成長した年下幼なじみの、俺への愛が止まりません


※※※

「小鳩君、おい、大丈夫かい?」
「ふぇ?」
「ああ、よかった。気分はどう? 水飲める?」

 真上に眼鏡をかけた浩輔の顔がぼんやりと見えて、自分がどこか見慣れぬ天井の場所に寝かされた状態であるとわかった。
 申し訳なくて、急に起き上がろうとしたら、ぐらんぐらんっと視界が回る。身体中が暑くてじっとりと汗ばんでいるのが不愉快で、ノロノロと口元に手をやり呻くと、浩輔さんが慌てて俺を抱き起こしてくれた。

「ううっ」
「ああ、吐きたい? 無理しないで」
「だいじょうぶ、です」

 その腕に縋りながら涙目で見上げたら、心配そうにこちらを見下ろす浩輔さんが、揺れて心もとない俺の身体を太い腕でしっかり抱え直してくれた。
 事があるので遅れてちょっとだけ顔を出すといっていた。情けないことに浩輔さんが来たことすら覚えていない。足元もおぼつかない。すっかり酔いが回ってしまっていたみたいだ。
 率先して皆の注文を取って場を盛り上げようとしていた前半はよく覚えているが、食事もそこそこに後半がおぼろげだ。

「交流会……」
「ああ、さっきお開きになったよ。小鳩君、もしかしてあまりお酒強くないのかな?」
「ごめんなさい。おれ、おれ……。幹事なのに……さいあく。またしっぱいした……」

 俺はそもそも、それほど酒に強い方じゃない。普段なら一滴も飲まないこともある。だが今日は緊張して量を見誤ったみたいだ。
 場を盛り上げようと沢山喋って乾いた喉を潤すため、一気に飲んだのがいけなかった。女子が頼んでいたジュースっぽい見た目の酒が、口当たりもよくて、ぐびぐびといってしまった。明日のイベントは大学のある駅の人気店も並んでブースを出す。
 俺も勉強のする時、良く聴いていた、地元ラジオ局「潮騒ラジヲ」の取材も決まっている。高揚感から気が大きくなって「明日のイベント沢山の人が来てくれるといいね」と盛り上がっていたら、どんどん気分が良くなって、そのあとは何杯か飲んでしまったのかもしれない。正直あまりよく覚えていない。

「すみません……。おれのことはここに、置いてってくださいっ」

(ああ、もう。蒼真ならこんな失敗しないだろ。俺ってほんと……)
 
 酒で理性が溶けかけていた頭では、とにかく自分が情けなくて情けなくて、ぽろっと涙が目尻から零れた。

「おれの、ばかばか……」

 折角縁あって目をかけてくれている相手に、呆れられ軽蔑されたかもしれぬと、自分で自分を殴りたくなった。実際両手でぺちぺちと頬をぶってしまう。

「なにやってるんだ。痛いだろ? 置いて行ったりしないから、これ飲んで落ち着きなさい」

 口元に添えてくれた小さなコップから水をうっく、うっくと幼子の様に飲む。身体がグニャグニャとぶれるのを、見た目以上に逞しい浩輔さんがしっかりと肩を抱いて支えてくれる。

「家まで送るよ。よく休んで、明日のイベントまでに体調を整えようか」
「……ごめんなさい、ちょうしにのって……、のみすぎた」
「謝ることなんてないよ。君、ちゃんとみんなが帰るまで店の前で笑顔で見送っていたよ。全員エレベーターに乗った後で急に崩れ落ちたから、ちょっと座敷で休ませてもらってたんだ」
「めいわく、かけた。すみません」

 涙腺が決壊して、ぼろぼろっと涙が零れ落ちた。人前で泣くなんてありえないのに、浩輔が指先で涙を拭ってくれる。

「僕も若い頃は今ほどお酒強くなかったから、色々失敗したよ。立てるかな? 家まで送るよ」

 肩を抱き支えて貰いながら店を後にした。駅前にあるタクシー乗り場からそれほど離れていないのに、これぞ千鳥足という感じで遅々として進まない。すると急に、膝をふわっとすくわれ、身体が宙に浮く。驚いて顔を上げると、浩輔さんの顔が間近にあった。

「わあううう。だめ、だめだめ」
「暴れると危ないよ。こけたら大けがしそうだからちょっとだけじっとしてて。タクシー乗せてあげるから」

 いわゆる姫抱っこ状態で抱き上げられてしまった。浩輔さんの身長は隼ほど高くはないが、やはり成人男性で胸板に厚みがありがっしりしている。骨格からして華奢な俺を軽々と抱き上げた。
 酒で目は回るし、恥ずかしい、もの寂しいし、悔しいし、みたいな色々な負の感情が頭の中をぐるぐると回る。

「おれ、ほんとだめ……。いい。あるいてかえれる、です」
「歩けるわけないだろ。五駅先だよ。小鳩君、桜鳩町だったよね? 住所言える?」

 気ばかりはやるけど、舌が回らなくて、住所がうまく言えない。

「ぽっぽすとあ、の近く」
「ポッポストア? なんだろ。コンビニ? スーパー?」

 ふるふると涙目で首を振り、「ちがう、ちがう」と俺はうわ言みたいなトーンで呟いた。ポッポストアは町の駄菓子屋さんだけど、地元の人しか知らない名称だ。浩輔さんが太い眉を下げて、心底困ったような表情をしている。でも眼鏡の奥は優しい目をしていた。

(優しい……。申し訳ない)

 タクシー乗り場のベンチに下ろされたけど、力が入らず背もたれから滑り、座面に崩れ落ちそうになる。慌てて浩輔さんが横に座って俺の肩を抱いて支えてくれた。
 ぼやけた視界に、前に一人客が待っているのが見えた。後ろには誰もいない。

「もう大丈夫っす……。帰れます」
「無理しちゃ駄目だよ」

 乗車を待つ間、浩輔さんは心も身体もぐらついている俺に呆れるでもなく、静かに語り掛けてくれた。

「君はさ、今どきの学生にしては自分の意見をはっきり持っていて、中々骨のあるやつだと思ってたけど。酔うとそんな風にふにゃふにゃになっちゃうんだな」
「こんなはずじゃ、なかった。みんな、あきれてる。はずいっす……。ううっ」
「泣くなって。俺としてはそのギャップが可愛いなあと思っただけだよ。あ……。学生相手にこんなこと言ったら、今どきはセクハラになるのかな」
「……いまは、しごと、してない」
「そうだね。仕事中じゃない。だから君とも友人同士だから言わせてもらうと、まだ若いんだから、あんまり畏まったり、気負わないで生きてもいいんじゃないかな。僕は君の発想力、素敵だと思ってるよ」
「おれが、やりたいこと……はなすと、ともだちが……よろこぶから」

 小さい頃から俺の頭の中には、何時でも色々なやりたいことの種がぎゅうぎゅうに詰まっていて、時折それがぶわっと芽吹いて茂って、頭の中にアイディアの花が咲く寸前みたいな感覚になる。
 こうなってくるとその光景を誰かに見せたくて話したくて仕方がなくなるのだ。そんなときはもちろん、幼馴染の出番だ。
 両親が離婚した後に住んでいた団地の花壇みたいに町中に花を植えたい。七色のわたあめを売る店の、虹色の看板を考えたい。山側の古いお家を改造して秘密基地を作ってみたい。
いろんな想像を膨らませて、沢山の夢を話した。

「そうか。君にはいい友人がいるんだね。今回の君の発案した企画、バルクフーズのお店のナッツに、植物園オリジナルの蜂蜜をかけて、ハニーバターナッツを作った。それをお土産物にするために、蜂のチャームが付いたリボンを開くと花が咲く可愛いパッケージも君の発案で、デザイン学科の子たちに声をかけて作ってもらったんだろ? あれもなかなか良かったね。うちの店ではそのナッツを砕いてジェラートにも混ぜて上に乗っけることにした。そこまでの流れがいい」

 彼の声はまろやかで聞き取りやすい。褒めてくれている言葉はふわふわと耳に心地よくて、嬉しくて嬉しくてたまらなくなる。

「ありがとう、ありがとう」

 俺は感謝を込めて思わず、すりすりと、もたれていた浩輔さんの腕に頬を寄せた。

「こうしてると、小さい子みたいだな。顔があどけない」

 浩輔さんの指先が、つんっと俺の頬をつつく。むず痒くて口をむむっとし、気を抜けばそのまま眠ってしまいそうになる。
 半分うとうとと夢を見ている中で、小学生に戻っていた。
 俺が大きな身振り手振りでぺちゃくちゃと話す荒唐無稽な夢を、床のラグの上に寝転がった幼い隼が、クレヨンを握ってさらさらと描き、そこにクッキーを作った蒼真がにこにこと差し入れをしてくれる。
 三人して頭を突き合わせていつまでもいつまでも笑いあっている。
 夢の中の自分たちはとても楽しそうだ。夢とは不思議なもので客観的にその姿を見ていた。どこか冷静に(あれ、この記憶は……、いつだったかな)とも考えてもいる。

「小鳩くん、タクシー来たよ。住所言える?」
「……ぽっぽ。えへへ」

 半分夢現をさ迷いながら、俺はなんか楽しくなってくすくすって笑いが止まらない。

「まいったな。小鳩がぽっぽって。……仕方ない。じゃあ一回僕んちくる? 僕は意外と君のこと気に入ってるんだ。まあ、どうせ明日の午後から同じイベント会場に行くことだし、一晩ぐらい泊めてあげるよ」

 そんな甘い囁きに、「いべんと、たのしみ」って俺はこっくりと頷いた。浩輔さんはまるで仔犬でも見るような優しい顔をして、そのあとそっと苦笑した。

「そんなに無防備で、こっちが心配になるよ。小鳩君」

 タクシーが再び乗降車ゾーンに入ってきた。浩輔さんの合図に扉が開く。浩輔さんが俺の腕を自分の首から肩に渡し、腰を抱いて立ち上がらせる。
 そのまま数歩の距離を歩き、後部座席に座らせようと身をかがめた。

「待って下さい」

 聞きなれた声が近くで上がる。顔を上げて振り返ったら浩輔さんの二の腕が後ろから掴まれてた。掴んでいるのは、なんと隼だった。
 俺は半ばタクシーの座面で寝転がりかけていた身体を、ゆるゆると起こそうとして、またへたり込む。

「そいつをどうするつもりですか?」

  隼が感情を殺すに殺せないような、激しい怒気の滲む声を出した。怒りの気配に身体が震えた。あいつにしてはかなり無礼な態度だけど、浩輔さんは気にしたそぶりも見せない。鷹揚な大人の対応をする。

「小鳩君の知り合いかな? そんな怖い顔しないで。彼、大分酔っていて住所が言えなくなってるから、とりあえずうちで保護しようと思っていたんだ」
「……それは、どうも」

 重たい首を上げると、隼は敵にでも会ったように浩輔さんを睨みつけていた。

「そいつ、俺の……友達です。俺が連れて帰ります」

 日頃礼儀正しい隼だけど、今は試合中みたいな動きをしてる。バスケットで身につけたアグレッシブなガードでぐいっと浩輔さんを押しのけて、俺の前に手を差しだした。

「小鳩、降りるぞ」

浩輔さんが身をすっと後ろに身を引く。そのまま助手席に乗り込むと後部座席に座る俺を振り返った。

「小鳩君、歩くの辛そうだからこのまま送るよ。君の家の近所の「ぽっぽすとあ」探してあげるから、そのまま寄り掛かっておいで。その方がいいよね?」

 浩輔さんの口調は穏やかだが、けっして隼に押し負けてない。
 この状況下では、大人の余裕を漂わせる浩輔に対し、隼は一瞬らしくなく顔をこわばらせる。
 
(そんな顔しないで。お前のがいいにきまってだろ)

 俺は二人の顔を見比べる。隼の顔を見たら、なんだかほっとしてしまう。

「しゅん」
「おいで」

 隼の呼びかけに素直に従って、伸ばした手を隼にしっかりつ掴まれた。

「気を付けて帰りなさい」

 浩輔さんは少し寂しそうな顔をして俺を見てきたけど、フロントガラスの方を向いた。

「小鳩を保護してくださり、ありがとうございました。お先にどうぞ」
「残念だったな。小鳩君、また今度泊まりにおいで。明日一緒にイベント頑張ろうな。君、彼をよろしくね」

 今度は隼に抱きかかえられて車を降りた俺に、浩輔さんは窓を開け、わざわざ挨拶をしてくれた。

「ありがとうございました」

 浩輔を乗せたタクシーは静かに滑り出して行った。それを半分眠くなりながら見送ったら、隼は普段の彼らしくない悪態をつく。

「はあーっ、マジでやばかった。ギリ、間に合った。なんなんだよ、あいつ。馴れ馴れしくしやがって」
「あははは。しゅん、おまえでもあわてるんだあ」

  隼の大声で中途半端に覚醒した。でもまだかなり酔いが回っている。そのせいで俺はとてもとても気が大きくなってた。腕の中から隼の顔を見上げ、ばしばし胸を叩いてからから笑う。

「はあ? お前! なに、あんなおっさんになに持ち帰られかけてんだよ」
「おっさん? こうすけさん? いいひと」

 知らずに隼を煽ってしまったみたいだ。隼にぐいっと顎を掴まれた。

「くそっ。他の男、褒めんな」
「へへへ。しゅんも、いいこ。おれのことみつけてくれた」

 ぶらぶらと揺らしていた手を挙げて隼の額をなでなでしたら、眉間の皺がぐっと増えてた嫌そうな顔をされた。可愛いな、隼。

「ねむい……。このまま寝たいよお」
「あー、眠るなって」

 旬の街灯に照らされた小さな顔に唇を寄せた。思わず目を閉じ、理性が緩んでる。俺は「んーっ」と戯れに唇を突き出してみた。
 だがいつまでたっても期待していたことが起こらない。薄目を開けたら隼がふいっと顔を背けて吐き捨てた。

「酒臭い」
「えーなんだよお。ノリわるっ」
「……酔っ払いがっ。素面の時にやれよ。塾終わって連絡したのにお前でないし、会場に行ったけどもうでたって言われて、探し回ったんだからな」
「ごめんて」

  隼は部活で鍛えた身体をフルに使って、並の体幹ではできないような動きで俺を持ち上げる。そして膝の上に俺を乗せると誰にもとられまいって感じの姿勢で、俺の背に腕を回して抱きしめてきた。
 海が近いこの街は夜には強い風が吹いて涼しくもなるけど、流石に抱きかかえられたら暑苦しい。でも隼があまりに必死に俺を抱きしめるから、大人しくされるがままになった。

「小鳩、俺と帰ろう」
「うん」

 大体もう眠くて、動くのが億劫なんだ。

「なーあ。いえ、かえろ。おんぶしろ。かえるぞ」
「分かったって」

 もぞもぞと腕の中からなおも逃げ出そうとしたけど、隼は額と額をくっつけてて俺を宥めにかかる。

「この酔っ払い。タクシーが来るまで大人しくしてろ」 

 そうして、ベンチに座ったまま次のタクシーが来るのを待っていたら、長身で均整の取れた体格のスーツ姿の男が乗り場に先に立ってしまった。

「あの、すみません。俺等もタクシー待ってて。あっ」
「おや、そこにいるのは小鳩君じゃないか」

 互いに顔を見合わせて驚いた。それは仕事帰りの蒼真の恋人だったからだ。

 ちょうどそこにタイミングよく、タクシーが入ってきた。彼はすっと腕を上げて運転手に合図を送る。その後俺たちをくるりと振り返るった。

「隼君は確か家が近かったね。よかったら一緒に乗っていくかい?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「えー! むりむり」

 急に酔いが醒めた気分だ。こんなこと蒼真にチクられたらたまったものじゃない。

「小鳩、お前に拒否権ないから」

 隼は渡りに船とばかり、先ほど浩輔にしたのとは対照的な礼儀正しいお辞儀をする。敵の情けは受けぬと足をバタつかせ抵抗する俺を抱え、後部座席に乗り込んだ。