役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

軍務卿は、机上の書類から視線を上げなかった。

届いた報告は短い。

具体的な日付も、明確な規模も記されていない。

だが、その簡潔さそのものが、これまでとは質の違う連絡であることを示していた。

軍務卿は、文面をなぞるようにもう一度目を通す。

重要なのは、書かれている内容ではない。

この段階の情報が、ここまでの形で届いたという事実だった。

これまでの動きは、あくまで兆しだった。

観測であり、推測であり、備えの範囲に留まっていた。

だが今回は違う。

引き延ばす余地がない。

そう判断するには、十分だった。

軍務卿は、静かに息を吐いた。

「……これは、決まったな」

声は低く、独り言に近い。

時期は明示されていない。

だが、遠くはない。

準備を後回しにする余裕は、すでに失われている。

必要なのは、騒ぎ立てることではない。

目立たず、確実に、人を動かすことだ。

軍務卿は、次に取るべき手を即座に定めた。

特別師団への、追加派遣。

規模は最小限でいい。

だが、質だけは落とせない。

軍務卿は、控えていた者に短く告げる。

「特別師団長を呼べ」

――――――

呼び出しに応じて現れたヴァルターは、形式的に一礼した。

軍務卿は、書類を手にしたまま、要点だけを伝える。

詳細な説明はなかった。

だが、これは検討ではなく、すでに下された判断だと、すぐに分かる。

「追加派遣を行う。準備に入れ」

「規模は」

「現場に任せる。人員再配置は、お前の裁量だ」

ヴァルターは、一瞬の逡巡もなく頷いた。

「承知しました」

それで十分だった。

――――――

特別師団に戻ったヴァルターは、すぐに副師団長を呼び出した。

状況の説明は、簡潔だった。

だが、伝えられたのは事実だけではない。

水面下の動きが、兆しの段階を越えつつあること。

調整によって時間を稼ぐ余地は、もはや残されていないこと。

そして、事態が準備を前提とした判断を迫る段階に入った、という認識。

ゼフィーリアとして、どう関わるか。

どこまで踏み込み、どこからは踏み込まないか。

重要人物の護衛と保護に入る方針は、すでに共有されている。

それが変更されることはない。

今回の話は、その前提を改めて確認するためのものだった。

クロトは、言葉を挟まずに聞き終えると、静かに頷いた。

ヴァルターは、机上の図面から顔を上げた。

「まず、アレクシオス殿周辺だが」

そう言って、クロトへ視線を向ける。

クロトは一瞬も迷わず、頷いた。

「了解しています。私が入ります」

それ以上の説明はなかった。

前提として、すでに共有されている。

「第2班を付けます」

クロトの言葉に、ヴァルターはわずかに顎を引いた。

「……妥当だ」

短いやり取りだった。

だが、その一言で、中心は定まった。

あとは、そこから広げていくだけだ。