『にゃんカフェ、雪消(ゆきげ)』に出会ったのは、雪がしんしんと静かに降り積もる夜だった。
***
朝、電車で会社に向かう時。スマホで昨晩来ていたメールの件名を眺めていた。
「第12回N出版恋愛小説コンテスト 「夕暮れの刹那」佳作入賞のお知らせ」
届いた文章の内容を読み進めていくと指が震えてきた。現実ではないような気がして、画面を何度も何度もスクロールした。
――本当? 私なんかが受賞?
疑いながらも何度も繰り返し読んでいるうちに、胸の奥が、じわりと熱くなってきた。三年近く、誰にも言わずにこっそりと書いて応募していた小説コンテスト。仕事終わりに、疲れた目をこすりながらキーボードを叩き、嫌なことがあって書きたくない気分でも、毎日百文字は書こうと決めていたから、気分が乗らなくても書いていた。投稿サイトの閲覧数が少し増えてもコメントはほとんどなくて、つまらないのかなと落ち込むことも多々あった。
それでも「いつか、誰かの心に届いたら」って、信じて、信じようという気持ちに意識を向けてなんとか続けてきた。
通知が来た瞬間、涙がこみ上げそうになってきていた。今も思い出すだけで電車の窓に映る自分の顔が泣きそうになって歪んだ表情に変わっていくのが見えた。
嬉しくて、本当に嬉しくて――。
*
会社の昼休み、隣の彩花がコーヒーを片手に声をかけてきた。
「遥、なんか今日……いいことあった?」
私の肩がびくっとした。
心臓がどくんと鳴って、喉が詰まった。言いたい。
「小説のコンテスト、入賞したんだよ」って。
でも口を開いた瞬間に、違う言葉が出てきた。
「いや、別に……いつもと何も変わらないよ」
「そっか。何となく嬉しそうにみえたけど、気のせいだったか……」
彩花は軽く微笑むと、自分のスマホに視線を向けた。
私はデスクの下でぎゅっと拳に力を込めた。最近一番色々な話をしている彩花にさえも言えなかった。言ったら、きっと「すごい!」って言ってくれるかもしれない。「おめでとう!」て言葉をかけてくれるかもしれない。
でもそのあとすぐに、例えば「私も子どもの幼稚園でさ……」って話題が変わって、私の喜びが一瞬で誰かの日常の隙間に埋もれてしまう気がした。
それが怖くて今、言えなかったのかな。私は受賞して何を得たかったのだろう。そもそもそんなに凄くないことかもな。
胸の奥がずしんと重くなった。この受賞という結果は誰に伝えたらいいんだろう、誰かに伝えられるのかな?
母に? 父の体調が悪い今、負担になるだけだ。それともやっぱり目の前の彩花に?彼女は今、子どものことで頭がいっぱいだ。
他のあまり私に興味のない人たちはきっと「へー、すごいね」で終わって、すぐに話題が変わるだろう。
……誰も、本気で喜んでくれないかもしれない。
そう思うと、喜びが急に薄まって、代わりに虚しさが広がった。別に自分がやりたくてやっていることだから、こんなことで虚しくなる必要なんてないのにな。矛盾していて、なんか複雑な気分。
誰にも共有できないから、本当に受賞したのかな?って気持ちになってきて、嬉しいのかさえも分からなくなってきた。
*
仕事が終わって帰る時間。電車を降りると駅の近くにあるコンビニで缶チューハイとチョコレートを買った。袋をぶら下げて歩きながら住んでいるアパートに向かうために夜道を歩いた。途中で立ち止まり、なんとなく通りすがりにある公園の中に入る。そして、ベンチに座ると受賞した作品が置いてある小説投稿サイトを開いてみた。
自分の小説が書いてあるページは、受賞の結果が載っているためか、いつもよりも少しだけ反応が多い。反応があると受賞できて良かったなと気持ちが再びよみがえってくる。
続けてSNSを眺めた。受賞したことを呟こうか迷っていた。書きかけたけれど結局指は止まり、削除ボタンを押した。いつも自分のことを書きかけては、マイナスないらないことばかり考えてしまい消してしまうのが癖。結局最近のSNSは読み専になっている状況だ。
SNSで呟いたら、誰かが「おめでとう」って言ってくれるかもしれない。
でも、もし誰も反応しなかったら?
想像しただけで、虚しさが込み上げて胸がずきりと痛んだ。
さっきコンビニで買ったものが入っている袋の中を覗く。
「今日は自分にご褒美……」と、いつもよりも高いチューハイとチョコレートを買っていた。
「さて、帰ろうかな」
公園から出た時だった。立ちくらみかな? 一瞬頭がふらっとして目の前が真っ白になった。
視界が戻ってきた時、不思議な光景を目の当たりにした。
目の前が真っ白。でもそれは立ちくらみかなと思わせるようなものではなくて、雪。雪しかない景色が目の前に広がっていた。
いきなり場所が変わって、不思議だったけれど怖くはなかった。少し前方には、あたたかくて明るいオレンジ色の光が見えた。その光に導かれるように私は進んでいく。
いつもいる場所よりも雪が積もって、足元がふかふかしていて、足音が吸い込まれるように消えていく。
『にゃんカフェ、雪消(ゆきげ)』
猫の茶色の影が描かれたイラストの中に白い文字で店名が書かれている白い看板。それが木のぬくもりを感じる小さな店の頭に飾ってあった。
カフェやレストランなどの飲食店には普段は調べてから行くから、あんまり知らない店には入らないけれど。今は、吸い込まれるように中へ。
暖かい店内に入ると、リンリンと小さなベルが可愛い音で鳴る。店内は甘い香りとバターが混ざったような匂いがふわっと広がって、心のざわつきが少し溶かされるように癒された。
店の奥側で、真っ白な毛並みの子猫が、ぴょんぴょんと跳ねたり踊ったりしている。
そして壁に備え付けられている棚の上には、シマエナガが二羽寄り添うようにとまっている。
カウンターの方から視線を感じた。見ると白いエプロンを身につけ、胸元に『店長』と書かれている名札をつけた一匹の白猫がこちらを見てお辞儀をしてきた。
店長はこの猫さんなのか――。
私もお辞儀をすると、カウンターから出てきた白猫の店長に、窓際の席を案内された。
窓から外を覗くと、きらめく街並みが見えた。どうやらここは山の上らしい。驚きもあるけれど、ここが見知らぬ山だという真実はすっと私の中に入ってきた。夢の中にいるような感覚になっていて、少しぼんやりとしていたから。
「あぁ、ここは山なのか。山の上にワープしたのか」ぐらいに思うぐらいだった。
「景色、鮮やかできれいでしょ?」と、店長が話しかけてきた。
「はい、綺麗ですね」
なんとなく目に映っているだけだった景色が、店長のひと言で、綺麗に見えてきた。なかなか日常でこんな景色を観られる機会はないな――私はその景色を目に焼き付けようと、じっと眺めた。
「なにか、いいことがありました?」
店長は人の心が読めるのだろうか。あんまり親しくないから言葉がこぼれたのか、それとも店長が言いやすい雰囲気をまとっていたからか分からないけれど、私はついぽろっと質問の答えを素直にこぼした。
「……小説のコンテスト、入賞したんですけど」と。
でも言い終わってから、言わなくても良かったなと考える。興味の無さそうな上っ面だけの薄い反応が返ってくるのかなと、少し怖くなったから。だけど実際の反応は予想外だった。
「すごいですね。おめでとうございます! 少々お待ちくださいますか?」
「あ、はい……」
店長は明るい声でそう言うと、カウンターの奥にあるキッチンに消えた。遊んでいた子猫も店長に続き、キッチンの中に入っていった。
しばらくするとケーキが乗ったお皿を丁寧に、店長と子猫が運んできた。ケーキはふわふわのスポンジに、鮮やかないちごがたっぷり乗っていて、私の知っているどんなケーキよりも、不思議と愛情がこもっているように見えた。
中心部には丸みのあるチョコプレートが。そして白いチョコペンで、丁寧に文字が書いてあった。
「入賞おめでとう、よくがんばったね」と。
……え?
胸がはち切れそうなくらいにキュッとなった。鼻の奥が痛く熱くなる。そして、視界が涙で滲んだ。
がんばったね――残っている記憶の中では、誰にも言われたことはなかったかも。母にも。父にも。友達にも。
胸の奥の方の、ずっと渇いていた部分が湿る。そして、温かいものが噴水のように、胸の奥から溢れてきて、止まらない。
涙が、ぽろぽろと頰を伝う。
誰かの前で泣くことは恥ずかしくて。でも……すごく、すごく嬉しくて。
小説を書いている自分が、認められた気がした。自分の努力が「無駄じゃなかった」って、思えた気がした。
「こんな小さなことで、こんなに美味しそうで、素敵なケーキを……いいんですか?」
「でも、あなたにとっては小さなことではないのでしょ? そもそも、大きさなんて関係ないですよ」
店主は、優しく微笑んだ。
「どんな小さなことでも、自分にとって嬉しい出来事であれば、いつでも祝っていいと思うにゃん。わたしたちも一緒に祝うにゃん。ここはそんなカフェであります」と、子猫も言ってくれた。
シマエナガが小さなピンク色の花を加えて近くに来た。入口付近に置いてあった、小さな花瓶に刺してあった花だ。そして花をお皿に添えた。
ケーキに花が加わると、お皿の上の華やかさが増した。
更に子猫がベージュ色の鍵盤ハーモニカを準備し、お祝いの曲を弾いてくれた。
優しい雰囲気に包まれ、とても幸せな気持ちになった。
「……みんな、ありがとう。ありがとうございます」
声が、涙で震えていた。
「ケーキ、わたしも食べたいにゃん」と言いながら子猫は小皿とフォークを持ってきた。
子猫の可愛い姿に、自然と笑みが溢れてくる。
「美味しそうですね。では、いただきます」
ここのカフェは、心の奥のもやもやを綺麗に溶かし、気持ちを浄化してくれた。終始笑顔のまま私は、幸せで貴重な時間を過ごせた。
☆。.:*・゜
外に出ると、雪がやんでいた。
結構カフェに長くいたかも。
今何時だろう。
『19時20分』
時間、全く進んでいないっぽい?
振り向いてカフェを見つめた。オレンジ色の灯りが、背中を優しく押してくれるようだった。
やっぱり私は小説を書くことが好きだ。
これからも書き続ける。
「好きだから小説書いてるのに。私は、なぜくよくよしていたのだろう。これからは、自信をもっと持って頑張ろう! そして、受賞報告を周りにしてみようかな――」
*
店長、子猫、シマエナガは遥の後ろ姿を、遥が消えるまで外で見守った。
「遥ちゃん、大きくなったな」
「店長の知り合いなのかにゃ?」
「うん、そうだよ。私にとっては命の恩人だ」
「いのちのおんじん?」
店長はゆっくりと頷いた。
「さて、店の中に戻ろうか」
「店長、わたし、もっと何か食べたいにゃん」
「じゃあ、一緒に何かデザートを作ろうか」
猫たちはカフェのあたたかなオレンジ色の中に吸い込まれるように、中に入っていった。
☆。.:*・゜
このカフェは、誰かに祝われたい願いをひっそりと抱えた人たちがやってきて、その願いを叶える場所。
次にこのカフェの扉を開けるのは、どんな物語を持った人かにゃ――?
***
朝、電車で会社に向かう時。スマホで昨晩来ていたメールの件名を眺めていた。
「第12回N出版恋愛小説コンテスト 「夕暮れの刹那」佳作入賞のお知らせ」
届いた文章の内容を読み進めていくと指が震えてきた。現実ではないような気がして、画面を何度も何度もスクロールした。
――本当? 私なんかが受賞?
疑いながらも何度も繰り返し読んでいるうちに、胸の奥が、じわりと熱くなってきた。三年近く、誰にも言わずにこっそりと書いて応募していた小説コンテスト。仕事終わりに、疲れた目をこすりながらキーボードを叩き、嫌なことがあって書きたくない気分でも、毎日百文字は書こうと決めていたから、気分が乗らなくても書いていた。投稿サイトの閲覧数が少し増えてもコメントはほとんどなくて、つまらないのかなと落ち込むことも多々あった。
それでも「いつか、誰かの心に届いたら」って、信じて、信じようという気持ちに意識を向けてなんとか続けてきた。
通知が来た瞬間、涙がこみ上げそうになってきていた。今も思い出すだけで電車の窓に映る自分の顔が泣きそうになって歪んだ表情に変わっていくのが見えた。
嬉しくて、本当に嬉しくて――。
*
会社の昼休み、隣の彩花がコーヒーを片手に声をかけてきた。
「遥、なんか今日……いいことあった?」
私の肩がびくっとした。
心臓がどくんと鳴って、喉が詰まった。言いたい。
「小説のコンテスト、入賞したんだよ」って。
でも口を開いた瞬間に、違う言葉が出てきた。
「いや、別に……いつもと何も変わらないよ」
「そっか。何となく嬉しそうにみえたけど、気のせいだったか……」
彩花は軽く微笑むと、自分のスマホに視線を向けた。
私はデスクの下でぎゅっと拳に力を込めた。最近一番色々な話をしている彩花にさえも言えなかった。言ったら、きっと「すごい!」って言ってくれるかもしれない。「おめでとう!」て言葉をかけてくれるかもしれない。
でもそのあとすぐに、例えば「私も子どもの幼稚園でさ……」って話題が変わって、私の喜びが一瞬で誰かの日常の隙間に埋もれてしまう気がした。
それが怖くて今、言えなかったのかな。私は受賞して何を得たかったのだろう。そもそもそんなに凄くないことかもな。
胸の奥がずしんと重くなった。この受賞という結果は誰に伝えたらいいんだろう、誰かに伝えられるのかな?
母に? 父の体調が悪い今、負担になるだけだ。それともやっぱり目の前の彩花に?彼女は今、子どものことで頭がいっぱいだ。
他のあまり私に興味のない人たちはきっと「へー、すごいね」で終わって、すぐに話題が変わるだろう。
……誰も、本気で喜んでくれないかもしれない。
そう思うと、喜びが急に薄まって、代わりに虚しさが広がった。別に自分がやりたくてやっていることだから、こんなことで虚しくなる必要なんてないのにな。矛盾していて、なんか複雑な気分。
誰にも共有できないから、本当に受賞したのかな?って気持ちになってきて、嬉しいのかさえも分からなくなってきた。
*
仕事が終わって帰る時間。電車を降りると駅の近くにあるコンビニで缶チューハイとチョコレートを買った。袋をぶら下げて歩きながら住んでいるアパートに向かうために夜道を歩いた。途中で立ち止まり、なんとなく通りすがりにある公園の中に入る。そして、ベンチに座ると受賞した作品が置いてある小説投稿サイトを開いてみた。
自分の小説が書いてあるページは、受賞の結果が載っているためか、いつもよりも少しだけ反応が多い。反応があると受賞できて良かったなと気持ちが再びよみがえってくる。
続けてSNSを眺めた。受賞したことを呟こうか迷っていた。書きかけたけれど結局指は止まり、削除ボタンを押した。いつも自分のことを書きかけては、マイナスないらないことばかり考えてしまい消してしまうのが癖。結局最近のSNSは読み専になっている状況だ。
SNSで呟いたら、誰かが「おめでとう」って言ってくれるかもしれない。
でも、もし誰も反応しなかったら?
想像しただけで、虚しさが込み上げて胸がずきりと痛んだ。
さっきコンビニで買ったものが入っている袋の中を覗く。
「今日は自分にご褒美……」と、いつもよりも高いチューハイとチョコレートを買っていた。
「さて、帰ろうかな」
公園から出た時だった。立ちくらみかな? 一瞬頭がふらっとして目の前が真っ白になった。
視界が戻ってきた時、不思議な光景を目の当たりにした。
目の前が真っ白。でもそれは立ちくらみかなと思わせるようなものではなくて、雪。雪しかない景色が目の前に広がっていた。
いきなり場所が変わって、不思議だったけれど怖くはなかった。少し前方には、あたたかくて明るいオレンジ色の光が見えた。その光に導かれるように私は進んでいく。
いつもいる場所よりも雪が積もって、足元がふかふかしていて、足音が吸い込まれるように消えていく。
『にゃんカフェ、雪消(ゆきげ)』
猫の茶色の影が描かれたイラストの中に白い文字で店名が書かれている白い看板。それが木のぬくもりを感じる小さな店の頭に飾ってあった。
カフェやレストランなどの飲食店には普段は調べてから行くから、あんまり知らない店には入らないけれど。今は、吸い込まれるように中へ。
暖かい店内に入ると、リンリンと小さなベルが可愛い音で鳴る。店内は甘い香りとバターが混ざったような匂いがふわっと広がって、心のざわつきが少し溶かされるように癒された。
店の奥側で、真っ白な毛並みの子猫が、ぴょんぴょんと跳ねたり踊ったりしている。
そして壁に備え付けられている棚の上には、シマエナガが二羽寄り添うようにとまっている。
カウンターの方から視線を感じた。見ると白いエプロンを身につけ、胸元に『店長』と書かれている名札をつけた一匹の白猫がこちらを見てお辞儀をしてきた。
店長はこの猫さんなのか――。
私もお辞儀をすると、カウンターから出てきた白猫の店長に、窓際の席を案内された。
窓から外を覗くと、きらめく街並みが見えた。どうやらここは山の上らしい。驚きもあるけれど、ここが見知らぬ山だという真実はすっと私の中に入ってきた。夢の中にいるような感覚になっていて、少しぼんやりとしていたから。
「あぁ、ここは山なのか。山の上にワープしたのか」ぐらいに思うぐらいだった。
「景色、鮮やかできれいでしょ?」と、店長が話しかけてきた。
「はい、綺麗ですね」
なんとなく目に映っているだけだった景色が、店長のひと言で、綺麗に見えてきた。なかなか日常でこんな景色を観られる機会はないな――私はその景色を目に焼き付けようと、じっと眺めた。
「なにか、いいことがありました?」
店長は人の心が読めるのだろうか。あんまり親しくないから言葉がこぼれたのか、それとも店長が言いやすい雰囲気をまとっていたからか分からないけれど、私はついぽろっと質問の答えを素直にこぼした。
「……小説のコンテスト、入賞したんですけど」と。
でも言い終わってから、言わなくても良かったなと考える。興味の無さそうな上っ面だけの薄い反応が返ってくるのかなと、少し怖くなったから。だけど実際の反応は予想外だった。
「すごいですね。おめでとうございます! 少々お待ちくださいますか?」
「あ、はい……」
店長は明るい声でそう言うと、カウンターの奥にあるキッチンに消えた。遊んでいた子猫も店長に続き、キッチンの中に入っていった。
しばらくするとケーキが乗ったお皿を丁寧に、店長と子猫が運んできた。ケーキはふわふわのスポンジに、鮮やかないちごがたっぷり乗っていて、私の知っているどんなケーキよりも、不思議と愛情がこもっているように見えた。
中心部には丸みのあるチョコプレートが。そして白いチョコペンで、丁寧に文字が書いてあった。
「入賞おめでとう、よくがんばったね」と。
……え?
胸がはち切れそうなくらいにキュッとなった。鼻の奥が痛く熱くなる。そして、視界が涙で滲んだ。
がんばったね――残っている記憶の中では、誰にも言われたことはなかったかも。母にも。父にも。友達にも。
胸の奥の方の、ずっと渇いていた部分が湿る。そして、温かいものが噴水のように、胸の奥から溢れてきて、止まらない。
涙が、ぽろぽろと頰を伝う。
誰かの前で泣くことは恥ずかしくて。でも……すごく、すごく嬉しくて。
小説を書いている自分が、認められた気がした。自分の努力が「無駄じゃなかった」って、思えた気がした。
「こんな小さなことで、こんなに美味しそうで、素敵なケーキを……いいんですか?」
「でも、あなたにとっては小さなことではないのでしょ? そもそも、大きさなんて関係ないですよ」
店主は、優しく微笑んだ。
「どんな小さなことでも、自分にとって嬉しい出来事であれば、いつでも祝っていいと思うにゃん。わたしたちも一緒に祝うにゃん。ここはそんなカフェであります」と、子猫も言ってくれた。
シマエナガが小さなピンク色の花を加えて近くに来た。入口付近に置いてあった、小さな花瓶に刺してあった花だ。そして花をお皿に添えた。
ケーキに花が加わると、お皿の上の華やかさが増した。
更に子猫がベージュ色の鍵盤ハーモニカを準備し、お祝いの曲を弾いてくれた。
優しい雰囲気に包まれ、とても幸せな気持ちになった。
「……みんな、ありがとう。ありがとうございます」
声が、涙で震えていた。
「ケーキ、わたしも食べたいにゃん」と言いながら子猫は小皿とフォークを持ってきた。
子猫の可愛い姿に、自然と笑みが溢れてくる。
「美味しそうですね。では、いただきます」
ここのカフェは、心の奥のもやもやを綺麗に溶かし、気持ちを浄化してくれた。終始笑顔のまま私は、幸せで貴重な時間を過ごせた。
☆。.:*・゜
外に出ると、雪がやんでいた。
結構カフェに長くいたかも。
今何時だろう。
『19時20分』
時間、全く進んでいないっぽい?
振り向いてカフェを見つめた。オレンジ色の灯りが、背中を優しく押してくれるようだった。
やっぱり私は小説を書くことが好きだ。
これからも書き続ける。
「好きだから小説書いてるのに。私は、なぜくよくよしていたのだろう。これからは、自信をもっと持って頑張ろう! そして、受賞報告を周りにしてみようかな――」
*
店長、子猫、シマエナガは遥の後ろ姿を、遥が消えるまで外で見守った。
「遥ちゃん、大きくなったな」
「店長の知り合いなのかにゃ?」
「うん、そうだよ。私にとっては命の恩人だ」
「いのちのおんじん?」
店長はゆっくりと頷いた。
「さて、店の中に戻ろうか」
「店長、わたし、もっと何か食べたいにゃん」
「じゃあ、一緒に何かデザートを作ろうか」
猫たちはカフェのあたたかなオレンジ色の中に吸い込まれるように、中に入っていった。
☆。.:*・゜
このカフェは、誰かに祝われたい願いをひっそりと抱えた人たちがやってきて、その願いを叶える場所。
次にこのカフェの扉を開けるのは、どんな物語を持った人かにゃ――?



