女子の質問に七瀬は軽々と答えている。すると、俺の友達が、
「七瀬さんってイケメンだよな。一条にも匹敵するんじゃね?」
と余計なことをいった。
「じゃあ、一条は王子だから…、キング!」
女子が言った。
「あー確かに。一条より色気増し増しだしね笑」
と女子たちは乗り気だ。次第に男子も乗り気になってきている。
「じゃあ、王子とキングだな!」
俺たちはコンビを組まされている。勝手に。俺は好きじゃないのに。
「そういうの、無理だから」
俺は冷たく言ってその場をさる。女子たちからは批判の声が聞こえてきているが、全部無視だ。
俺は俺の隠れ家へと向かう。俺だけが使用を許可されている場所。そこは…、
「ふぅ」
屋上だ。
風がふわっと吹く。俺はその流れに体を任せる。髪の毛がふわふわと広がる。
太陽が柔らかく照らしてくる。
(気持ちいなぁ…)
俺がその気持ちよさに埋まっていると、睡魔がどっと押し寄せてくる。
俺はそれに抗えなかった。
(王子は俺だけでいいのに…。キングなんて…)
いらないと呟こうとしたが、呟く前に意識が途切れてしまった。
起きると、さっきまで東側にあった太陽が南川に移動している。
「俺は何時間寝ていたんだ?」
「三時間くらいかな」
ここには俺しかいないはずなのになぜ返事が返ってくる?
俺がぱっと起き上がると、そこには七瀬怜がいた。
「七瀬!」
「やあ、累、おはよう。俺の膝枕気持ちよかった?」
そう言われて、俺はさっきまで自分が寝ていたところを見つめなおす。そこには胡座をかいた七瀬の足があった。
「っ!」
俺は吐き気がしてきた。こうも嫌いな奴にここまでされるなんて…。
俺が悶えていると、
「嬉しかった?累、すやすや寝ているからさー」
そう言われて、俺の嫌悪感は頂点へ達する。
「累って呼ぶな、気持ち悪い。膝枕もやめろ」
俺の口から出たのは想像以上に低かった。今まで誰にも出してこなかったような低い声。
七瀬はへらへらとしている。
「どうして…?」
七瀬は瞳をうるうるさせて尋ねてくる。
(お前のことが嫌いだからだよ!)
俺は心の中で言う。それはもちろん七瀬に届かない。届けるつもりもないが。俺はそこまで意地悪じゃない。
「あ…もしかして!」
「なんだよ」
七瀬が両手をパチンと叩いてそう言ったもんだから、俺はどんな言葉が放たれるのか知りたくなる。
「俺が累よりかっこいいから?!そういうこと?!王子がいるからキングはいらないって感じかな!」
七瀬がそういう。
確かにそう思っていた部分もあるが、七瀬のことを俺よりもかっこいいとは一度も思っていない。
ていうか、思いたくもない。
「そんなこと、思っていない…」
俺の口から出た言葉はあまりにも弱々しかった。
「じゃあ、こうしよっか!毎日かっこいいと言われたポイントをノートに書いて交換して読み合う!交換日記みたいなのやろう!そしたらどっちがかっこいいのかわかるよ!」
七瀬がそう笑顔で言った。
俺の七瀬に対する嫌悪感はさらにます。
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ…」
俺がそう呟くと、七瀬はずいっと顔を近づけてきて、
「じゃあ、俺のほうがかっこいいってことでいいのかな?」
その一言を聞いて、俺は瞬時に良くないと思う。
「よくない」
そういうと、七瀬はニコッと笑って、
「じゃあ、交換日記しよう」
と言った。正直、やりたくない気持ちでいっぱいだったが、仕方ない。
(なんとしてでも俺がかっこいいって証明しなきゃ)
「そろそろ教室戻ろう」
七瀬にそう言われて俺は立ち上がる。俺は一人で教室に戻るつもりだった。なのに、
「累、一緒に戻ろう!」
と腕を掴んでくる。俺は嫌だという表情を全力で出す。それは七瀬に効かない。かすりもしない。
俺は諦めて一緒に戻ることを決める。教室ではすでに授業が始まっていた。
教室の扉を開けて、入ると、
「王子×キングコンビで登場?!」
「嘘っ!やばすぎ!」
女子がキャアキャアと騒ぎ出す。俺は苦笑いを浮かべながら席につく。すると、先生がズカズカと近づいてきて、
「何しているんですか!」
俺はしまったと思う。この先生は女の人だけど、一番怖いのだ。すると、七瀬がすっと立ち上がる。
「先生、すみませんね」
と色気を爆発させて言う。クラスの女子も先生も失神しそうだ。
すると、七瀬はこちらをチラッと見て、ニヤッと笑ってくる。どうやら先を越されたようだ。
俺も負けたくないという気持ちが溢れてきて、本気を出す。
「先生、俺からも…。ごめんなさい」
自分の持てる色気を全面に溢れ出させてそう言う。すると、女子は七瀬のときよりも失神しそうだ。
「王子…!」
「王子の色気…えぐい…」
俺の言葉は女子や先生にグサグサと突き刺さったらしい。
(うまくいった…)
俺はほっとすると同時に、席につく。
すると、七瀬が、
「これ、交換日記のノート。こっちが俺用でこっちが累用」
と言ってノートを渡してきた。授業中なのに堂々とした行動だ。
俺は嫌々ノートを受け取る。
すると、七瀬がずいっと顔を近づけてきて、
「明日、ファミレスで一日の成果を話そ?」
と言ってきた。俺はこんなやつとファミレスに行くのが嫌だったので、
「学校で渡し合えばいいだろ」
とぶっきらぼうに返事をする。
わざわざファミレスに行かなければいけない理由はなんなんだ?
「学校じゃ、人いるしさ…。気まずいから、ね?ね?」
七瀬は何度もそう言ってくる。そして、上目遣い。あえてそうしているのかもしれないが、俺にはそんなの通用しない。
しかし、俺は七瀬と会って一日目にして、この男は粘着質だと分かったのだ。
「…わぁったよ」
俺はイラッとしつつもそう返事をした。七瀬はやったーとか言っているが、俺は全然嬉しくない。
(こいつとやっていけるのか…?)
俺の中には疑問が渦巻いている。
次の日、俺は行きたくもないファミレスに連れて行かれて、ノートを見せろとせがまれていた。
俺は嫌だと断っている。
どんなことを書けばいいのかわからず、内容が本当にゴミなのだ。
「見せてよ〜」
七瀬の粘着質が発動している。俺は背中がゾワっとする感覚を覚える。頭の中でこれ以上見せないのは危険だと警鐘が鳴っている。
俺はカバンの中からノートを取り出し、ポイっと投げ渡す。
すると、七瀬も俺に渡してきた。
俺がノートに書いた内容は、
『黒板を消している女子を助けた。体育の用具の片付け、100メートル走。』
だ。だいぶ適当だが、これで許されるのだろうか。
七瀬は俺の書いたことを見て、ニヤニヤと笑っている。
(キッショ…)
思わず口から出そうになった言葉を、俺はグッと飲み込む。
「累って、足速いの?」
唐突に投げかけられた質問に俺は、
「なんでそんなこと聞くんだよ」
と言う。俺は確かに足が速い方だとは思うけど…。
「だって、このノートに『100メートル走』って書いてあるもん」
「俺、陸上部のエースだからね」
俺がドヤ顔でそう言うと、七瀬は顔を輝かせて、
「すごい!すごい!100メートル何秒なの?」
と聞いてきた。たくさん褒めてくれるところはすごくいいと思う。
「タイムは言えない」
そう言うと、七瀬はしゅんとしてしまった。俺的には別にいいけど。
俺は七瀬のノートを開く。そこには三つのことが書いてあった。
『先生や女子たちに鼻血を吹かせた。勉強できるとこ、家まで送ったとき』
と。俺はそれを見て、
「おい、家まで送ったときってどういうことだよ…?」
と聞くと、七瀬は、
「歓迎会を開いてもらってね。それで遅くなったから送った!」
と笑顔で言った。
(初日でそこまで仲良くなるなんて、ちょっと…)
また良くない言葉が出かけたので、グッと飲み込む。俺がこの学年になったとき、親睦会をみんなで開いたが、女子を送ることなんて一切しなかった。
俺は下にある自分の足を見つめる。わけもなく。すると、
「累、一緒にゲーセン行こ〜」
と誘ってきた。俺がゲーセンを好きなのをなぜ知っているのだろうか。
そして、こいつとゲーセンなんて行きたくないという嫌悪感が迫ってくる。
「俺、予定あるんだけど…」
(嘘だけど、仕方ない!)
俺がそう言うと、七瀬は俺の顔をじっと見つめて、
「嘘ついているでしょ」
と言った。俺はぎくっとして固まる。
「俺、嘘を見極めるのがめちゃくちゃ得意で、小さい頃から結構当てていたんだよね」
と言った。七瀬の目は本気なので、俺は諦める。
俺は仕方なく、七瀬と一緒にゲーセンに行くことになった。
(こいつと二人とかつれぇ……)
そして、こんな性格なのに、どうしてイケメンなんだろうという疑問も出てくる。
女子の目は輝いていたし、先生までも……。
そして、そいつが今、俺の手を引っ張ってゲーセンに連れていっている。二日目ですることじゃない。
嫌だなという感情がそこはかとなく溢れてくる。でも、その感情の裏に何かがある気がする。
それはなんなんだろう…。
「あっ!俺の行きつけのゲーセン!」
七瀬が俺の手を引っ張って、指差す。
そこには、最近できたばかりなのか、綺麗なゲーセンがあった。設備や建物、すべてが新しい。
そして、至る所にクレーンゲームがある。俺の目はそれらに吸い込まれてゆく。
「…やっぱり、累は好きなんだ」
七瀬が何かを呟いた。
「どうかしたか?」
俺がそう聞くと、七瀬は体の前で手を振って、
「なんでもないなんでもない」
と言った。俺はそれ以上気にすることなく、ゲーセンに入った。一番最初に入って、目に止まったのは、妹が好きなキャラクターのぬいぐるみだ。
(これ、取ったら喜ぶだろうなぁ…)
そう思って、俺は100円玉を投入する。
「ぴこん」
いつもの音と共にクレーンゲームがスタートする。いい感じの位置にアームを動かして…
「きたっ」
俺がそう言った瞬間、景品取り出し口にぬいぐるみが落ちてきた。
「よし!」
俺が喜んでいるところを七瀬が横でにこにこと見つめている。
俺はすぐさまバッとその場を離れる。にこにこと笑みを浮かべた七瀬が気持ち悪いのだ。背中がゾワゾワする。
「なんでこんなに可愛いの取ったの?」
七瀬はそう言った。単純に不思議に思っているぽかった。
「妹がこのキャラクター好きだから」
俺がそう言うと、七瀬は驚いた顔をした。
「累って、他人にあまり興味なさそうなのに、優しいんだね」
と言った。
(興味ないって失礼だぞ)
俺は心の中でツッコむ。でも、優しいと言われて、少し嬉しい気持ちがある。こんなに純粋な"優しい"を聞いたのは久しぶりだからだ。
今まで聞いてきた"優しい"は俺を揶揄うものばかりだった。少しもそう思っていないような、そんな感じ。
「ありがとな…」
俺はプイッとそっぽを向いて、お礼を伝える。
「じゃあ、こっちもやろ!」
七瀬が手を引いて別の台に連れて行く。俺は呆れながらもついて行く。
俺は初めて七瀬に嫌悪感を抱かなかった。
クラスの学級委員の一ノ瀬真希がそう言ってくる。俺は笑顔を作って、
「いいよ。どこまで?」
と聞く。すると、一ノ瀬は、
「職員室の隣の教材室まで!ごめんね!」
「いいよいいよ」
俺は手をぶんぶん振って荷物を受け取る。その様子を見ていた女子から鋭い視線を感じる気もするが。
俺は荷物を持って、教材室に向かう。
向かう途中、すごくイケメンな人が職員室の前に立っていた。
見たことがないくらいイケメンだ。
(…っていうか、こんな人いたっけ?)
俺がちらちらとその人のことを観察していると、
「あ、体育祭の王子」
と言われた。俺はその人のことを全く知らない。なのに、王子と呼ばれていることを相手に知られている。
(こわっ)
俺は怖くなってその場を逃げ出した。
(知らない人だよ…?!なんで知らない人が俺のあだ名を知ってるの…?!)
俺は急いで教材室に荷物を置く。そして、早足で教室に戻る。途中で一年生の子に、
「王子先輩!後でお話しできますか…?」
と聞かれるが、今の俺はそれどころじゃない。急いで教室に戻って、状況を整理したい。
「ごめんっ。後でね」
そう言って立ち去る。女子たちからは、
「王子どうした…?」
「今日ノリ悪い…?」
などと言われている。俺は心の中で何回も謝罪する。
教室に入ると、友達が俺の机を占領していた。机の上にどかっと座っている。俺は、そいつの腕を掴んで、
「邪魔だから」
と言う。すると、相手に結構響いたようで、
「はい…」
と俺をうるうるの瞳で見つめて去っていった。
俺は自席で頬杖をつきながら先ほどの出来事について考える。
(マジで誰だ…?)
問題は向こうがなんで俺のことを知っているかだ。
俺が思考を巡らせていると、
「考える王子もかっこいい…」
という一言が聞こえてきた。
俺はその一言を無視して考える。
あの人のことは本当に知らないのか?
実は結構昔に仲が良かった人とか?
でも王子と呼ばれ始めたのは中学生の時だ。中学生のとき、あんな人いたか?
俺が悩んでいると、先生が教室に入ってくる。
「みなさん、おはようございます」
先生の挨拶にみんなは声を揃えて返事する。すると、先生は、
「今日は転校生がいます。皆さんはもう知っているかもしれませんが……。入ってきてください」
先生が呼ぶと、長身の男子が入ってきた。さらさらの髪の毛が揺れている。イケメンだ。
(俺よりもイケメンじゃね…?!)
俺は驚きで固まる。女子の目はきらきらと輝いている。
「こんにちは。隣の県から引っ越してきました。七瀬怜です。二ヶ月前、この学校の体育祭を見て、転校先をこの学校にすることに決めました。よろしくお願いします」
よく見たら朝『王子』と話しかけてきた人だった。
彼は丁寧な挨拶をして、深くお辞儀した。その態度に女子の視線はとらわれている。
すると、先生が、
「うちのクラスは男子が一人多いんだよな…。今一人なのは一条か。七瀬、一条の隣でいいか?」
と言った。
(よくないしっ!!!)
俺は心の中で叫ぶ。しかし、俺の願いは届かない。七瀬はすでに俺の隣に座っている。
「よろしくね、王子さん」
七瀬は俺のことを見て、そう言う。俺はそっぽを向いて、
「おうよ…」
と返す。
(こいつとは絶対仲良くなれねー)
俺は心の中でそう愚痴を吐いた。
気づくと、朝のホームルームは終わっていた。
俺は先生の話を一切聞いていなかった。
というか、聞いていられるほどの余裕がなかったのだ。ホームルームが終わると、案の定、女子が群がってくる。
「七瀬さん、好きな食べ物とかは?」
「なんかアイドルとかやってた?」
女子の質問に七瀬は軽々と答えている。すると、俺の友達が、
「七瀬さんってイケメンだよな。一条にも匹敵するんじゃね?」
と余計なことをいった。
「じゃあ、一条は王子だから…、キング!」
女子が言った。
「あー確かに。一条より色気増し増しだしね笑」
と女子たちは乗り気だ。次第に男子も乗り気になってきている。
「じゃあ、王子とキングだな!」
俺たちはコンビを組まされている。勝手に。俺は好きじゃないのに。
「そういうの、無理だから」
俺は冷たく言ってその場をさる。女子たちからは批判の声が聞こえてきているが、全部無視だ。
俺は俺の隠れ家へと向かう。俺だけが使用を許可されている場所。そこは…、
「ふぅ」
屋上だ。
風がふわっと吹く。俺はその流れに体を任せる。髪の毛がふわふわと広がる。
太陽が柔らかく照らしてくる。
(気持ちいなぁ…)
俺がその気持ちよさに埋まっていると、睡魔がどっと押し寄せてくる。
俺はそれに抗えなかった。
(王子は俺だけでいいのに…。キングなんて…)
いらないと呟こうとしたが、呟く前に意識が途切れてしまった。
起きると、さっきまで東側にあった太陽が南川に移動している。
「俺は何時間寝ていたんだ?」
「三時間くらいかな」
ここには俺しかいないはずなのになぜ返事が返ってくる?
俺がぱっと起き上がると、そこには七瀬怜がいた。
「七瀬!」
「やあ、累、おはよう。俺の膝枕気持ちよかった?」
そう言われて、俺はさっきまで自分が寝ていたところを見つめなおす。そこには胡座をかいた七瀬の足があった。
「っ!」
俺は吐き気がしてきた。こうも嫌いな奴にここまでされるなんて…。
俺が悶えていると、
「嬉しかった?累、すやすや寝ているからさー」
そう言われて、俺の嫌悪感は頂点へ達する。
「累って呼ぶな、気持ち悪い。膝枕もやめろ」
俺の口から出たのは想像以上に低かった。今まで誰にも出してこなかったような低い声。
七瀬はへらへらとしている。
「どうして…?」
七瀬は瞳をうるうるさせて尋ねてくる。
(お前のことが嫌いだからだよ!)
俺は心の中で言う。それはもちろん七瀬に届かない。届けるつもりもないが。俺はそこまで意地悪じゃない。
「あ…もしかして!」
「なんだよ」
七瀬が両手をパチンと叩いてそう言ったもんだから、俺はどんな言葉が放たれるのか知りたくなる。
「俺が累よりかっこいいから?!そういうこと?!王子がいるからキングはいらないって感じかな!」
七瀬がそういう。
確かにそう思っていた部分もあるが、七瀬のことを俺よりもかっこいいとは一度も思っていない。
ていうか、思いたくもない。
「そんなこと、思っていない…」
俺の口から出た言葉はあまりにも弱々しかった。
「じゃあ、こうしよっか!毎日かっこいいと言われたポイントをノートに書いて交換して読み合う!交換日記みたいなのやろう!そしたらどっちがかっこいいのかわかるよ!」
七瀬がそう笑顔で言った。
俺の七瀬に対する嫌悪感はさらにます。
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ…」
俺がそう呟くと、七瀬はずいっと顔を近づけてきて、
「じゃあ、俺のほうがかっこいいってことでいいのかな?」
その一言を聞いて、俺は瞬時に良くないと思う。
「よくない」
そういうと、七瀬はニコッと笑って、
「じゃあ、交換日記しよう」
と言った。正直、やりたくない気持ちでいっぱいだったが、仕方ない。
(なんとしてでも俺がかっこいいって証明しなきゃ)
「そろそろ教室戻ろう」
七瀬にそう言われて俺は立ち上がる。俺は一人で教室に戻るつもりだった。なのに、
「累、一緒に戻ろう!」
と腕を掴んでくる。俺は嫌だという表情を全力で出す。それは七瀬に効かない。かすりもしない。
俺は諦めて一緒に戻ることを決める。教室ではすでに授業が始まっていた。
教室の扉を開けて、入ると、
「王子×キングコンビで登場?!」
「嘘っ!やばすぎ!」
女子がキャアキャアと騒ぎ出す。俺は苦笑いを浮かべながら席につく。すると、先生がズカズカと近づいてきて、
「何しているんですか!」
俺はしまったと思う。この先生は女の人だけど、一番怖いのだ。すると、七瀬がすっと立ち上がる。
「先生、すみませんね」
と色気を爆発させて言う。クラスの女子も先生も失神しそうだ。
すると、七瀬はこちらをチラッと見て、ニヤッと笑ってくる。どうやら先を越されたようだ。
俺も負けたくないという気持ちが溢れてきて、本気を出す。
「先生、俺からも…。ごめんなさい」
自分の持てる色気を全面に溢れ出させてそう言う。すると、女子は七瀬のときよりも失神しそうだ。
「王子…!」
「王子の色気…えぐい…」
俺の言葉は女子や先生にグサグサと突き刺さったらしい。
(うまくいった…)
俺はほっとすると同時に、席につく。
すると、七瀬が、
「これ、交換日記のノート。こっちが俺用でこっちが累用」
と言ってノートを渡してきた。授業中なのに堂々とした行動だ。
俺は嫌々ノートを受け取る。
すると、七瀬がずいっと顔を近づけてきて、
「明日、ファミレスで一日の成果を話そ?」
と言ってきた。俺はこんなやつとファミレスに行くのが嫌だったので、
「学校で渡し合えばいいだろ」
とぶっきらぼうに返事をする。
わざわざファミレスに行かなければいけない理由はなんなんだ?
「学校じゃ、人いるしさ…。気まずいから、ね?ね?」
七瀬は何度もそう言ってくる。そして、上目遣い。あえてそうしているのかもしれないが、俺にはそんなの通用しない。
しかし、俺は七瀬と会って一日目にして、この男は粘着質だと分かったのだ。
「…わぁったよ」
俺はイラッとしつつもそう返事をした。七瀬はやったーとか言っているが、俺は全然嬉しくない。
(こいつとやっていけるのか…?)
俺の中には疑問が渦巻いている。
次の日、俺は行きたくもないファミレスに連れて行かれて、ノートを見せろとせがまれていた。
俺は嫌だと断っている。
どんなことを書けばいいのかわからず、内容が本当にゴミなのだ。
「見せてよ〜」
七瀬の粘着質が発動している。俺は背中がゾワっとする感覚を覚える。頭の中でこれ以上見せないのは危険だと警鐘が鳴っている。
俺はカバンの中からノートを取り出し、ポイっと投げ渡す。
すると、七瀬も俺に渡してきた。
俺がノートに書いた内容は、
『黒板を消している女子を助けた。体育の用具の片付け、100メートル走。』
だ。だいぶ適当だが、これで許されるのだろうか。
七瀬は俺の書いたことを見て、ニヤニヤと笑っている。
(キッショ…)
思わず口から出そうになった言葉を、俺はグッと飲み込む。
「累って、足速いの?」
唐突に投げかけられた質問に俺は、
「なんでそんなこと聞くんだよ」
と言う。俺は確かに足が速い方だとは思うけど…。
「だって、このノートに『100メートル走』って書いてあるもん」
「俺、陸上部のエースだからね」
俺がドヤ顔でそう言うと、七瀬は顔を輝かせて、
「すごい!すごい!100メートル何秒なの?」
と聞いてきた。たくさん褒めてくれるところはすごくいいと思う。
「タイムは言えない」
そう言うと、七瀬はしゅんとしてしまった。俺的には別にいいけど。
俺は七瀬のノートを開く。そこには三つのことが書いてあった。
『先生や女子たちに鼻血を吹かせた。勉強できるとこ、家まで送ったとき』
と。俺はそれを見て、
「おい、家まで送ったときってどういうことだよ…?」
と聞くと、七瀬は、
「歓迎会を開いてもらってね。それで遅くなったから送った!」
と笑顔で言った。
(初日でそこまで仲良くなるなんて、ちょっと…)
また良くない言葉が出かけたので、グッと飲み込む。俺がこの学年になったとき、親睦会をみんなで開いたが、女子を送ることなんて一切しなかった。
俺は下にある自分の足を見つめる。わけもなく。すると、
「累、一緒にゲーセン行こ〜」
と誘ってきた。俺がゲーセンを好きなのをなぜ知っているのだろうか。
そして、こいつとゲーセンなんて行きたくないという嫌悪感が迫ってくる。
「俺、予定あるんだけど…」
(嘘だけど、仕方ない!)
俺がそう言うと、七瀬は俺の顔をじっと見つめて、
「嘘ついているでしょ」
と言った。俺はぎくっとして固まる。
「俺、嘘を見極めるのがめちゃくちゃ得意で、小さい頃から結構当てていたんだよね」
と言った。七瀬の目は本気なので、俺は諦める。
俺は仕方なく、七瀬と一緒にゲーセンに行くことになった。
(こいつと二人とかつれぇ……)
そして、こんな性格なのに、どうしてイケメンなんだろうという疑問も出てくる。
女子の目は輝いていたし、先生までも……。
そして、そいつが今、俺の手を引っ張ってゲーセンに連れていっている。二日目ですることじゃない。
嫌だなという感情がそこはかとなく溢れてくる。でも、その感情の裏に何かがある気がする。
それはなんなんだろう…。
「あっ!俺の行きつけのゲーセン!」
七瀬が俺の手を引っ張って、指差す。
そこには、最近できたばかりなのか、綺麗なゲーセンがあった。設備や建物、すべてが新しい。
そして、至る所にクレーンゲームがある。俺の目はそれらに吸い込まれてゆく。
「…やっぱり、累は好きなんだ」
七瀬が何かを呟いた。
「どうかしたか?」
俺がそう聞くと、七瀬は体の前で手を振って、
「なんでもないなんでもない」
と言った。俺はそれ以上気にすることなく、ゲーセンに入った。一番最初に入って、目に止まったのは、妹が好きなキャラクターのぬいぐるみだ。
(これ、取ったら喜ぶだろうなぁ…)
そう思って、俺は100円玉を投入する。
「ぴこん」
いつもの音と共にクレーンゲームがスタートする。いい感じの位置にアームを動かして…
「きたっ」
俺がそう言った瞬間、景品取り出し口にぬいぐるみが落ちてきた。
「よし!」
俺が喜んでいるところを七瀬が横でにこにこと見つめている。
俺はすぐさまバッとその場を離れる。にこにこと笑みを浮かべた七瀬が気持ち悪いのだ。背中がゾワゾワする。
「なんでこんなに可愛いの取ったの?」
七瀬はそう言った。単純に不思議に思っているぽかった。
「妹がこのキャラクター好きだから」
俺がそう言うと、七瀬は驚いた顔をした。
「累って、他人にあまり興味なさそうなのに、優しいんだね」
と言った。
(興味ないって失礼だぞ)
俺は心の中でツッコむ。でも、優しいと言われて、少し嬉しい気持ちがある。こんなに純粋な"優しい"を聞いたのは久しぶりだからだ。
今まで聞いてきた"優しい"は俺を揶揄うものばかりだった。少しもそう思っていないような、そんな感じ。
「ありがとな…」
俺はプイッとそっぽを向いて、お礼を伝える。
「じゃあ、こっちもやろ!」
七瀬が手を引いて別の台に連れて行く。俺は呆れながらもついて行く。
俺は初めて七瀬に嫌悪感を抱かなかった。



