役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

軍の上層は、想定以上に強硬だった。

それは、予想通りでもあった。

統合軍総司令官と統合軍参謀総長――
軍の頂点に立つ二人は、叔父である現国王と完全に一体化している。

命令系統も、情報も、忠誠の向きも、すでに切り離せない。

軍を動かすには、別の場所から切り崩すしかなかった。

だが、その「別の場所」へ辿り着くまでが、あまりにも長かった。

軍部の監視は異常なほど厳しい。

密偵を使った接触は不可能に近く、試みれば相手の身が危険に晒される。

思想や不満を探ることはできても、軍の中枢に手を伸ばすことはできない。

アレクシオスは、ひとつの名前を思い浮かべていた。

統合軍参謀次長、カール・ブレンナー。

軍の三番目。

だが、実務の中心にいる男。

部隊配置を担い、現場を動かす権限を持つ存在だった。

有能で、人望が厚い。

現体制に疑問を抱きながらも、長年、従ってきた人物。

――この男が動けば、流れは変わる。

だが、そこに辿り着く術がなかった。

監視を抜ける経路を、アレクシオスはようやく一つだけ見つけた。

彼の妻、アンネ。

かつて王宮にて、幼いアレクシオス付きのメイドとして働いていた女性。

結婚後に退職し、いまは政治とも軍とも無縁の生活を送っている。

軍の監視網の外側に、ただ一人、残されていた縁だった。

接触は慎重を極めた。

時間をかけ、遠回りを重ね、ようやく一度だけ、言葉を交わす機会を得た。

その場に、ブレンナー本人はいなかった。

だが、アンネはアレクシオスの名を聞いて、すぐに理解した。

昔、王宮を走り回っていた、幼い王族の姿を。

それだけで、十分だった。

数日後、ブレンナーから短い連絡が入った。

――時間を設ける。

一度だけだ。

それ以上の言葉はなかった。

約束された場所で、ブレンナーは多くを語らなかった。

政治の話も、理想論も、正義の言葉も出なかった。

確認されたのは、現実だけだ。

時間は、残されていない。

このままでは、軍は国とともに歪み続ける。

血は、いずれ避けられなくなる。

ブレンナーが最後に口にしたのは、配置の話だった。

どの部隊を、どこに置くか。

誰を近づけ、誰を遠ざけるか。

それは命令ではなく、調整だった。

書類上は正当で、違反でも反逆でもない。

だが、結果は決定的に変わる。

アレクシオスは、その意味を理解していた。

――ここから先は、戻れない。

ブレンナーも同じことを理解していた。

自分の立場も、部下の命も、家族の存在も、

すべてを承知したうえで、彼は頷いた。

軍の流れは、静かに傾き始めた。

表では、何も変わらない。

だが、水面下では、もう後戻りはできなかった。