成長した年下幼なじみの、俺への愛が止まりません


 ああもう、やっぱり面白くないなあ。俺だけ二人に置いてけぼりにされてるみたいな気分。実際そうだし。俺だけここのバイトに置いてきぼりなんだ。

(夏にこの店でみんなでバイトするの……。大好きだったんだけどなあ)

 俺が大事に思っている思い出も、温かい空気も何もかも、もう二人はいらなくなっちゃったんだって思ったら。なんだか泣けてきそう。いや、むしろむかむかしてきた。

(泣く代わりにイライラする、俺の駄目なところ。分かってるんだけどさあ)

 性格なんて変えられるもんじゃないよ。穏やかで優しい蒼真、頭も察しもいい蒼真。

(俺は二人とは違う。二人みたいに根っからいいやつになんてなれない)

 昼休憩に行っていいって言われたし、裏に入ったらどんな顔したっていいはずだ。何だか惨めな気分で俺はスタッフの休憩スペースに飛び込んだ。

「蒼真の、ばあああああっかあ」

 べーってガキ丸出しで店内方面に向かって舌をだしたら、続けて入ってきた隼に思いっきりみられてしまった。

「……」

 高校生の癖に私服だと大学に紛れてきても分からないぐらい、体格も立派だし背も高い。大人びた静かな顔で、じっと俺を見下ろしてきた。

(くっそ、ばつ悪い)
「な、なんだよ。見るなよ」

 むっと唇を尖らせてたら、その唇を隼に指先でつままれた。いちいち触んないっていう気持ちを込めてじとっと見つめ返す。そしたら隼に「はあ」って溜息をつかれた。

「なんだよ」
「いい加減、蒼真と仲直りしなよ」
「別に喧嘩してないし」
「その態度で?」
「先に裏切ってここのバイト辞めたの蒼真だし。俺は悪くない。あいつどうせ夏祭りだって、あのおっさんと行くんだろ」
「おっさんじゃないぞ。北村さんはここのお客さん、常連さんだろ。困ってたから蒼真にバイト頼んだんだろうし」
「大学生に家事代行のアルバイトさせるとか、なんかやらしくない? ここだって蒼真目当てで通ってたに決まってるよ」
「そんなこともないだろ」

 小さな声で吐き捨てながら横をすり抜けると、隼はなおも後ろから声をかけてくる。

「蒼真が小鳩にとっては一番特別な人だってことは分かってるけど。そろそろそういう拗ねた態度を改めないと、仲直りのきっかけが掴めなくなるぞ」
「年下のくせに、俺に説教すんのかよ」

  忌々し気にエプロンを外してロッカーに突っ込むと、気分転換に即、店を出よう灯ったのに、長身の隼が真後ろにぬっと立ちふさがってきた。

「説教なんてしてない。それに年は関係ない。俺は幼馴染として、お前たちに喧嘩して欲しくないだけ」

 隼はでかいからこうされるとかなりの圧だ。それすらなんだか気に入らなくて、俺は食って掛かった。

「しつこい。喧嘩してないって言ってるだろ」
「だったらなおさらだろ。蒼真たちへの態度、悪すぎ」
「うっさい」

(こいつ。昔はすぐに熱だして寝込んで、俺らの後ばっかりくっついてくる金魚のフンだったくせに……)

 今の隼にかつてのひ弱で小さかった面影はまるで見当たらない。
 肩幅の広さ、腕組みするだけで盛り上がる筋肉、腰の位置の高さ。どれをとっても小鳩より上を行く、そもそもさり気なく着こなしてるお洒落な服の桁が違う。

(あーあ。普段はあんま考えないようにしてるけど、隼と俺は幼馴染ってだけで、見た目もスペックも生きる世界も、本当は全然違うんだよな……)

 隼は都内にもカフェを何店舗か経営するイケオジオーナーの父と、フリーの売れっ子美容師の母、もう二代目修行をしてる、年の離れた姉さんがいる。
 隼たち一家が都内住まいのまま、この街に引っ越してこなかったら、こいつは俺なんかとは友達どころかすれ違うことすらできないような、そんな男だろうなって思う。

 隼は小さい頃気管支が弱くて、ここに越してきたばかりの頃もしょっちゅう熱を出してた。
 それで両親が少しでも環境のいいところを求めて、都内へのアクセスが良く、でも自然もまだたっぷり残っているこの街に引っ越してきたんだ。
 その甲斐あって、隼は180センチを超す恵まれた体格になった。今年引退したけどバスケ部員のスポーツマン。もの静かな佇まいが大人びた雰囲気で、一緒に歩いてると観光中のお姉さんたちがこぞって振り返る。凛々しい感じのイケメンに成長してた。
 
 俺にとっては、小さな頃から俺にべったりくっついてくる、蒼真と同じぐらい大切な弟分なんだけど。反面、全てにおいて恵まれたこいつに対し、蒼真に感じるのとはまた別のコンプレックスをちくちくと刺激されている。複雑な相手なんだ。

「小鳩、どこいくの? 賄い食べないの?」

  普段ならばありがたく、人気カフェのシェフが腕を振るうめちゃめちゃ美味しい賄い料理を頂くところだけど、同じ空間に蒼真たちがいると思うと、なんとなく気持ちが塞ぐ。
 だから今日は外に出ようと決めていた。

「浩輔さんとこに食べ行く」
「浩輔?」

 隼が怪訝そうな声で聴き返してきたけど俺は無視して、ばたんっとロッカーを閉める。どうせすぐ帰ってくるから、スマホだけダボっとしたパンツのポケットに突っ込んだ。

「どこに行くんだよ」
「だから、日馬さんのことだよ。イタリア料理『カルヴァロ』のシェフの、日馬浩輔さん」
「……あの人、小鳩より大分年上だろ?」

 なんだか含みがあるような言い方をされ、そもそも機嫌が悪かった俺は、目を見開いて隼を威嚇した。

「なんだよ。仲良くしてもらうのに、年とか関係ないだろ? それに蒼真だって、あのおっさんと付き合ってるじゃんか。俺に年上の友達がいちゃ駄目かよ!」

 正直、ちょっとだけ、それはちょっと俺も意識してた。蒼真がずっと年上の人と知り合って恋人にまで発展して、一足早く大人の世界の仲間入りをしてしまった。
 俺はそれが寂しくて、羨ましくて、それで対抗しているって思われたくなかった。
 三人の中で、俺が一番しっかり者って、そういう自認があったから。

(図星を刺されてムキになるなんて、俺本当に格好悪い)

 ばつが悪くて、頭が自然と下を向いてしまう。どちらかといえばのんびり屋でシャイ、保守的で冒険をしない蒼真が年上の男と付き合うなんて大胆な行動を取った。それに一番驚いたのは他でもない、俺だと思う。

 だけど、あのおっさんと付き合うようになってから、蒼真は俺から見ても一皮むけたというか、大人っぽくなったというか。

(表情や仕草の端々が色っぽくなった。別人みたいに。俺の蒼真を、どっか知らん世界に連れてきやがって。あーあ。嫌だな……)

 それが寂しくもあり、ちょっぴり妬ましくもある。自分もいわゆる『大人』と深く付き合ってみたらまたなにか違った世界が見えてくるのではないかと、そういう風に思ったのだ。真似してるって言われたら、それまでなんだけど。小さな声で言い訳をした。

「……いいだろ別に。俺だってお前ら以外にすごい仲いい人、作ったって」
「そうじゃない。日馬さんを下の名前で呼ぶぐらい、いつ親しくなったんだ?」

 いつも穏やかなこいつにしては珍しく、いつもよりトーンがすげぇ低い声を出されたから、こっちは刺激されてどうしても喧嘩腰になってしまう。

「前に話しただろ? 聞いてなかったのかよ」

 いらだちを隠さないまま、俺はそう吐き捨てた。隼が僅かに眉をしかめる。といっても俺にしか分からんぐらいの変化だ。顔に気持ちが出にくい、こいつにしては珍しい。

(流石に呆れられたかも。喧嘩したいわけじゃないのに)

 俺っていつもこう。穏やかで、人から好かれやすい蒼真と違って、気が短い性分で、気を許してる相手だとついつい、遠慮なくちょっと刺々しい言い方をしてしまう。
 
(ああ、もう。毎度反省はしてんだよ。でも止めらんない)

 今もちょっともやもやとイライラ半分混ぜたような気持ちがお腹の中で渦巻いたまま応えてる。

「うちの経済学部の科目で『イベントコラボレーション』ってのがあって、普段は大学のある駅の周りにある商店街でやるけど、今年はその街と、学生が探してきた街の店とで商品開発とかコラボするんだ。学生側が作った二つの街のガイドマップとスタンプラリーはもう用意してあって、俺は地元の人気店同士をかけ合わせたコラボメニュー考えて売り出すのの担当」
「ああ、春先に言ってたやつか」
「そう。あれ今やってんだよ。カルヴァロは海岸通りにジェラートの専門店も持ってるだろ。ジェラートのトッピングに沿線の植物園の蜂蜜と、大学近くのバルクフーズの店のドライフルーツを乗っけるんだ。夏祭りには模擬店にも出すし……。だいたいさあ……」

(本当は蒼真とお前がいたらこのカフェでやりたかった企画なのに。お前らが店にいないからだろ!)

 そう、文句が喉元までこみ上げてきた。でもこれ以上隼とまでこじれたくない。なんとか飲み込んで我慢して、大きく長い息を「はー」って吐いた。溜息にしか聞こえないそれに、隼が眉を顰める。

「俺はさ、みんなで一緒に育ったこの街が大好きだから、ヨソの人にもその良さを知ってもらいたいの。夕焼けが沈む海がキラキラして、緑豊かで都心も近い。俺は大学卒業した後もずっと、ここに住みたいって思ってる」

(ここが俺の居場所だから。蒼真も隼もいつかここを出ていったとしても……)

 そこまでは口に出せなかった。胸がぎゅうっと苦しくなる。
 この企画が持ち上がった四月の頭は、蒼真はまだアルバイトを辞めていなかったし、今の彼氏と付き合ってなかった。今年の夏祭りでこの企画をやる時、蒼真も隼も巻き込んで、今までみたいにワイワイ楽しくやりたかった。

(あの時はまだよかったよな。俺がアイディア出すたびに、隼は相槌打ってくれて、蒼真も「小鳩のアイディアならきっと採用される。できるよ」って言ってくれた)

  昔から蒼真の『できるよ』は言霊みたいなふわふわ明るい光の塊みたいなパワーがあって、たまに投げやりになる俺を支えてくれる。
 一見くだらないような事、荒唐無稽な事でも、日々をきちんと丁寧に生きている蒼真のお墨付きをもらうと、何だってうまくいくような気がしてきた。いつだって幼馴染の二人がついてきてくれたら、人生が上手く転がっていく。そう思ってきた。

(まさか幼馴染の親が経営してるバイト先、急に辞めるなんて想像つかないだろ。俺たちから離れて恋人の方に行くなんてさ……)

 だけど何時までもへそを曲げて、隼に当たるのは流石に筋違いだ。隼は変わらず静かに、でもじっと俺から目をそらさずに見つめてくる。

(ああ、もう。流石に文句言うの止めないと。格好悪すぎだよな)

 腕を組んで俺を見下ろしてくる隼に向かって、深いため息をついた。

「はあーっ。もういい、お前も早く塾行けよ」

 部屋を出ていこうと一歩踏み出す。それを遮る様に隼が筋肉の線が浮き出る長い腕を伸ばして、ロッカーに寄り掛かる様に手をつけた。
 この姿勢、いわゆる壁ドンというやつだ。俺は隼の腕の中に囲われるような形になる。ちょい、びっくりして後ろに下がったから、ロッカーに背中が当たる。

(なんだこいつ、急に)

 急なゼロ距離感で意味が分からん。俺は首を傾げつつ、わざと挑発的な声色で「なに?」と隼を上目遣いに睨みつけた。

(それにしても、こいつまた背が伸びたな……)

 女性客たちからカフェのイケメン君と黄色い声援を浴びている隼。
 ついこないだまではまだちょっと中学生っぽいあどけない感じがあったのに、顎のラインの輪郭がシャープになって、目鼻立ちもよりはっきりしてきた。
 高い鼻梁も切れ長で涼し気な目もまさにイケメンって感じだ。バスケ部で鍛えた身体はぐっと厚みを増して男っぽい。前に立たれると電灯の明かりを遮って、俺がすっぽり影で覆われるぐらいに頑丈な身体になってた。

「小鳩」 

 名前を呼ばれこちらを覗き込んで、少し伸びた前髪がさらりと額に散って目元により影を落とす。そのせいか、隼の顔はどこか憂いを帯びているように見えた。

(何ドキっとかしてんだよ、よく見ろ、隼だぞ。改めて見るとかなりイケメンかもだが、チビの頃は浜辺でコケて顔中砂まみれでベソかいてた、あの隼だぞ)
 
「な、なんだよ」 

 少しの間無言で見つめあってしまった。俺が身じろぎをしたら今度は隼が先に口を開いた。

「蒼真と夏祭りまでに仲直りしろよな」
「だからさあ、蒼真とは別に喧嘩してないって言ってるだろ?」
「じゃあ夏祭りの最後、蒼真たちも含めて、いつもみたいにみんなで店の屋上で花火見られる?」
「やだよ」

 俺は反射的に口を開いた。カフェの屋上からは、隼、蒼真、俺の三家族で花火を見るのが定番だった。うちは両親が離婚して、母は一緒に花火を見なくなったけど、俺だけは隼と蒼真の家族が俺を囲んで一緒に花火を見てくれた。俺にとっては三人の絆と思い出が籠った大切な場所だ。
 年に一度。皆で一緒に夜空を見上げる。次々に上がる花火に照らされながら一斉に歓声を上げる。

(俺たちの家族みたいな絆、俺たちだけが同じ思い出を共有できてる。俺にはなによりそれが嬉しかったのに……)

「……」

 咎めるような隼の目線に耐えかねて、俺は身体の横でぐっと拳を握って、足元に視線を落とす。

「部外者がいるなら、いい。俺は屋上に行かない。イベント終わりに浜から大学のやつらと花火見るからいい」

 蒼真の恋人は元々カフェの常連客で、オーナーとも以前から交流がある人だ。オーナーが蒼真や他の常連客に声をかけて、屋上から花火を見ると決めたら、ただのアルバイトである俺に拒否権があるわけではない。
 それなら俺が遠慮するまでだ。売り言葉に買い言葉で言い返したら、隼に二の腕を掴まれた。

「痛い」

 大げさに喚いたけど、珍しく隼は引かなかった。そればかりか目を見開いてぐっと吐息が触れるほど顔を近づけてきた。