■庭園――最初の贈り物
王宮の庭園は、昼を過ぎると人影が少なくなる。
風に揺れる木々の音だけが、静かに耳に届いていた。
ノインは、約束の時刻より少し早めに、庭園の奥に立っていた。
手にしているのは、小さな包み。
中身は、焼き菓子だ。
甘さは控えめで、香りも強すぎないものを選んだ。
(……落ち着け)
巡回や警備の前とは違う緊張が、胸の奥に残っている。
それでも、それを表に出さないよう意識して、肩の力を抜いた。
足音が近づく。
顔を上げると、エーファがそこにいた。
いつもと変わらない制服姿。
けれど、視線が合った瞬間、ほんのわずかに歩調が緩む。
「……お時間、ありがとうございます」
声が、わずかに硬い。
ノインはそれに気づき、すぐに言葉を続けた。
「この前は、ハーブティーをいただいて」
「とても助かりました」
包みを差し出す。
押しつけにならないよう、距離を保ったまま。
エーファは一瞬ためらい、それから両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「……お気遣い、嬉しいです」
その言葉に、ノインは内心で小さく息をついた。
「甘いものが苦手でしたら、すみません」
「いえ」
エーファは小さく首を振り、控えめな笑みを浮かべる。
「甘いものは、好きです」
短い会話。
それでも、不思議と気まずさはなかった。
別れ際、エーファが少し考えてから口を開く。
「……もしよろしければ」
「今度は、また私の方から」
「良さそうなハーブティーがあれば、お渡ししますね」
ノインは少し驚き、それから穏やかに頷いた。
「……はい」
「ありがとうございます」
それ以上、言葉は続かなかった。
けれど、「次」が、確かにそこにあった。
――――――――――
■二度目――返礼
次に会う日は、きちんと日時を決めた。
約束の時刻、エーファは小さな缶を手に現れた。
「この前、お話ししていたものです」
「眠りを助ける配合で」
「……強すぎないようにしました」
ノインはそれを受け取り、静かに頷く。
「ありがとうございます」
一瞬、言葉に迷ってから続けた。
「……使い方を、教えていただいてもよろしいですか?」
エーファは少し驚いたように目を瞬かせ、それから丁寧に説明を始める。
「お湯は、少し冷ましてからの方が」
「香りが、柔らかくなります」
同じものの話をしている。
それだけで、十分だった。
――――――――――
■三度目――返し合うこと
数日後。
ノインは、果実の砂糖漬けを用意した。
保存が利くもの。
仕事の合間でも口にできるもの。
「……いただいたので」
そう言って、包みを差し出す。
言い訳めいた言葉だったが、声は前より落ち着いていた。
「今度は、こちらから」
エーファは包みを受け取り、素直に頷いた。
「ありがとうございます」
両手で包みを持ち、少しだけ表情を和らげる。
「……大切にします」
その様子を見て、ノインは思わず口元を緩めそうになり、慌てて表情を整えた。
少しの沈黙。
「……ご迷惑でなければ」
エーファが、控えめに続ける。
「こうして、やり取りを続けられたら」
ノインは一瞬だけ目を瞬かせ、それから、ゆっくりと頷いた。
「……自分も」
「そう思っていました」
エーファは、ほっとしたように息をつき、小さく笑った。
――――――――――
■最後――返せない贈り物
その日も、庭園だった。
エーファが差し出したハーブティーを、ノインは受け取る。
「……ありがとうございます」
言ってから、ほんの少しだけ間を置く。
「ただ」
「次は」
「……お返しに、時間がかかりそうです」
声は落ち着いていた。
理由を語ることはできない。
表情にも出さないよう、意識した。
数日前、ノインは呼び出された。
師団長と、副師団長だけが同席する場だった。
そこで初めて、任務を知らされた。
特別師団はすでに、第4師団の密偵任務に関わっている。
前に出るのではなく、あくまで補助。
何かあった時に、密偵を逃がすための役割。
今回、ノインに下ったのは、その交代要員だった。
最近、師団の動きがいつもより慌ただしいとは感じていた。
だが、こんな事態になっているとは思ってもみなかった。
魔物と交戦する任務ではない。
だからこそ、より厄介であることが予測された。
潜伏中の密偵と合流し、状況次第では、そのまま離脱を支援する。
戻れる保証はない。
実力と、何より目立たなさ。
その両方を見込まれての判断だと、ノインは理解していた。
エーファの表情が、ほんのわずかに揺れる。
「……そう、ですか」
それ以上、何も尋ねてこなかった。
少しの沈黙のあと、エーファは胸元に手を伸ばし、小さな石を取り出した。
紐を通した、控えめなお守り。
「……でしたら」
「これを」
ノインは、思わず目を見開く。
「それは……」
「私が、ずっと持っていたものです」
「お返しは、いりません」
理由は語られない。
けれど、その目は、静かに察していた。
ノインは一瞬迷い、それから、ゆっくりと受け取る。
「……ありがとうございます」
「大切にします」
それだけで、精一杯だった。
別れ際、エーファは一度だけ振り返る。
「……どうか、お気をつけて」
ノインは頷き、軽く手を挙げた。
庭園に一人残ってから、
ノインは手の中のお守り石を、強く握りしめた。
王宮の庭園は、昼を過ぎると人影が少なくなる。
風に揺れる木々の音だけが、静かに耳に届いていた。
ノインは、約束の時刻より少し早めに、庭園の奥に立っていた。
手にしているのは、小さな包み。
中身は、焼き菓子だ。
甘さは控えめで、香りも強すぎないものを選んだ。
(……落ち着け)
巡回や警備の前とは違う緊張が、胸の奥に残っている。
それでも、それを表に出さないよう意識して、肩の力を抜いた。
足音が近づく。
顔を上げると、エーファがそこにいた。
いつもと変わらない制服姿。
けれど、視線が合った瞬間、ほんのわずかに歩調が緩む。
「……お時間、ありがとうございます」
声が、わずかに硬い。
ノインはそれに気づき、すぐに言葉を続けた。
「この前は、ハーブティーをいただいて」
「とても助かりました」
包みを差し出す。
押しつけにならないよう、距離を保ったまま。
エーファは一瞬ためらい、それから両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「……お気遣い、嬉しいです」
その言葉に、ノインは内心で小さく息をついた。
「甘いものが苦手でしたら、すみません」
「いえ」
エーファは小さく首を振り、控えめな笑みを浮かべる。
「甘いものは、好きです」
短い会話。
それでも、不思議と気まずさはなかった。
別れ際、エーファが少し考えてから口を開く。
「……もしよろしければ」
「今度は、また私の方から」
「良さそうなハーブティーがあれば、お渡ししますね」
ノインは少し驚き、それから穏やかに頷いた。
「……はい」
「ありがとうございます」
それ以上、言葉は続かなかった。
けれど、「次」が、確かにそこにあった。
――――――――――
■二度目――返礼
次に会う日は、きちんと日時を決めた。
約束の時刻、エーファは小さな缶を手に現れた。
「この前、お話ししていたものです」
「眠りを助ける配合で」
「……強すぎないようにしました」
ノインはそれを受け取り、静かに頷く。
「ありがとうございます」
一瞬、言葉に迷ってから続けた。
「……使い方を、教えていただいてもよろしいですか?」
エーファは少し驚いたように目を瞬かせ、それから丁寧に説明を始める。
「お湯は、少し冷ましてからの方が」
「香りが、柔らかくなります」
同じものの話をしている。
それだけで、十分だった。
――――――――――
■三度目――返し合うこと
数日後。
ノインは、果実の砂糖漬けを用意した。
保存が利くもの。
仕事の合間でも口にできるもの。
「……いただいたので」
そう言って、包みを差し出す。
言い訳めいた言葉だったが、声は前より落ち着いていた。
「今度は、こちらから」
エーファは包みを受け取り、素直に頷いた。
「ありがとうございます」
両手で包みを持ち、少しだけ表情を和らげる。
「……大切にします」
その様子を見て、ノインは思わず口元を緩めそうになり、慌てて表情を整えた。
少しの沈黙。
「……ご迷惑でなければ」
エーファが、控えめに続ける。
「こうして、やり取りを続けられたら」
ノインは一瞬だけ目を瞬かせ、それから、ゆっくりと頷いた。
「……自分も」
「そう思っていました」
エーファは、ほっとしたように息をつき、小さく笑った。
――――――――――
■最後――返せない贈り物
その日も、庭園だった。
エーファが差し出したハーブティーを、ノインは受け取る。
「……ありがとうございます」
言ってから、ほんの少しだけ間を置く。
「ただ」
「次は」
「……お返しに、時間がかかりそうです」
声は落ち着いていた。
理由を語ることはできない。
表情にも出さないよう、意識した。
数日前、ノインは呼び出された。
師団長と、副師団長だけが同席する場だった。
そこで初めて、任務を知らされた。
特別師団はすでに、第4師団の密偵任務に関わっている。
前に出るのではなく、あくまで補助。
何かあった時に、密偵を逃がすための役割。
今回、ノインに下ったのは、その交代要員だった。
最近、師団の動きがいつもより慌ただしいとは感じていた。
だが、こんな事態になっているとは思ってもみなかった。
魔物と交戦する任務ではない。
だからこそ、より厄介であることが予測された。
潜伏中の密偵と合流し、状況次第では、そのまま離脱を支援する。
戻れる保証はない。
実力と、何より目立たなさ。
その両方を見込まれての判断だと、ノインは理解していた。
エーファの表情が、ほんのわずかに揺れる。
「……そう、ですか」
それ以上、何も尋ねてこなかった。
少しの沈黙のあと、エーファは胸元に手を伸ばし、小さな石を取り出した。
紐を通した、控えめなお守り。
「……でしたら」
「これを」
ノインは、思わず目を見開く。
「それは……」
「私が、ずっと持っていたものです」
「お返しは、いりません」
理由は語られない。
けれど、その目は、静かに察していた。
ノインは一瞬迷い、それから、ゆっくりと受け取る。
「……ありがとうございます」
「大切にします」
それだけで、精一杯だった。
別れ際、エーファは一度だけ振り返る。
「……どうか、お気をつけて」
ノインは頷き、軽く手を挙げた。
庭園に一人残ってから、
ノインは手の中のお守り石を、強く握りしめた。

