■ 申し出
最初にこの城へ来たのは、月曜日だった。
そこから一週間が過ぎた。
夜間に喘息の発作は出ていない。
日中も、息苦しさを訴えることはなかった。
夕方、桜が私室を訪れる。
「順調ですね」
そう言って、少し表情を和らげる。
エリアナは頷いた。
「えぇ。今のところは」
部屋には、エーファもいる。
紅茶の準備を終え、部屋の端に控えていた。
桜が部屋を訪れるのは、平日だけだった。
月曜、火曜、木曜は夕方。
水曜は公休日で、昼に顔を出す。
金曜は、異世界へ戻る前に、昼ごろ短く立ち寄る。
その水曜日、
短い症状の確認を終えたあと、今日は時間があると桜が言った。
エリアナは、色々と尋ねた。
仕事のこと。
診療所のこと。
どうして、今ここにいるのか。
桜は、答えられる範囲で答えた。
気づけば、少し長く話していた。
それ以来、
体調の確認が終わったあとも、言葉が続くようになった。
城のこと。
診療所のこと。
桜は、敬意を保ったまま、
以前よりも自然に話すようになっていた。
そして、この日。
「最近、診療所での仕事が忙しくて」
「診療所主催で、城下町の医療関係者向けに行う勉強会も、
いずれは開かないといけないんですけど……
資料にまで、なかなか手が回らなくて」
桜はそう言って、少し苦笑いを浮かべた。
エリアナは、その言葉に反応する。
エーファは視線を上げたが、口は挟まない。
少し考えてから、エリアナが言った。
「……それでしたら」
桜が顔を向ける。
「書類仕事でしたら、私がお手伝いしましょうか」
桜は、思わず首を振った。
「いえ、そんな……エリアナ様にお手伝いを頼むなんて、とんでもないです」
即答だった。
エリアナは、想像していた反応だったのだろう。
困ったように微笑んだ。
「やはり、そう言われますわよね」
責める調子ではなかった。
むしろ、分かっていた、という声音だった。
「ですが……正直に申しますと」
一度、言葉を選ぶ。
「何もせずに過ごす時間が、少しつらくなってきました」
桜は、何も言わずに聞いていた。
「体調は落ち着いていますし、
こうして守られていることにも感謝しています。
けれど、一日が終わったときに、
何もしていないと感じるのは……」
言葉は、そこで途切れた。
桜は、その先を想像できてしまった。
以前、自分が診療所で働くようになる前、
同じように感じていた時間があったからだ。
「誰かの役に立ちたい、というより……」
エリアナは、静かに言葉を紡ぐ。
「ただ、ここにいる理由が欲しいのです。
……我がままですわね」
最後は、少し自嘲気味だった。
桜は、すぐには返事ができなかった。
「……私の判断では、決められません」
少し間を置いて、そう言う。
「医師や、警備の方とも相談が必要です。
ですので、まずはエルンスト医師に話してみます」
エリアナは、ほっとしたように息をついた。
「それで十分です。ありがとうございます」
桜は小さく頷いた。
断り切れなかった、というよりも、
断る理由が見つからなかった。
――――――――――
■ クロトの憂鬱
結界修正を終え、クロトはいつも通り、桜のために先に部屋の扉を開けた。
室内に異常はない。
結界の反応も安定している。
桜が一歩踏み出しかけたところで、足を止めた。
「クロトさん、少しお部屋でお話しても大丈夫ですか」
その言い方で、察しはついた。
急ぎではない。
だが、人に聞かせる内容でもない。
クロトは短く頷いた。
桜が先に中へ入り、扉の脇で立ち止まる。
クロトも室内へと続いた。
扉が閉まる。
「昨日、エリアナ様から相談を受けまして」
桜は、言葉を選ばずに話した。
書類仕事のこと。
何もせずに過ごす時間が、少しつらくなってきたという話。
自分にも何かできることはないか、という申し出。
「私の判断では決められませんので、
これからエルンスト医師に相談するつもりです」
「その前に、クロトさんにお会いしたので、
お話しした方が良いかと思って」
桜の声は落ち着いていた。
だが、同情している。
それは、責めるべきことではない。
むしろ、桜らしい。
クロトは一息ついた。
表に出ることのない、短いため息だった。
合理的に見れば、話は通せる。
書類仕事。
身分を伏せること。
行動範囲の制限。
警備を一元化できる利点もある。
だが、面倒が一つ増えるのも事実だった。
何かあれば、巻き込まれる。
そして、もし事態が悪化し、姫に何かあれば、
傷つくのは桜だ。
――過保護だと、自分でも分かっている。
その感覚を、誰かに話すつもりはない。
「承知しました」
クロトは、感情を挟まずに答えた。
「こちらからも、師団長へ話を通しておきます」
正式な判断は、医師と上の決定次第だ。
自分が関与できることではない。
「ありがとうございます」
桜は小さく頭を下げた。
「では」
用件は終わった。
クロトは一礼し、部屋を出る。
扉が閉まったあとも、しばらく、その場を離れなかった。
これ以上、桜が近づきすぎなければいいと願ってしまう。
それが彼女にとって、難しいことだと分かっていても。
――――――――――
■ 会議
会議は、短時間で設定された。
王、数名の重臣。
特別師団長。
そして、エルンスト医師。
すでに案件は共有されている。
異国の姫が、王宮診療所で書類業務を手伝いたいという申し出。
理由も、背景も、説明は尽くされていた。
かなり厄介な申し出ではあったが、
それを拒絶した場合に、どのような形で影響が残るのかは、読み切れなかった。
最初に口を開いたのは、内務卿だった。
「王宮内での活動であれば、前例がないわけではありません」
「ただし、身分を明かさないことが前提になります」
宰相が頷く。
「問題は警備と影響です」
「万が一にも、存在が外へ漏れるような事態は避けねばならない」
軍務卿が続けた。
「診療所は人の出入りが多い場所です」
「特別扱いをすれば、かえって目立つ」
特別師団長が、条件を整理する。
「姫には、身分を伏せていただきます」
「外見には変装を施す」
「加えて、クロト副師団長による結界で、印象を薄める措置を取ります」
「行動範囲は、巫女の動線に合わせる」
「警備は一元化し、追加配置は行いません」
そこで、エルンストが短く発言した。
「医療的には問題ありません」
「体調は安定しています」
「業務内容も、書類作業に限られます」
「診療所としては、支障はありません」
会議室が静まる。
最後に、王が口を開いた。
「では、先ほど提示された条件を前提として、承認しよう」
全員に視線を向ける。
「王宮診療所での業務に限る」
「運用は、警備と医療の判断を最優先とする」
異論は出なかった。
決定事項として、静かに記録される。
こうして、姫の申し出は、条件付きで認められた。
――――――――――
水曜日の午後。
桜は、予定通りであれば、正午近くに姫の部屋を訪れ、短く体調を確認することになっていた。
その予定について、部屋担当の護衛騎士から連絡が入った。
「本日は、姫の部屋へ向かわれる時間を、少し遅らせていただけますか」
理由は簡潔だった。
午前中に行われた会議で、姫の申し出が条件付きで承認されたこと。
その内容を、正式に伝える場が設けられること。
「副師団長が説明に入ります」
「サクラ様にも、同席をお願いしたいとのことです」
訪問の時間は、十五時ごろになるという。
桜は短く頷いた。
――――――――――
■ 伝達
午後、指定された時刻に、桜はエリアナの部屋を訪れた。
すでにクロトが来ている。
部屋の空気は、どこか改まっていた。
エーファは控え、いつもより一歩引いた位置に立っている。
桜が入室すると、クロトは一礼した。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
形式的な挨拶だった。
それだけで、この場が私的なものではないと分かる。
クロトはエリアナに向き直る。
「本日午前中に、関係各所で協議が行われました」
「エリアナ様からの、王宮診療所での業務参加のご希望についてです」
声は落ち着いていた。
感情を含ませない、説明の声。
「結論から申し上げます」
「条件付きではありますが、申し出は認められました」
エリアナは、わずかに目を見開いたあと、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
それ以上の反応はなかった。
驚きも、喜びも、控えめだった。
クロトは続ける。
「業務内容は、書類作業に限られます」
「場所は王宮診療所内のみ」
「勤務時間は、サクラ様と同様とさせていただきます」
一つひとつ、確認するように告げる。
「身分は伏せていただきます」
「外見には最低限の変装を施します」
「加えて、私の結界により、周囲の印象を薄める措置を取ります」
エリアナは、途中で口を挟むことはなかった。
理解している、という態度だった。
「行動範囲も、サクラ様の動線に合わせます」
「警備は一元化します。診療所内では、
サクラ様の通常警備に含める形で対応します」
そこで、ほんの一瞬だけ、間が置かれた。
「以上が、今回の決定事項です」
クロトは一礼した。
それで説明は終わりだった。
エリアナは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……想像していた以上に、丁寧な条件です」
「配慮していただいたこと、感謝いたします」
視線が、桜に向く。
「サクラ様にも、ご迷惑をおかけしますわね」
桜は慌てて首を振った。
「いえ、私は何もしていません」
「でも、希望が通って、私も嬉しいです」
それは、正直な言葉だった。
エリアナは、ふっと微笑んだ。
「ありがとう」
クロトは、そのやり取りを、表情を変えずに聞いていた。
「開始時期や具体的な運用、エリアナ様の仮の身分については、
後日、関係各所と調整します」
「本日は、決定の伝達のみとさせてください」
そう告げて、場を締める。
「では、私はこれで」
「はい。ありがとうございます」
桜が何気なく返した一言に、
クロトの雰囲気が、ほんの一瞬だけ変わった。
エリアナは、その場でふと視線を留めた。
――――――――――
■ 勤務の条件
エリアナが王宮診療所で文書業務に携わることが、条件付きで認められた。
業務内容は、早期動作訓練の導入に伴う資料作成および書類整理。
表向きの身分は、王宮に行儀見習いとして滞在している辺境貴族の娘とされ、
診療所の文書業務を補助する職員として派遣される、という扱いになる。
勤務時間は桜と同程度とするが、
出勤は桜より遅く、退勤は桜より早い時間帯とし、
出退勤はいずれも時間をずらして行われる。
出退勤の際には、周囲に気取られない形で警護が付く。
診療所内では、既存の警備体制に組み込まれ、
追加の警備は置かず、配置は従来どおり1名とした。
外見には最低限の変装が施され、
加えて、クロトによる結界によって、周囲に強い印象を残さない措置が取られる。
これらの条件は、関係各所と調整し定められたものであり、
今後は、この運用を前提として進められることになった。
最初にこの城へ来たのは、月曜日だった。
そこから一週間が過ぎた。
夜間に喘息の発作は出ていない。
日中も、息苦しさを訴えることはなかった。
夕方、桜が私室を訪れる。
「順調ですね」
そう言って、少し表情を和らげる。
エリアナは頷いた。
「えぇ。今のところは」
部屋には、エーファもいる。
紅茶の準備を終え、部屋の端に控えていた。
桜が部屋を訪れるのは、平日だけだった。
月曜、火曜、木曜は夕方。
水曜は公休日で、昼に顔を出す。
金曜は、異世界へ戻る前に、昼ごろ短く立ち寄る。
その水曜日、
短い症状の確認を終えたあと、今日は時間があると桜が言った。
エリアナは、色々と尋ねた。
仕事のこと。
診療所のこと。
どうして、今ここにいるのか。
桜は、答えられる範囲で答えた。
気づけば、少し長く話していた。
それ以来、
体調の確認が終わったあとも、言葉が続くようになった。
城のこと。
診療所のこと。
桜は、敬意を保ったまま、
以前よりも自然に話すようになっていた。
そして、この日。
「最近、診療所での仕事が忙しくて」
「診療所主催で、城下町の医療関係者向けに行う勉強会も、
いずれは開かないといけないんですけど……
資料にまで、なかなか手が回らなくて」
桜はそう言って、少し苦笑いを浮かべた。
エリアナは、その言葉に反応する。
エーファは視線を上げたが、口は挟まない。
少し考えてから、エリアナが言った。
「……それでしたら」
桜が顔を向ける。
「書類仕事でしたら、私がお手伝いしましょうか」
桜は、思わず首を振った。
「いえ、そんな……エリアナ様にお手伝いを頼むなんて、とんでもないです」
即答だった。
エリアナは、想像していた反応だったのだろう。
困ったように微笑んだ。
「やはり、そう言われますわよね」
責める調子ではなかった。
むしろ、分かっていた、という声音だった。
「ですが……正直に申しますと」
一度、言葉を選ぶ。
「何もせずに過ごす時間が、少しつらくなってきました」
桜は、何も言わずに聞いていた。
「体調は落ち着いていますし、
こうして守られていることにも感謝しています。
けれど、一日が終わったときに、
何もしていないと感じるのは……」
言葉は、そこで途切れた。
桜は、その先を想像できてしまった。
以前、自分が診療所で働くようになる前、
同じように感じていた時間があったからだ。
「誰かの役に立ちたい、というより……」
エリアナは、静かに言葉を紡ぐ。
「ただ、ここにいる理由が欲しいのです。
……我がままですわね」
最後は、少し自嘲気味だった。
桜は、すぐには返事ができなかった。
「……私の判断では、決められません」
少し間を置いて、そう言う。
「医師や、警備の方とも相談が必要です。
ですので、まずはエルンスト医師に話してみます」
エリアナは、ほっとしたように息をついた。
「それで十分です。ありがとうございます」
桜は小さく頷いた。
断り切れなかった、というよりも、
断る理由が見つからなかった。
――――――――――
■ クロトの憂鬱
結界修正を終え、クロトはいつも通り、桜のために先に部屋の扉を開けた。
室内に異常はない。
結界の反応も安定している。
桜が一歩踏み出しかけたところで、足を止めた。
「クロトさん、少しお部屋でお話しても大丈夫ですか」
その言い方で、察しはついた。
急ぎではない。
だが、人に聞かせる内容でもない。
クロトは短く頷いた。
桜が先に中へ入り、扉の脇で立ち止まる。
クロトも室内へと続いた。
扉が閉まる。
「昨日、エリアナ様から相談を受けまして」
桜は、言葉を選ばずに話した。
書類仕事のこと。
何もせずに過ごす時間が、少しつらくなってきたという話。
自分にも何かできることはないか、という申し出。
「私の判断では決められませんので、
これからエルンスト医師に相談するつもりです」
「その前に、クロトさんにお会いしたので、
お話しした方が良いかと思って」
桜の声は落ち着いていた。
だが、同情している。
それは、責めるべきことではない。
むしろ、桜らしい。
クロトは一息ついた。
表に出ることのない、短いため息だった。
合理的に見れば、話は通せる。
書類仕事。
身分を伏せること。
行動範囲の制限。
警備を一元化できる利点もある。
だが、面倒が一つ増えるのも事実だった。
何かあれば、巻き込まれる。
そして、もし事態が悪化し、姫に何かあれば、
傷つくのは桜だ。
――過保護だと、自分でも分かっている。
その感覚を、誰かに話すつもりはない。
「承知しました」
クロトは、感情を挟まずに答えた。
「こちらからも、師団長へ話を通しておきます」
正式な判断は、医師と上の決定次第だ。
自分が関与できることではない。
「ありがとうございます」
桜は小さく頭を下げた。
「では」
用件は終わった。
クロトは一礼し、部屋を出る。
扉が閉まったあとも、しばらく、その場を離れなかった。
これ以上、桜が近づきすぎなければいいと願ってしまう。
それが彼女にとって、難しいことだと分かっていても。
――――――――――
■ 会議
会議は、短時間で設定された。
王、数名の重臣。
特別師団長。
そして、エルンスト医師。
すでに案件は共有されている。
異国の姫が、王宮診療所で書類業務を手伝いたいという申し出。
理由も、背景も、説明は尽くされていた。
かなり厄介な申し出ではあったが、
それを拒絶した場合に、どのような形で影響が残るのかは、読み切れなかった。
最初に口を開いたのは、内務卿だった。
「王宮内での活動であれば、前例がないわけではありません」
「ただし、身分を明かさないことが前提になります」
宰相が頷く。
「問題は警備と影響です」
「万が一にも、存在が外へ漏れるような事態は避けねばならない」
軍務卿が続けた。
「診療所は人の出入りが多い場所です」
「特別扱いをすれば、かえって目立つ」
特別師団長が、条件を整理する。
「姫には、身分を伏せていただきます」
「外見には変装を施す」
「加えて、クロト副師団長による結界で、印象を薄める措置を取ります」
「行動範囲は、巫女の動線に合わせる」
「警備は一元化し、追加配置は行いません」
そこで、エルンストが短く発言した。
「医療的には問題ありません」
「体調は安定しています」
「業務内容も、書類作業に限られます」
「診療所としては、支障はありません」
会議室が静まる。
最後に、王が口を開いた。
「では、先ほど提示された条件を前提として、承認しよう」
全員に視線を向ける。
「王宮診療所での業務に限る」
「運用は、警備と医療の判断を最優先とする」
異論は出なかった。
決定事項として、静かに記録される。
こうして、姫の申し出は、条件付きで認められた。
――――――――――
水曜日の午後。
桜は、予定通りであれば、正午近くに姫の部屋を訪れ、短く体調を確認することになっていた。
その予定について、部屋担当の護衛騎士から連絡が入った。
「本日は、姫の部屋へ向かわれる時間を、少し遅らせていただけますか」
理由は簡潔だった。
午前中に行われた会議で、姫の申し出が条件付きで承認されたこと。
その内容を、正式に伝える場が設けられること。
「副師団長が説明に入ります」
「サクラ様にも、同席をお願いしたいとのことです」
訪問の時間は、十五時ごろになるという。
桜は短く頷いた。
――――――――――
■ 伝達
午後、指定された時刻に、桜はエリアナの部屋を訪れた。
すでにクロトが来ている。
部屋の空気は、どこか改まっていた。
エーファは控え、いつもより一歩引いた位置に立っている。
桜が入室すると、クロトは一礼した。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
形式的な挨拶だった。
それだけで、この場が私的なものではないと分かる。
クロトはエリアナに向き直る。
「本日午前中に、関係各所で協議が行われました」
「エリアナ様からの、王宮診療所での業務参加のご希望についてです」
声は落ち着いていた。
感情を含ませない、説明の声。
「結論から申し上げます」
「条件付きではありますが、申し出は認められました」
エリアナは、わずかに目を見開いたあと、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
それ以上の反応はなかった。
驚きも、喜びも、控えめだった。
クロトは続ける。
「業務内容は、書類作業に限られます」
「場所は王宮診療所内のみ」
「勤務時間は、サクラ様と同様とさせていただきます」
一つひとつ、確認するように告げる。
「身分は伏せていただきます」
「外見には最低限の変装を施します」
「加えて、私の結界により、周囲の印象を薄める措置を取ります」
エリアナは、途中で口を挟むことはなかった。
理解している、という態度だった。
「行動範囲も、サクラ様の動線に合わせます」
「警備は一元化します。診療所内では、
サクラ様の通常警備に含める形で対応します」
そこで、ほんの一瞬だけ、間が置かれた。
「以上が、今回の決定事項です」
クロトは一礼した。
それで説明は終わりだった。
エリアナは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……想像していた以上に、丁寧な条件です」
「配慮していただいたこと、感謝いたします」
視線が、桜に向く。
「サクラ様にも、ご迷惑をおかけしますわね」
桜は慌てて首を振った。
「いえ、私は何もしていません」
「でも、希望が通って、私も嬉しいです」
それは、正直な言葉だった。
エリアナは、ふっと微笑んだ。
「ありがとう」
クロトは、そのやり取りを、表情を変えずに聞いていた。
「開始時期や具体的な運用、エリアナ様の仮の身分については、
後日、関係各所と調整します」
「本日は、決定の伝達のみとさせてください」
そう告げて、場を締める。
「では、私はこれで」
「はい。ありがとうございます」
桜が何気なく返した一言に、
クロトの雰囲気が、ほんの一瞬だけ変わった。
エリアナは、その場でふと視線を留めた。
――――――――――
■ 勤務の条件
エリアナが王宮診療所で文書業務に携わることが、条件付きで認められた。
業務内容は、早期動作訓練の導入に伴う資料作成および書類整理。
表向きの身分は、王宮に行儀見習いとして滞在している辺境貴族の娘とされ、
診療所の文書業務を補助する職員として派遣される、という扱いになる。
勤務時間は桜と同程度とするが、
出勤は桜より遅く、退勤は桜より早い時間帯とし、
出退勤はいずれも時間をずらして行われる。
出退勤の際には、周囲に気取られない形で警護が付く。
診療所内では、既存の警備体制に組み込まれ、
追加の警備は置かず、配置は従来どおり1名とした。
外見には最低限の変装が施され、
加えて、クロトによる結界によって、周囲に強い印象を残さない措置が取られる。
これらの条件は、関係各所と調整し定められたものであり、
今後は、この運用を前提として進められることになった。

