成長した年下幼なじみの、俺への愛が止まりません


※※※

  翌日、目を覚ますとスマホに『先出ます』とのメッセージだけ残してもう隼は家を出ていた。夜のうちに隼が洗濯と乾燥までしてくれていた服を着こんで一階に降りると、庭から差し込む日差しが眩しいダイニングで、隼の母と姉の雲雀が娘と一緒に朝食を食べているところだった。

「小鳩ちゃん、おはよう」
「おはようございます。……留守中の泊めて頂いてすみません」
「いいのよ。小鳩ちゃんなんて私の弟みたいなものだから、そうよね? 母さん」

  アイランドキッチンから隼の母であるオーナー夫人もニコニコと頷いた。

「そろそろ起きてくるかと思ってたわ。そっちに座って」
「あの、隼は?」

「さっき用事があるって出かけたわよ。小鳩君起きたら朝ごはん食べさせてあげてって」
  恐縮して頭を下げると、隼の姪、つぐみが走り寄ってきて、俺の足元にまとわりついてきた。

「バトくん~」

 ピンクのドレスを身にまとった一族の真のプリンセス。俺も生まれた時からとても可愛がっている。

「今日も可愛いね。プリンセスのドレス、良く似合ってる」
「うれしい~」
「あー。つぐみの王子様だもんね。小鳩ちゃん」

  席に着くと膝の上に甘えて座ってきたつぐみを落とさぬように抱っこして、その姿勢でプチトマトにフォークを刺した。

「王子様っていったら隼の方があってる気がするけど」
「そうかしら? 隼はどっちかっていったら『若様』って感じじゃない? 顔つきも凛々しい系だし。小鳩くんは顔立ちが華やかだから。惚れるわけだわ、つぐみが」

 惚れるわけだわ、のところに先に反応して吹きそうになり、慌ててオレンジジュースで飲み込んだ。

「今日の花火、カフェの上に見に来るんでしょう?」
「つぐみもバトくんと花火見たい~」

  そういえば俺は心の準備ができないまま、花火大会当日を迎えていた。

「あの、俺は……」
「今年はカフェのスタッフだけじゃなくて、隼の地元の友達も来るって言ってたから、母さん張り切ってケータリングたのんじゃったのよ。小鳩君も楽しみにしててね」
「え……、はい」

  隼が俺や蒼真の家族以外にも誰かを呼んでいたというのが初耳で、内心穏やかではいられなかった。

(……隼、俺が花火をいつものみんなでみるの、どれだけ楽しみにしてるか知ってるはずなのに)

 もしかしたらその話をする前に地元の友達に声をかけていたのかもしれない。あの場所は俺のものでも何でもないのに、胸の奥がまたちくちくと痛む。
  結局心が狭い自分はちっとも解消できていないわけで、きっと今日屋上にいったらつまらない顔をしてしまいそうだと思った。そしてきっとまた喧嘩腰になってしまって隼を傷つけてしまう。
  今日約束通りカフェの屋上にいこうか、それとも行かずにイベントのスタッフたちと流れで浜まで行くことにしようか。心はまた乱れ、折角の朝食の味が全くしなくなってしまった。
 浮かない気持ちのまま一日をスタートさせた俺とは裏腹に、イベントの方は大盛況のまま幕を下ろした。
 途中海岸に設置された野外ステージでラジオの中継を使い、学生代表でイベントの趣旨と商品の説明を任されることになった。
  口の中の水分が全てなくなるほど緊張したけど、会場の暖かな拍手の中、無事に大役をやり遂げた。かなりガチガチだったのに、傍から見たら堂々とした姿だったらしく、また何かあったら一緒に仕事をしましょうとパーソナリティーの方に褒めてもらえたのは心底嬉しかった。

「全品完売! 予定より早く終わったね」

  お祭り気分を盛り上げる、とかいう浩輔さんの発案で学生もお店の人も交えて一本締めをした。わいわいキャーキャーと周りが歓声を上げる中、俺も周りに合わせて微笑む。無事にイベントブースを閉めることになった。
  女子はお祭りを回るために一度浴衣に着替えに行くという。仲良くなった地元の年配の女性陣が着つけのために待っていてくれるらしい。商工会の事務所に消えていった。残った男子は祭りを回ってこようと浮き足立っていて、一部は恋人を大慌てで駅まで迎えに行っていた。
  皆から事前に俺も誘われていたけれど、地元の友達と花火を見ると断っていたのでいまさら交われるはずもない。
 街が一年で一番活気づく日だ。海岸のステージからは地元出身の女性歌手が歌うレゲエ風の音楽が流れてきて、イベントスタッフもふるまわれた生ビール片手にノリノリな様子だ。
  浩輔さんも今日一日ですっかり日に焼けたみたいだ。赤い顔でビールを手にやってきて、一つを俺に手渡してこようとした。

「お酒、昨日の今日であれかな?」
「あ……。そうっすね。今日はやめときます」

  浩輔さんは俺の代わりに通りがかった別のスタッフにカップを手渡す。星が瞬き始めた空に、一時間後に花火を開催しますという空砲だけがぽんっと上がる。
 俺は複雑な気持ちでその音を聞いていた。

「まだ花火まで少し時間があるね。みんなお祭りを回るって言ってるけど、小鳩君も一緒に行くのかな?」
「いや、俺は……」
「うちの店のスタッフ用に海岸に桟敷席とってあるから、そこで一緒に花火をみないか? 何人か学生も後から合流するみたいだよ」
「あ……。いや……」

  歯切れの悪い回答をする俺を浩輔さんは上手に誘い出そうとしてくれる。もしかしたら、いつもより元気に振舞えなかったから、心配してくれてるのかもしれない。
 目元がそんな感じにみえるのだ。
「昨日はゆっくり喋れなかったから、今日なら時間を取ってあげられるよ。前に聞いてくれただろう? どうしてこの町を中心に沿線にお店を出そうとしたのかとか」
 それは興味のある内容だったし、海岸の桟敷席は地元民でもなかなか取ることができないプレミア席だ。だけど首を振る。

「今日はちょっと……。疲れてしまって」

 こんなネガティブな台詞を口にしてしまった自分に驚いた。浩輔さんも驚いたのか目を丸くしてフレームを少し指先で上げていた。

「昨日の彼と何かあったとか?」
「まあ、そんなところです」
「なら、なおさらおいでよ。打ち上げ花火を見て、イベントの成功に浸ったらきっと元気が出る」

 堂々と誘ってくる浩輔さんは嫌味なく思えたが、俺今、欲しいのはそれではなかった。
 そう、気がついた。隼を想うときゅっと胸を引き絞られる、この不思議な切ない気持ちに浸り、静かに過ごしたいと思ってしまったのだ。
  首をゆっくりと振った俺に、大人の浩輔さんはそれ以上無理強いを強いることはなく、しつこくないタイミングで引いてきた。

「気が向いたらおいで。これだけ渡しておくから」

 桟敷席へのゲートをくぐるためのチケットが差し出された。流石にそれを拒むのは失礼な気がして受け取ってと頭を下げた。

「ありがとうございます」

 こういう時、察しのいい大人の男はズルいと思う。逆に申し訳なくて「おねがいします」と答えてしまいそうだ。

「今日は本当によく頑張ったね」

  そのまま差し出されていた手と握手を交わす。俺は達成したことに対して無頓着で、流しがちだ。浩輔さんはそれを見抜いている様だった。

(この目、きちんとやり遂げたことをかみしめてから、次に進めと行ってくれている)
「ありがとうございます」

 もう一度、噛み締めるみたいに礼を言った。
 この二か月こつこつと取り組んだことが成功したことで、自分は何か変わっただろうか。少なくとも新しく得たものは多かった。

(ちょっとだけ、自分に自信が持てた。今なら隼に素直に向き合える気がする)

 一応つぐみと約束をしていたからと自分に言い聞かせて、気が進まないままカフェの方に歩いて行った。遠目に見たら店の前が賑わっていた。あきらかに学生らしき一群が見える。
  浴衣姿の少女たちが蝶々か金魚の尾びれの様に華やかな袖をひらひらとさせている。その傍には隼、そして同じ年頃の少年たち。なんとなく見覚えがあるような顔もある。

(隼の地元の友達って……、女の子もいるんだ)

 なんとなく声をかけづらくて、胸の当たりで拳を小さく握る。楽しそうな笑い声、胸が苦しい。くるりとカフェから背を向けた。
  夏が終わりに近づいてきているのか、日が落ちたら大分風が涼しくなった。海風を浴びる海岸側の賑わう通りから離れて、足は無意識に昔、母と住んでいた団地の方に向かっていった。
  何棟か建っているが住んでいたのは比較的新しい方ではなく、古くからの住人が住んでいる方の棟だった。海側に燦燦と日の当たる小さな公園があり、一階のおじいちゃんおばあちゃんたちが、ベランダから公園側に降りられる場所にマリーゴールドや日日草など、おなじみの花を沢山植えて管理してくれている。
  公園で遊んでいると草抜きしているおばあちゃんたちが声をかけてくれて、手伝いをするとお饅頭やジュースをおすそ分けしてくれた。
  今日はみな花火大会に出払っているのか、明かりがついている家はまばらだ。
  だが一階の部屋から漏れる灯りと街灯を頼りに、人気がなくぽつんとしたブランコに座った。
  きい、きい。子供の頃よりは身体が大きくなったから、どうしたってブランコが軋む。
 それでもくさくさした気持ちを吹き飛ばすように地面を蹴り上げた。
  浮遊感、風を切り、汗も吹き飛ぶ。何度も漕いでいるうちに心拍数のせいか、気持ちも高ぶり大きくなった。

「隼のやつ! 女の子も呼んでんじゃねぇよ」

  割とでかめの声で叫んでしまった。周囲に人がいたら驚かれたり警察でも呼ばれそうだが、これだけ人気がなければ構わない。足をのばして、腹に力をいれて漕ぎ、叫ぶ。

「隼のばか! ばかばか」

  漕ぎ終わって揺れが収まったらどっと汗が噴き出してきた。何だかむなしくなってしょぼっと下を向く。

「俺の事好きなら、俺の事だけ優先しろよ、このやろ……」

  最後はよわよわな小さなつぶやきになった。

  少しだけ強くなってきた風に、置き去りにされていたボールがころころと転がっていく。それに目を奪われていたら、ちょうど現れた誰かの足元で止まった。

「小鳩、見つけた」

  肩で荒い息をついている隼が、つかつかと俺の元まで歩きよってきた。

(うわああ、絶対聞かれた! はずい! はずすぎる)

 逃げ出そうかと立ち上がろうと思ったが、公園の入り口側に隼がいたので多分逃げきれない。
  身構えてぎゅっと目を瞑ったらぎゅっと硬い腹に頭を押し付けられるようにして抱きしめられた。かなり強く弾む、隼の心音に、どれほど俺を探し回ってくれたのか伝わってきて俺の心音もそれに応じるみたいにどんどん弾む。

「スタッフさんがお前の事、店の近くで見かけたって聞いたのに、なかなか来ないから探したんだぞ」
「……」
「俺に返事したくなくて、避けたくなったのか? 俺のことそんなに嫌いか?」
「違う! だってお前!」

抱きしめてくる強い腕を引きはがそうともがいたが、逃がすまいと渾身の力で抱えられる。

「お前が悪いんだぞ!」
「俺が? 何かしたか?」

  背中をぽかぽかと殴ったが、隼はびくともしない。

「お前、カフェに女の子たち呼んでたじゃん!」
「は? ……ああ、あれか」

 肯定されてかあっとなった。

「ひどい! 花火、いつも通りのメンバーで見るっていうから。だから俺……」
「ああ、誤解があるみたいだけど。あれは蒼真の弟たちとその彼女だからな」
「……えっ」

「小学校は同じだからな、俺と蒼真の弟たち。二番目とは同級生だし。ツレと友達少し呼びたいっていうから俺の友達ってことで屋上に遊びに来たんだ」

 よくよく考えたら遠目でも男子の方は、なんだか見たことがあるような気がした。男子三日も会わざれば刮目すべしとはよく言ったものだが、春先よりずっと背が伸びて一瞬誰だか分らなかった。

(やばい、勘違いしてた……、余計恥ずかしすぎる)

  ぴたっと動きを止めた俺に、逃げ出す意思は失せたと判断した隼は手を緩めた。顔を上げたら少しだけ男らしい眉を下げてなんか嬉しそう。

「やきもちやいてくれたってこと? すごい。うれしい。脈あり、だな」
「……っ! そんなんじゃねぇし。調子にのんな」
「すねんなって。可愛いな」

  再び浮かれたように抱きしめられたからブランコごと身体をゆすぶられてしまった。

「……でもさ実際、お前が俺以外のやつのこと優先するのは許せない気持ちになった」
「小鳩……」
「これって、お前のこと好きだってことで、あってる?」

  隼の返事を聞く前に、ドンっと花火が上がった音が海の方から聞こえてきた。
  ここは建物や木立があるので見えないが、花火大会が始まったようだ。

「じゃ、行くぞ」
「行くって、カフェもどんの?」
「違う。もっといいとこ」

 片手にペットボトルを手渡されてそれを口に運ぶ間もなく、ぎゅっと左手を握られた。
  そして駆けだす隼に必死について走り出す。
  町を南北に貫く大通りはなだらかな上り坂になっている。坂の途中で立ち止まり、建物の陰に上がる花火を遠く眺めている人が沢山いる。
  音がするたび町中から歓声が上がる。俺はちらちらと後ろを振り向き走ったが、隼は花火になど目もくれない。

「隼、どこ向かってんの! 花火見ないのかよ」
「花火よりいいもの、小鳩に見せたいんだっ」

  ついこないだまで現役バスケ部員だった隼についていくのはなかなか厳しかったが、俺だって今でも週に数回は夜のランニングを欠かさない。負けてはいられない、必死でついていく。

「小鳩結構走れるんだな」
「当たり前だろ、元バドミントン部舐めんな」

  どこに行くのかわからないまま隼の背を追うと、大通りから外れて旧市街に差し掛かる。細い路地をくねくねと走り、地元民である俺でも一瞬ここがどこだかわからないような場所に入っていった。
  そしてついに立ち止まった隼が、古めかしい一軒の門の前に立ち止まった。表札はなく、玄関灯も家の奥も電気がついていない。外にある街灯の光だけが頼りといった感じで、一目で人が住んでいないのは明らかだった。
  隼は迷うことなく門に手をかけてぎいっと開く。

「え、勝手に入ったらまずくない?」
「大丈夫」

  意図が分からず一歩引く俺を尻目に、隼はポケットから小さなスプレー瓶を取り出して自分と俺の全身に振りかけだした。立ち上るミントの香り。やぶ蚊対策なのかもしれないが、すでに手の甲を刺されていた。ぽりぽりとかきむしる。

「小鳩さ、いいっていうまで目ぇつぶってくれる?」
「こっわ。肝試し? ホラーじゃん」

  明らかに自分の年よりずっとずっと古い物件だ。こういう家を題材にしたホラー映画を昔見たことがある気がする。腰が引けていたら、隼がもう一度強く手を握って来た。

「大丈夫。怖くないから。目、瞑って」

  隼は本気だ。かなり真剣な様子だ。彼にとっての正念場みたいな雰囲気がびしばしと伝わってくる。俺も覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った。

「分かった」
「じゃあ、行くよ」

  ぴし、ぱしっと小枝のようなものを踏む音。身体に葉っぱが触れる感覚。むわっと立ち上る青臭い草の匂い。耳元を通り過ぎていく蚊の羽音。そのどれもに震えあがりそうになったが、ここで叫んだら台無しな気がして堪えて進む。距離的にはそんなに進んでいないが、少しだけ周りが開けたのか髪や頬に風が当たる。

「ちょっとだけ、手をはなすよ」
「え、ばか。行くなよ」

  手を離されて目を瞑った状態で置いて行かれた。心細さより怖さがまさって、このままずっと置き去りにされたら後で殴ってやると心に決める。
  するとブル、ブルブルっとエンジンがかかるような音がして、瞼の前がかあっと明るくなる。

「いいよ。目、開いて」

  言われた瞬間目に飛び込んできたのは、右の方を向いて首を傾けたようになった、ライトアップされた沢山の向日葵の花々だった。

「うわっ! すげぇ」

  立派な向日葵の背丈は俺より高い。庭には青々とした芝が張られて、奥が花壇になっている。家の古めかしさからは想像もできないほどに花々の活気あふれる花壇だ。
  向日葵の足元には白やネイビーに近い青いペチュニア、紫色の千日紅、差し色のマリーゴールドの黄色。葉っぱが白やうっすらピンクのハツユキカズラ。どれも俺が好きな色合いばかりだ。
  庭の両端に細身の木々があり、そこに白いイルミネーションがきらきらと輝いている。風にからからと涼し気な音を立てるのは、流木や貝殻、シーグラスを使ったモビール。もともとあった古い金網の前には、白いおしゃれなウッドフェンスが置かれて、今風の明るい雰囲気に見えるよう工夫されている。

「なにこれ、ここ誰かの家? 借りたの?」

  振り向いたら隼は濡れ縁に腰かけて、蚊取り線香に火をつけたところだった。
その隣にはアウトドア用のランタンもあり、煌々と周りを照らしている。俺の上々な反応を見てか、隼は満足げな表情で微笑んだ。

「俺たちんち、だよ」
「俺たち? どういうこと?」
「小鳩、覚えてる? 俺が昔シーグラスのお返しに、『小鳩と俺の家。小鳩にあげる』って言ったこと」

  脳裏に蘇る、俺が話す荒唐無稽な内容を一生懸命画用紙に描きとる幼い隼の姿。
  そこに描かれていた秘密基地には、こんな風に向日葵の花が沢山咲いていたかもしれない。

「え……」

  確かにお礼に何かをあげるね的な、そんな約束をした。
  しかしいきなり家をくれるなんて聞いてないし、そんな大それたこと本気にするはずもない。

「ごめん、まだ家の中はリフォームできてないから、これからゆっくり直していくけど、庭だけ先に綺麗にしてみた。小鳩、花が好きだから」
「これ、この庭、お前が作ったの? ほんとマジでどういうこと?」

 質問攻めにしたくなって隼に詰め寄ると、彼はイタズラに成功した子供のような屈託ない笑顔を見せた。

「春から通って少しづつ形にした」

  どおりで受験生のくせに日に焼けているわけだと変に納得してしまう。

「本当はあんな風に告白して、お前に返事を強請るような真似をするつもりはなかったんだ。ここに連れてくるのが先で、告白するのはその時って思ってたんだけど、小鳩が夏祭りまでにあのおっさんとどうにかなるんじゃないかって、焦ったんだ」
「隼」

  隼は感情が感情が表情に現れにくいから分かりづらいが、自分の言動がこんな風に隼を揺らしていたなんて思いがけぬことだった。

「改めて言わせて。小さい頃から小鳩さんが好きでした」
「……」

  もはや彼の気持ちは疑いようもない。幼馴染の俺にはすぐに理解出来た。
 幼い頃からここに至るまで、隼の様々な言動が全てここに繋がっていると、思い出のピースがカチカチと頭の中ではまって行く。

(隼のやることなすこと。俺ために、ばっかじゃんか)

 胸に熱く強く感情の波が押し寄せ続け揺さぶられる。

「俺はこの町に来るまで病気で学校を休みがちで友達もできなかった。両親も姉さんも忙しくてシッターさんに面倒を見てもらうことが多かったから、毎日寂しかった。でも一生懸命働く両親や学業に忙しい姉にこれ以上迷惑をかけてはいけないって思ってた。寂しい気持ちを誰かに伝えてはいけないんだって、我慢してたんだ。でもここに来たら、うちの事情も俺の体調もお構いなしにぐいぐい来てくれる小鳩がいて…」
「ぐいぐいって……。いまさら思うと図々しくて呆れるよな」

  立ち上がった隼は俺の傍に寄ってきた。

「いや。違うよ。小鳩の明るさとか自由気ままなところに救われた。だからご両親に色々あって、小鳩が家に帰りたがらなかった頃、本当は俺が小鳩を守って、ずっと傍にいてあげたいって思ってたんだ。だけど俺はまだ小さくて、身体も弱くて、周囲に守られてばかりで……。小鳩の孤独を俺も分かるよって言いたかったけど、それもうまく伝えられなかった」
「隼……」

  面倒を見てくれた相手だから好きになったのではなく、どちらかといえば真逆の理由だった。その真実に触れ、隼の一途さに目頭が熱くなった。

「早く強い男になって、俺が小鳩の居場所を作りたいと決心したんだ。それからはどうしたら小鳩の傍にいられるか、色々考えた。子供ながらに家でも建てれば小鳩も一緒に住んでくれるんじゃないかって結論にいたったんだ。小鳩、この町に秘密基地欲しがってただろ?」
「そんな子供の頃の話、鵜呑みにしてお前……」
「最短で家を手に入れるってどうすればいいのかって色々考えた。その手段の一つとして、自由研究で空き家問題を調べることにしたんだ。この町にも親族の方が入院されたまま亡くなってしまって、物件を手放したがっている方がいた。その方にインタビューしたんだけど、それが縁で俺がこの春、成人するのを待ってこの家を譲ってもらったんだ」
「すげぇな」

  もうそれしか言葉にならない。隼の気持ちが真っ直ぐで愛おしさが溢れてたまらなくなる。目が潤み、鼻の奥がツンっとする。

「建築学科で学びながら、在学中に自分でこの家、リフォームしていくから。それが終わったら俺と一緒にここで暮らしてください」
「それって恋人っていうのか……」

  ぐっと手の甲で涙を拭って、俺は一度唇を噛み締めた。声が震えそう、震える。

「……それって、家族っていうんじゃん?」

 やっぱ震えた。今まで聞いた中で一番快活な声を上げて、隼が笑う。

「ははっ。そうかもな。で、なってくれる?  俺の家族に」

  恋人になるかどうかじゃなかったのかよ。いきなり結婚かよ、とかまた悪態をつきたかったが、胸が詰まって言葉にならない。
  さわさわと向日葵たちが頷く様に揺れる。彼らにつられるように、俺もこくんっと大きく首を振ることしかできなかったが、互いに喜びのピークは同じだったようだ。

「やった!」

  なかなか大した男は少年らしいスカッとする表情で笑うと、長い腕を翼のように俺に向かって広げた。

「小鳩!」

  隼の腕に真っ直ぐに飛び込む。自分の方から懸命に背伸びをして、迎えに来た隼の唇に口づけた。勢いあまって歯ががちんっとなって笑いあい、もう一度ぎゅっと抱きしめあう。
  遠くで海風に乗ってクライマックスを迎えた花火の音が聞こえてきた。

「カフェ、戻ろう。みんな待ってる」
「みんな?」
「花火終わったら、蒼真たちも合流するから……」
「それ、今すぐじゃなきゃダメ?」

  そんな言葉が無意識に口をつく。この素晴らしい瞬間を、心にも身体にもしっかり刻んでおきたい。そう強く願ってしまった。背伸びして上目遣いに隼にねだると、再びどちらともなく唇を合わさった。照れより情熱が勝ると、見つめ合うのも心地よい。

「駄目じゃない。俺もまだ二人っきりでいたい」  

 ひとしきり互いを抱きしめあったあと、寄り添って縁側に座り輝く庭を眺める。
隼の方に指先を伸ばしていた手に、一回り手を添えられる。ぎゅうっと握られたから、俺はすうっと清々しい気分で息を吐く。

「好きだよ、小鳩」
「……うん」

  呼吸がしやすいこの縁側で、幼馴染の傍で、自分らしく暮らしていく。

(少しずつ、ゆっくりと)

  二人そろって幸せな大人に成長していけるように、この「二人の秘密基地」からスタートを切るのだ。
 向日葵が咲く庭の隅からは、涼し気な虫の声が秋の気配を運んできていた。

                                   終