役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

三国の重臣が集まる場所は、
地図にも記されない、目立たない建物だった。

場所は、ゼフィーリア国内。
大国に異変の兆しが見え始めてから、
この場所は、三国の外務を預かる者たちにとって、
頻繁に使われるようになっていた。

室内の魔法陣が、静かに光る。
順に、人影が現れる。

ゼフィーリア王国の外務大臣、アルト・ヴァルハルト。
ルメリア公国の外務大臣。落ち着いた佇まいの、六十代ほどの女性。
カスティア王国の外務大臣。無駄のない動きをする、五十代ほどの男性。

扉の外には、それぞれの国から同行した護衛騎士が立つ。
誰一人、会議室には入らない。

この場で交わされる話を、
聞いていい立場の人間はいなかった。

扉が閉まった瞬間、
空気がわずかに変わる。

クロトの魔力による結界が、室内を覆った。
音も、気配も、外には漏れない。

「では、現状の確認から始めましょう」

アルトが、淡々と口を開く。

「各国とも、すでに人は出していますね」

それは、責めでも命令でもなかった。
事実の確認にすぎない。

ルメリアの外務大臣が、静かに頷く。

「ええ。
ただし、深くは踏み込んでいません」

「こちらも同様です」

カスティアの外務大臣が続ける。

「表向きは、通常の情報収集の範囲内に留めています」

三国とも、密偵を動かしている。
この情勢下では、それ自体は特別なことではなかった。

ただし――。

「ゼフィーリアは、
他国より一歩、踏み込んでいます」

アルトが、先にそう告げた。

「危険度の高い確認作業は、
こちらで引き受けています」

一瞬、言葉が途切れた。

それが何を意味するのか、
この場にいる全員が理解していた。

「報告は受けています」

ルメリアの外務大臣が、静かに応じる。

カスティアの外務大臣も、小さく頷いた。

ゼフィーリアの騎士団が担っている役割の重さ。
その戦力差と、踏み込める範囲の違い。

誰も、口に出しては言わない。

これから先、
大国が立て直されるとしたら、
中心に立つことになる人物が、生きているかどうか。

その存在を確かめること。
そして、確かめた事実を、
不用意に外へ漏らさないこと。

「表では、何も知らない」

カスティアの外務大臣が、指を組む。

「それが、我々の立場です」

「ええ」

アルトが頷く。

「誰かを表で守るつもりはありません」

「動かすのは、本人です」

――アレクシオス。

その名は、口には出されない。
だが、誰もが同じ人物を思い浮かべていた。

「我々がするのは、少しだけです」

ルメリアの外務大臣が、淡々と言う。

「余計な情報を流さない」
「逃げ道を塞がない」
「人が消えないように、目を逸らさない」

具体的な手順や日程が、
この場で決められることはなかった。

ここで揃えられたのは、
それぞれの国が、どこまで関与し、
どこから踏み込まないか――
その線引きだけだ。

ここにいるのは、
ただ、
最悪を、ほんの少しだけ遅らせたい者たちだった。

「では」

アルトが立ち上がる。

「この件については、これまで通り」

――深く関与しない。
――だが、手助けはする。

それだけが、共有された。

扉が開き、
待機していた騎士たちが、無言で動き出す。

魔法陣が再び光り、
外務大臣たちは、それぞれの国へ戻っていった。