成長した年下幼なじみの、俺への愛が止まりません

  秋が来て、冬になり、また春が巡ってきた。
  隼は難なく第一希望の大学に入学し、俺も今は三回生。講義やアルバイトの時間を縫うようにデートを繰り返す日々だ。
 あのイベントのあと、俺の生活に少しだけ変化があった。
  模擬店ブースの代表として『潮風ラジヲ』に出演した際、俺の声が人気声優の誰それに似ていて、耳心地が良いと反響があったのだそうだ。
 今までぱっと人目を引く容姿は褒められることは多々あったが、声の良しあしで評価されるとは自分でも意外だった。
  それが縁になって地元の人気店を紹介するコーナーのリポーターに大抜擢されることになった。そこからはちょっと弾みがついた。同番組初の現役大学生リポーターとして、たまたまご当地ラジオ局のパーソナリティーの特集が組まれた雑誌に写真が掲載されることになったのだ。
  ささやかながら、地元の顔として紹介されたことで、この町で将来俺がやりたいことに繋がるのではと、何をするにつけてもモチベーションが上がってきた。

『ラジオのパーソナリティ? 俺だけの小鳩じゃなくなるの、嫌だな。でも応援してる』

  隼はなんて不満そうだったけど、俺のファン第一号になってくれたと思う。それに隼がこういう小さなことでも不満も喜びも素直に表現してくれるようになったのが、ちょっぴり嬉しい。
 聞き分けの良い優しい幼馴染からなんでも話せる対等な恋人に成長中だと思うからだ。

 隼は隼で、受験が終わったらカフェのバイトに戻ってくるかと思いきや、もっと時給のいい進学塾の講師のアルバイトをさっさと見つけて乗り換えてしまった。自分が通っていた塾で教えてくれた先生から誘われたというから優秀だ。
 集中して稼いで自由な時間を作り、リフォーム用の資材を見て回る。知識が伴って来たらすぐにでもあの家を直していきたいらしい。

「小鳩は今でもラジオで人気が出てるのに……。就職したら、ますます沢山出会いがあって目ぇつけるやつが増えると困る。その前に家を完成させて一緒に暮らさないと」

 実はわりと嫉妬深い年下の恋人は着実に外堀を埋めてこようとする。
 このままでは鳩でなく籠の鳥にされそうでちょっぴり怖い。
  隼は大学の先輩で古民家再生プロジェクトに携わっている人を見つけてきては、色々ご教授を願って回っている。

 この間もあの家の図面とにらめっこした後、「一階のトイレと水回りだけでも復活させるから、一度グランピングのていで泊まってみよう」とか言い出した。

 この勢いならば隼が在学中に家が出来上がってしまい、早々に同居生活が始まるかもしれない。さすがに家ができたらもう逃げられない。そうビビりつつも、最近ではもうそれでもいいかなあと思っている。なぜなら恋人としての隼は、かなり完璧な部類の彼氏といえるからだ。
  朝晩の連絡は欠かさないし、今まで通り俺のやりたいことに百パーセント合わせてくれる。
  楽しいことやびっくりすることが大好きな俺に、クリスマスにはサプライズでオーダーの指輪をプレゼントしてくれた。
  一年待ちは当たり前のアクセサリー作家さんで、隼は大分前から注文してくれていたらしい。つまり二人が付き合うずっと前からだ。

「俺が付き合うの断ったらどうするつもりだったんだよ」
「何時でも告白できる準備だけはして、あとはタイミングを図れるよう、長期戦で落とす予定だった。今が駄目でも未来のいつかの小鳩とはつきあっているつもりだった。だから大丈夫」

 そんな風ににっこりされてにっこりされる。その執着が怖いなあ、顔がひきつる思いだったけどもう遅い。
 二人の交際が隼の家族に知れ渡ってしまったからだ。この先もこの町で生きていきたいから、完全に退路は断たれたも同じだ。
  涼しげな顔をして腹ではそんな野望を抱く、俺はまったくとんでもない男に捕獲されてしまったものだ。
  指輪は俺があげたシーグラスを加工してくれたのと同じ人とのことだった。世界各国色々な吉祥文様を勉強している方で、沿線に工房がある有名な作家さんらしい。隼の父親のサーファー仲間なのだそうだ。
 その上俺が貰った指輪はなんと銀製ではなく、手彫りに骨が折れるというゴールド製だった。そこに濃い橙色のガーネットがはめ込まれている。色のイメージはお日様で、隼が思う俺のイメージなのだそうだ。そこに翼のデザインが刻まれている。
  すでにエンゲージリングばりの風格が漂っていて、隼の本気にただただただただ、おののくばかりだった。

「この模様はね、ハヤブサの翼なんだ。俺のペンダントには『鳩の羽』をモチーフに入れてもらってる。鳥の羽は『飛翔』を意味して西洋でも東洋でも縁起がいいから、小鳩に相応しいと思ったんだ。小鳩がいつでも自由に飛んでいけるように。……でも必ず、俺のところに戻って来いよ」

  隼の強い想いが伝わってきてじんと来ているところに、指輪をはめた手の甲に口づけられた。正直、完璧な彼氏ぶりにもうそろ、ぐうの音も出なかった。

(そうだよな……。鳩がハヤブサの先回りから逃げられるわけないわ、ははは...…)

  そう妙に納得してしまった。しかし俺だって負けてはいられない。

(たまには俺も……。年上彼氏らしいことがしたい!)

  隼の大学入学祝いも兼ねての小旅行をプレゼントすることを決意したのだ。
  バイト代を生活費と毎月のお小遣いでぱあっと使い切ってしまう。そんな俺が貯金をできたのは奇跡といっていいだろう。
  自分たち二人の誕生日の真ん中あたりの日程で、四月に一泊二日の小旅行。行先は二人で相談して『お泊り遊園地デート』をすることになった。
  遊園地大好きの俺はもちろん大賛成だったが、隼が申し出たある『お願い』に驚かされたのだった。

※※※

  旅行当日。
  夕方からのチケットで入ったので、ほどなく日はとっぷりと暮れた。園内は春の花々と灯り始めたイルミネーションが美しい。次に乗るアトラクションに向けて、二人で並んで歩いていたら、地図でポップコーンの出店を確認しつつ隼がつぶやいた。
「ああ、やっぱりキャラメルのポップコーンはあっちの道の方だ。俺が買ってくるから、小鳩先ならんでていいよ」
 俺は首から下げていたキャラクターの柄が賑やかな、空の容器を隼の腕にかけた。

「よろしく」

  今日の隼はダークネイビーのブレザーに同色のパンツに、ネクタイはブルーに水色と白のストライプ。春に卒業したばかりの母校の制服姿だ。

「すぐ戻るから。大人しく待ってて」

 にこっと爽やかに笑ってから隼は踵を返す。スニーカーだけはお揃いで買ったので同じ色だ。隼はこの半年でまた背が伸びた。爽やかすぎる恋人の後姿は、見惚れるほどに格好がいい。

(こう見ると、隼のスタイル、えげつなくいいな。手足長いのもあるけど頭小さいから何等身だ? 同じ高校にいたら絶対学年一のモテ男だな)

  本人には気恥ずかしくてめったに面と向かって褒めないが、心の中ではいつもこんな風に思っている。
 とりあえず、次に乗る予定のコースター系のアトラクションの最後尾についた。一人になるとちょっとそわそわしてしまう。
 実は今日は俺も、約二年ぶりに引っ張り出してきた母校の制服を着込んでいるからだ。
 成人してるのに! 俺の制服は黒っぽいネイビーのブレザーにストライプの赤いネクタイ。グレーのパンツはチェックで、在校中わりと気に入ってきていたおしゃれめな制服だ。
  そう。隼のお願いはなんと『制服を着ての遊園地デート』だったのだ。

(流石に家から着てくるのは恥ずかしくて先にチェックインして着替えてきたけど。わりといけてるかも?)

  ちょうどすぐ後ろから、制服姿の女子グループが並び始めた。彼女らと一緒に鏡面の柱に映る自分の姿を見るにつけても、浮いてはいないように見える。
  実家の母に制服を郵送して欲しいと頼んだ時に「なんで今更?」と怪訝に思われたが、後輩が貸して欲しがっているとか色々理由をつけて送ってもらった。
 まさか恋人から「どうせ遊園地に行くなら、制服デートをしてみたかった」などとリクエストされていたからだとは口が裂けても言えなかった。
 もちろん俺だってはじめは二十歳過ぎて制服なんて流石にやばいって、と抵抗した。
 だけど隼が熱心に「ああ……。俺が二歳早く生まれていたら、小鳩と制服デートができたのに。それに小鳩は顔が可愛くて高校生っていっても違和感ない」とおねだりをめったにしない隼が、珍しくがっかりした様子だった。
 それにすっかり絆されて「うん」といってしまった。ああ、バカだった。今思えばそれも隼の作戦の内だったのかもしれない。
  考えてみると俺が高校三年の時に隼は一年生。制服で映画や買い物なんかにはそれなりによくいっていた。
 そうつっこんだけど、思いが通じた後のデートと言うのはそれとはまた別物らしい。まあ、隼の恋人のロマンチストな一面は可愛い。だから仕方ないなあと快諾した。
  それに制服姿で遊園地を歩いたらなんだか非日常感があって楽しい。大学生になり私服がまた一段とおしゃれになった隼も、制服だとむしろ年相応に見えるのがきゅんとする。
  自分もなんだか高校時代に戻ったような気がして訳もなく楽しいし、意外といい感じに気持ちがハッチャけてアトラクションに乗りまくった。わくわくとドキドキでデート気分が程よく高まって来て、今日は最高の一日になりそうだ。

「あの、さっきから何度か一緒に並んでますよね?」

  スマホをいじって今日一、盛れてる写真を蒼真に送信していたら、突然後ろから声をかけられた。
  振り返るとさっき後ろに並び始めたグループの子たちだった。アイラインもばっちり、かなりのミニスカ、化粧もギャルっぽいが、みな総じてかなり可愛い。

「あ、そうかも。そうだね」

 俺は自分のわりといけてる容姿の使いどころを心得ているので、反射的に美しく見えるかなって感じににこりっと笑う。
  何周も園内をぐるぐる回っていると、何となく派手で見覚えのあるグループができてくるものだ。彼女たちは揃いの制服に真っ赤なリボンのついたうさ耳を付けていたので記憶に残っていた。

「もう一人、背の高い人と一緒でしたよね? どっちもカッコいいから目立ってました」
「え、ありがと。みんなもすごく可愛いね」

  年下相手というのもあり、外面がいい俺は愛想良く受け答えする。女子グループは互いに顔を見合わせ弾けるような可愛い笑顔になった。

(やっぱそうだよな。あいつ連れてると目立つからなあ。隼、外で見るとやっぱイケメンって俺でも思うもん)

「よかったら、この後私たちと一緒に回りませんか?」

  目が大きく、髪をくるんっと綺麗に巻いている子がはっきりとモノをいい、両側の子がキャーキャー言いながらその子の腕をつかんで大騒ぎしてる。

(まじか、遊園地で逆ナンされた)

 上目遣いに熱っぽく見上げられると悪い気はしない。中高と小綺麗な顔で女子に囲まれることも多かったので、それなりに女子慣れしているのだ。
  それに確実に年下の女子たちが勇気を出していってくれたのだろうから、あんまりつれない言い方で断るのも可哀そうな気がした。だが反面、自分だけでなく隼も目当てにしているのだなあと思うと胸の中が少しもやっとする。

「あ、ああ、えっと」
(どうしたもんかな……。何て言おう?)

  後頭部に手をあてつつ、ずれた猫耳を直していたら、後ろからぐいっと腕を引かれた。

「ごめんね。この人、俺とデート中なんだ」

  低く良く響く声でそう言いながら、隼はよろけた俺の肩をぐいっと抱いて距離の近さをアピールする。

「隼!」
「きゃあっ」
「顔良い! 堂々としてて逆にかっこよっ」

  隼は涼しい顔をしたまま、俺の手首を握ると待機の列を入口に向けて逆戻りしていった。

「ごめん、そういうことだから!」

 殆どひきずられる勢いの中、振り返って彼女らに叫ぶ。さらにきゃあきゃあと少女たちが騒ぎ、スマホをこちらに向けながら手を振ってくる。隼に手を引かれながら、彼の背を必死に追うことしかできなかった。

「隼、待てって」

  身長差があるので俺はちょっと小走りになってしまう。俺の声を無視する勢いで歩き去る隼は、アトラクションや店の明かりが届かぬ木立の間にすっと入り込んだ。
 もちろん共に暗がりに飛び込んだ、立ち止まりこちらを振り返った隼に真正面から抱きすくめられた。

「大人しくしてろって言ったのに。また人の目、奪ってる」
「しゅ……」
(それはお前の方だろうがっ)

  文句を言う前に頭を抱えられ、腰をぐっと引き寄せられる。名前を呼ぼうと開いた口を早急な仕草でふさがれた。
 まるであの夏の日の口づけの再演のようだ。違うのは遠慮なく差し入れられた舌が、俺の欲を高める様に敏感な口蓋を刺激してくるところだろう。
  逃げようにも強い力で抱きすくめられると、身動きが取れずされるがまま翻弄される。
 こんな時埋めようもない互いの体格差を感じる。そこに柄にもなくときめく自分がいて、それはどんな感情なのだろうと面白くも思う。
  柔らかく熱い舌でトロトロに溶かされ、足の間に兆しが表れそうになるのを必死でこらえ続ける。このまま熱情に流され続けたら、人前に出られない身体にされてしまう。そういう狂おしさが怖くもあったが、だが今はどこか頭の端で冷静さを失わない自分もいる。

(こいつ、またやきもち妬いている)

 自分も先ほど彼女たちにもやっとしたから、隼の気持ちがよく分かる。愛しい幼馴染の背に腕を回し、隼を強く引き寄せる。

(お前だって、俺のだぞ)

  つまみ食いをしたキャラメルポップコーン味のキスは甘く蕩けてたまらない。

「小鳩……。もう、部屋に戻りたい。誰にも小鳩を見せたくない」

  低い囁き声は掠れ、誘惑はどろりと耳に甘い。
  長い長い片思いの恋を実らせた年下の恋人は、執着と独占欲を拗らせて時々困ったやつになるのだ。

(完璧男子がこんなんなるって、俺しか知らないんだ)

  今までなら隼に対して絶対に言わなかったような、リップサービスまでして歓ばせてやりたくなる。

「なあ……。俺もお前しか見てないって、知ってるだろ?」

  大きな瞳を見開いて、隼は蕩けるような微笑みを浮かべた。

「いい顔する。可愛いな、お前。あーもう。一晩中キスしていたいな」

 今までだったら意地を張って言えなかったことも、恋人の隼には言えてしまう。  俺も隼が好きで好きで、大好きすぎるから。誘うようにちゅっと口づけを返した。

 
                                         終