俺のモテ期を邪魔するな!

「佐久間のこと紹介してほしいっていう子がいるんだけど」

その一言で、俺――佐久間翔(さくま・しょう)大学一年の脳内は、春の陽気をぶち抜いて満開になった。

(……え、なにそれ。なにそれなにそれ。ついに俺にも、モテ期ってやつ?)

(大学デビューってやつ?いや、デビューするほど何もしてないけど)

(でも「紹介してほしい」って、つまり……向こうから来たってことだよな?俺に?)

言い出した本人は、余裕の顔で缶コーヒーを振っている。
柴田理人(しばた・りひと)先輩。俺の高校の二年上で、大学も同じ。
入学直後の俺に「困ったらLINEしろ」と言い残して去っていった、頼りになる存在だ。

「……翔?聞いてる?」

現実に戻され、俺は咳払い一つして、いかにも落ち着いてる男子を演じた。

「聞いてます。紹介、ですか。もちろん」

(やばい、声が裏返りそう。耐えろ、俺の喉)

「大学入ったばっかで友達も少ないんで……ぜひ、お願いします」

言った。言ってしまった。
俺は今、人生の分岐点で「はい」を選んだ気がする。たぶん。

柴田先輩の目が、にやっと細くなる。

「よかった。助かるわ」

「……助かる?」

「うん。ほんと助かる」

(助かるって何?紹介=救済?いや違う。助かるって言い方は、ちょっと、仕事っぽい……)

(まさか、マルチの勧誘とかじゃないよな?ないない。恋愛だ。恋愛であってくれ)

俺の不安を置き去りに、先輩は軽くスマホを掲げた。

「じゃ、今夜はどう?」

「今夜……」

(今夜!?早い!展開が早い!)

「……いいですよ。空いてます」

(空いてるに決まってるだろ。俺の予定表は常に白紙だ)

(白紙だけど、今夜からはきっとカラフルになる。なるよな?)

柴田先輩は満足げに頷き、大学の中庭――ベンチと桜と、新歓のビラ配りが渋滞してる地帯――を指差した。

「じゃ、七時に。駅前の魚となんとかって店。わかる?」

「わかります。チェーンの……」

「そうそう。迷わないで来れる?」

「はい。迷わないタイプの人生なので」

「それ褒めていいの?」

先輩が苦笑する。俺も今ちょっと迷ってる。感情の置き場に。

ただ、ここで終わったらまだ平常心を保てた。
問題は、最後のひと言を聞いてしまったことだ。

「ちなみに……その、どんな子なんですか?」

質問した瞬間、俺の頭の中で花火が上がった。真昼の中庭に打ち上げるな、俺。
茶髪?黒髪?清楚?ギャル?キャンパス内のどこにいるんだその子は。俺は今まで何を見落としてきた。

柴田先輩は、さらっと言った。

「優しくて気配りできるかな。あと――ビジュが最強」

最強。

(最強!?)

(最強って言った!?人間に使う語彙!?神話!?)

(しかも気配りもできる?最強なのに?欠点がない?そんな存在が俺に?)

俺は喜びを顔に出さないように必死だった。必死な顔は、だいたいバレる。

「へ、へぇ……そうなんですね」

(落ち着け。落ち着け俺。無の顔だ。無になれ)

「……楽しみです」

(嘘じゃない。人生で一番楽しみ)

柴田先輩は俺の肩をぽんと叩いて、爽やかに言う。

「じゃ、よろしく」

「はい!」

先輩が去ったあと、俺は中庭で一人、意味もなくスマホの画面を点けたり消したりした。

(やばい。今夜、俺の人生が変わるかもしれない)

(いや変わる。変えてみせる)

(俺は今日という日に、人生を賭ける……!)

……とか言ってるけど、賭けるほどの人生経験はない。
恋愛経験?ほぼゼロ。中学のとき隣の席の子に消しゴム貸したら「ありがとう」って言われて心臓止まりかけた程度。
そんな俺が、大学で紹介だ。

(服どうしよう。髪どうしよう。匂いは?匂いって大事だよな?)

(でも香水は怖い。香水って、つけた瞬間にやる気がバレる気がする)

(やる気は、バレたら負けだ。たぶん)

俺はその日の夕方、人生で一番真剣に鏡を見た。
前髪の角度を一ミリ単位で調整して、シャツのシワを伸ばして、結局いつもとそんなに変わらない格好になった。

(……俺は俺だ。急にイケメンにはなれない)

(でも、最強ビジュの子が来るなら、俺だって清潔感くらいは出したい)

家を出る前に母さんに「どこ行くの?」って聞かれて、「友達とごはん」って答えた自分の声がやたら震えてて、俺は玄関で一回深呼吸した。

(友達じゃないかもしれないだろ)

(いや、まだ友達にもなってない)

(まず紹介だ。紹介。紹介)

七時ちょうど。
駅前のロータリーは、帰宅するサラリーマンと、待ち合わせの学生と、謎に元気な犬でごった返していた。

俺は改札を出て、周囲を見回す。

(どこだ柴田先輩。いや、先輩はともかく……最強ビジュは!?)

(気配り最強ビジュ……どこ……)

(ここ?この辺?いる?最強って、そもそも光って見えるものなのか?)

「翔ー!こっちこっち!」

柴田先輩の声が聞こえた。助かった。

先輩は店の前で手を振っている。
そして――その隣に、見知らぬ男がいた。

爽やか、という言葉がそのまま歩いてきたみたいな男。
髪は暗めで、整いすぎてて、逆に現実味がない。白いシャツ、黒いパンツ。シンプルなのに、広告みたいに決まっている。

(……誰)

(いや、こいつ誰よりも最強ビジュじゃない?)

俺が脳内でパニックを起こしていると、柴田先輩が俺の肩を掴んでにこにこ言った。

「来た来た。ほら、入ろ」

「ちょ、先輩、」

「緊張してる?」

「してないです」

「してる顔」

先輩、そういうところだぞ。

「予約してる、柴田でーす」

「はい、六名さまですね。こちらへ」

 ――六名。

(ろ、六名?)

(俺と先輩と、その爽やか……で三名。残り三名は……女の子三名!?)

(合コンじゃん。これ、合コンじゃん。そういう紹介!?)

(いや、合コンでもいい。合コンは出会いの場だ。出会いは、人生だ。俺は今夜、人生を――)

個室の引き戸を開けた瞬間、俺の心の中で最強ビジュとの運命の出会いのテーマ曲が一旦停止した。

そこにいたのは、女性が三人。
全員、ちゃんと可愛い。ちゃんとおしゃれ。ちゃんと大学生だ。
そして、俺が入った瞬間――女性三人の視線が、俺じゃなくて、さっきの爽やか男に吸い寄せられた。

「わ、やば……」

「え、イケメン……」

「ちょ、写真より良くない?」

小声なのに、全部聞こえる。
俺の耳は都合の悪い情報ほど拾う性能が高い。

(おい。今夜の主役、俺じゃなかったのか?)

(いや、主役は俺だ。俺が「紹介してほしい」って言われた男だぞ)

(……言われたよな?言われたよね?俺の空耳じゃないよな?)

柴田先輩が、いつもの調子で手を叩いた。

「はいはい、まずは自己紹介ね。こっちは高校の後輩。佐久間翔。一年」

「ど、どうも……佐久間です」

俺が頭を下げると、女性陣が「よろしくー」と返してくれる。優しい。気配り。最強。
……でも、視線は爽やか男のほうが強い。

柴田先輩が、その爽やか男の肩を軽く叩いた。

「で、こっちは橘玲央(たちばな・れお)。一年。うちの学部、同じ」

「……橘です。よろしく」

声までいい。落ち着いてる。余裕。爽やかの暴力。

女性三人の自己紹介も続いた。
名前は、春香(はるか)さん、真央(まお)さん、栞(しおり)さん。
みんな可愛いし、喋り方もやわらかい。

(この中に、「俺を紹介してほしい」って頼んだ子がいるはず……!)

(だって先輩、そう言ったもん)

(でも……誰だ。誰が俺を……)

(名前聞いとけばよかった……)

乾杯。
グラスが触れて、場の空気が一気に合コンに切り替わる。

「かんぱーい!」

飲み物の一口目はいつもより甘く感じた。いや、緊張でそう感じただけかもしれない。

乾杯のあと、柴田先輩がさっそく幹事力を発揮した。

「じゃ、食べ物頼むね。とりあえず唐揚げとポテトと枝豆でいい?」

「居酒屋三種の神器だ」

と俺が言うと、真央さんが笑う。

「わかるー!あとだし巻き!」

「だし巻きも入れとく。あとサラダも一応ね。一応」

「一応って言い方がもう一応じゃない」

橘がさらっと突っ込み、女子がまた笑う。

(くそ……自然に場を支配してくる)

(しかも突っ込みが俺より上手い。俺の存在意義が)

料理が来るまでの間に、席がなんとなく固定されていく。
柴田先輩が端、女子三人が奥側、俺が……あれよあれよという間に、橘の隣に座らされた。

(なんで?)

(俺、合コンの席順って、気になる相手の隣だと思ってた)

(俺の気になる相手は今のところ女子なんだが……)

春香さんが、橘をじっと見て言った。

「橘くんってさ、芸能とかやってないの?」

「やってないよ。やったこともない」

「えー、絶対スカウトされるって」

「されたことない」

「嘘だー」

「ほんと。嘘つく意味ないし」

橘が肩をすくめる。その動作すら爽やか。

(俺も肩すくめるの練習しようかな)

(いや、その前に人としてのベースを整えろ)

俺は「紹介してほしいって言った子」探しを諦めないために、あえて直球を投げてみることにした。

「みなさん、今日って……えっと、柴田先輩に紹介してほしい人がいたから、来たんですか?」

春香さんが恥ずかしそうに首を縦に振る。

「え、話聞いてるの?そうだよ。私たち、柴田さんに前からお願いしていたの」

(前から!?前から俺のことを気になっていたってこと!?)

「そしたら、『俺も出会いが欲しいから合コンが絶対条件』って言われて」

「そうそう」

栞さんがにこっと笑う。

(つまり、これは――この中の誰かが俺のことを紹介してほしいって言ったけど、柴田先輩も出会いが欲しいがために、俺を餌に合コン形式にしたってことか?)

料理が運ばれてきて、箸が伸びる。
俺は唐揚げを取り、女子に配ろうと思った。

……と思った瞬間、橘がすっと皿を持ち上げた。

「それ、俺が配るよ」

「え」

「翔くん、お腹すいているでしょ?食べてていいよ」

(何その理由)

(お腹すいているのは、みんな一緒じゃないのか?)

(しかも俺の名前、もう翔くんで固定なの?距離感が早い)

橘は、唐揚げを女子に配りながら、さらっと言う。

「春香さん、レモン大丈夫?」

「大丈夫!かけて!」

「真央さんは?」

「私、酸っぱいの苦手かも」

「じゃあ、真央さんのは別にしておくね」

「優し……!」

女子がきゅんとしている。わかる。優しい。気配り。最強。
……あれ?この単語、なぜか胸に引っかかる。

(俺の役割、消えた)

(唐揚げ配り係、奪われた)

(奪うなよ。俺の唯一の見せ場を)

柴田先輩が笑いながら酒を注いでくる。

「翔、飲め飲め。場慣れは酒で解決だ」

「解決しないです」

「する。たぶん」

「先輩のこと、あんまり信用できないな……」

先輩が適当に言い、俺はちょっと笑ってしまった。悔しいけど、先輩は面白い。

会話は出身どこ?に移る。
春香さんが言った。

「翔くんってどこ出身?」

「東京です。ずっと」

「都会!」

「いや、東京っていっても広いから」

「どのへん?」

「……練馬」

「練馬!いいじゃん!公園多いイメージ」

「それは、まあ」

橘が「練馬って住みやすそう」と頷いた。

「翔くん、地元のおすすめある?」

「おすすめ……?」

(ここでおすすめを言えたら、今度案内してって流れになる。女子と!)

「……駅前のラーメン屋」

「ラーメンなんだ」

「好きなので」

「男らしくていい」

橘がさらっと肯定する。女子も「わかる」と頷く。

(違う)

(俺が欲しい肯定は、女子からだ)

(橘は黙ってていい)

次は好きなタイプの話になった。
合コンあるあるのネタだ。

「翔くんは、どんな子が好き?」

真央さんがニヤニヤしながら聞いてくる。

俺は一瞬、呼吸を忘れた。

(来た。来たぞ。ここが勝負だ)

(ここで優しくて気配りができてビジュ最強って言えば、昼間の伏線回収になる……!)

……と思ったのに。

「翔くん、たぶんよく笑う人とか言うよ」

橘が先に言った。

「なんで決めつけるんだよ!」

俺の声がちょっと大きくなってしまい、全員が「おっ」って顔をする。

橘は悪びれずに笑う。

「だって、さっきから翔くん、笑わせてもらってるし」

「笑ってない」

「笑ってたよ」

「笑ってない」

「……笑ってた」

言い切るな。俺の表情を勝手に判定するな。

春香さんが笑い転げる。

「二人、仲良いじゃん」

「仲良くないです」

「仲良いよ」

橘が即答した。

(やめろ)

(女子の前で仲良いを確定させるな)

(俺のモテ期のルートが、変な方向に伸びていく)

柴田先輩が、楽しそうに手を叩いた。

「いいねいいね。青春だね」

「先輩、煽らないでください」

その後も、話題はバイト、授業、サークル、新歓のカオス、履修登録の地獄へと流れていった。
俺が話題を振れば、橘が拾う。俺が拾えば、橘が綺麗にまとめる。
女子が笑う。俺が置いていかれる。

(こいつ、会話のまとめ役まで奪うのか)

(俺のモテ期、どこ……)

終盤、女子が「写真撮ろう!」と言い出した。
俺は内心ガッツポーズをした。

(写真=思い出=距離が縮まる)

(距離が縮まれば、俺を紹介してほしいと言った子が、きっとわかる――)

しかし。

「橘くん、真ん中来て!」

「うん」

橘が真ん中に座る。
女子三人が橘の両隣と後ろに陣取る。
そして俺は――柴田先輩に肩を抱かれ、端っこに追いやられた。

「翔、こっち寄れ寄れ。切れる」

「俺が切れてるんですけど」

「写真から?」

「存在が!」

シャッター音が鳴る。

(今夜の記録に、俺は端の後輩として残る)

(最悪だ)

会話が始まる。
俺はまず、目の前の春香さんに話しかけた。王道は大事だ。俺の人生に王道があるかは知らないけど。

「春香さんって、どの学部なんですか?」

「あ、私は経済!翔くんは?」

「俺は文系で……」

「文系って言い方ざっくりすぎない?学部、言お?」

横から、橘が笑いながら口を挟んだ。

(……挟むな)

(いや、挟むのは会話の流れ的に普通か。でも……今、俺が話してたんだが?)

「え、えっと、文学部です」

「文学部!かっこいい!なんか本読んでそう」

「……読んで、ます」

(漫画も読む。ていうか漫画の方が読む。でも今それは言わない)

春香さんが俺を見て笑った。よし。今、笑った。いいぞ俺。

――と思った次の瞬間。

「翔くん、絶対読んでる風じゃなくて、ちゃんと読んでるタイプだよね」

橘が、なぜか俺のことをわかった顔で言う。
いや、初対面だよな?俺たち。

「え、なんでわかるんですか」

「雰囲気。……あと、今日の服。無理してない感じが、逆にいい」

「……は?」

(服、見てた?俺の服、見てた?)

(え、怖。いや、別に怖くないけど。ちょっと……いや、だいぶ恥ずい)

春香さんが「わかるー!」って頷く。違う、同意する場所そこじゃない。

俺は次に、真央さんへ話題を振った。

「真央さんは、サークル入ってるんですか?」

「まだ迷ってるー。翔くんは?」

「俺も……」

「佐久間は、たぶん入らないよ」

柴田先輩が笑って言った。

「え、なんでですか先輩!俺、迷ってるだけで」

(入るかもしれないだろ!たぶん!)

「入るなら、面白いとこがいいじゃん。翔、文化系向きだし」

「文化系向きって……」

「うちのサークル来なよ。ゆるいし。新歓で唐揚げ食えるし」

「唐揚げで釣るな」

先輩がさらっと営業トークを混ぜてくる。

真央さんが笑いながら言った。

「え、文化系っていい!優しそう」

「優しそう……?」

(優しそうって言われると、なんか頼りなさそうと紙一重な気がする)

(でも今は褒め言葉として受け取る。俺は成長した)

「優しいって言うなら、橘くんもだよねー。気配りすごい」

「ね。おしぼり配ってくれたし」

「飲み物、減ってるのすぐ気づくし」

女性陣の褒めが、一斉に橘へ流れる。

(おい、そっちに流れるな。今、俺の番だろ)

(いや、俺の番なんて、人生に存在したことあるのか?ある。今夜だ。今夜こそ)

橘は、悪びれもせずに笑った。

「いや、普通だよ。……でも真央さん、手、冷たい?クーラー強いかな」

「え、わかる?ちょっと寒いかも」

「店員さん呼ぶ?」

「優し……!」

おい。気配りが最強すぎる。

栞さんが、橘に聞いた。

「橘くんって彼女いるの?」

「いないよ」

「え、絶対いると思った」

「いない。……できたことも、ない」

橘がさらっと言った瞬間、女性陣が「えええ!」と盛り上がる。
俺も内心「えええ!」だ。
そんな顔で?そんなスペックで?そんな声で?

(嘘だろ。神は才能の配分を間違えてる)

そして、橘が続けた。

「……でも、好きになったら、一途だと思う」

「うわ、なにそれ!きゅん!」

「きゅんした!」

女性陣が盛り上がる。
そして、そのきゅんが、なぜか俺の胸にも小さく刺さった。

(いや、刺さるな)

(俺が刺される相手は、目の前の女性陣だろ)

(……違う?違わない。違わないはず)

俺は焦って話題を戻そうとする。

「えっと、栞さんは……趣味とか、何ですか?」

「えー、カフェ巡りとか?甘いの好き!」

「カフェ……いいですね」

「翔くんは?」

「俺は……」

「翔くん、甘いの好きそう」

橘が、また挟む。

(また!?)

(こいつ、邪魔しに来てるな?俺のモテ期を?)

(俺の会話の隙間に、爽やかを詰め込んでくるな)

「……好き、ですけど」

「ほら。じゃあ今度、駅前の新しいカフェ行こうよ」

「え?」

「俺、行ってみたいところあるんだ。翔くん、詳しそうだし」

橘は、当たり前みたいに俺と二人での予定を口にした。

女性陣が一瞬、沈黙する。
そのあと、栞さんが笑った。

「え、橘くん、翔くんのこと気に入ったの?」

「うん。面白いし」

面白い。
俺が?面白い?
俺は今まで地味と普通の二択で生きてきた男だぞ。

(え、なにこれ)

(合コンで、男に口説かれてる?)

(いや口説かれてない。たぶん。俺が過剰反応してるだけ)

(でも「今度二人で」は、言う必要あった?)

俺は笑って誤魔化すしかなかった。

「はは……」

(はは、じゃねぇ。何を笑ってるんだ俺)

(ここで笑ったら、肯定になるだろ)

柴田先輩が、楽しそうに肘をついた。

「いいじゃんいいじゃん。翔、友達できたな」

「先輩……」

(友達の作り方、間違ってない?)

その後も、俺が誰かに話しかければ、橘が自然に会話に入ってくる。
しかも、入ってくるだけじゃなく、なぜか俺のことを持ち上げる。

「翔くん、ほんと真面目だよね」

「翔くん、気遣いできるよね」

「翔くん、優しいよね」

……やめろ。
俺の優しいは、今夜は女性陣に向けて発揮したい。

なのに、女性陣は女性陣で、橘のほうを見て笑ってる。

「橘くんも優しいじゃん」

「いや、橘くんは別格」

「ビジュも最強だし」

最強。

俺は一回、トイレに逃げた。
鏡の前で自分の顔を見る。赤い。たぶん。

(あいつ……橘……何なんだよ)

(爽やかで、完璧で、会話に隙がなくて)

(俺のモテ期に、クレーム入れに来たのか)

戻ると、場はますます盛り上がっていた。
女子三人が橘の話を聞いて笑い、柴田先輩は酒を注ぎ、橘は――なぜか当たり前のように彼の隣の席を指した。

「翔くん、早く座りなよ」

橘は俺の椅子を少し引いて、座りやすいようにしてくれた。

「……あ、うん。ありがとう……」

さらっと言うな。さらっとエスコートするな。

(……最悪だ)

(コイツ、邪魔しに来ているな、俺のモテ期を)

(ここで出会わなければ、こんなに印象は悪くならなかっただろうに)

(今日の出会いに人生を賭けてる俺にとって――お前との出会いは最悪だよ!)

――こうして俺の大学生活は、最悪の出会いから、始まった。