【1話だけ大賞参加中】TS転生したら悪役令嬢になりました〜義弟よ、俺は悪役令嬢だ。シナリオ通りにやってくれ〜

 ——ドンッ!
「そんな穢らわしい手で、わたくしに触らないで頂戴」
 俺は義弟であるテオドール・ウォーラム八歳を思い切り突き飛ばした。
「姉さん……ごめんなさい、ごめんなさい」
 蹲って懇願しているテオドールに蔑んだ目を向け、吐き捨てるように言った。
「あんたがそんな気味の悪い力を持ってるから悪いのよ」
「……」
「これに懲りたら、金輪際わたくしに関わらないことね」
 パタンッ!
 強めに扉を閉め、テオドールの部屋から出た俺は、急いで自身の部屋に戻った——。
 部屋に戻るなり、小さなクマのぬいぐるみのビリーを掴んで言った。
「よし、今回も酷い義姉を演じられたぞ」
「まぁまぁですね」
「まぁまぁって何だよ。俺がどんな思いであんなクズみたいなことやってると思ってんだよ」
 これはあくまでも俺の意思ではない。いや、俺が望んでやっているので俺の意思と言えば俺の意思なのだが……。
 とにかく、俺は本来可愛い義弟を虐めたくなんてない。虐めたくないが、それが俺に課せられた使命らしい。

 ビリーは遠くを見るようにして言った。
「話せば長くなりますが、あれはマスターが可憐な乙女ではなく、まだオジサンだった頃……」
「オジサンって言うな。前世って言えよ。てか、勝手に話進めんじゃねーよ」
 そう、俺、転生者。しかもTS転生で、今は可愛い女の子。ひょんな事から小説の世界に転生してしまったのだ。
 ——時は遡り、前世の俺は仕事終わりに後輩と飲みに出掛けていた。
『よし、次だ次! まだまだ飲むぞー!』
 既に足元がおぼつかない。顔も真っ赤だ。
『先輩、程々にしないと明日も仕事ですよ』
『これが飲んでないでいられるか! 初めてだったんだ。初めて本当にマッチ出来たと思ったんだ……』
 俺は産まれてこの方、彼女がいない。
 彼女いない歴=年齢なんて、最近では普通かもしれない。ただ、俺は三十八歳だ。三十八で彼女の一人も出来ないなんて……。
 それに俺は、決して草食系でも理想が高い訳でもない。この際、容姿や性格、どんなのでも良いから付き合いたい! あわよくば結婚したい!
『そう思ってマッチングアプリを始めたのに……どうして誰も待ち合わせ場所に現れない? おかしいだろ』
『先輩……』
『お前、その哀れみの顔腹立つんだよ。この爽やかイケメンが!』
 後輩の髪の毛をこれでもかという程にグシャグシャにしてやる。
『や、やめてくださいよー。あ、先輩、神社ありますよ。恋愛成就でも願って行きましょうよ』
『そうだな。この際、神頼みだ』
 赤い鳥居をくぐり、賽銭箱にお金を入れた。
『え、先輩。それ万札っすよ!?』
『独身貴族はな、金は腐る程持ってんだよ。出し惜しみして彼女が出来ない方が問題だ』
 俺は拝んだ。必死に。
『神様仏様女神様、どうか次こそは、次こそは恋愛が実りますように。いっそ来世は女性にして下さい。可愛い女性になってこんな悩みとは無縁の生活を送りたい……』
『はは……神様お願いしますね』
 ——ピカッ!
『え? 先輩?』
 俺は眩い光に包まれ、神社は静寂と化した。

◇◇◇◇

 そして、目が覚めたら赤ちゃんになっていた。しかも女の子。名前はアンジェリカ・ウォーラム。侯爵令嬢。土魔法も使える。
 こんなことってある? 漫画やラノベの世界じゃあるまいし。と、何度も疑ったが、何回寝ても夢から覚めないので現実だと受け入れた。
 訳もわからないまま順調に成長し、十歳になったある日、ビリーが突如現れた。
『マスター、そろそろ来ますよ』
『うわ! ぬいぐるみが喋った』
 俺は驚きのあまり、クマのぬいぐるみと距離を取って机の陰に隠れた。
『ぬいぐるみではありません。神の使いで、ビリーと申します。今後、マスターのサポートを致します』
 ビリーは空が飛べるようで、警戒する俺のことなどお構いなしに俺の元まで飛んできた。
『マスター、ミッションをこなさないと』
『……ミッション?』
 キョトンとする俺を見て、ビリーは察したようだ。
『え、まさか神から聞かされていないのですか!?』
『髪? 紙? 何を?』
『神様です。マスター、お願いしたでしょう? 来世は女の子になって恋がしたい……と』
『あー、したかも。それでこんな可愛いんだ』
 プラチナブロンドの髪に澄んだ青い瞳。大きな瞳で上目遣いなんてしようものなら、男は誰もが虜になるような。そんな美少女なのだ。嬉しすぎて、手鏡で毎日眺めている。
『でも、ミッションって何?』
『神もタダでは願いを叶えません。ミッションをこなすことが条件です。マスターに課せられたミッションとは……』
『ミッションとは?』
『悪役令嬢になることです』
『は?』
『ここは小説の中の世界。主人公はこれから現れるあなたの弟————』
 ビリーの話をまとめるとこんな感じ。
 小説【闇と光】の主人公は義弟のテオドール八歳。もうすぐ父が連れてくるのだとか。
 テオドールは親戚の子で、両親が事故で亡くなったからと、父が引き取ることとなる。
 ただ、テオドールはこの世界では忌み嫌われる闇魔法の使い手。両親の死もテオドールの魔力のせいでは? と周りは考えている。
 義姉であるアンジェリカとその両親は、そんなテオドールの存在を不愉快に思い、毎日のように罵声を浴びせ、暴力も振るった。
 そして、人間不信に陥ったテオドールは、どんどん深い闇に落ちていく。自身の魔力に呑まれる程に。
 魔力大暴走したテオドールの前にヒロインが現れ、闇とは相反する光の力、そしてヒロイン自身の優しさに触れることで、テオドールの暴走は食い止められる。やがて二人は恋に落ち、晴れてハッピーエンドに……。
『で? 俺がもし悪役令嬢やらなかったら? 元の世界に戻……』
『戻るわけないでしょう。あれは既に死にました』
『あれって酷いな。じゃあ、どうなるんだよ』
 ビリーが暫し黙ったので、緊張した面持ちで次の言葉を待った。
『さぁ』
『さぁ、って何だよ! 緊張して損したじゃねーか!』
『だって、やらなかった人を見た事ないんですもん。ですが、成功したら更に願いを叶えてくれた事例も……』
『え、マジで!? 前世の記憶消せれたりする?』
 前のめりで聞けば、やや怯んだようにビリーは応えた。
『前世の記憶いらないのですか? 珍しい人ですね。あった方が便利でしょうに』
『いや、だって……』
 可愛いから喜んでいるが、精神が前世の俺なのだ。前世の記憶が無い状態で育てられたなら構わないが、今の状態で男と恋愛は複雑すぎる。心まで乙女になる日は、いつ来るのやら……。
『はぁ……本当に願いが叶うなら、イケメンに生まれ変わるように願えば良かった』
『それなら、記憶は消さずにイケメンに変えてもらえば良いのでは?』
『確かに。でも、それ以前に悪役令嬢したら普通に罰せられるんじゃ……』
『それはないのでご安心を。それに、役目を終えれば自由です』
 それを聞いてホッとはしたものの、やはり虐待は俺には荷が重い。やりたくないと思っていると、ビリーが補足して言った。
『新たな願いはさて置き、ハッピーエンドを迎えられなかった作品はお蔵入りとなります』
『お蔵入りって?』
『この世界そのものが破滅します』
『うわ、マジで!? 転生した意味ねぇ……てか、悪役令嬢やる選択肢しか残ってねーじゃねーか』
『そういうことです』
 という訳で、俺はこの世界を守り、あわよくば新たな願いを叶えてもらおうという下心の為、悪役令嬢を演じる日々を先月から送っている。

 ——そんなこんなで、今日も今日とて可愛い顔して、俺は義弟を罵ってしまった。
「はぁ……神様にお願い叶えてもらっている奴らは、みんな平気でこんなことしてんのか」
 一人落ち込んでいると、ビリーが淡々と言った。
「この手の役は珍しいですからね」
「は?」
「大抵はサポートキャラとして、主人公とヒロインを近付ける役割を担ってもらっております。例えば、互いと同じ時刻に待ち合わせをして、二人をばったり会わせる。みたいな感じです」
「うわ、俺もそっちが良かった」
 お蔵入りを回避しなければならないのは分かっているが、義弟を虐待なんて並大抵の精神を持ち合わせていないと続きそうにない。
「これ、後どのくらい続ければ良いんだ?」
「テオドールが十五歳になって学園に通い始めるまでですかね」
「マジ!? 後七年もあるじゃねーか!」
 俺の精神の方が崩壊しそうだと思っていると、ビリーが言った。
「ですが、マスターの役目はテオドールに深い闇を植え付けることですから、植え付けてしまえば無視くらいでどうにかなるかと」
「なるほど。無視も中々キツいもんがあるが、それなら出来そうだ」
「それより、その顔でその言葉遣いは似合いませんね。足も開き過ぎですし」
「普段頑張ってんだから、一人の時くらい良いだろ」
 流石の俺も人前に出れば、口調や仕草はお嬢様そのもの。これが意外と疲れるのだ。それに、ドレスを着るのにコルセットをこれでもかと言うほどにきつく絞められ、スカートを何枚も履いて身動きしにくいのなんのって……。
 こんな中世ヨーロッパ風な小説の中ではなく、現代日本に転生したかったと常々思う。
 そんなことを話していたら、扉をノックする音が聞こえてきた。
 ——トントントン。
 同時にビリーは机の上にマスコットのようにチョコンと座った。それを確認した俺は、お嬢様モードへと切り替えた。
「はい。どうぞ」
 声をかければ、テオドールがそっと扉を開けた。
「姉さん」
 か細い声で俺を呼ぶ姿は子犬のよう。すぐにでも近寄って抱きしめてあげたい程に可愛い。
「何しにきたの? (今日のノルマは達成したのに、来るんじゃねーよ! 追いイジメしなきゃなんないだろ!?)」
 冷たく言えば、テオドールはビクッと震えながらポケットから何か取り出した。
「これ、お誕生日プレゼント」
「え……」
「ハンカチ、新しいの欲しいって言ってたから」
「刺繍もあなたがしたの?」
 テオドールは照れたようにコクリと頷いた。
 刺繍は女子がするものだが、俺を喜ばせようと頑張ったに違いない。手には絆創膏が沢山貼られている。
 ダメだ、感動して泣きそう。
 感動してもなお、キツい言葉を投げつける必要があるのが辛い。
 褒めて欲しそうに見上げてくるテオドールに、ツンとした態度で言った。
「ふんッ、馬鹿にするのも大概にしてちょうだい。誕生日は一週間前よ」
「ごめんなさい、遅くなって……」
「それに、わたくしは侯爵令嬢よ。そんなボロボロの刺繍のハンカチを使うとでも思っているの? まぁ、刺繍がどんなに上手でも、あなたが触った物なんて呪われているに決まっているわ」
「……」
 シュンと落ち込むテオドール。そのまま退室しようとしたので、俺はテオドールからハンカチを奪い取って言った。
「このゴミは、わたくしが処分しておきますわ」
「処分なら自分でやります」
「これは既にわたくしの物ですわ。わたくしが切り刻んで差し上げます。ストレスの捌け口くらいにはなるでしょう」
「姉さん……」
「分かったら部屋に戻りなさい」
 今日のノルマは達成しているのだ。これ以上無駄に傷つけたくない。
 テオドールは、俯きながら部屋を出た。
 パタン——。
 扉がしっかりと閉まったのを確認してから、俺は手放しで喜んだ。
「何だよあれ! めっちゃ可愛いじゃねーか! こんなクズな俺の為に刺繍までしちゃって。早速宝物にしよーッと」
「マスター、それは悪役的にどうかと……」
「別に良いだろ。テオドールが知らないところでどうしようと」
「そうですが、毎度毎度受け取っていたらキリがありませんよ」
 俺はキラキラと宝石が散りばめられた箱の鍵を開け、その中にハンカチをそっとしまった。
「箱を大きいのに変えるかなぁ」
 既に箱はいっぱいになってきている。
「テオドールに言ったように切り刻んで捨てれば良いのでは?」
「うっわ、ビリーってば残酷。この極悪人。これは、テオドールが初めて会った時にくれた花を押し花にしたやつで、こっちは俺の為に描いてくれた絵、それにそれに……」
「もう分かりましたよ。好きにして下さい」
「言われなくてもするけどね」
 見ての通り、俺は超が付くほどのブラコンだ。前世でも兄弟がいなかったからか、悪役をしなくて良いのなら溺愛したいくらいだ。何ならテオドールを宝箱にしまっておきたいくらいに可愛い。 
「でも、今は俺のご機嫌取りに色々くれるけど、もう少ししたらくれなくなりそうだよな」
「でしょうね。それはそうとマスター、手紙の返事は書かなくて宜しいのですか?」
「あー、そろそろ書くか」
 俺は悪役令嬢だが、その前に一人の侯爵令嬢。社交だの勉強だの色々忙しい。今もお茶会の誘いが沢山来ている。
「でもお前、テオドールの事以外興味ないはずだろ? 俺の世話係みたいなこと言うんだな」
「これもミッションの一つですから」
「お茶会が?」
「お茶会と言うよりは、他人と会うことですかね」
「じゃあ、この令嬢と……」
 女子会の誘いを受けようとすれば、ビリーは背後から手紙を差し出してきた。一通だけ別によけていたようだ。
「小説では、この男性とお茶をしていましたよ」
「既に決まってんのかよ」
 ビリーから手紙を受け取れば、そこにはユリウス・ラガルドど書かれていた。
「コイツかぁ……」
「既にお知り合いですよね? 嫌なのですか?」
「あ、ああ。嫌って言うか何て言うか……まぁ、小説のシナリオから脱してお蔵入りは困るからな」
 男と茶をするより令嬢と女子会をしたいところだが、この世界の為だ。ビリーに言われるがまま、俺は承諾の返事を書いた。

 ——そして、この宝箱をテオドール本人に見られ、シナリオが滅茶苦茶になってしまうなんて、この時の俺は知る由もない。